第二十話 だってあたしは、貴女の友達なんだから
永遠に続く黒の中に、一本の隧道が作られていく。
辿っていけば何かがあると信じて、ひたすらに歩いた。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。
そうして、意識が浮上した。
足の指先から頭のてっぺんまで、過敏なまでの感覚を取り戻す。
ばらけた思考をたぐりよせ、自分が何者であったかを思い出す。
ユーリエ。勇者フランツのアシスタント。
魔人に首を絞められて、意識を失ったところまでは記憶している。
視点の低さと滑らかな地面から推察するに、屋内で寝かされているらしい。
崩れた壁から吹き込む風は生暖かく、目の前にある暖炉も機能していない。
この内装を、よく知っていた。
「気分はどうじゃ、人間」
夜闇の中で、ざらついた声が降ってくる。
うつ伏せになっているせいで、濁音の主は見られない。
他にも、周囲でもれる微かな嗚咽が人の存在を仄めかしていた。
「最高だよ。空気ってこんなに美味しいんだね」
意識を失ってから、どれだけ時間が経過したのか。
左右とも後ろ手に縛られている。
足は自由だが、逃がしてくれるほど優しくはないだろう。
濁音の主は十中八九、魔人だ。
声色から首を絞めてきた奴とは別個体な気もするが、確証は持てない。
「やっぱり訂正。得体のしれない怪物と一つ屋根の下にいるなんて最悪だ」
「星内海の方が幾ばくか居心地が良いだろう。案ずるな、もうすぐ貴様は死ぬ」
朗報。特定の条件を満たすまでは身の安全が保証されている。
並びに悲報。敵の作戦で、私の身柄は活用されてしまうらしい。
せっかく荒野の果てから戻って来たのに、再び送り出されるなんてごめんだ。
「質問だけど、作戦は順調なのかな。後は『素材』を殺すだけ?」
首根っこを掴まれたかと思うと、軽々と持ち上げられた。
極めて乱暴に、椅子に座らせられる。
強かに打ち付けた腰が痛い。
喉元まで出かかった悲鳴をこらえて、屋内全体を見渡した。
間違いない。ここは勇者ギルドだ。
「おしゃべりな奴じゃのう。よほどの命知らずらしい」
蒼い表皮に、青く光る瞳が埋没している。
太く逞しい肉体は、通常と比較して三倍はあろうかという厚みだ。
なにより、岩のようにごつごつとした鎧が、魔人に威容を与えている。
「指揮官殿から直接ご教授いただきたいのさ。どうせ終わるならね」
カマをかける。
根拠はないが、いかにもお偉いさんの装いである。
魔人は指揮官という表現を否定せず、目を細めるだけだった。
「別にいいだろう。どうせ、縛られて何もできない。それとも非力な人間を恐れる理由でも?」
「態度を改めよ。儂こそ将軍が一人、ネローなり」
将軍……魔王軍にもそのような役職があるらしい。
部隊長格ぐらいの階級を想定していたんだけど、もしかしてかなり偉い?
「将軍ともあろう方がお見えになるとは、此度の襲撃はよほど重要らしい。この手際の良さは何が理由かな」
モルゲンブルグ領の山脈地帯は、魔王の支配領域と王国を隔てる天然の要塞だ。
厳しい自然が進軍を困難たらしめているおかげで、膠着状態は維持されていた。
だが、領都陥落ともなれば戦局は大きな節目になるだろう。
前線にいるジギスムント侯爵と王国軍の命運はない。
「我らの軍には、唯一無二の才能を持つ者がおった。万物に変化する術じゃ」
話をはぐらかされた。
専門家によると、魔人は生まれついての魔術使いであるという。
呼吸をするように、指先で火をおこし、水を操り、風を起こす。
長年をかけて技術体系を生み出した人間では比較にならない天性の能力だ。
魔術と魔人、双方の関連性はいまだ判明していない。
「儂は、間諜として貴様らの社会に紛れ込むよう命じた。要人の行動把握、軍備の内実、都市の様相。ありとあらゆるを知るようにな」
「…………素直に説明してくれるなんて、親切じゃないか」
これは戦いだ。
探り合いの名を持つ場外戦。
魔人が人に化けて、社会に紛れ込んでいる。
最悪だ。考えるだけでくらくらする。
はったりの可能性もあるが、精査するだけの時間も材料もない。
