精霊使いとおいしい蜂蜜
エルフの住まうとされる大森林が行商の帰りルートにはある。
エルフたちは狩猟民族で、精霊と仲良しな種族だ。
けど詳細は出会うまで知らなかった。
何分彼らは森から離れて暮らすことがない。
初めて出会った時、「おお……王道ファンタジー……」と感動した。
ほんとに耳が長くて、弓背負ってる!ってなった。
そんな彼らから、行商人なのならと依頼を受けた。
報酬は金銭ではなく、これが外界では貴重なのだろう?と渡された大量のキノコ。
とりあえずサンプルで一つだけください、と言ったらザルに一山くれた。
別に持ち逃げされても困らない、という顔だった。
いや、そんな不義理しませんが?
彼らが欲しているのは上質な蜂蜜だ。
なぜ欲しいのか?森にもあるのでは?と問うてみたら、自然に出来る蜂蜜だけでは足りないと言う。
何に使ってるんだと聞いてみたら驚きなことに、精霊へのご褒美だそう。
日常的に精霊の力を借りているエルフたちは、彼らの好む蜂蜜をせっせと採取している。
だけど獲りすぎると蜂が減って、収穫量も減る。
なので、通りすがる行商人たちにあれこれ差し出して買い取って暮らしているそう。
ほ~んなるほど?
というわけで持ち帰ったキノコは、町に住まう鑑定師のおじいちゃんに見てもらった。
煮てよし、焼いてよし。炒めてもおいしい高級品だった。
じゃあこれは自分用に取っておいて、時々親父さんに料理してもらうとして。
蜂蜜を大量入荷してエルフに横流しするのがよさそうだ、ということになったのだ。
わたしは各地を巡る行商の中で、上質な蜂蜜を買い集めた。
養蜂家が居て、高品質な蜂蜜を売っている町はいくつも知ってたし。
気候や植生によって蜜蜂が蜜を取る花は違うけど、精霊からすれば味違いがたくさんあって嬉しいんじゃないかな。
ついでなので、蜂蜜を使った焼き菓子も少量仕入れた。
精霊が食べないならエルフが食べればよいのだ。
これはちょっとしたオマケなので、対価は最初は求めない。
まず持ち込んだ日に精霊に差し出してみて、ダメそうなら来年からは持ち込まない。
結果として、焼き菓子も蜂蜜も、両方喜ばれた。
時間停止付きの収納スキル持ちがいるから、もし可能なら蜂蜜を主体とした菓子も今度から持ってきて欲しいと言われたので、快く受け入れた。
報酬として、あのおいしいキノコだけでなく、薬草もたんまりもらった。
どうも、焼き菓子を食べた精霊たちが自主的に持ってきたそうで。
わたしは鑑定スキルは持ってないのでその場では、じゃあありがたく。って感じで受け取った、ん、だけど。
町に帰って、おじいちゃんに見せたら腰を抜かしていた。
万能薬的なものだそうで。
薬草一枚で銀貨一枚の価値があるとか。
えっ?大きめのタルに一杯分くらい貰いましたけど?
この町で売るのはもったいないから、次の行商で医療大国に持ち込むしかないかな。
あそこに持っていけば大体処理してくれそうだ。
薬草よりもキノコだ。
今日の夕飯はきのこたっぷりの炊き込みご飯だと言われている。
エルフのおいしいキノコ、堪能させてもらいまっせ。
これだから商売はやめらんない!
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我々は菓子というものは森の外でしか食べられないものだと認識している。
小麦だの米だのと縁遠い我々エルフは、菓子を作る下地がないのだ。
だから、あの行商人の娘が持ってきた菓子は見慣れぬもので、蜂蜜を使っているとて精霊が食いつくかは未知数だった。
しかし、精霊たちは焼き菓子をそれはそれは嬉しそうに食べた。
そうして精霊たちが迅速にかき集めてきたのが、行商人に渡した薬草と言うわけだ。
我らエルフにとっては大したものではない。
というか、少数種族である我らは大量の薬を必要としない。
ヒト種などの、森の外に暮らす者たちは大量にいるから重宝はするだろう。
なるほど、精霊は我らと違って外の世界にも行く。
需要というものを分かっていて集めてきたというわけか。
私と最も親密な精霊は、こっそりと焼き菓子を半分ほど渡してくれた。
食べろと示す仕草に、頷いて食べてみたが、なるほど。
食べ慣れた果物とはまた甘さが違う。
悪くない。
たまに食べる分には、という注釈がつくが。
何せ我らの舌は果物を最上の甘味として認識している。
しかし精霊からすればこれはごちそうになり得るのだろう。
もうすぐ冬が来る。冬の前にはどっさり行商人がやってくる。
蜂蜜を使った菓子も買い取る旨を、奴らにも伝えねばならない。
幸いにも、この大森林の手前にある町が宿場町だ。
一晩はそこに滞在するのだから、念話で同胞が伝えてくれたらすぐにでも報酬は準備できる。
そして、今年はキノコが豊作だった。
程よく収穫したので来年も同じくらいの収穫は見込めるだろう。
で、なくとも。
薬草の類で補填しても構わないのだから、楽なものだ。
さて、今日は薔薇の蜂蜜とやらを相棒に与えてみよう。
麗しい香りがするものだが味はいかがなものか。
指先にわずかに垂らしたものを舐めてみたが、なるほど。
馨しさに負けぬよい味だ。
と、相棒に服の袖を引っ張られた。
横取りではないぞ、という証のために、匙で掬って出してやると、心底うまそうに食す。
うむ。
この喜びようを見るためならば、多少の苦労など苦労でもないな。