第十九話 貴女、おかしいわよ
動かない母親に、小さな子供が寄り添っている。
男の屍が川に流されていた。
ギルドの人々が溶かされ、接合されていた。
みんな、みんな、私を見ている。
何も主張せず、要求せず、冷たく無機質な虚ろから、生者を推し測っている。
生き延びてしまった意味を、彼らに示さなければならない。
座して待つなんて許されるはずがないだろう。
「ここで足止めされてる人たちはどうなるの。魔人が来れば全滅よ」
「だから城門を開けるんだ。人を集めて力づくで破る。修道院ならまだ生き残りがいるかもしれない」
「無事生き残っても、後で謀反人扱いされるわ」
「城を追放された人間が言うと説得力が違うね」
キュナスが押し黙る。
この話題を出すと沈黙に逃げるのは、悪い癖だ。
巧妙に隠しているつもりだろうが、こちらもとっくに察しは付いている。
口では分からないなんていいながら、結局は過去に縛られている。
だから人命を前にして、謀反だのと体面の話が出てくる。
でたらめな言い訳はもういい。やる気がないなら会話するだけ無駄だ。
「いいさ、杖はいらない。侯爵様の役に立つ時まで大事にしまっておくといい」
「…………いい加減になさい、貴女、おかしいわよ」
「おかしいだって、城の従者を焼き殺した君が言うのかい!」
「やめてよ」という声は、消え入りそうなほど掠れていた。
───────────────────私は、なんて言った。
違う、違うんだ。
伝えたかったのは、こんなんじゃない。
攻撃魔術で門を破壊してほしいけれど、キュナスの不調は改善していない。
なにより、侯爵の勇者という立場に復帰したい彼女にとっては悪手だ。
だからせめて、ここにいる人たちを守ってほしいと頼みたかった。
君ならば、敵を妨害する術をいくらでも知っているだろうと。
どうして、こんな簡単な説明もできないのか。
「……忘れてくれ。私は杖を借りない。これで会話は終わりだ」
何をやっている、まずは謝罪だろう。
複雑な説明は後回し。長ったらしい意図も不要である。
短い単語が頭の中で反響する。
涙目の相手を前にして、私は何もできない。
息の詰まるような空気に居てもたってもいられず、立ち去ろうと踵を返す。
「どこいくの、お姉ちゃん」と呼び止められた。
「少年、ここは安全だから、事態が解決するまで待ってるんだよ」
「一緒にいてくれないの?」
「残念だけど、用事がある」
隣に立つと、私の影が少年を覆った。
裾を掴もうとする彼の手を取り、そっと握る。
「お母さんを守ってあげるんだ。いいね」と言うと、少年は小さく頷いた。
「帰ってきてね」
返事をせず、人込みの中に駆けだした。
────
少女の背中が小さくなっていく。
意味を求めて、死地へと赴く様子を魔術師は見つめていた。
何が、少女の激情を駆り立てているのだろうと疑問に思う。
現実をものともせず、突き進む原動力は、どこに由来するのだろうか。
過去。
行動し、積み重ねて生まれた意味の集合体を、人は過去と呼ぶ。
勇者の補佐人を務める少女にも、きっと過去があるのだろうと思った。
望まれぬ生を受けた子供とは違う、真っ当な過去が。
「お姉ちゃん、大丈夫かな」
死体に寄り添う少年が、幼子らしからぬ神妙な面持ちをしている。
親を亡くして、ある日突然成長を迫られる心境を考えて、魔術師は胸を痛めた。
運が良ければ生きているし、悪ければ死ぬ。
明快な道理だが、突きつけるにはあまりにも早すぎる。
「ユーリエは……強い娘だから、きっと帰って来るわ」
少年も、立ち去った少女も、齢二十五の魔術師にとっては等しく子供である。
本来なら彼らを庇護するべき立場なのに、ありきたりな助言しかできない自分に呆れた。
「すごい震えてたよ。お父さんが死んだ時のお母さんくらい」
子供が手の平をかざす。
死は万物が恐怖する絶対概念である。
思い残しがあったとしても、過去を積み上げることは不可能となり、永久に停滞する。
死んだ瞬間に、当人の意味は他人の記憶へと変わる。
宿っていた熱は非情にも失われ、無機質な情報となってしまう。
ゆえに女は恐れる。
何も得られない生き様を。