敗北条件は単純で、沈黙にこそ真実が宿る。
「任務を終えた間諜は仕上げに取り掛かった。土地を守護する人間の暗殺じゃ」
「おかしいな。ジギスムント侯爵の首が落とされたとは聞いてないが」
「後一歩のところで阻止されたのじゃよ。側近の魔術師に」
ネローの声に熱が宿る。
暗殺未遂が起きたら火を点けたような騒ぎになるはずだ。領都にも速攻で伝聞が広まっているだろう。
だが、最近は前線の話題にめぼしい内容はなかった。
ギルドの受付でも、人間に化けた魔人の噂なんて出てこなかった。
強いて言えば、侯爵の従者が焼き殺された、と、いう……。
「部下の失態は上に立つ者の失態。儂ら将軍は武功も易く立てられぬ身ゆえ、失態を犯せば身の上すら危うい」
点と点が結ばれる。
焼き殺された従者。潜入していた魔王軍の暗殺者と側近の魔術師。
彼女が、暗殺者から侯爵を守ったのだ。
だが変身能力を持つ魔人がいると知れたら、いらぬ混乱を生みかねない。
過去を秘していたのは、侯爵から口止めされていたからだろうか。
「質問に答えてやろうぞ、人間。儂が企て、行軍に加勢した。全ては部下の恥辱を雪ぎ、貴様ら人間に報復せんがためよ」
「……都市を燃やしたのは意趣返し、だね」
将軍は返事をせず、ただ口角をつり上げる。
こいつが前線の親玉だと思っていたが、加勢というからには違うようだ。
侯爵が戦っている魔王軍と、ネローの手勢は別動隊なのだろう。
「そのくせ我らが王は生ぬるい。この土地を攻略すれば、人間が停戦交渉に応じると思っておる。燃やし尽くさねば手遅れになるというのに」
崩れた壁から、別の魔人が姿を現した。
意味不明な鳴き声に、冷たい瞳が応える。
魔人が独自の言語を持っているなんて知らなかったが、
「用意が出来た。人間共、立て」
ネローの指示で、私を含めた数名の人間は例の像を前に整列した。
ギルドの周囲に、夕方には無かった防護結界が展開されており、逃亡は望めそうにない。
溶け合った人々は、死してなお苦悶を発露し続けている。
直視できず足元に視線をおろすと、切断された腕が転がっていた。
素材と言うのは、やはりこういうことらしい。
「貴様らを以てこれは完成する。喜ぶがいい、大地の命脈を貪るだけの蒙昧な生に意義を与えてやろうぞ」
どこから湧いてきたのか、幾匹もの魔人が、瓦礫の中から這い出てくる。
化け物共は、目前に控えた立像の完成を称え、興奮のままに結界の内外から囃し立てる。
まるで、処刑だ。
観衆の好奇と憎悪を煽り、罪人に絶望と恐怖を植え付ける公開処刑。
裏付けるかのように、ネローが拳を高く掲げると部下たちが一斉に湧いた。
根源的な、死への恐怖が再び溢れようとしていた。
脚はずっと悲鳴を上げている。
きつく縛られた手首は、擦れて痛い。
でも、まだ心臓はいまだ鼓動している。
黙って殺されてたまるものか。
見られていないのを確かめてから、腰の衣囊に手を突っ込む。
乾いた紙の感覚が指先を撫でた。
噛まないように、教えられた術文を心の内で何度も唱える。
使う機会を失していたのは不幸中の幸いである。
なんなら、機会など訪れないとさえ思っていた。
「私が叫んだら、とにかく走るんだ。隣の人にも伝えてほしい」
同じく捕らえられていた男にそれとなく伝える。
細かく説明する時間は無い。破れかぶれの目論見だ。
今一度深く息を吸って、私は術符を取り出した。
術巻物や術符は、魔術師不在の埋め合わせをするために発明された道具である。
最低限の魔力(専門用語らしく、世間一般的でいう『体力』と相違ない)と専用の魔術式が書かれ、市場において高値で取引されている。
使用は一度きりに限られ、用途も制限されるため、実はあまり便利ではない。
「……ルーメン」
術符より放たれた光球が、天高く昇っていく。
逃走を阻む防護結界に穴を穿つために。
曰く、防護結界は最も易く行使できる最も高度な魔術であるという。
緻密に設計された魔力の障壁は、別の術式が混在した途端に瓦解してしまう。
上昇の勢いで破れずとも、最後の発光があれば確実に結界を崩せる。
「今だ!」
術が発動する前に動く。
敵に判断する隙を与えてはならない。
