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私の完璧な勇者アシスタント計画  作者: 井戸頭
モルゲンブルグ編
15/31

第十五話 本当にいいの……?

 モルゲンブルグ領は、山間部にある地方都市という位置付けだ。

 積雪地帯として知られ、山を越えた先の隣国から影響を受けた生活様式は一見の価値こそあるものの、王国の文化・経済においては軽視されがちな側面があった。

 先代から土地を受け継いだジギスムント侯爵は、強みに欠ける領都の現状に満足せず、新しい取り組みに着手した。

 若年だった彼は新しい観光資源と、自らの威光を知らしめる象徴を欲していた。

 こうして誕生したのが、王国随一の知名度を誇るモルゲンブルグ劇場である。

 古くから親しまれてきた有名演目を現代的解釈で演じる姿勢が貴族の間で人気を博し、一時は文化先進都市と持て囃されるに至った。

 今や、かの地に訪れるのは戦功を狙う勇者たちのみである。


「こんにちは……」


 声がむなしく反響する。

 招待状には入り口で人が待っていると書いてあったが、見渡す限り人影はどこにもない。

 規則正しく建てられた大理石の柱が落とす影によって、神秘的な空間が形成されていた。

 確か、古代の神殿建築がこのような造りだったと記憶している。

 非自然的な光景のあまり、異世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。


「ユーリエですー、ヴィルヘルム様の招待に応じて参りましたー……」


 灯りは点いておらず、窓から差し込む日光を頼りに歩く。

 奥へ進むと長い廊下になってて、左右の壁に掲げられた絵画が視界に飛び込んでくる。

 建国の父と初代勇者の伝説や、カッセルハイム領の恋愛事変、物乞い男爵の流離譚などの本で読んだ物語が一枚の絵に収められていた。

 名だたる登場人物たちが、額縁の中から私を見下ろしている。

 まるで値踏みされているようだった。


「……せいぜい眺めているといい、すぐ並び立ってやるからな」


「誰と並び立つって」


「うひぃっ!?」


 薄暗く気が付かなかったが、最奥にある扉の横に中年の男性が立っていた。

 神経質そうに指で眼鏡を押し上げ、こちらに歩み寄って来る。


「勇者フランツの使いか」


「は、はい、ユーリエと言います。本日はよろしくおねが……」


「長ったらしい挨拶はいらん。どうせ顔も覚えられんしな」


 男は、自分を『作家先生』の使用人だと言った。

 露骨にこちらを見下してくる、気に食わない奴だ。

 演劇で使う脚本の着想を得るためいろんな勇者に会っているらしいが、人の顔を覚える気もないと宣言するとはいい度胸じゃないか。


「忠告だが、お前が呼び出しを受けたのはヴィルヘルム様の気まぐれだ。ゴロツキ風情が決して思い上がるなよ」


「………………はい」


 ここは我慢しろ。

 目的はこいつとのお喋りじゃなくて、作家先生に接触することだ。

 劇場の入り口を抜けて──どうやらこの扉こそが本当の入り口らしかった──、さらに長い通路を歩く。

 窓すら存在しない道は、天井で明滅する世にも奇妙な黄色の光で彩られていた。

 左右にはどこまでも続く壁画が描かれ、足元は赤い絨毯が敷かれている。

 何が描かれているのだろう。


「ここだ。入れ」


 指図のまま、開き戸に手をかける。

 中を開けると──────────────────。


「────わあ」


 モルゲンブルグ劇場の姿が、そこにあった。

 いくつもの座席が整然と並び、軍隊の行進が如く列をなしている。

 取り囲むように設置された観客席は三階にまで及び、室内の天井は夜が如き暗闇となって見えない。

