うわ……、そのうわさはないわ!
「聞いた? 高城先輩、ユウナのことが好きなんだってー」
ケメコのその言葉に、『うわ……、そのうわさはないわ!』と思ったが、口には出さなかった。
冗談でもやめてほしい。せめて生きてるひとを相手にうわさにしてあげてほしい。
べつにあたしは高城先輩のこと何とも思ってはないけど、悪趣味だよ、不謹慎だよ。それとももしかして、ユウナが死んだこと、ケメコは知らないとか──? まさか……ね? あたしがそんなことを考えてると、
「でも霊界はさすがに遠すぎて、悩んでるんだってー」
ケメコがそう言った。よかった……。ちゃんとユウナが1ヶ月前に大型トラックに轢かれて天国へ行っちゃったこと知ってた。っていうか一緒にお葬式出たもんね。そりゃそうだ。
「じゃあ、正しくは過去形だね?」
あたしは先生みたいな言い方で、言った。
「高城先輩は、ユウナのことが、『好きだった』んだよね?」
「ううん? 今まさにラヴ進行形なんだってー」
ケメコはふざけてる様子もなく、あまり感情の乗ってない声で、早口に言った。
「明日にでも告白しようかとか悩んでるみたいー」
女の子はうわさ好きだ。
もちろん、あたしも花の女子高生だけど、友達のうわさ好きには引いてしまうところがあったりする。
下世話だよ、と思う。ほっといてやれよ、と思ってしまう。
どうせうわさなんて、そのほとんどが根も葉もない。根も葉もあったとしても尾ヒレがついてる。
他人像を好き勝手に面白おかしく作って弄ぶのはそりゃ楽しいけど、当人のことも考えてあげないと。
2年の高城サッド先輩はサッカー部のエースで人気者だ。彼が死者にどうやって告白しようか悩んでるなんてうわさが広まったら変態扱いされてしまいかねない。人気が落ちたらうわさを広めたやつのせいだぞ。
そんなことを考えながら、あたしがトイレで手を洗ってると、マダコが入ってきた。
「あっ、ココナ! 聞いた、聞いたー?」
いきなり何やらうわさ話を持ち出すようだ。
「高城先輩さ、昨日、ショッピングモールでユウナと並んで歩いてたんだって」
「霊能力者か!?」
あたしは振り返るなり、口が動いてた。
「高城先輩はイタコかなんか!? わかってる? ユウナは死んだんだよ!?」
「でも本当だって、2年の先輩が言ってたよ」
「信じるのか!? そんな非現実的な話を、何も疑わず信じちゃうの!?」
「……ココナってつまんないひとだね」
「面白いかつまらないかの問題じゃないの! そんなうわさは高城先輩にとって害があるの! やめてあげて!」
冷めた目であたしを一瞥すると、マダコはトイレを出ていった。
……まったく。誰があんな死者を弄び人気者の先輩を貶めるようなうわさを流したんだ?
自分には関係ないどうでもいいことなのにそんなことを考えながら、イライラしながら通学路を家に向かって歩いてると、小さな公園に人影が見えた。
林の向こう──公園の真ん中で、高校生の男女が向かい合って立っている。うちの高校の制服だ。
男子が女子の肩に両手を置き、キスしていた。
わあっ……! とたちまち激しく興味を引かれ、植え込みに身を隠してあたしはそれを見物した。遠くてよく見えなかったので木の陰に移動した。長いキスだった。よく見えるところの木陰まであたしが移動しても、まだ続いていた。
誰だろう? 誰と誰だろう? もちろん付き合ってるんだよね? うふふ……。明日このあたしが学校中にうわさをばら撒いてあげよう。うふふ……。うっふっふ! さーて……誰なの?
ようやく二人の唇が離れた。
あたしは、見た。背の高いイケメンは、うわさの高城サッド先輩だった。
女子は山田……。
山田ユウナだ。
死んだはずの──
あたしは必死で身を隠した。絶対に覗き見してることがバレてはいけない気がした。自分の命にかかわることのような気がした。
ユウナは仲のいい友達だった。あたしとケメコとマダコで仲良し四人組だった。だから知ってる。あの子に双子の姉妹なんていない。だからあれはユウナだ。ユウナ本人だ。間違いない。ユウナは仲のいい友達だったんだから、あたしが見間違えるはずない。あれはユウナ本人だ。死んだはずの。それともドッペルゲンガー……?
黄昏色に染まる公園で、二人はしばらく黙って見つめ合ってた。とても長い時間にあたしは感じた。
やがて高城先輩が優しい目をして、囁くように、言った。
「大好きだったよ、ユウナ」
ユウナの聞き慣れた声が、風に乗ってあたしの耳元まで流れてきた。
「あたしも先輩のこと、大好きでした」
二人は手を繋ぎ合うと、あたしのいるほうに背を向け、歩いて公園を出ていった。
翌日、登校して自分の席に着くなり、ケメコとマダコに揃って言われた。
「ココナー……、気分悪いの?」
「顔色悪いよ? 真っ青だよ?」
「そ……、そう?」
「なんか食ったー? 朝から悪いものでも」
「じつは……さ、見ちゃったんだ」
「何をー?」
「気持ち悪いものでも見たんか?」
あたしは意を決して、口に出した。
「昨日……さ、帰り道に通る公園で、高城先輩が……さ、ユウナとキスしてるとこ」
きょとんとした顔で二人があたしを見る。
「……本当だよ? 高城先輩がユウナに告白してた。『好きだった』って」
ケメコとマダコの目が冷たくなった。
「「うわ……、そのうわさはないわ!」」
二人で声を揃えてあたしを責めはじめた。
「ユウナは死んだんだよ?」
「あんた死者を弄ぶようなうわさ流そうとしてそれでも人間? 信じらんない! あんたがそんなひとだとは思わなかった!」
あたしは驚いて、二人に聞いた。
「だってケメコもマダコも……昨日……」
二人は人間じゃないものでも見るような目をして、棘のある声であたしを刺した。
「それとこれとは話が違うでしょ!」
「そんなひどいうわさ流して、高城先輩の人気が落ちたらあんたのせいだからね!」
そしてそのうわさはあっという間に学校中に広まったのだった。あたしは二人にしか話してないのに。