魔人どもが光球に気を取られた一瞬に余力を全て注ぎ込む────。
「貴様か」
────────────────────ことは、叶わなかった。
視界が急速に回転する。
右脚から持ち上げられて、宙吊りのような格好になる。
悪態をつく暇もなく光が空いっぱいに広がった。魔術の炸裂である。
防護結界は、破られていない。
放り投げられた私は、石の敷き詰められた地面に全身を強く打ち付ける。
痛い、苦しい。呼吸ってどうやってするんだっけ。
「あの程度、結界を二重に張れば無力化できるに決まっているだろうに」
髪を引っ張られ、強引に立たされる。
何かを言おうとして、けれど言葉になる前に、目の前に迫る拳でかき消される。
火花だ。暗がりの火花が、視界を覆う。
鼻の奥がツンとして口内に鉄みたいな味が広がる。耳鳴りが止まず、平衡感覚も消えてしまった。
誰かが何か言ってるけれど、うまく聴き取れない。膜が張っているみたいだ。
それで、ええと、なんだっけ。
眼鏡だ。殴られた拍子に、眼鏡が吹き飛んでしまった。
ちょっと視力が落ちているだけだから、最悪なくても問題はないけど、高かったから、もったいないとおもった。
それで、それで。
痛い。
痛い。痛い。痛い。いたい。痛い。いたい。いたい、いたい、いたい。
「これで抵抗もできまい」
ごつごつとした感触が、背中にあたる。
たぶん、じめんだ。つまり、わたしは、私は、突き飛ばされたのだろう。
腕の痛みが意識の覚醒に繋がり、焦点を合わせられるようになる。
大変だ。肘から下があらぬ方向にねじ曲がってるじゃないか。
脚もしびれて上手に動かせないのに、魔人共に無理やり起こされる。
気持ち悪くて、口の中に溜まっていたものを吐き出すと、出てきたのは赤黒い血だった。
作戦は失敗した。切り札は宙に消えた。
次は、どうする。
起死回生の計画を思いつくには、何をしたらいいだろう。
残り数歩で立像の前に立たされる。そうなれば後は素材になるだけである。
廃墟の中に、馴染みの人影を見出す。
間違えるなんてありえない。幼馴染の幻覚が、結界の外側でゆらゆらしている。
肝心な時に、君の顔がばやけているなんて最悪だ。
なんだか涙が出てしまいそうで、空を見上げた。
夢に見た永遠の黒いに、煌めく星々が散りばめられている。
ひときわ大きな光に手を伸ばそうとしたけど、使い物にならなくなっていたのを思い出して、やめる。
まるで死に抗わんとする命の輝きみたいだと、そう思った。
「────────────────綺麗だ」
光が落ちる。
こちらをめがけて、一直線に落ちてくる。
容赦なく、躊躇いなく、確実に穿つという意志と共に。
魔人が騒いでいるのが耳に入った。新しい結界が次々と破られていく。
ギルドを包む魔術障壁は、空より来る息吹きによってあっけなく崩壊した。
「キュナスがやったぞ、みんな続け!」
フランツの声が聞こえる。
雄たけびと共に、地鳴りのような足音が押し寄せてくる。
理解が追いついていないが、不用意にうろついて踏みつぶされたくはない。
失踪した眼鏡の行方を追うも、左腕だけでは這うのも困難だった。
ぱちぱち、ぱちぱち。
炎の弾ける音を辿っていると、探し物が見つかった。
「ユーリエ、こっちだ!」
幻覚じゃない、本物の幼馴染が魔人の攻撃を盾でいなす。
すっかり一角の戦士だ。もう誰も彼を猟師の息子だなんて思わないだろう。
左腕に力を入れようとして、後方にぐいと引っ張られた。
「剣を捨てよ、人間。さもなくばこやつを掻き切る」
がっちり抑えられており、ネローの腕の中で身動きが取れない。
くそ、大物っぽい肩書のくせに使い古された小物の常套手段を取るな。
「あら、それよりも早くあたしの魔術が貴方をバラバラにするわ」
優雅な動作でキュナスが降りてくる。
本当に宙に浮く魔術を扱っている事実に、妙な感心を覚えた。
結界の崩壊も彼女の手柄だろうけど、どうやって不調を治したのだろう。
「四大将軍がどうして出てきたのか知らないけど、大人しく観念なさい」
「ふん、脅すぐらいならさっさとバラバラにしてみせい」
