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第二十二話 こんな感じだわかしら~?

「しばらく食べ納めだぜ。たらふく食えよ」


 私用でモルゲンの酒場に来るのは、劇作家を探した時以来だった。

 前よりも品揃えが充実しているのを見るに、輸送経路の護衛に関するギルドとの提携は上手く言っているらしい。

 私たちは明日、叙任式に出席して、更に都市から遠く離れたオスナフェルト砦へ向かう。戦争の最前線である以上、旨い料理にありつくのは難しくなる。食べ納めとはそういう意味なのだ。

 ゲヴァルトが景気よく酒を呷る。

 大人が喉を鳴らすのを傍目から見るたび、疑問が鎌首をもたげる。酒と呼ばれる飲み物は、本当にそこまで美味しいのかと。

 視線に勘付いたゲヴァルトが「やらねえぞ」と言った。


「ガキが一丁前気取るんじゃねえ」


 前に果汁飲料(ジュース)を飲んでいたら、しけたもの扱いしていたくせに。

 王国における成人は、初代国王と勇者が出会った年齢に倣い十六歳からである。今年で十九歳の私は立派な大人だ。


「俺に言わせりゃ、お前ら全員まだまだガキンチョだ」


「キュナスはいいのかい、浴びるほど飲んでるけど」


「あんなの飲んでるうちに入らねえ。酒は不安や恐怖を忘れさせる道具じゃないんだよ」


「楽しんでこそだ」と男は断言する。

 隣で机に突っ伏している魔術師は夢の世界へ旅立って久しく、ゲヴァルトの小言など耳に入ってない。フランツは他の連中に武勇伝を聞かせてほしいとせがまれて行ってしまったし、結果的に、髭面のおっさんとサシで食事をしている形になってしまった。

 彼とこんなふうに会話する機会は、今まであまり無かった。


「飲む理由なんて人それぞれだろう……」


 父親みたいというには若く、兄貴分というには年が離れている。友人の距離感でもない。雇用主と傭兵ではあるが、私から彼に何か強要することはあまりない。

 むしろ舐められている節すらある。子ども扱いされるのは心外だ。でも、悔しいけれど彼が時折提供する助言のほとんどが正しい。人生経験の差、なのだろうか。

 変に意識してしまうと、雑談は途切れやすくなるもので、間を埋めるように野菜炒めを口に含んだ。

 いつものゲヴァルトなら下品な冗談に走るのに、伏し目がちにして、匙で食器の豆類をつついている。フランツやキュナスがいないだけで、こうも苦心するとは。


「そういえば昔は勇者だったらしいけど、傭兵になった理由は何?」


 声が上擦った。咳払いで誤魔化したが、相手はからかいもせず、こちらに視線をやるだけだった。もしかしたら本格的に酔いが回ってきたのかもしれない。

 別に詮索は禁じられてない。お互い理由もないから、深堀りしなかった。しかし今は、広がりそうな話題であればなんでもいい。


「仕事で組んでた奴が結婚した。んで、丁度いいから仲間みんなで引退。俺は戦い以外何も出来ねえから、傭兵になった」


「結婚なんて凄いじゃないか、勇者が人並みの幸福を手に入れるのは稀有だよ」


 聞くと、戦士が二人と魔術師が一人の男女混合集団(チーム)だったらしい。女性に縁談が舞い込んだことで解散が決まったという。

 女性勇者の引退理由第三位が、結婚であるとされている。第二位が転職希望で、第一位が怪我だ。ありふれているように感じるかもしれないが、引退自体、実力か判断力のある人間しか持てない選択肢である。大半は死んでおしまいなのだから。

 しかし彼は、フランツの勧誘に応じ、危険を承知の上で戻ってきた。王都という生活基盤を捨てて遠い雪国に来るのは傭兵であっても覚悟がいる。

 勇者時代に未練を残してきたならば、あるいは必然だったのかもしれないが。

 そうなるとまずい。褒めたつもりだったけど、客観的に見たら失言だ。


「で、でも勿体ないね。君、けっこう有名だったんじゃないのかい。二つ名なんて貰っちゃってさ」


「……お前、友達少ないだろ」


「言いがかりはやめてくれないかなぁ!」


 まあ、事実だけど。

 ゲヴァルトは酒を飲み干すと、もう一杯注文した。私も便乗して焼き魚を頼む。給仕は空いた皿を器用に持って厨房へ入っていった。

 隣でキュナスが小さくいびきをたてている。夢の中でよほど熱心に会話しているのだろう、寝言の絶える気配がない。外套を汚してしまわないよう周囲の瓶を遠ざけた。この魔術師も、復帰組みたいなものだ。引退したがる彼女を引き止めたのは他ならない私である。

