第二十五話 もう一度、フランツに会うよ
「なんだか恥ずかしいな……覚えてるよ」
「君はあの頃から忍耐強かったね」
彼は多くを背負うようになった。英雄としての責任とか、他者の期待に応えなければならない義務感とか、逃げるのも難しい概念的な事柄を。
始まりは私だ。私が勇者になるよう頼んだからフランツは武器を取った。若き勇者を取り巻く苦しみの元凶だ。だから、彼の苦しみに終止符を打つ役割もこちらが担わなければ道理が合わない。
「もういい。十分やったじゃないか。このままでも王国軍は勝利できる、わざわざ君が命をかける必要はない」
今回だけなんて中途半端な決断はしない。フランツには戦舞台を降りてもらう。人間一人いなくても、戦局に変わりはないだろう。
同意さえ得られれば次は侯爵だ。考えてやると言ったのだから、何としてでも不参加を認めさせてやる。もし拒否されても他の怪我人に紛れ込ませて都市へ送還してしまえばいい。作戦中は人の入れ替えが頻繁になるから不可能じゃない。
頭の中で筋道を立てる。自分にやれることをひねり出す。己の間違いを正すために。
「ジギスムント様みたいなこと言うんだね」
「侯爵が?」
「打診されたことがある。無理して戦わず、後方で休んだらどうだって」
フランツは「その時は断ったけど」と付け加えた。
堅物っぽい侯爵がすでに休養の提案をしていたのは意外だった。あるいは自分が断られたからこそ、できるものならやってみろという考えだったのだろうか。いずれにしても、侯爵が休養に前向きなら光明が持てる。
私は長年フランツの幼馴染をやっているのだ。必ず説得してみせる。
「というか、僕がいなくなったらゲヴァルトやキュナスはどうなるの?」
「ゲヴァルトは雇い主がジギスムントになるだけだ。キュナスは……領都に戻ると言っていた」
二人とは相談を重ねた。
傭兵は良くも悪くも淡白で、短く了承の意を述べるに留まった。彼にも目的がある以上ここを離れることはないだろうが、全てが片付いたら王都に帰るのかもしれない。意地の悪いことに「ま、あいつが同意したらだけどな」と最後に付け加えていた。
魔術師には苦虫を噛み潰したような顔をされた。志半ばで路頭に迷うのだからキュナスの怒りは当然だ。なじられるとも思っていたが、酒をちびちび飲みながら「フランツ君を信じてあげて」とこぼすのみであった。
「みんなには話しておくから大丈夫、何も気にしなくていい」
私がやる。私が考える。私がなんとかする。前からそうだったように、君を導く。そもそもの間違いは、仕事に同行しなくなったことだ。私の知らない君が増えたせいで、支えるという本来の役割が難しくなっていった。そのうち環境が、状況が、管理できる領分を超えてしまった。
まだ大丈夫だ。やり直せる。最悪は回避できる。勇者フランツは、まだ生きているのだから。
「ユーリエは、それでいいの」
「砦の邪魔者が一人いなくなったところで問題は無い。事務のできる人材は他にもいる」
「そうじゃなくて、僕らで魔王を倒すんじゃなかったっけ」
澄んだ瞳が私を見つめる。表情は穏やかなのに、矢の如き鋭さで射抜こうとしている。さっきは部屋に静寂が去来したとばかり思っていたが、本当に静けさが宿っていたのはこの瞳だったのかもしれない。息を殺して茂みから得物に弓を構える狩人みたいに、私を狙っている。彼は微動だにしなかった。
「……幼馴染の命より大切なもんじゃないさ」
「達成間近なんだからもうちょっとだけ頑張ろうよ。いきなりいなくなったら迷惑かかるし」
気にするなと言っているだろうに。
みんなに迷惑とか、私の心情だとかばかり考えて、自分を二の次にしてしまうのが彼の悪い癖だ。
「ジギスムント侯爵なら穴埋めの方法ぐらい考えてくれるよ。君はもっと自分の身を心配したらどうだい」
「うーん、完治とまではいかないけど、作戦までには戦えるようになってると思う」
「フォティアと戦ったらどうなる。今度は四肢を焼き切られるか、両目を抉られて帰ってくるかい? じゃあ魔王と戦ったら? いいかいフランツ、死んでしまえば何も残らないんだよ」
「やってみないとわかんないだろ。意外とあっさりいけちゃうかも」
呑気な発言に耳を疑う。魔獣相手ですら命を落とす勇者が数多くいるのに、魔王相手に『やってみる』なんて正気じゃない。戦い続け、私以上に死者と接してきたせいで、感覚が麻痺しているのかもいれないと思った。
死は意味を持たせてくれない。どんな功績も偉業も、死を前にしたらたちまち価値を失う。シュヴァハやモルゲンブルグの住民が抱えていた思いも、信念も、後悔もやがて忘れ去られていく。こんなに恐ろしいことがどうして受け入れられるだろう。