何も得られない死を。
魔術師は孤児である。似た身の上の子供と共に、善意の庇護下で育った。
両親の顔は知らない。院長曰く、ある寒い朝、籠に入れられた赤子が玄関に捨てられていたのだという。
異国の風貌を持つ彼女を、施設の職員たちが持て余していたのを、無意識に感じ取っていた。
孤児院を出ていくと打ち明けた時、大人は誰も引き止めなかった。
ゆえに女は求めているのだ。
自分を確立する意味を。
誰かの役に立つ結果を。
魔術師にとって最も忌諱するべきなのは、無意味な死である。
だから、少女の無謀が理解できなかった。叶うならば質したかった。
『貴女は何のために』と。
「恐れ知らずより、恐れを知りながら立ち向かう人のほうがずっと強いの」
「うーん、よく分かんない」
「……そうね。あたしもよ」
引き止めるのは簡単だった。
魔術を一言唱えれば、隆起した土くれが少女の脚に絡みつき、たちまち身動きを封じていただろう。
なのに、女は杖を構えなかった。
構えられなかった。
「お姉ちゃん……えっと、ユーリエ姉ちゃんのことじゃなくて……」
「キュナスよ。キュナちゃんとかスーちゃんとか、好きなように呼んで」
「ナス姉ちゃんは、ユーリエ姉ちゃんの友達なの?」
「ナ、ナス……」
何をもって友情とするかは、千差万別である。
助け合ったり、遊んだり、秘密を共有したり、互いに励まし合う関係か。
偶に再開して食卓を囲むだけでも、そう認識する場合もあるかもしれない。
彼女は少女との関係を、友と呼べるほど深くないと捉えていた。
一時は近しい距離感にあると感じたこともあったが、これは勘違いであった。
数日前に、釘を刺されたばかりである。
「いいえ違う、打算と義務感の関係」
「ダサンとギムカン……?」
「つまり、オトナの関係なの」
少年が「へぇ」と感心の声を出す。
気の抜けるやり取りである。
昼下がりの広場で、長椅子に座りながら交わす会話のようではないかと魔術師は思った。
襲撃は起こらず、都市がいつも通りの様相を保つ、何気ない日常の一場面。
お互いに知己と待ち合わせをしていて、偶然居合わせたから発生する会話。
だが、横たわる死体が日常の夢幻をかき消し、群衆の嗚咽が、昼下がりの団欒を引き裂いていく。
今や誰もが死を知覚している。
「大人になるとね、友達を作るのが難しくなっちゃうのよ」
ちらりと見えた日常の蜃気楼を求めて、魔術師は唇を動かす。
「どうして?」という声に、大人は納得できる言い分を思案する。
忙しくて予定を合わせられなくなっちゃうから。
一から関係を築き上げるのがとても大変だから。
価値観や生活習慣のすり合わせが出来ないから。
あるいは。
「いずれ来る別れを意識しちゃうから、かな」
友達になりたいという目標を、終わりを意識するがゆえに諦める。
友情を無意味にしたくないがために、失いたくないがために諦める。
大人になると、こういうことが山ほどある。
少女は魔術師の願いが城に戻ることだと言ったが、誤りである。
勇者はすでに、侯爵の寵愛を諦めていた。
諦めて、諦め続けた先で、なぜ頑張っているのか分からなくなっていた。
「オトナってよくわかんない。友達って、遊んだりしたら勝手になるもんでしょ」
「最初から遊ぶ選択を取らない。生きるので手一杯なの」
「忙しそうだね」
「効率を重視しているだけよ」
追放されて以降、過去は日に日に魔術師を蝕んでいた。
人が近くにいると、攻撃魔術を行使できない。杖を向けるなんてもってのほかである。
他者を傷つけてしまうかもしれないという意識が、彼女を縛り付けている。
侯爵が見限ったのもここにゆえがある。役立たずは戦場に連れていけないのだ。
努力を重ねても、最終的に見放される側に立っている。
これそが己なのだと、魔術師は自分自身で区切りをつけた。
分別を身に着けた。身の程を知った。ちょっとの未練はあったけれど、ごねてもどうにもならないと言い聞かせた。
「だから、ユーリエお姉さんと友達になれないの」
「ふうん、なんかさみしい」
けれど。
体で払ってもらうと言われた。仕事があるから来いと言われた。
仲間になろうと、言ってくれた。
