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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

川底にあるもの

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~、この寒さだとお風呂に入るのも一苦労じゃないかい?

 いかに浴槽に浸かるまでのタイムラグを短くしても、素っ裸とその一歩手前くらいに襲ってくる震えは、いかんともしがたいものが……。

 夏場にはうっとおしく思っていた入浴が、ここにきてこうも恋しくもなるというのも、人体の素直さというかゲンキンさを感じずにはいられない。ちょっとでも生存を安定させるために、身体は必死なんだなあ。


 気持ちの問題とかで、どうにかしがたい必死具合。

 自分の身でさえ感じるのだから、ときには相手も必死なこともあるだろう。そこへたまたまでも重なってしまったのなら……珍しい出会いをしてしまうかもね。

 僕の昔の話なんだけどさ。聞いてみない?


 まだ水の暖かかった、秋の入り口ごろのこと。僕は家の近所の小川で、ビー玉を探していた。

 当時はビー玉を使ったおもちゃが大人気でね。ビー玉も珍しい色合いのものをコレクションして、友達の家へ持っていくなんて、いつものことだったんだ。

 自転車のカゴにこれらを入れて爆走。九割九分を無事に切り抜けられちゃう道だからこそ、残り一分を引いてしまって、盛大に事故ることもあるわけ。

 このときもしかり。ハンドルがにわかに滑って、自転車は横倒し。僕自身は怪我をせず、自転車も壊れはしなかったけれど、きんちゃく袋に入れていたビー玉たちは大散乱。近くの川の中に、どんどんと零れ落ちてしまったわけ。


 川そのものは浅く、僕のすねが隠れる程度までしかない。

 けれども、撒いてしまった数が数で、らくらく作業完了ともいかなかった。

 拾い上げたものを数えてみるも、まだ数個足りない。人によってはもうこれで切り上げて、あきらめるという選択肢もあるだろう。

 しかし、僕はそこらの踏ん切りが悪いタチ。最後の一個まで絶対に探してやると、何度も捜索した川の近辺を行ったり来たり。まだ陽が長いころとはいえ、さすがにまっ昼間とはいいがたい明るさになってきた頃合いで。


 ずるりと、何度も舐めたはずの川底で、足の裏が滑った気がした。

 もしやビー玉かと、足を持ち上げてみて、僕は目を見開くことになる。

 足を突っ込んでいた一帯に赤みが広がっていたんだ。てっきり、川底の石や潜んでいたガラスで切ったのかと思ったけれど、足には外傷が見当たらない。

 ただ水面にじわじわと、赤みが広がっていくんだ。見間違いでなければ、これは底のほうから湧きだしてきているように思える。

 手で雑にかき分けていくと、川底にジェットバスの噴出口を思わせる小さい穴が開いていてさ。そこから盛んに、この赤い液体が吐き出されているようだったんだ。


 ――こんなの、全然気づかなかったぞ?


 そもそも、探し始めてから時間はそれなりに経っている。それまでこの存在を把握できていないはずがない。

 そう。たった今、ここに現れでもしない限りは……。


 ふと、赤いものの噴出が止まる。

 何事かとのぞき込んでみたところで、穴が急に埋め尽くされた。

 落としたビー玉の中には、赤みを中にたたえたものもあったけれど、それよりもなお赤い。それでいて中心に黒さをたたえる瞳が、さっと穴を埋め尽くしたんだ。

 ちょうど、水面越しにのぞく僕とにらめっこをするかっこう。その虹彩と向き合ったと分かるや、捜索を打ち切らせるに足る鳥肌たちが、一斉に肌へ湧き立った。

 自転車をこぎ出す。ほんの数メートル先に横たわる車道。あいにくの車たちの往来で、しばしの足止めを食った。

 振り返るは、先ほどの川面。ここからもうっすらと見えるそこは、赤み以外にもかすかな泡立ちを見せていたんだよ。


 帰ってからすぐ、ボイラーを入れた。

 シャワーの準備だ。あの得体の知れない赤いものに触れた手も足も、すぐさま洗わないと気が休まらない。

 間に合わせにタオルで雑に拭いた後、浴室へ入る。もうこの時期だと、シャワーだけを浴びる機会はじょじょに減り、湯船へゆっくり浸かることが増えていた。

 自然、浴室内をぬくい湯気が満たすこと多いが、いまはまだ夕方かつ、それらの下ごしらえがない。

 秋を感じさせる冷たい空気のもと、すっぽんぽんになった僕は室内へ入るや、すぐにシャワーの元栓をひねった。

 いきなり浴びれば、前回の残りかつ冷え切った水の奇襲を喰らうことになる。いくらかよそへ向けて、水を大いに押し出したあと、新たに熱が込められるあたりで肌へ当てるのが暖かくなるコツだ。


 湯船につかるのと違い、シャワーでは汚れは落とせても暖まるには時間がかかる。

 お湯を出しっぱなしにして手足から順に、身体へ浴びていって、どれくらい経っただろうか。

 ふと、先ほどからくるぶしあたりにお湯の気配を感じる。足湯に使っているかのような、水気による八方からの暖め。

 見ると、浴室の床に浅くお湯が溜まっているじゃないか。いつの間にか、排水口につまりができている。

 シャンプーたちを脇にそなえる鏡。そこから突き出る洗面台。更に下にある網目模様の排水口のふたは満足にお湯を据えずにいた。けれども、髪の毛などが大量に絡んで塞いでいる気配はない。

「なんだ?」とつい、のぞき込んでしまって。


 二度目だった。

 いつもなら黒い菅の道が待ち受けているその場所を、真っ赤に埋め尽くしていたものがいた。

 あの川の中で見た、わずかに黒い虹彩を中央に据えた、赤い眼球がそこを埋めていたんだ。

 逃げ出したね、さすがに。かろうじてタオルで隠しながら、夢中で母親たちへ伝えたけどさ、いざ一緒に戻って見てもらったときには、もうあいつはどこにもいなかった。


 それから10年くらい、僕はふと何かをのぞきこむとき、あの赤い目と対するときがあった。

 水のあるところでも見るが、引き出しを開けたとき、ゴミ箱をのぞくときなども一瞬だけ飛び込んできて、消えることもしばしばだったよ。

 あのビー玉探しのとき、具体的に何をしてしまったか分からないが、あいつの機嫌を相当に損ねてしまったんだな、と思うよ。


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― 新着の感想 ―
10年は、なかなか執念深いですね……。ふいにあの目を見ちゃうなんて心臓に悪いし、精神的に参ってしまいそう。 相手にとってはそれだけ腹に据えかねることだったんでしょうかね。逆に気に入られたとかでは…なさ…
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