ドワーフさんといえばあれですよね
今、わたしは鉱山の麓にある町にいる。
この町はドワーフが主体となって暮らしている町で、鉱山で働くドワーフと、その成果物を使って色んな金物を作るドワーフ、彼らを支える色んな種族がいる。
食に関する産業は殆どない。
なので本来はわたしは立ち寄ることがないんだけど、別の街で依頼を受けたので立ち寄ったというわけ。
目的はこの町随一の腕前を誇る名匠、デリクに、託された人工オリハルコンを使った武具を作ってもらうこと。
これは去年引き受けた仕事で、一度ナガワ国で冬の間休んで色々やってからここに来た。
なにせ、デリクを落とす武器がなかったもんで。
依頼主からはこう言われていたのだ。
デリクは、うまい酒があったほうが依頼が成功しやすい。
そしてこの町とナガワ国との交流はないと聞いている。
またかよ、って思ったけど、まあメジャーな国じゃないしね。
そこで思いついたのが、あの国ではそれなりにメジャーな焼酎と、清酒である。
わたしはそこまで詳しいわけじゃないけど、ウォッカやウイスキーはこの辺だと人気のお酒だという情報は依頼主からもらっている。
なので、地方のお酒ならまだいいんじゃない?ということで、冬の間にせっせと仕入れたのである。
町の人に聞けば、デリクの家はすぐ見つかった。
職人街のちょっと裏通り的なところにしれっとあって、玄関にかけられた古びたエンブレムでなんとか判別がついた。
そこでノッカーを叩いて待つことしばし。
「なんだ、ちびちゃい娘だな」
「初めまして。行商人のアリサと申します。
いきなりの訪問すみません。依頼を受けてデリクさんにお願いをしにまいりました」
「……入れ」
いかにも!って感じのずんぐりとしつつもムッキムキのおじさん。
許可されたのでノシノシ部屋に戻っていく背中を追ってお邪魔する。
「依頼を受けたなら俺に渡すものがあるのは分かるな」
「はい!お金はもちろんですが、お酒ですね?
私の拠点の国あたりで作られているお酒をお持ちしました」
まずは一献、と芋焼酎、麦焼酎、辛口甘口の清酒を取り出す。
勿論試し飲みではあるけれど一瓶ずつである。
まず甘口の清酒をコップに注ぐ。
飲まないわたしにはちょっとな…な、日本酒の匂い。
「ふむ。嗅ぎ慣れん匂いだ」
ぐい、とコップを傾ける。
けど一気飲みするんでなく、味わうような飲み方だ。
初めてのお酒ということで確認が主なんだと思う。
「悪くねえ」
「でしょう?他もお試しくださいな」
同じコップに入れると味が混じりそうなので、手持ちのコップにそーれと入れていく。
辛口にもご満足いただけたようで、追加でコップ半分ほどを飲まれた。
ちなみに、別に高級品は持ち込んでいない。庶民の酒だ。
次に芋焼酎を飲んだ時――デリクはカッと目を見開いた。
「うめえ」
「芋を使ったお酒ですよ。最後が麦のお酒です」
「強いばかりじゃねえな?」
「仕入れた商人によると、本来の味を活かしつつも酒精を磨いた逸品だそうで」
「なんでえ、嬢ちゃんは下戸か」
「子供舌なもので」
カカカ、と笑ってデリクは麦焼酎も飲んだ。
「いいな、こりゃ。
酒精が強い癖に味がいい。
鼻に抜けてく香がたまんねえ、ウォッカとはまた違うぜ」
「お気に召していただけましたか?」
「ああ。だがこれっぽっちじゃ受けられねえぞ」
「はい。樽で三つずつお持ちしました。
それと、このお酒ですが、ナガワ国に商人をやっていただければ仕入れられますよ」
販路をわたしに限る必要はないので、そう教えてみる。
するとデリクは訝しむような顔をした。
「嬢ちゃんが専売しねえのかい」
「私は酒だけ売るつもりはないですねえ」
「ナガワか……ひと月も旅すりゃあつく国だな」
気に入ったらしい芋焼酎を追加で一杯飲みながら、考えているご様子。
