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第三話 そこで我らが勇者の出番だよ

 よくある話だ。

 外から引っ越してきた家族。

 移住先で上手になじめず、いじめにあう子供。

 おとぎ話ではない。寓話として機能するような出来事は何もない。

 いじめは悪だが、感情を辿れば、集団に入り込んだ異物への不安に行き着く。

 戦争でみんなピリピリしている。心に不安を抱え、その捌け口を探している。

 だから、仕方のないことなのだ。

 彼は自分に、何度も言い聞かせた。

 戦乱の時代を通じて、歪んでいく人々を見た。現実に救いは訪れず、勇者はいつまでも姿を見せず、悪い方向にばかり転がり落ちていく。

 達観と悲観の間を振り子時計のように移動して、少年はいじめを受け入れた。


「かわいそうな自分、みてーなツラしてるのめざわりなんだよ」


 していない。

 魔王の軍が村を襲ったことを思い出すのは心苦しいが、いつまでも暗い顔ばかりしていられない。


「お前のおやじ、動物は殺せんのに勇者にはなんねーのか。おくびょーもんだな」


 臆病者などではない。

 どんな人間にも役割がある。父は戦士でなかった。それだけの話だ。

 だが、少年は強く言い返すことはしなかった。

 問題を起こせば、村を出ていかなければならない。

 自分のせいで両親に再度の移住を強いるなど、考えたくなかった。

 だから言い聞かせた。よくある話だと、仕方のないことだと、言い聞かせた。

 現実的に考えて、自分を納得させる方がはるかに簡単だったから。


「群れることでしか悪意をぶつけられないお前たちと、どちらが臆病者なのかな」


 一人の少女が、少年たちの間に割って入った。

 彼のよく知る現実が終わった瞬間である。


「ヨハン、私は今日ほど、お前と同い年であるのを恥じたことはないよ」


「な、なんだよ、ユーリエには関係ないだろ」


 少女は、逃げ帰るいじめっ子たちの背中をひとしきり睨むと、同じくらいきつい眼差しを少年に向けた。


「勘違いしないでほしいが、道徳心だの正義感だの、おしきせのくだらない理由でお前を助けたわけじゃないんだ、よそ者」


 無知を盾に、感情論を武器にして、未知を排除しようとするのが気に食わなかっただけだと、少女はきっぱり言った。

 むしろ、分別くさいフリをして立ち向かわない人間は嫌いだとまで言った。

 凛としていた。真っ直ぐに彼を見ていた。

 彼女にとって勇気こそが盾であり、知識こそが武器だった。

 実のところ少女の振る舞いには多分に格好つけが含まれていたが、少年が真実を知るのはずっと後である。



────



「ではこちらの依頼を受注される、ということでよろしいですね?」


 窓口のすぐ後ろで、壁に掛けられている木版に幾枚もの用紙が並んでいる。

 受付嬢は、数ある中の一枚を手に取ると、ピンを取り外した。


「魔獣を駆除した証拠を何か持ってきてくださいね、頭とか」


「あた、頭……?」


 聞き間違いを疑ったが、受付嬢は「ええ、頭」と答えた。

 朝の勇者ギルドは人でごった返していた。両隣の窓口でも他の勇者たちが依頼について会話しており、昨日とは比べ物にならない活気だった。

 来訪時間によって、こうも違うとは誤算である。

 フランツを宿に置いて一人で来たが、窓口にたどり着くのも一苦労だった。


「証拠はこれに入れてください。不正はダメですよ、魔術の検査で、死んだ時間と状況は分かりますからね」


 使いまわしらしい、ところどころに赤黒いシミのついた麻袋を渡される。

 この魔術万能の時代に、なんて原始的な手段なのか。

 うっ、なんだか生臭いみたいだ。


「朗報お待ちしておりますよ、勇者の代理人様」


 王都郊外の農園から、周辺に出没する魔獣の討伐以来だ。

 魔王の復活から暫くして、ただの獣より体格も気性も凶悪な生き物が各地に出没するようになった。

 人々は、魔王と凶暴な獣を関連付けて、魔獣と呼んでいるが、実際のところ因果関係は分かっていないという。

 いずれにせよ危険な存在で、誰かが対処しなければならない。


「そこで我らが勇者の出番だよ」


 受け取った依頼票を、フランツの目の前に突き出す。

 言いつけ通り荷物をまとめていたようで、準備は万全だ。


「内容はわかったけど……ユーリエ、本当に同行するの?」


 なにを当たり前のことを。

 アシスタントして、しっかり補佐しなければならないだろう。

 加えて、今まで眠っていた私の武術的素養が目覚めるかもしれない。

 