打算でも義務感でもいい。必要としてくれた人物がいたことを、魔術師は知っている。
少女は激情のままに、救いを求めて行ってしまった。
あんな別れ方は、魔術師にとって本望ではない。
本来であれば、少女が劇を見終えた後、彼女らに別れを告げるつもりであった。
役に立たないと言われる前に身を引こうと考えていた。
「──────でも、もっとましな結果だってあるはずよね」
────
「もう少し、急いでもらってもいいですか」
「馬鹿をいうな、これで全力だ」
悪態をつく人間の足首は、無残にも明後日の方向を向いている。
おぶってやれば楽もできるだろうが、私の身長では肩を貸すのが限界だ。
光源の消えた院内は薄暗く、足元の障害物に気を配るのも一苦労である。
「見つかったらおしまいですよ。覚悟を決めてください」
「……死にたくないなら、俺を置いていけ」
覚悟って、そっちじゃないんだよ。
腹が立って、空いている手で脇腹を小突くと、男は情けない悲鳴を上げた。
ふんだ、いつかの仕返しだとでも思っておけ。
「指図しないでください。ここは劇場じゃないし、あなたはただの重傷者です」
モルゲンブルグ劇場の使用人と再会したのは、廃墟と化した修道院の中だった。
私をゴロツキ扱いした、嫌な奴である。
うめき声が聞こえたから見に行くと、受付の中でうずくまって倒れていたのだ。
修道院付近で幾人かの生存者に遭遇したが、恐怖のせいか、彼らは説得に応じずその場に留まった。
「お前、邪険にしたの根に持ってるだろ……」
「持ってないです」
「じゃあもっと優しくしろよ、重傷者だぞ……」
「嫌です」
何度目かの喇叭の音が響く。
まだまだ敵の活動が活発であると思うと、気が気でない。
使用人が空を一瞥すると、鼻を鳴らした。
何が面白いのだろう。いっそ折れている右足をつついてやろうか。
「号令の頻度が増している。まだ人間も負けてないみたいだな」
「負けてない、ですか。てっきり魔人が鳴らしていると思ってましたけど」
「その認識で間違いない。仲間を呼ぶときの号令だ。魔人は軍事行動を取る場合、決められた間隔で喇叭の合図を出すようにしている。あれよりも長く鳴らすと撤退の合図になるのさ。モルゲンブルグに長く住んでいれば、これくらい一般常識だが」
説明すらも癇に障る。
でも勉強にはなったから、今回はつつかないでやると決めた。
号令の発信源はおそらく訓練場、フランツたちが奮戦しているおかげで、魔人は戦力を投入せざるを得なくなっているのだろう。
大丈夫だ、ゲヴァルトや他の勇者もいる。無事に違いない。
きっと、そうだ。
「長ったらしいご高説ありがとうございます。ついでに侯爵様と軍がいつ戻られるか教えを賜ってもよろしいですか。可能であれば端的に」
「お前がどんな人間か段々分かってきたぞ……」
勇者が敗走した場合。
城に籠城できたとしても、王国軍が戻らなければ消耗戦になる。
下水道は逃げ道として使用できないだろうし、食料が尽きれば全滅を待つのみである。
幼馴染を信じたい気持ちもあるが、最悪の想定はしておかなければならない。
甲高い悲鳴がどこかで上がり、反射的に身を低くする。
崩れかけの院内に人の気配はなく、必然的に外にいた平民であると推測できた。
原因は魔人か否か、私が出て行って解決する問題なのか、何か武器になるものを持っていくべきか。
床に散らばっているのは煉瓦や陶器の破片、破壊された収納棚の一部で、魔人が相手では心もとない。
武器探しを諦め、窓辺に身を寄せる。粉々になった硝子片を踏まないように用心しながら、外の様子を伺った。
「お、おい、まさか助けに出るつもりか」
「確認するだけです。私だって死にたいわけじゃあ…………」
灰色の舗道に、彼女が立っている。
衣服の袖からしたたる血が、道を赤黒く染めていく。
シュヴァハの視線は、心臓を射抜かんばかりに鋭い。
煮えたぎる焦燥が全身を駆け巡る。
悠長に眺めてはいられない。凶刃が骨肉を切り裂くのに、さして時間はいらないのだ。
「私が戻らなければ、城まで向かってください」
窓枠に足をかけ、灰色の世界へと飛び出す。
修道院の周辺は高層住宅が立ち並ぶ居住区画となっている。