 人は何かを成し遂げるためなら命を賭けられるというが、そんな危険に挑むには尋常でない精神力が必不可欠だ。一度諦めたのであればなおさらである。


「ついて来てくれて、ありがとう」


 自然と、礼が出てきた。


「俺は親切なおじさんじゃない。責任を果たすためにいるだけだ」


「素直に貰っておきなよ。当人が嬉しいなら、礼はいくら言ってもいいんだから」


 意味深長な雰囲気で、彼は「ガキにはまだ早いか」と口の端をつり上げる。またしても子供呼ばわりされたのが悔しくて、ゲヴァルトが手に持つ瓶を取り上げた。驚かせるため中に入っている液体を口に含む。風味よく、喉越しは滑らかで、一気飲みは造作もなかった。

 いや、紅茶だこれ。目を丸くすると、傭兵は忍び笑いを漏らしていた。聞くと、前線では絶対に味わえないから注文してみたのだという。案外悪くないというが、酒よりも高いんだから何度も頼むのはやめてほしかった。


「戦争が長引いて、お前らみたいな酒の飲み方も知らねえガキが、どんどん勇者になっていく。だからちったあ長生きできるように手ほどきしてやったのよ。実力を付ければ身の程を知る。身の程を知れば、諦めて故郷に帰るだろうと考えてな」


 王国と魔王の戦争は、途中で何度かの休戦を挟みつつ、十七年近く続いている。多くの若者が線上に駆り出されたせいで、これからの働き手不足を懸念する意見もちらほら出ている。

 現場においてフランツを含め彼の手ほどきに救われた勇者は多い。本職の片手間とはいえ、熟練の傭兵による無償の訓練は、未熟な戦士たちの支えとなった。

 王都を離れる時、稽古をつける人間が不在になっても大丈夫なのかと質問した。傭兵は暫し黙り込んで、副業はもうやめたと言った。


「考えもしなかったぜ。しごいてるだけなのに、勝手に弟子を名乗る挙句、魔王を倒すなんて妄想を語る阿呆が出てきやがるなんてな」


 斧を背負った少女の影が頭をよぎる。魔王を倒して勇者の可能性を師匠に示すと語った少女だ。この半年間、彼女は夢に出てきていないが、それでも名前は脳裏に刻まれたままだ。

 師弟は、どういう日常を送っていたのだろうか。


「阿呆に希望を持たせちまった大阿呆が、責任もって始末をつけなきゃなんねえ。俺は、魔王の死を見届けるために来たのさ」


「まっ、礼は貰っておくがね」と言って、ゲヴァルトはおどけてみせる。

 責任を果たしても、死者が生き返らない。彼の行動は自己満足の範疇だ。でも、死を、後悔を無駄にしたくないという感情は、痛いほど理解できた。

 表情で何かを察したのだろう、傭兵は匙の持ち手で私の額を小突いた。変な声でのけぞってしまった恥ずかしさを誤魔化すために、口を尖らせて抗議する。


「これは俺なりのけじめだ。邪推はやめろ」


「別にそんなつもりじゃ……」

 

 今度こそ頼んでいた麦酒が届く。私が手を伸ばすよりも早く、ゲヴァルトが給仕から受け取った。「やらねえっつってんだろ」と、頭頂部に手刀を貰う。

 いったいなあ、冗談なんだから、本気でやらなくてもいいじゃないか。え、軽くやったの。そっか……。 


「だからお前は子供なの。お前とフランツの関係で俺が変な妄想してたらきっしょいだろ」


「確かに解雇を検討する事案だね。ごめん」


「それほどか…………?」


 関係も何も、ただの幼馴染だ。深読みを重ねたとしても友達以上にはならない。彼を全力で補佐しているのも目標を共有する同志だからである。傭兵は私の説明にため息をついていたが、間違ったことを言ったつもりはない。

 フランツと両親は元々村の住人ではなかった。新しく引っ越してきた新参者に、頑迷で閉鎖的な一部の村人は冷たく接した。やがて、そんな大人の態度が子供にも伝播して、同年代の子から稚拙ないじめを受けた。村長だった父がフランツ一家に配慮して、自分の近所に住まわせたのも、他方の冷遇を加速させた。私は、稚拙な同年代への怒りと少年への罪悪感から、行動を共にする機会が多くなった。

 もちろん、小さな子供に、複雑な因果関係を理解できるわけもなく、なんとなく悪い雰囲気を感じ取っただけなんだけれど。


「なあ、ユーリエ」


 ゲヴァルトの声が低くなる。彼は色の抜け落ちた表情で、空き瓶に視線を下ろしている。机上からはすっかり料理が消え失せて、私たちは、だらだらと居座る客になっていた。

 フランツが戻ってきたら、そろそろ帰ろうかとぼんやり考える。


「あいつにはお前が必要だ。俺やキュナス、金持ちの貴族共じゃなくてお前がな」


「え、お、おだてたって給料は増やしてやらないからね?」


「絶対に放してやるなよ」


「…………言われずとも、手綱はしっかり握っておくさ」


 お節介焼きおじさんみたいで、私はおかしくなってしまった。

 手放すなんてありえない。二人で始まった旅路なのだから、これからも、上手にやっていく。


「合点がいった。ゲヴァルトとは親戚のおじさんみたいな距離感なんだ」


「親戚にお前みたいなのがいたら、危なっかしくてみてらんねえな」



────



 ハイムガルト砦は、木製の壁に囲われた即席の砦である。中に礼拝堂と鍛冶屋、倉庫、兵士たちの宿舎があって、全て見下ろせる石造りの小高い塔が建っている。戦線の前進に伴う短期工事にも関わらず、魔術師と大工たちは素晴らしい職人芸を発揮した。