今までの足跡が無駄になるなんて決して認められない。
「現実的に考えるんだ。魔王を倒すなんて目標、最初から無理だったのさ」
若き勇者の目が大きく開く。部屋に入って初めてみせる感情らしい感情だった。唇が動いたけれど、言葉は飛び出してこない。ずっと掲げてきた目標を妄想と断じたのだ、驚くのも無理はない。
頼む。どうか頷いてほしい。いつもみたいに「仕方ないなあ」なんて言いながら同意してくれないか。そうすれば君のために行動できる。君を思いやれる。君を助けられる。前みたいに、私が支える。だからどうか。
一緒に帰ろう、フランツ。
「そっか。ユーリエの気持ちは分かった」
手を差し出した。仕事部屋まで連れて行って侯爵に直談判するためだ。本人がいれば余計なやり取りを挟まずに済むと思った。
俯いているせいで、彼の表情は影になって見えない。ふと部屋の暗闇が濃くなった。窓から差し込んでいた月光が雲に覆い隠されてしまったのだろう。フランツは私の手を取ると、優しく握りしめた。細かく震える感触が伝わってくる。やっぱり勇者であっても死ぬのは怖いのだと安堵する。触れ合う指先からは慈しみにも似たものを感じた。まるで、祈りを捧げているようだった。
「悪いけど、君の提案は断らせてもらう」
「────────────────────────え?」
聞き間違いだろうか、提案を断ると言った気がする。
フランツが私を拒むなんてあるわけない。
「僕はやるよ。誰かに強制されてるからじゃない。みんなのために戦いたいんだ」
「いや、ははは、えっと、あの、冗談はよしてくれ。面白くない」
暖かい手を振り払う。勢いよく動いたせいで眼鏡がずれた。理由は分からないけれど、口から笑いが漏れた。
おかしいじゃないか。彼を支えるべくここにいるのに、勇者フランツを助けるためにこんなところまでついてきたのに、幼馴染を守るために侯爵の部屋まで出向いたのに、否定されてしまったら、拒否されてしまったら、ただの田舎娘が存在する意味はどこにある。
「冗談、か。王都にいた時みたいに応援してくれないの?」
「応援って……あ、あの頃は無邪気なお子様だったのさ」
かつて一人の少年に救われた。臆病なよそ者のくせに、妙に意地っ張りで、家族を大切にしていて、その誠実さが報われてほしくて、大きな目標を達成すれば、村の連中を見返せば、きっと馬鹿にする奴なんかいなくなると思った。別に魔王を倒さなくたっていい、二人で成し遂げられるなら何でもよかったのだ。
外に出たかった。狭い場所から抜け出して、本に書いてあるような世界を渡り歩きたかった。上手くやれるという自信が心の内を満たしていた。けれど、実際に歩いて気が付いたのは自分が平凡な人間に過ぎないという現実だった。際立った能力も信念もない、ちょっと物覚えが良いだけの俗物だ。
人間の成長を表現する言葉に、一皮むける、というものがある。私の場合、一つ一つ丁寧に剥いでいって最後に残された価値は『勇者フランツを支える役割』のみだった。
「私には君を連れてきた責任がある。いい加減な励ましより確実に助かる方法を選ぶのは当然だろう!?」
砦に来て環境が変わった。どうしていいか分からず、周りの大人に合わせて、なんとなく現状に満足していたつもりになっていたけれど、でも、苦しんでいる君を見て、弱音を吐く君を見て、やっぱり私の役割は初めから変わっていないのだと確信したのに。
どうして否定されなければならないのだろう。
「僕には連れてきてもらった恩がある。君だけじゃない、助けてくれた沢山の人たちに報いる義務があるんだよ」
「だから、ごめん」とフランツが顔を上げる。月に照らされた彼は霞んで見えた。彼の言葉は明瞭だった。彼は勇者だった。
一歩、二歩と後ずさる。今や、指が震えているのはこちらのほうだった。
「身勝手な奴だって思うかもしれないけど、待っててほしい。魔王を倒したら、誰よりも早くユーリエに報告するから」
別にいいだろうと胸の奥底で影が嘯く。誰よりも早くだなんて、十分特別扱いを受けている。自ら価値を示す必要はない。彼は優しいから、きっとうだつの上がらない私でも受け入れてくれるだろう。ほら、もう一度しっかり、あの澄んだ瞳を見てごらん。
ずれた眼鏡を正す。襲撃事件で壊れてしまった後、新しく買い替えたものだ。元々視力は良かったのだけれど、勉強や仕事をしているうちにすっかり落ちてしまった。あの頃は毎日必死だった。
そう、必死だったのだ。勇者の仕事で使うから、深夜になっても蝋燭を使って書類とにらめっこしていた。全てフランツの役に立つためだったじゃないか。
駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。
楽に流されてはいけない。凡人の私でも、『助けてくれた人たち』の一人に過ぎない私でも、ここにいる唯一の幼馴染なのだ。父母を知っている。村でいじめられていたのを知っている。誰も知らない軌跡を知っている。戦えない私だからこそ、フランツの英雄たるを否定しなければならない。義務などと言う呪縛から解放しなければならない。
首を横に振っても、フランツは私をじっと見つめていた。隠されている別の答えを引っ張り出そうとしているみたいだった。何もしないでいると、やがて彼は窓の外に顔を向けた。
「…………なら、これで話は終わりだね。夜も更けてきたし、部屋に戻りなよ」
「君が同意するまで────」
「断るって言っただろ。同じことをもう一度説明したほうがいい?」
二度とこちらを見ようとはしなかった。彼の視線は外の兵士に注がれていた。
胸から全身にかけて、じわじわと冷えが広がっていく。汗のせいだろうか、それとも血の気が引いているのか。何かを言わなければならないのに、何を言っても無駄な気がした。
説得できない自分に腹が立った。失ってしまうかもしれない事実が怖かった。拒絶されたのが悲しかった。頭も回らず、どうしようもなくなって、私は扉に近づいた。
「憧れの人がいた。強くて、賢くて、世界にだって立ち向かう勇気のある人だった。彼女と出会って、僕は確かに救われたんだ。その人に恥じないように生きたいと思ってる」
部屋を出る間際、後ろから声がした。
同じだよフランツ。私も強くて賢い人たちに憧れた。本に出てくる登場人物はいつだって勇敢で、格好良かった。彼らのようになりたくて頑張ったけれど、全部無駄だった。綺麗な物語は子供の裡にしか存在できないんだ。
「──────────────私の知らない人だね」
扉を閉じる。途中でキュナスが喋りかけてきたけれど、何も言えなかった。祈りの言葉はすっかり止んで、礼拝堂は閑散とした空気に戻っていた。裏口から外に出て、夜風を肺いっぱいに吸い込むと、刺すような冷たさにむせてしまった。咳き込んだ勢いで身体を丸め、そのまましゃがみ込む。兵士たちのがさつな笑いから察するに、まだ酒盛りは続いているみたいだった。
私の寝室はホルンとの共同部屋である。二人で使用しているのに、フランツの使っている個室よりも狭く、寝台と小さな棚がぎゅうぎゅうに詰められている小さな空間だ。人懐っこい事務官はまだ残業をしているのだろうか。あるいはとっくに毛布にくるまっているのだろうか。どちらにせよ、まだ帰りたくない。
「……お前、馬鹿だろ」
「どひゃぁっ!?」
ぼうっとしていたせいで、ゲヴァルトがいたのに気が付かなかった。地面に転がる私を、傭兵は呆れたように見下ろす。
「ムートに助けを乞いに来た頃からなんも成長してない。やっぱりまだまだガキじゃねえか」
ゲヴァルトが地面に腰を下ろした。部屋でのやり取りを盗み聞きされていたのかと思うと、顔面から火を噴きそうになるくらい熱くなる。なにより、馬鹿だのガキだのと貶されるのも心外だ。私がどれだけフランツを思って行動していると思っている。
そりゃあ断られてしまったけど、根気強く説得を続ければ応じてくれるはずだ。明日の出発前にもう一度挑戦すれば、きっと。
きっと…………。
反論しようと思考を働かせると否応なしにさっきの会話を思い出す。にべもなく断られてしまった原因はわからないが、フランツは確かに頑なだった。
「まるで猪だぜ。走り始めたら誰にも止められねえ。ちったぁ立ち止まって考えろってんだ」
「それで死んでもいいっていうのかい」
「……あのなぁ、死ぬ死ぬって、あいつは生きてるだろうが」
ふとした瞬間に理性の隙間から恐ろしい想像が溢れそうになる。戦場で斃れる人影を、地面を流れる血河を視てしまう。かつて領都モルゲンブルグで遭遇した悪夢のような光景だ。もしも転がっている死体の中に知っている顔があったとしても何もできないのだ。
「今までは、だろう。これからも同じだとは限らない。私の役割は彼を支えることだ。勇者になった時、いや、村にいた時からずっと」
「だから気持ちを無視して帰らせようってか。人の生き方に口出しするとは偉くなったもんじゃねえの。お前のいないところでフランツがどんだけ勇者としてやってきたと思ってやがる」