 目の眩むような光で照らされた舞台の奥で、絨毯と同じ真っ赤な垂れ幕が浮かび上がっている。

 日常は消え、常識は潰え、幻想と好奇が建物の形を取って顕現しているようだ。

 たかが娯楽にこれだけ多くの資材が投じられているのを見て、愕然とした。

 舞台の中央で、こちらに背を向けて人が立っている。

 素朴な衣服に地味な帽子、街中ですれ違えば十中八九見逃す外見。

 もしかして彼が、私を呼び出した人物だろうか。


「あの、初めまして。勇者フランツの使者、ユーリエと申します」


 舞台上の人物は、もったいぶったように振り返ると、胸を張って見せる。

 照明の中に立つ彼の感情をうかがい知ることは出来ない。

 油で固められ、毛先が上向きになった黒髭が光を反射していた。


「よく来た勇者の使いよ、吾輩はこの劇場で専任作家をしているヴィルヘルムだ」


 遠い。

 心の距離とかそういう話じゃなくて、物理的に遠い。

 彼が低く、よく通る声の持ち主でなければ、聞き取れなかっただろう。

 近づきたいが、不用意に行動して顰蹙を買わないか不安だ。

 しばしの沈黙を経て、ヴィルヘルが舞台を降りる。

 作家先生が指示すると、使用人は闇に紛れるように引っ込んでいった。

 ふん、その面二度とみてやるもんか。


「吾輩を舞台から引きずり下ろすとは、なかなかやるではないか」


「…………え、あっ、すみません」


 促されるまま、布で覆われた座席に腰かける。

 貴族の邸宅で何度か目にしたが、こんなにも揃っていると威圧されているように感じる。

 椅子がこれだけ並んでいるのに、使用者が私たちだけである事実に居心地の悪さすら覚えてしまう。

 作家先生が隣にどっかり座ると、椅子が小さく軋む音を立てた。


「貴様、演劇を見た経験はあるか?」


 あるわけない。

 一般的に、本や絵、演劇のように教養が付随する娯楽は、金持ちの領分だ。

 幸いにして幼少から文字を学ばせてもらい、世界を知る機会を得ていたが、それでも演劇は遠い世界だった。

 だが、無知な小娘と軽んじられるのも癪である。


「未見ですが、物語は存じております」


「ほう、どこで知った」


「言の葉こそが私の揺り籠でしたので」


 初めて、行商人から本を買ってもらった思い出がよみがえる。

 王都出身の母は、読書のしかたを懇切丁寧に教えてくれた。

 昔の話だ。


「言の葉か……どのような偉人も、言の葉と物語なくして偉人足りえぬ」


「勇者も、謳われなければ勇者足りえないのでしょうか」


「然り。勇者も英雄も、王ですらも、我らがいなければ平民と変わらないのだ」


 場所が場所なら、不敬罪で絞首台送りだ。

 劇作家ヴィルヘルムは領主ジギスムント侯爵の知己である、という話だったが、こんな人物を子飼いにして大丈夫なのだろうか。

 返答に窮していると、劇作家はいきなり大笑した。


「実に滑稽だ。黄金の王冠も伝説の剣も、歴史を知らぬ民草にとっては無意味だというのに」


 いきなり泣き出したキュナスを見た時もどん引きしたが、モルゲンブルグ領民は情緒不安定が基本なのだろうか。

 多くの取引先がいたってまともである以上、立て続けに変人と出会っているだけかもしれないと思いなおす。


「フランツという凡夫も、吾輩の手にかかってはじめて勇者になるのだ」


「ははあ……」


 劇作家は「それで」とこちらに身を乗り出す。

 私はつられるように、上半身をのけ反らせていた。


「聞かせてくれたまえ、勇者の物語を」


 ようやく本番だ。

 凡夫呼ばわりは腹立たしいが、彼の話は一理あると思った。

 勇者としてどれだけ魔獣を、魔人を倒しても、人に知られねば意味はない。

 だからこそ勇者たちは劇作家に活躍を話し、劇作家は活躍を物語にする。

 彼らがいなくては、故郷の連中を見返すことも叶わない。