魔術師は「後悔するわよ」と言いながら杖を構えた。
やっぱり、小さく震えている。
当然だ。あれだけ苦悩していたのだから、すぐに治るわけがない。
指揮官を討てば戦いは終わったも同然なのに、人質のせいで泥沼だ。
重傷者が暴れたところでたかが知れている。ネローの腕に噛みついてやろうかと考えたが、おそらく前歯が折れて終わりだ。
自由にできるのは口くらいだが、あるいは適当に喚けば隙を作れるだろうか。
私に出来ることは、なんだ。
キュナスとフランツ、そしてネローは、お互いに見合ったままじっとしている。
着地点の存在しない牽制が、打開し難い停滞を生み出している。
意を決して、私は「キュナス!」と叫ぶ。
喉奥で溜まっていた血が溢れる。
「すまなかった。たくさんひどいことをした。何をいまさらと思うかもしれない、心の内で、いまだに許せない感情があるかもしれない。でも、でも少しだけ聞いてほしい。私は────」
胸元を拘束していた魔人の腕が、締め付ける力を強める。
潰されてしまいそうな苦しみも、「黙れ」という怒号も、今は無力に等しかった。
「────────君と友達になりたかったんだ」
キュナスと、視線が交差する。
昔の情景が前触れもなく浮かび上がってきた。
小さいころ、本こそが世界の全てだったころ。
他者に嫌な言い方をした────────理解してもらいたかった。
他者を見下していた──────────見下されるのが怖かった。
他者が嫌いだった───────────付き合い方を知らなかった。
愚かで頑固でありふれている、どうしようもない人間。
辿っていくと、なんてことのない、ちっぽけな願いが始まりだった。
誰かの役に立って認められたかった。
君の思いに共感したのが怖かった。君と関係を深めるのが怖かった。
他の誰かも同じ悩みを抱えているなんて、考えもしなかったから。
不調の原因は分からない。過去をどのように捉えているのか知ることは出来ない。
特別な力なんて何もない私にできることは一つだけ。
「今度こそ、君を信じるよ」
震えはとうに止んでいた。
戦火の中にあるのを忘れてしまうほどに静かだった。
ぱちぱち、ぱちぱち。
彼女に瞳に映る炎だけが燃えている。
キュナスが「インペトゥス」と唱えると、不可視の斬撃がネローの腕を襲った。
支えていたものが消え、倒れ込む私をフランツが素早く抱きかかえる。
「思い上がるなよ蛮人めが……我が部下の汚名はここで雪ぐ!」
「貴方こそ、あたしの友達を傷つけたのだから覚悟なさい」
助けが来たという安心感だろうか、けだるさと痛みが一挙に押し寄せてくる。
朦朧とした意識の中で、ふと、城門近くにいた人たちのことが気になった。
「大丈夫、ゲヴァルトが守ってくれてるから」
フランツ? よく私の懸念を察知できたね。
頭の中を読み取る能力でも手に入れたのかな、おとぎ話の魔法使いみたいに。
君はやっぱりすごい奴だ。幼馴染として、誇らしいよ。
なに、なんだって、もっとはっきり喋ってくれないか。
靄がかかったみたいに、よく聞こえないんだ。
「───オムニア・プルウェレム!」
白。
白が、全てを、塗り尽くして。
そこからさきの、きおくはない。
────
あー
あー、あー。
気分が高揚して本音をぶちまけてしまう瞬間というのが、人にはある。
翌日にそのことを思い出して、布団の中で悶絶したりする。
あーーーーーーー。
なんだよ友達になりたいって。なんだよ、今度こそ信じるって。
青臭い台詞を真面目に吐くような歳でもない。
もし利き腕が自由に動かせたなら、顔面を両手で覆っているのに。
あの場にフランツも居合わせていた。からかいの材料を与えたようなものだ。
よし、二度寝だ。微睡みと共に忘れてしまおう。
「ユーリエ!? ええと、修道女さんを呼んだほうが良いのかしら……」
あー、あー、聞こえない。魔術師のせわしない声なんて全然聞こえない。
頭部まで布団を被ったけれど、「どこか痛いの?」という涙混じりの声に負け、少しだけ顔を出した。
「貴女、もう三日も寝込んでたのよ。異常があるなら申告して」
「……問題ない。いや、問題はあるけど、怪我は修道院で治してもらえるよ」