「ふふっ、もしかすると私も一騎当千の強者になっちゃうかもだねえ!」


 宿屋を出て、目的地に向かう。

 王都はいくつかの産業ごとに区分けがされており、勇者が扱う店は一括で単体の区内で済ませられるようになっていた。

 宿やギルド、装備品類を取り扱う店も存在し、少し道を歩くだけで、看板が目に留まるくらいのところにある。

 とある店の前で、フランツが足を止めた。

 見ると、木製の看板に板金鎧(プレートアーマー)が描かれている。

 防具品を取り扱うところだ。本人にぴったりな鋼鉄の鎧を仕立ててくれると評判らしい。


「やっぱりカッコいい鎧がいいかい?男の子だねえ」


「まあ、手に入れたところで今の僕では使いこなせないさ」


 からかってみたが、冗談では済まされない問題だ。

 どれだけ体を鍛えたところで、生身であれば怪我をする。蓄積すればやがて致命的な瑕疵となる。

 全身を守る防具は、いつか絶対に手に入れたい物の一つだ。

 フランツも、同様に考えているのだろう。


「たっか……」


 立て看板に書かれた値段表を見て、呻くような呟きをもらし、「うん、分不相応な夢を見てしまった」と足早に立ち去ろうとする。

 横をすり抜けようとする二の腕を掴んだ。


「なんだフランツぅ弱気じゃないか、ナーバスじゃないかペシミズムじゃないか。経験のなさに由来する後ろ向きな思考というのは、意外と時間が解決するものだ。後から振り返った時に、ああ、なんであんなに悩んでたんだろうって思ったりするのさ」


「ははあ、そうですか」


「君の素っ気ない反応は心にクるよ」


 おどけてみせたが、失敗だろうか。

 クスリとでも笑ってくれればと思ったが、どうにもうまくいかない。

 慣れないマネはするものじゃないと言うが、私は勇者のアシスタントで、精神的負担の軽減だって仕事の範疇だ。

 どうにかして、自然に勇気づけられないものか……。


「ありがとう、初依頼だから気を使ってくれてるんでしょ?」


「む……」


 見透かされていた。

 今日は初めての仕事だ。勝手を知らない行動は、それだけで心に負荷がかかる。

 余計な気苦労をさせまいと、出発の直前まで休んでもらっていたが、逆に考える時間を与えてしまい、不安を煽る結果となってしまった。

 いつも以上に言葉少なな幼馴染の緊張を和らげたかったのだが。


「今の僕に鋼鉄の鎧はないけど、勇気と、君っていう知識がある。大丈夫だよ」


 良いことを言うじゃないか。

 元気を出してもらいたかったのに、こちらが励まされているようで複雑だが。

 魔獣については、関連する本を読んだことがある。分類から特性まで、しっかり頭に叩き込んでいるから大丈夫だ。


「任せてくれ。君の補佐を十全にこなしてみせるとも」


「僕以上に緊張してるくせに、何言ってるのさ」


 さ、さて、長話をしていても仕方ない。

 私たちは目的地に向かって進んだ。

 石造りで、きちんと舗装されている王都城壁の外に出ると、周辺には農園が点在している。

 獣、特に魔獣による被害は彼らの頭痛の種だ。

 一応、公道に沿って衛兵が巡視しているのだが、魔獣の駆除はギルドに依頼するよう王国から強く奨励されているのが現状だ。

 私たちは、今回依頼を出した農園の主に挨拶をするため、家を訪ねた。


「何度も畑を荒らされてね、今日はよろしく頼むよ」


「はい、勇者フランツにお任せください!」


 横に立っている幼馴染の横腹をつつく。

 肝心の本人が堂々としていなくては仕方ないじゃないか。


「終わったらまた顔を出しておくれ、駆除できたか確認しなきゃならん」


 農園の主は、あごひげを蓄えた初老の人物だった。

 恰幅の良い輪郭からは、良い暮らしをしているのだろうというのが伺える。

 肉の中に埋没した眼差しは、訝し気に私たちを見ているように思えた。


「太陽が落ちるより前に、魔獣のやつをあの世に叩き落してやりますとも」


 農園から少し行くと、森林が広がっている。

 魔獣が潜伏しているとすれば森のどこかだろうが、継続的に被害が出ているのを考えると、行動範囲はそう広くないはずだ。

 不自然に折れた枝やかき分けられた藪を辿って行った先、ひらけた場所に怪物は鎮座していた。

 魔獣は、通常の野生動物と比較しても図体が大きい。

 森に紛れようとしても、居場所はすぐにわかる。


「知ってはいたが……大きいな」


 見てくれは猪に近い。

 異様に伸びた体毛はウネウネと動き、四つ脚の周りに小さな副肢が幾本も生えている。

 黒い体毛が木漏れ日に照らされ、極彩色の彩りを見せていた。

 私たちが一歩踏み出すと、魔獣の身体が揺れる。

 いくつもの眼が体毛の隙間から開かれ、こちらを一斉に見た。

 嘘だろう。畑を荒らす程度の野獣のくせに、どうしてこんな凶悪な見た目をしているんだ。


「が、外見は恐ろしいが、とろいらしい。奴の動作を見極めるぞ」


 起き上がった魔獣は、四つん這いでもフランツの胸元に届くほどの大きさだ。

 怪物が身をかがめると、フランツが叫ぶ。


「突っ込んでくる!」


 視界がぐるりと回転し、次いで地響きのような音がした。

 突き飛ばされた私は顔面から地面に突っ込む。

 フランツは体勢を立て直しており、鼻血を垂れ流す私に気付いていないようだった。

 恨み言を述べる暇はない。

 木に激突した魔獣が、幹に突き刺さった牙を引き抜いているのが見える。

 ミシミシと、木が軋んでいる。

 待て、動きが全く見えなかったんだけど。これのどこがとろいっていうんだ?