「ヴィルヘルム様も、ブロッケン山脈の名前はご存知でしょう。七色の暖簾(オーロラ)が神話と現代を隔てるかの地は、今もなお神秘主義者の畏敬を集めております……」


 こちらに引っ越して間もないころ、ようやく土地勘を持ち始めた私たちはいつもより遠方の仕事を引き受けることにした。

 依頼票に書いてあった地名はブロッケン山脈。

 領の中央を横断する、凹凸の激しい地形が特徴で、かつて巨人が山嶺を破壊した逸話が名前の由来と言われている。

 依頼は麓にある村からで、ある朝何となく山を眺めていると、人影が立っていたのだという。

 くっきりと見えた輪郭は、巨人と形容する他ない大きさであったらしい。

 登山用具や防寒装備、山脈の地図を業者から借用し、フランツとゲヴァルトは現地に向かった。

 結論を言うと、二人を待ち受けていたのは魔人の部隊であった。


「ゲヴァルトと言ったか。どこかで聞いた気が……」


「うちで雇っている傭兵です」


 黒い外套で全身を覆う魔人たちは、真っ白な山脈に垂らされた数滴の絵具みたいだった。

 敵は六匹。装備は均一で、鉄製の兜と長槍を構えていた。

 急勾配の足場は積もる雪で不安定となっていて、時折吹き付ける強風が、戦闘の邪魔をする。

 控えめに言って、条件は最悪だった。

 敵から仕掛けるのを待っていると、あっという間に四方を囲まれたという。


「魔人共があちこち壊しまくってるのは有名である。戦場に注力できぬとジークも嘆いておったわ」


「ジーク、と言うのは?」


「ああ、ジギスムントのことよ」


 じりじりと距離を詰められる中で、最初に動いたのはフランツだった。

 刃先をものともせず、身近に立っていた魔人の元に跳躍すると、掴んだまま坂を転げ落ちた。

 勇者は携えていた剣を地面に突き立て、斜面に留まることができた一方、魔人はぐんぐんと加速して、しまいには谷底へと姿を消した。

 一匹。

 魔人部隊の中で、人間の突飛な行動に動揺が走る。

 ゲヴァルトは向けられた穂先を切り払い、足元の粉雪を蹴り上げた。

 傭兵にとって、雪の景色も、魔人の集団も、初めてではない。故郷を抜け出し、現在に至るまで何千、何万とやってきたように敵を滅多打ちした。

 二匹。

 多対一の戦いは無謀にも思えるが、多数側にとって大きな欠点がある。

 魔人たちは仲間を傷つけぬように立ち回るがゆえに、立ち回りも定型化してくるのだ。

 目の前から腹部をめがけて一撃。

 回避した瞬間を狙った背後からの二撃目を斧で防ぐ。

 焦れた側面から迫りくる三撃目をかわし、無防備に差し出された槍の柄を掴む。

 体をくるりと翻し、前後同時に迫る四、五撃目を斧と槍の穂先で受け流す。

 腕力で魔人と競う愚は冒さない。

 生じた隙を縫うように、掴んでいる槍柄をたどり、持ち主の脚、次いで首に斧の刃を突き立てる。

 三匹。

 返す刃で、傭兵が放り投げた斧が離れた位置に立つ魔人の頭に直撃する。

 四匹。

 反撃を試みる魔人の背後に、フランツが立った。

 外套を思いっきり引っ張ると、姿勢を崩した巨躯が倒れ込む。

 気が付いた時には、胸に剣の刃が付きたてられていた。

 五匹。

 最後に残った黒き怪物の末路は、言うまでもない。

 仕事は一日で終えたが、麓の村で手厚いもてなしを受けたために、帰りが遅れてしまったのはここだけの話だ。


「ほう、ほほう、実に良い。白の世界を行く黒き影共、立ち向かう勇者がもたらす真っ赤な鮮血……貴族好みの野蛮な話だ!」


 ヴィルヘルムが、髭を撫でながらまくし立てる。

 ゲヴァルトからこの話を聞いた時は、血の気が引いたものだった。

 自ら崖っぷちに向かって滑るなんて、フランツのやつは何を考えていたんだ、と。

 しかし、こうして歓心を買えた以上、命を賭けた意味はあったのかもしれない。

 