「ええ、まあ……あ、ならフランツを呼んでこようかしら」
やめてくれ、本当にあの夜を思い出して全身がむずがゆくなりそうだ。
首を横に振って見せると、キュナスは「でも……」と逡巡する素振りを見せる。
あーもう、しつこい奴め。
「君だけでいい、それで十分だよ」
魔術師は、帽子のつばを撫でてもごもごと呟いたが、仔細が聞き取れない。
聴覚に異常ありってわけでもないが、まだ本調子ではないのだろう。
魔人による襲撃は、フランツ率いる勇者勢によって見事撃退された。
将軍ネローは捕虜として城の地下に幽閉されている。
例の立像も、キュナスの魔術で跡形もなく消し飛んだらしい。
ギルドは機能不全に陥っており、有志たちによって仕事の分配がされている。
個人で請け負っていた仕事はどうなった。顧客の情報や組んでいた日程は、宿と共に灰になってしまった。
「なんとか燃え残りから資料を拾ったわ。全部とはいかないでしょうけど」
激戦区となった訓練場は、修道院の人々が野戦病院として使用していた。
廃墟と化した建物を使うのはあまりにも危険だっだ。
戦いが残した爪跡の深さを、吸い込まれそうな青空によって実感する。
犠牲者に思いを馳せていると名を呼ばれた。
「生きていてくれてありがとう。多くの人が亡くなったけれど、ユーリエまで死なせていたら、あたしは……」
キュナスの顔は真剣そのものだ。
「礼を言うべきはこちらだよ。君とフランツのおかげで、荒野の向こう側へ行かずに済んだ」
姿を隠していたネローの居場所は、術符の光で判明した。
都市上空から私を捜索していたキュナスが発見し、フランツたちと共にギルドへ向かった。
魔術師は「必ず見つけるって言ったでしょう」と笑う。
「だってあたしは、貴女の友達なんだから」
「やーめーてーくーれ。友達だなんて、素面で言える台詞じゃないだろ」
「えっ……友達じゃなかったの。ご、ごめんなさい……」
「違うんだ…………えーと、その、君とはそういう関係になりたかったけど、まだ段階を踏んでないだろう」
「えぇっ、友達になるには何をしたらいいの?」
なんだろう、宣誓でもすればいいのかな。
故郷には、フランツを除いて友人などいない。王都やモルゲンブルグでも、仕事仲間や同期、顧客以外の交友関係を持っていなかった……。
あれ、もしかして私って一人ぼっちの才能がある?
いいや、気難しい老人も偏屈な農家も、平民を見下す貴族とだって人脈を築いた実績があるんだ。友人を作るぐらい簡単さ。
さりげなくお願いすればいい。顧客を夕食に誘うみたいに、自然体で決めろ。
「改めて、あの、わた、私と、友達になってくるませんか?」
「……いいわ。よろしくお願いします」
なんで、こんな時に、噛むんだよ。
妙に意識するのがいけなかったんだ。ああもう、最悪。
おい、肩を震わせるな。隠そうとしても分かってるんだからな。
「僕は何を見せられてるのかな」
キュナスの後ろから、フランツが顔を出す。
彼は、貴族らしい装飾過多な服装のおっさんを連れていた。
「勇者フランツ、彼女が君の代理人かね」
「ええ、細かい話は彼女を交えて、やらせてください」
おっさんが重々しく頷く。
貴族と一括りで表現しても、内実は十人十色である。
武功で成り上った外様から、王家に連なる直系血族まで、幅は広い。
王家や大貴族の場合は衣服に家紋が描かれており、確実に判別できる。
おっさんの服は各所にモルゲンブルグの紋様が散りばめられており、領主の身内であると推測できた。
差し詰め、侯爵の指示で勇者の功を調べているといったところか。
男は「怪我人を長々と突き合わせるわけにもいくまい」と前に出た。
「此度の一件、ご苦労であった。勇者フランツの貢献は、褒賞を与えてなお余りある」
「はあ……」
「率直に尋ねるが、君たちは城仕えに興味はないかね」
「はあ…………はあ!?」
現実は、時として空想を凌駕する。
フランツと出会ったように、田舎の子供が遠くモルゲンブルグまで来たように、運命の導きは確かに存在する。
この人物こそ領主ジギスムント侯爵であると知ったのは、もっと後の話である。




