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猫の国と行商人

さて、この世界には亜人と呼ばれる、わたしのような人類に近いけれど別の系統に進化した別種の人類がいる。

エルフやドワーフ、ハーフリング。その中でも獣人は同じカテゴリの中でもさらに種類がいて、ひとくくりにするのはちょっと無理がない?と思うこともある。

だって、犬猫くらいなら分かりやすいけど、熊とか狼、果てには竜人なんてのもいるのだ。


そもそも竜はこの世界だととっくのとうに滅んだ種族で、その末裔である竜人しか残ってない。

その理由は分かっている。

ご飯がね、必要過ぎたんだ。

あの巨体を支えるために必要な食料を奪い合い、争い、自滅していき、人に変化して省エネ出来た個体だけが残った。それが竜人。

なので普通の獣人とはまた進化の経緯が違う。

普通の獣人は、環境に適したように生きるために進化したと思われる。エルフと枝分かれしたっぽいんだよね。

この辺りはわたしも詳しくない。

何分人類学さえ未熟な世界だ。一部の酔狂な学者が一生かけて研究した結果を次世代の少ない学者が引き継いでコツコツ解明している学問。

竜人の由来が判明しているのは進化した初期の竜人が生きている間に学者に話をしたからで、その竜人はもうこの世にいないそう。


なんでこんな話をしたかってーと、森林の国――猫獣人が特に多く暮らす地域に向かうからだ。

去年の帰りにここに立ち寄って、残った海の魚を卸してみたら大盛況。

ミソやショウユもそうだけど、特に海の魚を買い取りたいと依頼されている。

もちろん獣人たちもスキルは持っているから多分自分たちで買い取りには出ている。

だけど、多分、あればあるほどいいと思っているんだと思う。



「おお、去年の行商人」

「こんちは~」

「皆楽しみにしているぞ、商会はお前が来るのを今か今かとそわそわしていると聞く」

「わお」



去年卸した商会では、時間停止付きの収納持ちを大々的に募り、ピストン輸送形式で海の魚のみを入荷しているそう。

なのにわたしが今更必要かな?と思うけど、他の行商人にも海の魚を求めていることを通達しているそうで。

まあ要するに、本当に、あればあるだけ欲しいんだね。


国境となる丸太壁にちょこちょことある検問所の衛兵さんも猫獣人さんだったし、森林手前にあるこの街の衛兵さんも猫獣人さんだ。

なので聞いてみたけど、川魚よりも海の魚のほうが好きになって、今では週に一度の贅沢として食べているそう。

ちなみに基本としてのレシピは分からないだろうと思って、朝市で焼き魚や煮魚を売ってる人たちからレシピを教わってそれも一緒に売ったので、おいしく食べてもらえている様子。


さてさて、街の中では馬から降りてテクテクと歩く。

と言ってもこの街は物品の収集所としての要素が大きいので、そう迷うこともない。

お目当ての商会に辿り着くまでには十分ほどで辿り着いた。

馬には軒先で待っていてもらって、わたしはさくっと面会を求めた。



「おお~。アリサさん、お久しぶりです。今回はいかほどお持ちいただけましたかにゃ」

「お久しぶりです。え~っと、大体……ミソが10壺、ショウユが7樽、魚が切り身で……」


具体的な数字を上げていくのをふんふんとメモする商人さん。

獣人は特徴となる獣耳と尻尾のみで、他は大体人間と一緒の外見だ。

ご機嫌な様子で尻尾がゆらゆらしている。

待っている間にお茶を頂き、ナッツのお菓子もぽりぽりする。



「うん、これなら待機組でお預かりできそうです。

 ミソとショウユは常温でも保存できるのでしたにゃ?」

「はい。でもそんなすごく長持ちはしませんからね」

「ええ、ええ。すぐ売れてしまいますのでにゃ。

 魚だけは時間停止組に持たせますので」



ではこちらへ~、と、案内される。

普段は事務仕事をしている人たちが管理用らしいトレイを山ほど置いた机の横で待機していた。

なので、だいたい一人前をトレイに乗せて、それをホイホイとスキルにしまってもらう。

この切り身は朝市のおじちゃんたちがせっせと捌いて作ってくれたものだ。それを即座にしまったものを、トレイに乗せたらすぐ時間停止組の人たちがしまっていく。

私はそのままスキルに直接吸わせていて、任意の場所に好きな量出せるけど、これはイメージの問題かもしれない。

皆は入れた袋ごととかそういう単位で出すのが殆どなのだ。

トレイに乗せて入れたほうが便利だし、汚くならないとのこと。


そうやって山ほどあったトレイが全てなくなっても、取引分に足りなかった。

これは明日またトレイを限界まで仕入れてくることで対応するそうで、今日は泊まっていけと言われた。

馬がいるんですけど~っというと、預かってくれるとか。

なんなら馬のお世話専属で働いてる人がいるので、長旅の疲れを癒しておいてくれるとか。

有難すぎるな~っと思ったので、旅の間大事に食べてきていた、冬のねぐらの親父さん謹製の味噌煮定食をごちそうした。


わたしの分がなくなるぞって?