「たった二年で多くの経験を積んでおります。今後もっと成長していくと……」


「ふうむ……こういうのはどうだ。フランツの軌跡を現実に呼応させて(リアルタイム)劇にする。観客は今までにない本物の質感(リアル)に興奮間違いなしではないか」


 なんだか勝手に盛り上がっているようだ。

 ふと、キュナスの顔が思い浮かんだ。

 ……いいや、何を考えてるんだ。あの魔術師は関係ない。


「フランツは同世代の中でも指折りの実力者です、侯爵様であれば必ずお気に召すものと思われます」


 劇作家の、髭を撫でる手が止まる。

 彼は先程と打って変わって物静かになった。

 代わりに、大理石の床を靴が踏み鳴らす音だけが響いている。


「つまりなんだ、最初から目的は演劇でなく、ジークにあるというのか」


「ご推察の通り。あなた様から口添えいただければ、フランツは、さらなる躍進を遂げます」


「お前は演劇を……どのように捉えておる」


 どのように、とは難しい質問だ。

 見たことが無いのだから答えようもない。

 だが、先程も言ったように私も小さい頃は物語に憧れた身だ。

 あの頃の感情を、今の視点で分解し、分析し、再解釈するべきだろう。


「モルゲンブルグが持つ収入源の一つです。いつの時代も素晴らしい物語には富と名声が集うもの。それもこれもヴィルヘルム様の手腕によるものでしょう」



────



「そりゃあお前が悪いな」


「どうして……何が……?」


 ギルド横にある酒場は、モルゲンの酒場に及ばずとも夜になると一定の賑わいを見せる。

 料理人が振舞う地元料理は、素朴で暖かな味わいなのだという。

 ああ、今の私にはどんな料理も塩辛く感じるけどね。


「めそめそしてんじゃねえよ、これから取返していけって」


 ゲヴァルトがぐびぐびと酒を飲む。

 仕事終わりの一杯はさぞ美味しいのだろう。


「あんね……しっぱいはかんたんにとりかえせないのよぉ、あなたにはわからないでしょうけどぉ……」


「飲み過ぎだよ、キュナス……」


 魔術師が景気よく酒を呷る。

 いつもの白い肌が真っ赤に染まり、ゆであがった獣みたいだった。

 なんでこいつがいる。


「帰れ、給料を全部酒に換えるつもりか」


「ちょっとひどいじゃないの、いっしょにしごとしたなかじゃない……」


「酒くさ、くっさいなおい。抱き着くな、離れろ、家に戻れ。絶対吐くな」


「君たちやっぱり仲良いでしょ」


 キュナスがえづく。

 いやちょっと待て、本当に吐きそうになる奴がいるか。

 彼女の顔から見る見る血の気が引いていく。額に浮かぶ大粒の汗は、酒場の熱気ゆえではないだろう。

 魔術師の首根っこを傭兵が掴むと、二人は酒場の外に消えていった。

 酒飲みの対応は酒飲みに任せよう。


「彼女、次も一緒に仕事したいんだってさ」


「もしかして、最初から私を待ってた?」


「ユーリエが帰ってきたころから飲んでたよ」


 ヴィルヘルムとの会話を終え、半ば追い出されるように劇場を後にすると、気が付いたら酒場に戻ってきていた。

 劇作家は心底機嫌を損ねたようで、別れる時など目も合わせてくれなかった。

 何が悪かったんだろうか……。

 暗い顔になっていたのだろうか、フランツが焼いた牛肉の盛られた皿を目の前に差し出してくれた。


「すまない……君たちが頑張っているのに私は何の成果を上げられなかった……」


「何の成果もって……出禁でもくらったの?」


「いや……」


 別れ際、ヴィルヘルムは険しい顔で紙切れをよこした。

 長方形のそれには大きく入場券と書かれている。

 散りばめられた銀箔は、特別席の証らしい。

 フランツ宛てとされているが、渡された時の雰囲気からして私に向けられたものである気がする。

 取り出して見せると、彼は首を傾げた。


「劇を見て何かを感じとれたら、もう一度会ってやるとさ」


「観劇の催促か。何が特別なんだろうね」


「さあ。きっと豪華な食事でも出るんじゃないかな」


「ちげえよ、お貴族様用の席に案内されるんだ」


 戻ってきたゲヴァルトは、なんでもないみたいに再び飲食を再開した。

 この傭兵、荒っぽい言動に反して妙に芸術への理解がある。

 劇作家の態度が急変した理由も察しているみたいだし、年の功というやつか。

 うーん、聞いてみるのも手だ。


「作家先生はどうしてフランツ……というか私に劇を見てほしいんだろう」


「世の中、金が全てじゃねえってのを伝えたいのさ。お前らだって金のために勇者やってるんじゃないだろ」


「でも、富と名声は重要な指標足りうるんだよ?」


「そうね。評価されてこその仕事よ。だから貴女、また協力して頂戴……」


 いつの間にか背後にいたキュナスが、私の背中にしだれかかる。

 だから酒くさいんだって。

 だる絡みする魔術師を振り払うも、隣に居座って動こうとしない。

 フランツも「ユーリエは僕らの仲間なんだけど?」なんて対抗するものだから、収拾がつかなくなってきた。


「私は忙しいんだ! そんなに誰かと仕事したいならフランツたちと組めばいいだろう!」


 人数が増えればやれることの幅も広がる。

 魔術師ならば尚の話だ。

 キュナスからしても、前衛の仲間が出来るのなら安心して魔術をぶっ放せる。


「え……でも、本当にいいの……?」


「これ以上絡まれるのは迷惑だし、どこかで野垂れ死にされるのも目覚めが悪い。いいだろう、フランツ?」


 目を丸くした幼馴染が、曖昧に頷く。

 よし、合意は得た。

 斜め前から「俺の意見は聞かねえのかよ」とぼやく声がしたが、気にしない。

 もうやけくそだ。


「仲間になるなら、一つだけ条件がある」


「…………わ、分かった。言ってみなさい」


「酒を控えるんだ」

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