私が貴族連中に手紙を送ったり、ギルドに張り紙をしている間、フランツは同業者と交友関係を築いていた。ゲヴァルトに稽古をつけてもらい、危なげなく仕事ができるようになっていった。私が都市を駆けずり回って死にかけている間、彼は他の勇者を率いてモルゲンブルグを救った。結果的に意味があったのは、フランツの行動だった。
お互いを知り尽くした幼馴染だったはずなのに、知らない一面がどんどん増えていく。臆病でドン臭いよそ者はどこにいってしまったのだろう。私の後ろにくっ付いて、教えを乞うていた少年はもうずっと見かけていない。
認めるとも。ただの田舎娘が勇者にしてあげられることは、もうない。彼に寄り添う存在が私である意味はない。今や王国の誰もがが期待を、優しさを向ける。誰もが英雄を賞賛する。せめて一人くらい、心配を表に出すべきではないのか。
「それでも……彼の役に立ちたい。それの、それの何が悪いって言うんだ……」
他に何もない。自分の道はこれだと邁進してきた。周囲に溶け込む協調性も、周囲を見下ろす才能もないくせに、自己の立ち位置を顧みずにはいられない。他者に意味を仮託しなければ己を肯定することもできない未熟な人間だ。
私が他者を救えない所以は、そこにあるのかもしれない。
「どっかの誰かさんだって同じこと考えてるかもな。悪かねえよ。動機なんてくだらなくてもいい、高尚な信念や大義はいくらでも後付けできちまう」
意外にもゲヴァルトは皮肉を言わなかった。彼はただ遠くを見つめていた。
「だがな、どんな動機も『今まで』を丁寧に積み上げてきた奴のそれには勝てねえもんさ。逆に自分の『今まで』を蔑ろにする奴の動機は、誰からも相手にされない」
「ま、俺も人のことは言えんがね」と傭兵は笑う。いつもひねくれた態度のくせに、やたらと前向きな発言をするものだから困惑した。暫し考えて、もしかして慰めに来たのだろうかと思い至った。
過去を否定するなと言ったって難しい。十六歳の自分はあまりにも向こう見ずで、到底褒められたものではなかった。
けれどフランツが求めていたのも、あの頃と同じ振る舞いだった。無責任と切り捨てたはずの声掛けは、傷だらけの勇者にとって意味があったのだろうか。
ゲヴァルトはおもむろに立ち上がり、大きなあくびをした。
「何を言おうとしたんだっけ。ああ、ごちゃごちゃ言ったが、存外に平凡も悪くないぜ」
月明かりで生まれた人影が揺れる。じっとしていたせいで風が肌を刺してくる。もう少しだけ話をしたくて、あとちょっとで答えが得られそうで、宿舎へ向かう傭兵を追いかけるため立ち上がると、後ろから手首を掴まれた。
振り返った勢いで、とんがり帽子の大きなつばに額をぶつけそうになる。
「あ、あの、ユーリエ、あたし……」
魔術師が泣きそうな顔で立っている。出てくる機会を伺っていたのだろう。指先がひんやりと冷たかった。
「あたし、フランツのこと絶対に守るわ。術式を組みなおして、新しい試みに挑んでみたの。だから安心して頂戴!」
「…………ありがとう。さっきはその、ごめん」
邪険にしたのを謝罪する。ゲヴァルトの指摘通り、激情に呑まれると視野狭窄に陥るのは私の悪い癖だ。
よく観察するとキュナスの眼元が黒ずんでいた。睡眠不足の証だ。この七日間、彼女も目の前で吹き飛ばされたフランツのことが気がかりで、夜遅くまでやれることを模索していたのかもしれない。分析と対処の考察は昔から魔術師の得意分野だ。そういえば、前に彼女の身に生じた不調も自力で解決に導いていたのを思い出す。
あるいはゲヴァルトの発言はキュナスを評価してのものだったのかもしれない。訓練場で意見を聞いてから数年、彼女との関係は大きく変化した。ぱっと華やいだ表情を見て、私は思わず抱き着いていた。
平凡も悪くない、か。
「もう一度、フランツに会うよ。戦地に往く前に贈りたい言葉がある」
たとえ意味がなかったとしても、私の行動で救われる人がいるならばきっと意義はある。
一人で行くのは気まずくて、キュナスと共に戻ろうとすると、通りがかりの兵士に咎められてしまった。侯爵が定めた決まりで、身分や職業を問わず砦の構成員は許可を得た場合を除き既定の時刻までに寝室へ戻らなければならない。話し込んでいるうちに、夜はすっかり更けていたようだった。
明日の朝にすればいいと自分に言い聞かせ、友人と分かれて共同部屋に戻る。毛布にくるまって寝息を立てるホルンを横目に、私も寝台に入った。その日は、天井を眺める暇もなく眠りに落ちた。
「………………おはようございます」
目覚めは最悪だった。頭痛と気怠さが抜けきれず、ろくに化粧もしないまま事務室に行った。髪は梳かしたつもりだったけど、当惑したホルンに寝癖を指摘された。
「ちょっとユーリエちゃーん、なにかあったのかしらー」