ドワーフにも収納スキル持ちは生まれるだろうし、そもそも仕入れ担当の商人がこの町にはたくさんいるはずだ。
健啖家の彼らを支える人がいないと、町が成立しないので。
「仕事は受ける。何を作れってんだ」
「あ、はい。依頼書がこちらです」
収納から出した紙を渡すと、じーっと見て頷く。
「簡単な仕事だな。この人工オリハルコンってのはあるのかよ」
「こちらです」
ごとん、と武骨な机の上に置く。
鈍く輝くインゴットをデリクさんは重さも感じていない様子で手に取り、いろんな角度から見まわす。
「悪くねえ。天然に近い仕上がりだな。
で、嬢ちゃんは出来上がるまで待つのか」
「いえいえ。依頼書にある住所にもっていっていただければ。
わたしが預かってるのは前金だけなので、そこで出来上がったものを渡してもらえれば成功報酬がいただけるはずです」
「なるほどな」
さすがにトンテンカンテンやってる間ずっとこの町にいるつもりはない。
そんなことしてたら商売が滞るし、ナガワ国のあの町に帰るのだってずいぶん遅くなる。
結局デリクさんは引き受けてくれて、樽を三つずつ倉庫に置いていくことになった。
お酒はナガワにいけばまだあるんだな、と何度も聞かれたので、まだ色んな銘柄がありますよとお伝えした。
ナガワ国は割と豊かな国なので、お酒の製造だって盛んである。
それでドワーフが目をつけたとなれば、材料を増産してでも作るだろう。
ま、飲まないわたしからすればただの商材なんだけど、酒好きたちが幸せになるのならそれはそれでよいことだ。
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同じドワーフ族の商人組合長を呼びつけ、まずは飲んでみろと芋焼酎なる酒をグラスに一杯だけ渡す。
最初の俺と同じようにまずは一口だけ含んで味わい、どんぐり目をカッ開くのを面白く観察する。
「こいつぁ……うまいな」
「だろう」
「知らん酒だ。どこの酒だ」
「ナガワ国だそうだ。本来はアマツ諸島の酒らしいが、ナガワでも製造してんだとよ」
あの辺か、とすぐに頭の中で地図を開いたらしい組合長は、短い腕で腕組みをして宙に視線を飛ばす。
組合長は酒にうるさい。俺と同じくらいに。
だからこそ気に入るだろうと踏んだ。
なので、他の三種を入れたグラスを一つずつ前に置いてやる。
口の中を洗う水のジョッキも一緒にだ。
その酒を一杯ずつ味わい、フーッと息を吐くのを眺めた。
「ナガワなら商団を組んでもひと月ほどだな。
あの辺は鉱山もねえからこっちの製品を売るのに問題ねえだろう」
「その辺は任せる。俺らは作るのが仕事、お前は商いが仕事だ。
この酒をもってきた行商人の嬢ちゃんが言うにゃ、あっちじゃ特殊な鉄を作るとかで鉄のインゴットも売れそうだとよ」
「ほう。さすがに地方独特のやり方は学んでこれそうにねえな」
「そりゃそうだ。俺たちだって弟子にしか教えんぞ」
だが、長持ちする農具だとか、鍋だのなんだのの金物だとかは俺たちが上だ。
人間とは金属と付き合ってきた年期が違う。
冷蔵庫だってエルフが発案したが、作り手は俺たちだ。
発案料で毎年一割持ってかれんのが惜しいが、それでも莫大な利益になってっから文句は言えん。
ああ、そうだ。冷蔵庫も売れるか。
人間が作るヤツは俺らからすりゃ旧式だ。
最新式で便利なヤツなら買い替えだって検討するだろ。
特にお貴族は最新式だの最先端だのってのに弱い。
ニヤリ、と、俺たちは悪い笑みを交わす。
「ウォッカの流行りが終わって馴染みの酒になってきたもんで、新しい酒を探してたんだ。
教えてくれた礼に、当分仕入れた分はお前に優先して売ってやらぁ」
「ありがてえ。
そんじゃあ俺はお前の注文は最優先で受けてやるよ」
ガッ、と、拳と拳を打ち付けあう。
さあ、忙しくなるぞ。
うまい酒のために働く幸福を久々に味わおうじゃねえか。