通りは無人で争った形跡もどこにもなく、足を踏み鳴らす乱雑な音が聞こえる。
建物に入ると、剣を持った魔人に、人間が壁際まで追い詰められていた。
落ちていた瓦礫を投げつけると、魔人が唸り声をあげる。
「化け物め、何が目的だ!」
「活きの良い奴だ。お前は良い素材になりそうだ」
会話が嚙み合っていないが、応じてくれただけ上々だ。
時間を稼いで、壁際の女性を逃がす機会を作らなくてはならない。
「私を魚か何かと勘違いしているだろう、塩でもふりかけて食べるのか?」
「野蛮な生き物らしい発想だな。お前らを好んで食べるのは一部の異常者だけよ」
「驚いた、魔人に異常や正常の概念があったとはね」
こちらは同族の蛮行を王都で見ているんだぞ。
大量の魔獣を殺し、首を刎ね、洞窟に保存していた魔人を。
あれだけが特別に異常だったとでもいうのか。
「やめておいたほうがいい、私とやりあっても勝ち目はないぞ」
「笑止、見てくれからして無力なお前がなんだという」
もちろん完全なでまかせだ。
相手が本気になれば、抵抗する間もなく私の頭と身体は泣き別れとなる。
しかし虚勢も張ってみるもので、じりじりと距離を詰めると、魔人は一歩後ろに下がった。
あと少し、あと少しだ。
「────────走れ!」
女性が動き出すのと、私が飛び掛かるのはほぼ同時だった。
剣を持った腕を抑えようと目論んだが、見事な反射神経で胸ぐらを掴まれた。
軽々と持ち上げられ、足をばたつかせることしかできない。
魔人は木皮みたいにごつごつした顔を近づけると、こちらをじっと見つめる。
眼前に迫るそれは黒々としていて、如何に形容するか模索する。
どこまでも暗い深淵。あらゆる理屈を拒む永久。抗い難い絶望の権化。
死。
言語化が完了し、認識は終了し、訪れる運命を直感する。
手足の先が、冷えていくのを感じた。
「…………そ、素材如きに……まんまと逃げられたな」
「震えているな、人間」
すまない、キュナス。ひどいことを言って。。あんなにむきにならなければよかった。
数日間、数年間の光景が走馬灯のように流れていく。
すまないゲヴァルト、すまないフランツ。
ああ、こんなにも簡単ならば、もっと早く言えばよかった。
数え切れない告解を前に、世界は黒く塗りつぶされた。
────
ギルドの隣にある酒場は、毎夜喧騒が絶えない。
勇者や近くの住人が酒盛りに勤しんでいるからだ。
料理人はいるものの、多くは干した魚や塩漬けの野菜、あるいは家畜の乳を加工した代物といった気軽に食べられる一品をさっと提供するのが主な仕事である。
仕事で疲れた勇者が喉を潤すための場所として十全に機能していた。
一方で、酒を嗜まない人間の肩身が狭いかと言うと、少し違う。
果汁飲料の類も扱っているため、幸いにして酔っ払いが騒ぐ横で甘味を楽しんでいられるのだ。
「おいユーリエぇ、しけたもん飲んでんじゃねえぞ」
「君こそ、一度くらい柑橘を味わってみたらどうだい」
せっかく寒冷地で育たない果実もあるのに、飲まないなんて損じゃないか。
私も酒を飲むつもりはないから、無理には薦めないけど。
「貴女、飲まないの? 慣れてない時はお酒と果汁を良い感じに割るのよ」
第二の酔っ払い参戦。
私が飲んでいたのを勝手に持つと、問答無用で酒を注いでいく。
油断していた。
顔が髪色と同じくらい真っ赤になっているから、そろそろ、寝落ちするだろうと思っていたのに。
「ほらっ、ほらっ、これぐらいの割合がちょうど良いわ~!」
「お前が飲んでどうすんだよ。よこせ、俺も飲む」
「二杯目は君たちが支払ってくれるんだよね?」
飲み干した挙句、ゲヴァルトは「げろ甘じゃねえか」と眉を寄せる。
そもそも甘いのが苦手な男である。さっきは当てつけで味わってみろと言ったけど、飲んだところで渋い顔をするのは目に見えていた。
しょうがないので、近くの給仕係を呼ぶ。
「麦酒一つと、鶏肉の揚げ物と檸檬……最近追加されたよね?」
「ええ。モルゲンの酒場で仕入れるようになったおかげです」
果汁飲料と自分が食べるつまみも、忘れずに注文しておく。
魔術の歴史は、すなわち食文化の歴史である。
