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第二話 使い古しの麻袋かな

 一年という歳月は、過ぎてしまえばあっと言う間だ。

 十六歳になった私とフランツは、行商人の一団に同行させてもらいつつ、王都に向けて移動していた。

 並び歩いて分かったが、どうやらフランツは背が伸びたようだった。

 息を切らしながら隣に目をやると、彼の首元が見える。

 去年まではぴったり視線が合っていたはずだが。


「……馬車に乗せてもらうよう、お願いする?」


「そこまで……してもらうわけには……いかない……」


 先頭を行く馬車には、大量の荷物が積まれている。

 彼ら商人の生命線、大切な品物の数々だ。

 これを差し置いて私が乗るなど、あってはならないだろう。

 

「王都までそう遠くない、嬢ちゃんがぶっ倒れる前には到着するさ」


 商隊を護衛する傭兵がからかうように言う。くそ、バカにしやがって。

 アシスタントが不甲斐ない姿を晒せば、勇者の評判まで連帯で落としかねない。今後のことを考えれば、振る舞いを改めなければならないだろう。

 大きく息を吸うと、背筋をピンと伸ばした。

 呼吸を整え、整った姿勢を維持すれば、身体に余計な負荷がかからず、疲労感を減らすことができる。

 本にそう書いてあった。


「おじさんとおばさんが心配してたよ。ユーリエは体力がないからって」


「あの人たちが……私を心配するはずないだろう……どうせ……嫌味だ……」


「ひねくれてるなあ」


 心配の話をするなら、むしろフランツの両親のほうだろう。

 最初に、息子さんの人生を預からせてほしいと頼みに行ったときなど、まともに取り合ってもらえなかった。

 冗談だと思われたらしい。

 ただでさえ物静かなハンスおじさんから、日を重ねるごとに笑顔が消えていったのは、正直に言うと怖かった。

 最終的に了承してくれたのは、ゲルダおばさんの方だった。

 出発の時もわざわざ見送りに来てくれて、おまけに、昼食に食べなさいと、パンまでもらってしまった。

 信じて送り出してくれた二人のためにも、絶対に失敗は出来ない。


「それで、お前さんがたは何で王都を目指してるんだ?」


 傭兵が話を続ける。

 素直に答えればいいのに、フランツは口をもごもごと動かした。

 

「新しいことを始めたいというか、なんというか……」


「勇者になるためです」


 早口で答える。

 いま呼吸のリズムを乱せば、さっきの醜態に逆戻りだ。

 うっ、足がジンジンしてきた……。


「勇者ねえ。トーシローに満足な戦いができるのかよ」


 ごもっともだが、ムカつく良い方だ。

 フランツの父親は猟師である。普段は農夫をしているが、時折山に入っては獣を狩って来る。

 直接見たことはないが、フランツもまた、父親に連れられて、狩猟の経験があるそうだ。

 見てくれは柔和だが、やるときはやる男である。


「父といっしょに、狩りを少しだけ……」


「傑作だな、おのぼりさんには獣と魔人の区別もつかないらしい」


 またしても笑われた。

 嫌な奴だ。口は悪いし、汗臭い。


「悪いが、どこかで野垂れ死ぬ前にお里に帰るのが賢明だと思うぞ」


 客観的に見れば、無謀と言える挑戦かもしれない。

 しかし、しかしだ。

 最強の英雄は生まれながらにして最強なのだろうか?

 優れた魔術師は、赤子のころから詠唱を諳んじることができたのだろうか?

 答えは、否だ。

 始まりがなければ、経験を積まなければ、結果など出るはずがない。


「問題ありません。わ、私が……アシスト、する……ので……」


 アシスト。

 聞きなれない言葉を、傭兵が復唱する。

 