「遅刻してごめん……なんか罰則ってあったっけ、減給……斬首……?」
「上官からの厳重注意……ってこりゃ重症だーわね」
胸のつかえがとれたせいか、安眠に浸かってしまった。砦に来てから寝坊なんて全くなかったのに。勇者たちは私が目を覚ました時点で既に出発していた。起こしてくれなかったキュナスを一瞬うらめしく思ったけれど、直前の忙しいときに余裕もないだろうと考えを改める。フランツと嫌な別れ方をしたままなのが気がかりだった。
早朝に出発した先遣隊に続き、昼頃にはジギスムント率いる本隊が出発する。侯爵自ら陣頭指揮を執るのは非常に珍しかった。聞くところによると、道中で他砦から出発した兵士たちと合流してから攻撃を開始する予定だそうだ。
作戦が始まると砦は静まり返る。料理人や修道士も本隊に同行するため、居残り組は守衛を含めて十人ちょっとにしかならない。喧騒がないだけ、時間が緩やかに過ぎていった。
「ねえホルン、今回は何日くらいで帰ってくるんだろう」
「フーくんで頭がいっぱいって感じね。うーん、ここまで大きな作戦だと……記録を見る限り一か月半くらいかかりそうねー」
兵士がいなくなっても人の出入りが途絶えるわけではない。いつもなら戦闘が一段落すると、最低限の治療が施された重傷者と物資輸送を担当する馬車が帰還して、さらに都市へ輸送していく。
しかし、怪我人は一向に戻ってこなかった。何日経っても前線の様子が不気味なほどに伝わってこない。やってきた御者も、首をかしげながら都市へ戻っていく。次第に砦の中であれこれと噂が流れるようになった。
圧勝したおかげで怪我人がでていないとか、撤退経路が確保できていないとか。他の砦に送られているんじゃないかなんて話も出ていた。
「まあまあ、紅茶でも飲んで落ち着きましょうかあ」
ホルンが使用人たちに紅茶を振舞う。先祖代々で侯爵家に仕えている彼らは、ジギスムントが領都の城から連れてきた家事雑事の専門家だ。砦に常駐しているだけあって肝が据わっている面々も、流石に不安そうにしていた。
ここはいわば陸の孤島である。襲撃事件以降、モルゲンブルグにおいて神出鬼没の魔王軍に対する恐れが強くなっていた。念のため砦には号砲を鳴らせる魔術符が常備されているが、前線の兵士たちに異常を知らせるものであって、砦で待機している人員を助ける目的はない。
潮目が変わったのは、物資を積んでやってきた業者の情報からだった。都市から砦までの道すがら、近くの川で馬と思しき身体の一部が流れていたという。死骸は著しく損傷を受けており、軍用なのか、それ以外なのかは判別できなかった。
次の日には門の外に立っていた兵士が山の向こうで天を貫く光の柱を目撃した。彼は魔術的現象であると推測していたが、私やホルンは室内で仕事をしていたために気付かなかった。はるか遠くから観測できるほどの攻撃なんて、キュナスが魔力を限界まで消費してやっと実現できるものだ。そしてジギスムント指揮下の王国軍に、あんな芸当ができる魔術師は他にいない。
「もしかしてキュナス先輩が拠点丸ごと消し炭にしちゃったり。あの人ならやれるでしょー」
「魔力切れの術師なんて一般人と同じじゃないか。そんな危険を冒すとは思えないけど……」
謎の光柱からさらに数日後、喇叭と共に門が開いた。高らかに鳴り響く管楽器の音色は、王国軍の帰還を報せる合図だった。ぞろぞろと鎧に身を包んだ負傷者が入ってくる。彼らの顔は一様に暗く、疲弊して見えた。おざなりに巻かれた包帯は血まみれで、中には傷をそのままにしている者もいる。いつもと違って、名誉の負傷を誇りたがる騎士はいなかった。何より、数が尋常でない。礼拝堂で収容できる人数はすぐに超過し、多くが建物の外で雑魚寝する事態になった。修道士や修道士見習いの数は明らかに足りてない。
虚ろな表情の兵士たちに続き、軍馬に乗った貴族がやって来た。板金鎧の凝った意匠は血と炭によって塗りつぶされ、見るも無残な有様である。ホルンが側に寄っても、貴族は険しい表情を崩さなかった。
「モルゲンブルグ方面軍指揮官代理のアナスタシウス・フォン・イガルギッターだ。食料と治療を頼みたい」
「承知しましたわ。でもこんなに怪我人がいると、どれほど持つか……」
「外には負傷してない兵も大勢いる。可能であれば領都に手紙を送り、物資を送ってもらうよう頼んでほしい」
結論から言うと、外には作戦に参加していた兵士の大半が集っていた。ハイムガルト砦には入りきらないため、周辺に即席の野営地を作らざるを得なかった。帳簿を作成する時間もなく、砦の人員で協力して負傷者の対応に当たった。
