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聖女様のご飯事情

この世界には「聖女」と呼ばれる、神様の力を借り受けた存在がいる。

彼女たちは固有のスキルを持たない。

洗礼の儀式で鑑定された時に「聖女」と発覚する、らしい。

具体的に何がどう表示されるのかは知らない。

わたしは割と無神論者で、異端者と思われないように教会には一年に一度いく程度の人間だから、というのもある。


で、その聖女様というのが、国によっては祀り上げられ度合いが違う。

具体的に言おう。

メチャメチャ戒律が厳しいところと、ゆる~くお仕事するところとで、温度差が半端ないのだ。

戒律が厳しいのは宗教国家で、他の国は大概ゆるい。

どう違うか?

生活リズムがまず違うのだ。


宗教国家の聖女は朝五時には起こされて冷たい水で禊をさせられる。

この時点で割と虐待だと思う。

体を温めさせてくれるわけでもなく神殿の奥の祈りの間で一時間ばかり祈りを捧げさせられ、その次にやっとご飯、なんだけど。

パン。塩っ気の薄い野菜スープ。以上。


え、肉とか魚とか卵は?


こんな生活なので宗教国家の聖女は婚姻可能な年齢になったら早々に結婚して逃げ出す。

やせぎすで身長も低い聖女たちは、日々接する信徒の中でこれぞという男性に逆プロポーズをかまして一日でも早く逃走しようとする。

その姿を見て育つまだ小さい聖女もそうしなきゃやばいんだ!と学習する。

なので、宗教国家なのに聖女がちっとも長持ちしないのだ。



え?聖女なのに結婚は自由なのかって?

そりゃもちろん自由である。

神様はそこらへん強制すると神罰を下すのだ。

なら聖女の健康度合い見て国家にも神罰しろよと思うけど、神様の考える事は分からない。


と、思っていたんだけど、最近になって神殿で大革命が起きたらしい。

無論血なまぐさいヤツ。

腐敗しきって凝り固まった考えの古狸を「一掃」し、若く思考の柔軟な神官たちが下剋上した。

彼らは穢れに満ちたやり口を全て一新し、古来よりの聖女の扱いにも手をつけた。


そこで、たまたま参拝に来たわたしという行商人に目をつけたわけだ。




「異国のご飯ですか?」

「そうです。我々は清貧を心がけるあまり、他国ほど料理に精通しておりません。

 特に聖女の召し上がる食事はどういったものがいいのか知らないのです」

「はあ。とりあえず手っ取り早く鶏を大量に飼うのがいいですよ」



卵とお肉と二つ手に入るからね。



「で、他の国では聖女も神官も肉魚卵全部食べてました」

「なんと」

「さすがに血の滴るようなステーキを毎日食べてるわけじゃなかったですけどね。

 パンとスープとメインって感じで、そのメインに肉類が来るって感じで」

「味付けはやはり塩だけでは厳しいでしょうか」

「きのことか……これ、このコンブとかカツオブシで味付けするのがいいですよ。

 取り扱いは教えますから、出汁引くこと覚えましょう」



わたしは猫の国に卸すためのレシピをたくさん携えている。

もう既に卸したあとのレシピもだ。

なので、行商の旅で立ち寄る町であちこち食べ歩き、買う価値のあるレシピは大抵持っている。

それを売ることに、なんら問題なし!



この国では日本風のお米、インディカ米、小麦のいずれもを取り扱っているし、生産している。

理由。主食を一つに限定すると、不作だった時困るから。

ただしお米はどちらかっていうと庶民食。パンは上の方の人が食べるものだったそう。

な~んだそりゃ。区分なんかせずにいい感じにバランスよく食え。


そういうわけで、出汁を引くという概念をまず覚えさせた。

これは主食を選ばず必要だ。だって味の奥行きがあるとないとでは同じ塩を使う料理でも味が全然違う。

で、きのこはそのままスープの具に出来る。

しかしコンブとカツオブシは別のものにしたほうがおいしい。

なので有効活用するための、和風な煮物だの、おかかだのを教えた。

口内調味というんだっけ?口の中でお米と主食をマリアージュさせる文化がない場合にせよ、おかかなら白米に乗っけて食べればいいだけだし、これは割とすぐ馴染むだろう。


料理全てに出汁があったほうがいいというのは、即日理解された。

実際作ってご提供したら、確かに違うな……という顔をされたのだ。

味見をした料理人たちは出汁の引き方を書き留め、その場にあった鳥やら豚、牛の骨――捨てるはずだったそれらも出汁になると知って愕然としていた。

美味しいを捨てていた!こいつら!



「ほ、他に出汁になるのは」

「大抵のものは煮込めばうまみを煮汁に吐き出しますよ?