 血の気が引けていくのが分かった。


「こりゃ正面から戦うのは無理だね、次善策といこうか」


「いいよ、僕は何をすればいい?」


「それはもちろん───」


 逃げる。

 全力でと言いたいところだが、背を向けて一直線に走れば刺激するだけだ。

 森の中をジグザグに走っていったほうが良い。大きな図体が邪魔をして、上手に追跡ができないはずだ。

 幸い農園までは離れていない。迷うこともないだろう。


「僕が先に行く。囮役は任せてよ」


「は、え、ちょっと」


 引き止めるよりも早く、フランツは木々に向かって走り出した。

 唸り声をあげると、魔獣は彼を追って飛び込んでいく。

 

「思い切りが良すぎるだろう!」


 私は、ここまで来た道を全力で走り抜ける。

 どこからか聞こえる魔獣の唸り声を背に。

 凶悪な牙に貫かれる幼馴染を想像すると、胃液がこみ上げてくる。

 早く、早く『あそこ』まで戻らなくては。

 障害物もなく、円滑に農園近くまで戻ることができた。

 魔獣の体格に合わせた獣道は通常のそれより大きく、入り口も広々としている。

 彼はどこだろうか。


「フランツ……い、位置についたぞ……」 


 息が苦しい。わかっていたが、大声を出すなどできそうもない。

 背負っていた鍋蓋とおたまを手に取ると、予定通りに全力で叩く。

 金属のぶつかる甲高い音が響いた。


「おい……聞こえないのか……」


 静寂。

 音がむなしく響くも、応える者はいない。

 心がざわつく。

 どうしたんだ、どこまで行った。

 猟師の息子だから、森の中は動き慣れてるんじゃなかったのか。そう言っていたじゃないか。

 頼むから出てきてくれ。


「フランツーっ、戻ってこい!」


 心臓が張り裂けそうだ。

 あれ、全身に血液を送り込んでいるのは心臓って名前の臓器で合ってるよね?

 くそ、くそ、こんな時にいったい何を考えているんだろう。

 瞬間、藪からフランツが飛び出してきた。獣道を一直線に走って来る。

 次いで、魔獣が飛び出してきた。

 もうちょっと。

 もうちょっとで『あそこ』だ。


「今だ、やれっ!」


 フランツの合図で、私は近くの紐を切った。

 彼が走り抜けた地面が崩れ落ち、追いかけていた魔獣は、前脚の二本をいきなり現れたくぼみに突っ込んだ。

 体が重すぎる反動だろうか。

 バランスを崩し、勢いのままに倒れ込むと、膝関節から下が通常ではありえない角度に曲がる。

 小さな副肢で起き上がろうとするも、よろめくばかりだった。

 

「作戦、成功だ」


 泥まみれになりながら、フランツが笑った。

 罠を仕掛けようと提案したのは私だ。

 なにせ魔獣と相対するのは、人生で初めてだ。戦って勝利できるなら僥倖だが、上手くいかない可能性も考えなければならなかった。

 落とし穴という意見をもらい、具体的な実現に向けて考えた。

 農園の主からロープと布をもらい、獣道の途中で掘った穴にかぶせたのだ。

 上から土をのせて、両端からロープで吊るせば、簡単に見破ることはできない。

 目の前で人間が走って見せたのだから、なおさら落とし穴があるとは思わなかったろう。

 何も複雑なことはしていない。単純な罠こそ、最も効果的だからだ。

 一時的にでもいい、身動きが取れなくなれば、残されたのはトドメだけである。

 フランツが剣を突き立てると、ついに獣は動かなくなった。

 恐る恐る、魔獣に近づく。

 農園を脅かす恐るべき怪物は、完全に息絶えているようであった。


「私たちの勝利だ!快挙だ!新たな歴史の一幕だよ!」


「ユーリエ、く、苦しい」


 ハッとして、抱きついていた腕を緩める。

 

「あ、う、すまない……とにかくやったんだ!」


 掘った穴よりも魔獣が大きかったとか、フランツの独断専行とか、想定外の事態はいくらかあったが、今となっては些細な問題だ。


「……そうか。僕ら、成功したんだね」


 沈みかけの太陽を横目に、私たちは抱き合いながら喜びを分かち合う。

 魔獣の頭部は重く、交代しながら持ち帰った。

 達成を報告すると農園の主人はひどく驚き、早めの夕食をごちそうしてくれた。


「今だから言うけど、鍋蓋とおたまを背負ってるのを見た時は、舐めてるのかってキレそうだったよ」


 シチューを並べる主人は、しかし暖かく笑っていた。

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