直視などできない惨状だ。運ばれてきたはいいものの、事切れてしまった兵士もいる。戦場で何があったか尋ねることは叶わなかったし、砦の外に出る暇もなかった。
夜、幾ばくか落ち着きを取り戻したところで、塔に入る指揮官代理とホルンを見かけ、こっそりと後をつけた。代理とはどういう意味なのか、フランツは無事なのか、何とかして聞き出したかったのだ。室内には蝋燭が灯されていて、いつの間にか男たちが集っていた。
扉の隙間から会議室を覗く。初めての経験だ。知らない顔ぶれの中に、意外な人物を見つけた。
「では説明を頼む──────ゲヴァルト」
指揮官代理に促され前に出る。知人の無事に安堵するも、不安は拭えない。
「ジギスムント卿指揮下の王国軍はフォティアの拠点であるブルンズウィク城を攻撃中、予期せぬ奇襲を受けて総崩れとなりました」
ゲヴァルトはあくまで雇われの傭兵である。軍属でも何でもなく、公的な立場は私と同じくらい低い。正規の事務官を務めるホルンの方が上なのは当然だが、髭面のおっさんが若い女性に敬語を使う光景は妙に思える。
部屋にフランツが不在である事実を前に嫌な想像が膨らむ。負傷者の中には姿を見ていなかった。
「予期せぬ、とは?」
「魔王です」
ホルンが息をのむ。
魔王。原初にして終わりの魔人。何百年も続く因果の根源であり、建国の神話と対を成す古からの悪夢。そして、私たちの最大目標だった怪物だ。王国軍は、戦争初期に農村を占拠して以降ほとんど目撃されていなかった魔人の王と遂に接敵した。
胸に手を当てると、心臓が脈打っているのがはっきりと分かる。額を流れる汗は蝋燭の火が発する熱が原因ではない。
「光が指揮所とその周辺を包み、消失しました。現場はとかく高温で、爆心地は近付くこともままならない状況、王国軍はやむなくアナスタシウス卿の指示で退却し、現在に至ります」
先日空まで昇った光柱は、魔王による攻撃だったのだろうか。しかし問いは発されることは無く、誰も回答は用意しない。私はただ息を押し殺して会議室の話に耳を傾けていた。
「まさか、侯爵様は……」
「ジギスムント卿と配下の騎士、および魔王の奇襲にいち早く勘付き、指揮所防衛に向かった勇者数名の行方については目下のところ調査中です」
「濁すなゲヴァルト。モルゲンブルグ候とその部下。勇者アルバン、リーンハルト、フランツは魔王の術で死亡したと考えてもらっていい。私の力及ばず、遺体回収はできなかったが……」
「アナスタシウス卿、勇者フランツに同行していた魔術師もいます。付け加えますと彼らの安否はまだ不明です。ゆめゆめ、お忘れなきよう」
ゲヴァルトが、懐から布の切れ端を取り出した。あまりにも覚えのある色だった。
「これは……?」
「魔術師が着用していた帽子の一部です。回収できたのはこれだけでした」
勇者フランツと、同行、していた、魔術師。
キュナスは絶対に守ると言っていたけど、防護結界は魔術的作用に対する脆弱性がある。炎や水といった自然の力を応用した魔術でなければ、結界は容易く破壊されてしまう。つまり、つまり、そういうことなのだろうか。
信じた。任せた。託した。戦場に、劫火の渦に、血塗られた死体の山に、終わらない苦しみに、勇者を、フランツを、幼馴染を放った。なんで、ねえ、私は。
「どうして」
耳鳴りがする。周りの全てを、心臓のこどうがかき消していく。足元も、おぼつかないなかで、私は、会議室の扉を、開いていた。
事務官が進もうとする私を制止した。指揮官代理が隣の傭兵に何か呟いている。
「フランツは生きてるんだろう、ゲヴァルト……?」
大熱量の魔術を、近くで見たことがある。とんがり帽子の魔術師が仕事で使っていた。魔獣は跡形もなく、骨も残さず消し飛んだ。魔王ならば、あれを優に超える技術をもっていても、不思議はない。
でも、遺体は見つかっていない。なら、ならば、なればこそ生きている。生きているべきだ。でないとおかしい。だって勇者が、英雄が、そんなあっけなく。
傭兵は生きているとも、死んでいるとも答えない。ただ短く「分からない」とだけ述べた。彼の淡々とした態度を、他の男たちの視線を、進むのを止めようとする事務官を見て、奥底で蓋をしていたものが溢れ出した。
「ふざっ……ふざけるな! 侯爵も、フランツもキュナスも見殺しにしてくるなんて。なにが軍だ、なにが傭兵だ。何もできなかったなら最初からいないのと同じじゃないか。返せ、私の幼馴染と、友達を返せ。この、役に立たない恥知らず共っ……!」