 肉だって煮込んだ汁全体から味するようになるでしょ。

 なので、火が通ったらおしまい!はダメです」

「なるほど」

「でも煮込み過ぎたら具材がぐずぐずになるので程々がいいですね。

 この国はきのこがいっぱいなので、出汁も具材に頼り過ぎないでいいから楽だと思います」

「きのこは生のほうが?それとも他に何か?」

「干したのを水で戻すでしょ?その戻し水が出汁になるんで、捨てないで使うだけで全然味が違ってきますよ」



料理長がマシンガントークな感じで質問してくるので、答えてあげると皆がメモするメモする。

別にわたしは料理が得意じゃない。

けど魂は出汁文化に満ちた日本産なので、ちょっとうるさいぞ。


そうこうしながら聖女様も食べる昼ごはんが出来上がりだ。

どこを食べても中のおかかに良い感じに到達するおにぎりと、季節のきのこと野菜のスープ。それにあいびきひき肉入りのオムレツだ。



「こっから東の方、海に面したナガワ国ではミソとショウユっていう調味料を作ってます。

 アマツ諸島から伝播してきた調味料なんですけど、これを使った料理もおいしいですよ」

「この、オカカという具材に使っていた黒い汁ですね?」

「そうそう。これは割と長持ちする調味料なので、仕入れるといいですよ。

 いくつかお売りできるので、実際使ってみて検討したらどうでしょう」



わたしのねぐらにしているナガワ国の、港町。そこはアマツ諸島ともやりとりしていて、故にミソとショウユが根付いているし和風なお国である。

けど漁村のあたりではナンプラーも作っている。しょっつるかな?どっちにしろ塩漬け魚の汁である。

なおこの国ではマヨネーズさえ普及していなかったので、卵の取り扱いに注意した上で作ってみようねとこのレシピも売った。ケチャップくんもである。


まったく、陸繋がりで他国とも付き合いがあるはずなのに、メシマズ国家とはいただけない。

清貧でも美食は美食として受け入れるべきだ。

限られた食材でだって美味しいは作れるのだ!


今回の旅では、次にここに来るときのために、調味料類を多めに仕入れようか。

どうせ猫の国にも卸すんだから、多くても別段問題ない。

まったく、ほんとこの世界の収納持ちは怠惰が過ぎるぜ!





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行商人様が教えてくださった料理で構成された昼食。

見覚えのないそれらからは、食欲をそそる良い匂いがする。


きちんと洗った手でもって、オニギリなる米の塊にそっとかじりつく。

程好い塩気を感じる謎の具材と、淡泊ながら甘みのある米が、口に心地よい。

おいしい。

味わいたくて何度も噛んで、飲み下す。



「聖女様、いかがでしょうか」

「とても、美味です」



食事と言うものは義務だと思っていた。

少し硬くて小麦の素直な味だけがするパンと、塩気と野菜の味だけの飲みにくいスープ。稀にそこに塩で茹でただけの肉がつく。

三日に一度だけ食べられる果物はおいしかったけれど、それ以外は本当に義務で食べていた。

神殿の外の食べ物は美味しい。

そう聞いていたから、私も早く結婚して逃げ出そうと思っていた。

あと四年もすれば結婚できる年齢になるから、急がないと、と思っていた。


だけど、革命が起こって。

新しい神官長様は、私たち聖女の暮らしを改善したいと仰った。

聖女だけでなく、この神殿に仕えて暮らすものたち全ての生活を変えたいのだと。


朝の禊はなくなって、ゆっくり休めるようになった。

祈りも、朝食後に祈りたいだけ祈ることになった。長く祈ってもいいし、ほんのちょっとだけでもいい。

そして信徒に接するのも義務でなくなった。

体調が悪ければ部屋で休んでいてもいいし、医者だって呼んでもらえる。


そして、今日。

つらい義務だった食事が、良くなった。


オニギリを一つ食べ終えて、オムレツにフォークを滑らせる。

細かく刻まれた肉は瑞々しく、卵との相性は抜群だ。


スープも一口飲む。

よく分からないけれど、塩気がありつつも尖っておらず、美味しいと感じる。


夢中になって食べていると、お皿が空になった。



「聖女様、いかがでしょうか。

 晩餐はまたパンでございますが、そのパンにも工夫を加える予定です」

「まあ……」

「美味なる食事は生きる基礎です。

 皆が食事時を楽しみに思う暮らしを、今後は続けてまいりましょう」



神官長の言葉に、一も二もなく頷く。

と、同時に。



「民にも美味を広めましょう。

 また、外からも美味を募りましょう。

 もちろん無意味に豪奢なものである必要はありません。

 けれど日々の糧が美味であって悪いことはないでしょうから」

「もちろんです」



誰もが笑顔で食卓を囲める国へ。

逃げ出さなければいけない神殿から、穏やかに神を奉じる神殿へ。

私たちは、新たな時代を生きるのだ。





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