特に食料の長期保存を可能とした術は、人類文明に多大な影響をもたらした。
偉大な先達のおかげで、傭兵は王都から遠く離れたモルゲンブルグでも、好きな食い合わせにありつけるのだ。
「おほぉ、わかってんじゃねえか。我らが財務大臣殿!」
「変な呼び方はやめてくれ」
「貴女が財布を管理してくれるから、あたしたちも気のままに飲めるのよ」
いや、酒を控えろと言っただろう。
錫酒器を取り上げると、キュナスが指をくわえてにじり寄って来た。
「くれてやれよユーリエ、今日の功労者はキュナスだぜ」
大まかな話は耳に入れていた。
勇者が仕事をするうえで面倒くさいのは、魔獣や魔人を取り逃がした瞬間だ。
こと降雪時の森林は足場も悪く、捜索に不向きな環境である。
彼女の雪避けの術がなければ、戦士二人は魔獣を見失うところであったという。
「ふふふふふ、もっと褒めてもいいのよ」
身をくねらせている。
気持ち悪いほどしなやかな、奇天烈な踊りに閉口していると、キュナスはハッとしたような顔で動作を止めた。
「なあんちゃって、冗談、冗談よ……」
「いや、実際キュナスは頼りになってるよ」
戻ってきた幼馴染が、私の隣に座る。
目に輝きが戻った魔術師は、くねくね踊りを再開した。
調子のいい女である。
「フランツ君、やっぱり貴方は良心ね~!」
「へえ、もしかして仕事は彼女一人でなんとかなっちゃう?」
「それは無理かな。戦闘になると動かなくなるし、よく食材だめにするし」
「フランツ君!?」
注文した料理が運ばれてきた。
長机の上は空皿で一杯だったのに、給仕係は慣れた様子で次々と回収していく。
新しく並べられた揚げ物のにおいが鼻孔をくすぐった。
「だめだよキュナス。酒ばかり飲んで運動しないと太るんだから」
「お前こそ身体動かしてねえだろ。少し太ったか?」
「ち、ちゃんと毎日歩いてるさ!」
ゲヴァルトが檸檬をふんだんにかけた鶏肉の揚げ物を一口で食べる。
ころもを嚙み砕く音を聴いていると、空っぽの胃袋がうずいた。
仕事終わりの、食事を共にする時間。
私はこのひと時が好きだ。
仲間たちの団欒を見るのが好きだ。
好き、だった。
「────よかったね」
よかったって、何が?
「これでようやく、彼女に顔向けできるだろう」
フランツが目線で示す先で、少女が立っている。
幼子の面影を残す生意気そうな顔立ちを、忘れるはずもなかった。
斧を背負った勇者は、こちらを睨んだまま微動だにしない。
「ほら、あんなに笑ってる」
ありえない。
彼女は私のせいで死んだ。
私が判断を間違えたから、上を注意しなかったから、無知だったから。
だから、笑うなんて道理が合わない。
「気付いてるだろう。彼らは何もしないし、出来ない。勇者の導きで、魂はとうに荒野の向こう側なのだから」
生者だけが、死者に意味を見出す。
彼らのために生きねばならない。彼らのためにやらねばならない。
こんな標語は、残された人間たちの慰めに過ぎない。
ならば、モルゲンブルグを駆けずり回った私の行動に意味はなかったのだろうか。
「死に直面してようやく気が付くとは、愚かだね」
むかしむかし、最初の国王は、勇者を追放した己の所業をひどく悔やんだ。
どこを探せども友は見つからず、最後は祀ることにした。
偉大なる建国の父ですら、終ぞ友との邂逅を果たせなかったのだ。
神話にあっても、やはり生者に許されるのは弔いだけである。
勇者は王を罰さない。王を苦しめる他者は現れない。
初めから、罰は彼の内にしか存在しないのだから。
やがて物語の終わり、病床の王は死の淵に立って初めて自覚する。
すべて、暗い夜に見出される恐ろしい幻に過ぎなかったのだと。
本当の闇は、これからなのだと。
──────────────────────────ああ、これが死か。
すまない、シュヴァハ。
私は君に意味を託してしまった。
無力な自分に、勇気を与えてしまった。
自覚するべきだった。向き合うべきだった。
己自身と。
「さようならユーリエ。ちっぽけな田舎の小娘よ、さようなら」
そして、おめでとう。
ようこそ新しい世界へ。あなたの求める意味が、生に真摯でありますように。