 塔の一階はいくつかの部屋に分割されていて、客間や会議室など、実務に必要な空間が設けられている。非戦闘員の私は、専ら事務室にいた。


「今月に入って会議が三回、なんか多くないかしらー」


 緑のとんがり帽子が左右に揺れる。ホルンが、半ば独り言のように呟いた。


「将軍も残すところ一人、いよいよ大詰めなんだろうね」


 もっともらしく言ってみたけど戦争の内情はさっぱりだ。作戦の内容や意図も、裏で発生している政治的駆け引きも、初めから理解の領分を超えていた。

 ホルンは砦の事務官を務めている。今年に赴任してきた元都会っ子だが、同年代だったおかげで早くから打ち解けることができた。周りがぴりぴりしている中で、彼女のおっとりした性分には助けられている。

 くるくると回る羽筆が動きを止めた。渡しておいた帳簿に、不備があったのかもしれない。王立学校を首席で卒業した彼女は付け焼刃の知識で書類仕事をしていた私よりもはるかに優秀だった。


「ユーリエちゃーん、備蓄食料が計算と合わないんだけど何かあった?」


「いや、特別使用の申告はないはず」


 事務官が「あーもう、また盗み食い」と肩を落とす。先月と合わせて三回目だ。問題が発生した場合、調理担当と料理長に報告して再度倉庫を点検したうえで指定された文字数分の報告書を作成しなければならない。余計な仕事である。

 かといって、規律の乱れを看過すれば、もっと面倒くさくなるのは明白だ。人員整理で大幅な入れ替えがあったせいか、小さな不祥事が続いている。


「毎日毎日、書類とにらめっこ。嫌になっちゃうわー」


「全身傷だらけなのに何度も前線に放り出されるよりはマシだよ」


「ははあ、フーくんが心配?」


 最近フランツはいつも包帯を巻いている。砦での治癒が追いついていないのだ。つい先日戻ってきて、修道士の治療を受けながら泥のように眠り、今は作戦会議に参加している。

 正規軍と異なる立ち位置にある勇者は遊撃隊として登用される。戦場へ真っ先に突っ込んで、最後に退却するのが彼らの役割である。その性質上、どうしても療養時間が短くなってしまう。

 ゲヴァルトとキュナスは頑張ってくれていると思うけど、常に手助けできるとも限らない。あくまで勇者の部下という位置付けである以上、二人は作戦会議に出席できない決まりで、必然的に現場ではフランツの裁量が重要になる。


「傍にいてやれない自分を恨めしく思ってる。魔術の才でもあれば……」


「万全の支援もなしに戦場に出るなんて無茶無茶。キュナス先輩ぐらいの天才でないと動く的にしかならないわよー」


 扉越しに廊下の騒音が伝わる。「会議、終わったみたいね」とホルンが言った。このまま軍人たちは前線へと赴き、数日から数週間に渡る軍事行動に、従事するのだろう。事務室を出ていきたい衝動を我慢して、目の前の書類に集中した。


「やっぱり、会いに行かないの?」


 羽筆を動かす手を止める。

 窓の外で、包帯を巻いた青年に二つの影が近寄っているのが見えた。魔術師が、青年の背中をさすっている。もう一つの人影、のっぽの傭兵が、わずかにこちらを向いた気がした。


「…………いかない。邪魔はしたくないからね」


 以前、廊下を通りがかったフランツとおおっぴらに親しく接したら軍人にお叱りを受けた。命を賭けて戦っている戦士と、後方でのうのうと生きている非戦闘員が対等であるわけがないという理屈だ。ゲヴァルトが間に入り丸く収めてくれたが、やはり戦場の常識は一味違うと反省したものだった。

 個人には個人の、組織には組織のやり方がある。これを正しく理解してこそ大人というものだ。

 フランツと接するのは作戦を終えて砦に戻った直後や食事時に限られる。片手で干し肉を食べる彼に、無茶していないかと聞いた時、信頼に応えているだけだ、と短く答えていた。

 忙しなく準備に励む人々を見ていると、視界の端でこつんと音がした。ホルンが紅茶を淹れてくれたのだ。


「ダメよー、がんがん行かないと他の人に盗られちゃうんだから!」


「フランツは誰の所有物でもないと思うけど」


 魔術で沸騰させたのだろう。温かい感触が喉を伝っていくのが分かった。茶葉の香りが強張っていた筋肉を弛緩させてくれる。フランツに飲んでもらえば、せめて疲労は癒えてくれるだろうか。


「ユーリエちゃん頭固すぎ。その喋り方くらい固いわ。ほらほらもっと淑女らしい口調になってごらんなさい!」


「えっ……えーと、こ、こんな感じだわかしら~?」


「全然ダメ」

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