否、最初からいなければよかったのだ。何もできない役立たずの恥知らずは、少年と関わるべきではなかった。救われるべきではなかった。小さな田舎でありきたりな鬱屈とした感情を抱えながら、ありふれた人生を送るべきだった。こんな人間と関係を持たなければ、少なくとも少年は愛する両親と共にいられた。すべて、傲慢がもたらした当然の末路だ。
男たちに連れられて、会議室を追い出された。その後のことはよく覚えていない。廊下で意味もなく喚き続けていた気がするし、事務室で呆然としていた気もする。誰かに話しかけられた記憶があるし、ずっと一人でいた感じもする。まるで泡沫の夢みたいに、平衡感覚を失って、体感時間が限りなく希釈され、曖昧な影となって夜を明かす。
陽光に瞼を照らされて、気怠いままに上体を起こすと、私は寝室にいた。
天井だ。朝方に眺めるのは初めてだった。吸い込まれそうな夜の暗闇と違って、くすんだ朝の天井からは魅力を感じられなかった。飽きてしまって、漂う埃を数え始めたけれど、これもすぐにやる気が失せてしまう。することがなくなった私は、もう一度瞼を閉じて、頭まで毛布を被った。
朝方と言ったが、今が本当に朝なのかも分からない。足腰に力が入らず、寝台から降りようとも思えなかった。
ふと、吐いた暴言の数々が蘇る。平民が貴族の名誉を傷つけるなど、処刑されても仕方のない所業だ。いっそのこと怒りに任せ、私の首を括ってくれたらば、こんなに楽なことは無いのに。妄想は広がる。妄想だけは得意だった。地に足が付いていない情景ばかりが浮かんでは消えていく。暖かな闇に慣れてくる頃には、再び眠りに落ちていた。
そうやって朝と夜を行ったり来たりしつつ、惰性で時間を食い潰していると、誰かが部屋の扉を叩いた。
返事はしない。自分がどんな声だったか、とっくに忘れてしまった。
「ユーリエちゃん、起きてたんだねー」
緑のとんがり帽子が姿を現した。目を見て話されるのも面倒くさいので身体を壁側に向ける。靴音が近づくと、隣の寝台が軋んだ。
「やーこの部屋、寒いわねー。紅茶でも淹れてくればよかったー」
事務官が寝台の下に置いてあった荷物をガサゴソ漁り、術式を唱えると室内の冷気が和らいだ。前に使っていた魔術懐炉だろうか。
血管の脈打つのが手に取るように分かった。停滞していた思考が稼働を始め、自分が生きている事実を思い出す。そういえば、億劫なあまり食事も拒んでいたのだった。
することがなくて、壁にこびりついた汚れに集中した。これは何の形だろうか、犬、そうだ、犬かもしれない。饒舌な事務官は気にせず話し続けると思ったけれど、背後からは呼吸の音しか聞こえなかった。私は無心で、汚れの輪郭について考察し続けた。
「……ゲヴァルトさんから伝言預かってるの」
会議室で見た傭兵の顔を連想する。心が動かないのは本人がいないからだろうか、時間経過で冷静になったからだろうか。もしくは、どうでもよくなってしまったのかもしれない。何もせず寝てばかりの人間など、放っておいてほしい。
「フーくんとキュナス先輩、見つけてみせるって言ってた。どれだけ時間がかかっても会わせてやる。だからもうしばらく待ってろって。今も偵察で現地に行ってるわー」
「大変よねえ」と事務官はしみじみ呟く。
世の中に絶対はない。必ずなんて絵空事。私より長く生きている傭兵なら知っているはずなのに、空疎な戯言を弄するなんてへんてこだ。待っていろだなんて、期限もなしに語らないでほしい。
ああ、やっぱり、面倒くさい。彼らの示す優しさが煩わしい。汚れの考察を打ち切って、また毛布の中に入り込んだ。もういいよ、全部終わったんだ。世界は私を置き去りにするし、私は世界を気に掛けない。お互い不干渉を貫けば、いつかみんなが忘れてくれるに違いない。
「みんな大変。ゲヴァルトさんや、砦のみんなや兵士たち、アナスタシウス卿もね」
死人が出ると、出た分だけ生者が頑張らないといけない。誰かが消えたら誰かが穴埋めをしないといけない。唯一、寝台に横たわるだけの人間だけが何も頑張ってない。
消えてしまいたかった。頑張れない自分が、大変じゃない自分が恨めしくて霧散したかった。
「けどね、ホルンは思うのよー。待たされる人も大変で、すごく苦しいんじゃないかって」
くる、しい。
苦しいって、なんだっけ。どうして苦しいんだっけ。
視界が歪む。息が上手に出来ない。目から溢れ出る感情を必死に拭おうとしているのに、どこまでも広がるばかりで手に負えなかった。深呼吸で落ち着かせようとしたけれど、口を開いたら声も漏れ出てしまいそうだった。苦しくて、苦しくて、苦しくて、ひゃっくりみたいな音を壁に打った。
「ユーリエちゃん、帰らない? あなたの知る世界に」
「────────────────かえる?」