「立派な、勇者になれるよう……私が補佐……するんです……おえっ」


 肩を貸そうかという、幼馴染の提案を断る。

 正直に言うと、半分くらい意地になっていた。こんな道も乗り越えられないようでは、魔王討伐なんて夢のまた夢だ。

 地面を見ていては首が疲れる。

 前を見ていても、変わり映えのない景色に飽きが来る。

 やっとの思いで上を向くと、もう一度深呼吸した。

 何としても、城門を自分の脚でまたいでやる。


「だって、私は……勇者のアシ……おえっ、うっ…………」



────



 勇者は、建国時から伝わる称号である。

 初代国王ルートヴィーヒは、平民出の勇者と共に魔王を封印し、諸侯をまとめて王国を作った。

 王が平民を勇者と認め、勇者はいずれ王国を救う。

 勇権王授説。

 こうした考え方が、今日の中央集権的な治世と平民救済思想の礎となっている。

 もちろん階級による区分は存在するが、貴族が平民を無下にできないのにも理由がある。

 いずれ魔王が復活するのは、預言されていたのだから。


「フランツ……今の私を一言で言い表すと、なんだい」


「うーん、使い古しの麻袋かな」


 長椅子の背もたれに上体を預けながら、空に向かって、古い麻袋になった自分を思い描く。

 想定よりはマシみたいだ。

 私とフランツは、王都城門近くの広場で休憩していた。

 王都に到着し、同行してくれた商人たちに礼を述べた後、まず足腰を休ませたいという私の申し出を、フランツは聞き入れてくれた。

 夢に見た大都会だが、極度の疲労を前にして感動も何もなかった。

 重たい腰を上げる、なんて慣用句があるが、はたして私はベンチから離れることができるだろうか。


「商隊の人たちがユーリエのこと褒めてたよ。根性あるってさ」


 良い人たちだ。

 そう言いかけて、傭兵の顔の言葉が頭をよぎった。

 どこかで野垂れ死ぬ前にお里に帰れ、か。

 

「……やれるさ。やってやるとも」


 にわかに、活力が湧いてきた。

 いつまでもへばってはいられない。

 行き交う群衆を睨めつけると、私は勢いよく立ち上がった。

 ここからは誰かに助けてもらうではなく、自分たちで動いていかなければ。


「フランツ、まずは登録だ。ギルドに行こう!」


 いきなり元気を取り戻した私に目を丸くしながら、幼馴染は一拍おいて頷いた。

 勇者ギルドは、準国営の互助団体である。

 王都において勇者の登録ができるほか、市井から来る諸々の『依頼』を管理している。

 資格を得た者は、ギルドを介して依頼をこなすことで日銭を稼いでいく。

 いわゆる職業的な勇者の仕事は、ざっくり言えばそんな流れだ。

 魔王を倒すという大目標はあるのだが、実情としては傭兵に近い。


「宿は予約しなくていいの?」


「勇者の登録手続きを終えてからだ。その方がお得だからね」


 王国の各都市には、勇者ギルドから認定を受けた専用の宿屋がある。

 部屋が豪華だとか、特別に良い待遇を受けるとか、そういうものではない。

 格安で、どこでも定額なのだ。

 相応に狭く質素だが、都市に宿泊の伝手を持たない人間からすれば、この上なくありがたい。

 以前、話をしてくれた商人からギルドと宿屋の場所は大まかながら聞いている。きっと大丈夫だ。


「ええと、銅像の近くにあるって聞いたんだが……」


 聞いていた通りの道を歩くが、思うように進めない。

 なにせ王都である。人通りが多く、道を行くだけでいやに気を使った。

 人生で初めての体験に、たじろぐばかりだ。


「あ、あれじゃない、王様の銅像」


 民草を見下ろすように、ギルベルト王の像が立っていた。

 ちょうど都市通路の交差点となっていて、人の密度がさらに増している。

 聞くところによると、今代の王は目立ちたがりの自信家だという。

 吟遊詩人に金を握らせ、自身のすばらしさを吹聴するよう命じているが、豪快な金遣いと尊大な言葉のほうが市井には広まっているようだ。

 なるほど、像は精悍な顔立ちだが、随所に埋め込まれた宝石や、人目を憚らない大仰な立ち姿からは嫌らしさが滲み出ている。


「素晴らしい洞察力だ。やはり君は勇者の素質があるよ」


「雑に褒めてくるなあ」


 目を凝らせば、探していた場所も浮かび上がってくる。

 さりげなく掛けられている看板に、『勇者ギルド』の文字を見た。

 煉瓦(レンガ)造りの地味な外装に反して、中には獣の剝製や、魔王の眷属が使っていたと思しき防具などの逸品がズラリと並んでいた。

 戦利品、というやつだろうか。

 中は広く、手前には机やいすが並べられており、装いのバラバラな人々が何やら会話しているのが見える。

 奥には木製の仕切りが設置されており、向こう側では女性が立っていた。

 あれが窓口だろうか。


「いらっしゃいませ、ご依頼ですか?」


 受付嬢が歯切れよく応対する。小綺麗な衣服やサラサラの髪から、都会の気風を感じた。

 大人の女性だ。

 つい、自分の髪を指で遊ぶ。


「ゆ、勇者の登録をしたいんです」


「かしこまりました。まず登録料の支払いが可能か確認させていただきます。次に経歴検査を行いますので、確認が終わりましたらば、あちらの階段から二階に上がってください。突き当りの部屋が検査室になります」