大丈夫。

ここからなら二十日ほどの距離でねぐらには着く。

その間は残った分だけで頑張れるともさ。






翌日。

商人さんたちに魚を全て渡し終えて、次の発注を受け付ける。

というよりもまあ、あればあるだけ買うので持ってきてほしいと言われた。

この国はちょっと閉鎖的なところがあるので、二十日ほどしか離れていない、ねぐらにしてる小さな国とさえ交友関係にないのだ。

なのでミソにショウユは輸入できてさえいなかった。

塩も自国内の岩塩で賄っていて、今は海際に人をやって入荷するようにする計画が練られているそう。


この国の一番の産業は、木材ではない。

木材はすぐ隣の国に売っているけれど、それよりもっと人間が欲しがるものがある。

楽器である。

意外と繊細な職人集団である猫獣人たちは、飽きっぽくはあるけれども、一度集中すれば人間の職人には出せないまろやかで優雅な響きを持つ楽器を作り出す。

木製の横笛なんかはフルートより素朴ながらフルートに負けず劣らずな音色を出すので大人気だ。

なんでも、とある宗教国家の大神殿にあるオルガンは、この国の職人が一年かけて作り出した超大作らしい。


また同じように木を使った木彫り細工も特産品。

小物入れとかもそうだけど、木製の家具は大抵なんでも作る。

この国の森林特有の、艶がありつつも丈夫な家具は、高級品。

だけど王侯貴族だけじゃなくてそこそこお金がある平民も頑張れば手が届く部類でもあって、人気である。


そんなわけでこの国は、それなりにお金を持っている。

だけどよそとはそこまで交流してきていなくて、特定の商人たちとだけやり取りしてきたようなものだから、色々足りないのだ。

故に。



「料理のレシピですか?」

「ええ、ええ。

 我々は食べられるものを食べられるようにしてだけ食べてきましてにゃ?

 なので美味しく食べる方法を知りたいのです。

 アリサさんが食べさせてくれた「テェショク」の「コバチ」、あれは素晴らしかったですにゃあ」



大豆とひじきの煮物かな。



「サラダ一つとっても味付けが肝心になると知りましたのにゃ。

 ですから、レシピひとつにつき、手間賃などを込みで銀貨2枚で買い取りますにゃ。

 もちろん!それに必要な食材も、あればあるだけ買い取りますにゃ。

 我々、美食に目覚めてしまいましたのにゃあ」



もみもみと手を揉みながらニッコニコの商人さん。

尻尾もゆ~らゆらである。

まあ、情報を売るのも商売になるかな? と、思ったので承諾する。

親父さんや朝市の皆さんに聞いてもいいし、主婦さんたちに聞いてもいい。

旅先でだって、庶民メシは数多ある。

そういうのをかき集めてきて教えるのも悪くない。

なんなら、どこの街でも美食が楽しめるように売りさばいてもいいのだ。


な~んて計算をしながら、取引OKの証として握手をする。

頑張れネコチャンズ。

十年も頑張ればおいしいご飯に囲まれて暮らせると思うぞ!






----



通称、猫の国。

大陸暦1885年の秋頃にもたらされたという、とある行商人由来のミソとショウユ、そして海の魚により、国は美食というものを知った。

小骨の多く泥臭い川魚や、煮込んで食べる他にしていない馬鈴薯に豚の肉。岩塩を軽く振っただけのレタスやニンジンのサラダ。時たま卵。

とりあえず腹が満ちればそれでいいかと進歩をしなくなった食事には美味が眠っていると知った猫獣人たちは、ただ漫然としていた商売の規模を拡大。

これまでは手慰みでしかなかった木製の家具を中心に増産をかけ、その対価で各地の美味なるものを買い集めるようになる。


また、出荷製品の増産のために、森林の手入れについてより研究するようになり、森林そのものは維持しながら加工のための木材を育てる知識の大本がこの時代に確立した。

林業の基本が出来上がり、むしろ森林の健康化につながったとして、現代も猫の国の森林は豊かな自然と、大いなる恵みを持つ貴重な資源となっている。


外向きの貿易が盛んになったことで、外の知識を取り入れた猫の国は平原での牧畜にも力を入れることとなった。

従来の豚だけでなく、牛や鶏の飼育にも積極的になり、その餌の生産も行い。外国から畜産のプロを呼んで指導を受けたりもした。


そうして外と積極的に関わり、美味なる料理を意識するようになった結果。

猫の国は国籍を問わず、大陸中の美味を味わえる美食大国として知られるようになる。

プロの料理人を目指すなら猫の国で一年は修行すべし。

そんな風に言われるようになったのは大陸暦1900年中頃の話である。


始まりの行商人が思ったよりも遅く、けれどその分、予想していたよりも豊かな国になったのは確かである。


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