自分の声に驚く。しわがれていて、人間の声とは思えなかった。
私の知る世界に帰る。領都か王都か、あるいは、故郷だろうか。
「近々、都市から物資が届くの。あなたくらいなら重傷者と帰りの馬車に乗せてもらえるわー」
事務官は「よく考えて、決断してね」と言い残し共同部屋を出ていった。毛布から顔を出して彼女の寝台を見やると、魔術懐炉と、形よく切りそろえられた果物が盛られている皿があった。色味からして林檎に思える。もし私が食べなければ、彼女はこれをどうするつもりなのだろう。
────────まあ、そんなの関係ないか。
久しぶりに空腹を覚え、毛布の中から這い出ると果物を口に含んだ。甘いとも、酸っぱいとも感じない。仕方なく味わうことを諦めて、無心で腹を満たす。たくさんの人がいる砦の、自分だけがいる部屋で、咀嚼する音がいつまでも響いていた。
「まさか侯爵様がねえ、モルゲンブルグはどうなっちまうやら」
御者がため息をつく。
怪我人の間に挟まりながら、私は馬車の振動を全身で感じる。
「これからは勇者フランツに頑張ってもらうしかないな。あんた見たことあるかい。感じのいい青年らしいが本当なの」
太陽の光の中でどんどん砦が遠ざかっていく。朧げな景色は、まるで夢幻のように感じられた。穏やかな小鳥のさえずりが、今までの出来事は長い夢であると謡っているように聞こえた。
責任者とは、組織の顔役だ。問題があれば隠し通すのは難しい。ジギスムントの『失踪』はさっそく外部の人間に知られているのだろう。
「…………さあ、知りません」
「知りませんって、同じ砦で働いてたんじゃないの?」
「……………………ごめんなさい」
都市を見た。農村を見た。雪山を、深い谷底を、薄暗い森を、緑豊かな原っぱを見た。かつて本を読んで憧れた光景が、なんの感慨もなく通り過ぎていく。見たかったものの全てがあったけれど、欲しかったものは何もなかった。
手に入れたのは知恵でも力でもなく、数枚の硬貨が入った麻袋のみだけれど、お金がなければ帰ることも出来ない。私は麻袋を握り締め、長い時間をかけて都市から都市へ、馬車を乗り継いだ。手入れもせず、次第に浮浪者のような風貌になっていったせいか、誰からも話しかけられなくなったけど、そのほうが楽だった。
頭の上に広がる景色は、嫌味なくらい真っ青な空だ。何の気なしに十数年ぶりの空想を描こうとして、内容をすっかり忘れてしまっているのに気が付く。ずっと本を読んでいなかった。手に入れるどころか、胸に抱えていたものを零してしまったらしい。
ああ、そうだ。今ここにいるのは田舎の少女ですらない。中身を零し続けてがらんどうとなった少女の輪郭だ。
私は両手を合わせた。自分の指を絡ませて、空に向かって呟いた。
「教えてください。彼はどんな人だったのですか。どんなことを思い、どんな最期を迎えたのでしょう」
教えてください。伝えなければならないのです。
がらんどうの輪郭に過ぎずとも、果たすべき責務があるのです。
彼の帰りを待ち続け、抱きしめてやりたい人たちがいるのです。
「どうか、お願いします」
空は答えない。
ぐしょぐしょに濡れた農道に私は降ろされた。何年も使っていなかったのに、慣れ親しんだ場所であると思い出す。温暖な空気を吸い込むと、ほんのりと身体が火照った。
生きている。私だけが生きて、帰ってきた。
怒りがあった。
恐れがあった。
嘆きがあった。
全てあそこに置いて来て、抜け殻となったこうかいだけがあった。
せめて彼の両親にだけでも末路を伝え、残された気力でどこかの山に入って野垂れ死のう。
「…………お前、ユーリエか?」
村に入ると、知らない青年から声をかけられた。背が高く、くっきりした顔立ちの若者だ。私たちが出ていった後に越して来たのだろうか、だとすればとんだ変わり者である。でも、それなら、なんで私を知ってるんだろう。
「『荒野におわす勇者よ』……なんだ死人みたいな顔して、フランツは?」
「なんで、フランツのことまで……」
青年が呼びかけると家から村人たちが出てきた。彼らは笑顔で私を迎え、両親を呼んでくると言ってせわしなく動いた。
前線の危機が伝わっていないのかもしれない。侯爵が死んで、魔王が現れたという恐るべき事実を、村人たちは知らないのだ。ぞろぞろと数名に取り囲まれ、あっという間に歓迎の雰囲気が出来上がっていく。途方もなく、居心地が悪かった。
困惑する私を見て、青年が苦笑する。
「なんでって、忘れるわけないだろ。お前らとは小さいころ付き合いがあったし……それに、勇者フランツは魔王を倒した英雄じゃないか」