 一言一句、淀みなく発せられる説明は明瞭だ。

 手慣れているのだろう。

 巾着袋の口をゆるめ、中を確認してもらうと、女性は「確認しました」と、指で丸印を作った。

 示されるがままに上階へと向かい、突き当りの部屋にたどり着く。

 ドアノブに手をかけて、ノックをするべきだと思いなおす。

 木のドアから心地よく音が鳴り、「どうぞ」という声がした。


「失礼します!」


 私に合わせるように、フランツも「失礼します」と言いながら入室する。

 こんな殊勝な態度、村では取ったことがない。

 幼馴染に見られていると思うと、なんだかムズムズした。


「礼儀を弁えている若者が二人。オツムの足りないゴロツキや酔っ払いや浮浪者でない、と……今日は素晴らしい日ですね」


 まず視界に飛び込んできたのは、長椅子と円卓だ。

 壁際には棚が設置され、見たことない数の本が敷き詰められている。

 部屋の奥で、ゆったりとした魔術師の正装(ローブ)に身を包んだ黒髪の男性が、椅子に腰かけていた。

 こちらを見定めようとするみたいに、目を細めている。

 促され、私たちは長椅子に座った。


「ようこそ勇者ギルドへ、私は魔術師のペーター。ここでは、簡易的な経歴検査を行います。」


 人生で初めて目にする魔術師は、全身黒づくめのいかにもな風貌だった。

 緊張を悟られないように、ゆったりと首を縦に振る。

 言葉の通り検査は単純で、用意された水晶に手をかざすだけだった。

 人に宿る魔力を通じて、出身地や職業、魔人と関わりがあるかなどを調べられるのだとかなんとか。

 私は検査を受けないつもりだったが、魔術師の「せっかくだから」という言葉に応じて、水晶に触れた。


「いいでしょう、問題ありません。下の窓口で登録料を支払ってもらえば、手続きは完了です」


 物事というものは、始まってしまえばあっさり話が進んでいく。

 緊張と不安で眠れなかった夜など、遠い過去の出来事に思えた。何をあんなに、悩んでいたのだろう。

 結局、現実との向き合い方など気持ち次第なのだ。

 村に残った同世代の子供たちの顔を思い出す。私の『勇者アシスタント計画』をあざ笑った連中のことを。

 見ていろ。私とフランツは偉大なる一歩を踏み出してやるぞ。

 硬貨が詰まった巾着袋を握り締め、窓口に戻って来る。

 先ほどと変わらない佇まいで、受付嬢が待っていた。


「滞りなく検査を終えられたようで何よりです。最後にこちらで登録料をお支払いください」


 手の中で、ジャリジャリと擦れる音がする。

 たった数枚の銅貨。

 たった数枚の銅貨だが、これを払うのは今までの十六年を支払うのと同義だ。

 後戻りはできない。振り返ることは許されない。賞賛か嘲笑か、どちらにせよ、進む以外の道はない。

 後ろに立つ、幼馴染に視線を投げた。

 いつもより肩筋が張っているところを見るとに、かなり緊張しているらしい。

 フランツが誰のせいで王都に来ているのか、自分の胸に深く刻み込む。


 絶対に成功してやる。


 いまさら、後悔なんて覚えるな。

 平穏なたらればを、幻視するな。

『現実的』に考えるな。代り映えのしない日常の中で、ただ腐っていくなんてまっぴらだ。

 私は拳を握り締めながら、巾着を差し出した。


「……あのー、手を放してくれますか?」


「あ、す、すみません……」



────



 魔力による灯りが、街を彩っている。

 窓の外に広がる王都の夜景に、息をのんだ。

 手続きを済ませた私たちは、勇者専用の宿屋に腰を落ち着けていた。

 夜と言えば、心もとないろうそくの火を当てにしながら読書に耽っていたが、ここは比べ物にならないほど明るい。

 見上げれば、夜はこんなにも深いのに、地上にだけ昼間が居座っているみたいだった。


「それで、ユーリエの中では、これからどんな計画なの?」


 ギルドからの支給品を部屋の隅に置くと、フランツは寝具(ベッド)に座る。

 あくびの声を聴くに、彼も移動の疲れが溜まっているのだろう。


「王都は未来への足掛かりにすぎない。一年……遅くとも二年後にはモルゲンブルグ領に向かう」


 対魔王戦争の最前線、モルゲンブルグ領。

 最終目標を考えれば、そこを目指すのは当然の考えである。

 王都での暮らしは、いわば勇者入門編と言った位置付けなのだ。


「君にはたくさん依頼をこなして、経験を積んでもらわないとね」


 見ると、フランツは支給された革の鎧を撫でていた。

 彼の命に直結する仕事着だ。鎧への関心は、つまるところ仕事への関心である。幼馴染の意欲が伺えて、嬉しくなった。

 思い立ち、私は荷ほどきを始める。

 麻袋に詰め込んだアレコレを、自分の寝具に並べてみると、意外と少ないことに気が付いた。

 出発の前は、これ以上ないくらいに詰め込んだつもりだったが。


「ユーリエが言わなければ、あの村から出る機会は二度となかったと思う」


「はは、良いこと言うじゃないか。いくらでも感謝してくれ」


「すぐ調子に乗るなあ」


「う、うるさいっ」

 

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