第十四話 そんなに驚かなくてもいいじゃない
個人の依頼を受けるようになった今でも、ギルドには欠かさず通っている。
宣伝用の紙を張り替えたり、めぼしい依頼を探すためだ。
朝から妙に目が冴えている時は、日が昇りきる前にすませるよう心掛けていた。
特に今日は、どんよりとした鉛色の雲が、天気の荒れ模様を予報している。遅くならないうちに終わらせてしまいたかった。
宿の主人には、私やフランツが不在の間に客人が来た場合、名前と住所を聞いてもらうようお願いしている。
後でこちらから訪問するのだ。
暖炉の前を通り過ぎた際、乾かしていた衣服を思い出した。
キュナスは来るだろうか。
気まずい空気のまま別れてしまったが、しっかりと宿を訪ねるように伝えた。
後ろ髪をひかれるような感覚をうっすらあじわいながら、外に出た。
「…………ん?」
出入り口のすぐ横で、人が座っている。
体に雪は積もっていないものの、壁に寄りかかる姿は浮浪者を彷彿とさせた。
冬も終わりが近いとはいえ、こんなところにいるなんて正気じゃない。
凍死体という可能性が浮かんだ時、小さく悲鳴がもれた。
人間は本当に驚くと、喉奥に声が詰まってしまうのだ。
いやいや、発想が飛躍してしまった。きっと休息を取っているだけだろう。
「ええと、こんなところで寝ると死んじゃいますよー……」
気を取り直して声をかけるも、手ごたえはない。
ま、まさか本当に……。
敷地内の事件だから、まずは宿の主人に声をかけるべきだろうか。
もしくはギルドに相談するか、衛兵の詰め所に駆け込むべきか。
勇者の仕事は荒事ばかりで、死に触れる機会もあるにはあるが、日常の中で遭遇すれば流石にたじろぐというものだろう。
まず、どこの誰なんだ。
「……おはよう、ユーリエ」
死体が喋った。
飛び上がった挙句、凍結した路面に足を滑らせて盛大にこける。
私の名前を知っているなんて、いよいよ幽霊談もびっくりの展開だ。
思い出せなくて申し訳ないが頼む。安らかにあってくれ。
「ちょっと、聞いてるの」
「うう、どうか荒涼たる眠りに勇者の遺志寄り添わんことを……」
「貴女に言われたから待ってたんだけど」
「どうか……へ?」
死体はいたって健康そうに立ち上がると、抱えていた帽子を被った。
大きなつばのとんがり衣装は、魔術師の象徴だ。
「……キュナス?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない……」
彼女はどこにも宿泊せず、昨日の夜から待機していた。
賃金を、売り払った衣装道具類の買い戻しにあてたせいで、宿代が残らなかったらしい。
とんがり帽子や杖が見当たらないと思ったが、まさか金に換えていたとは思わなかった。
昨日は薄く結界を張り、外気を遮断してやり過ごしたのだと。
夜通し張り続けたなど信じられないが、単純な造りの結界は低負担で稼働できるらしく、巧妙な術者であれば常時展開するのも不可能ではないという。
魔術、便利すぎる。
目を丸くすると、キュナスは「便利でしょ」と得意げに語った。
「魔術は世界の理。その根源を究明するため、私たちは探求を続けているのよ」
概念的でピンとこないが、とにかく頑張っているのだろう。
しかし崇高な目的意識があって行動しているなら、どうして勇者となる魔術師がいるのだろう。
本来の目標から横道に逸れているような気がする。
「一般論になるけど、就職活動の一環よ。後援者が見つかるまでのね」
いくらでも働き口はあるだろうに、わざわざ荒事を選ぶとは大変だ。
魔王が復活して、十年以上が経過している現在、一部において戦争が経済活動に組み込まれているのを実感する。
大量の血が流れたら、新しく生まれた血河で水車を回すのが人間なのだ。
「君も、世界の根源とやらを解き明かしたいのか」
「どうなのかしらね。前は頑張っていた気がするけれど」
隣を歩く彼女の言葉から覇気がなくなった。
今までの言動を鑑みるに、心が折れてしまったわけではなさそうだが。
やはり侯爵から追放処分を受け、詐欺で貯金を盗まれた上にゲロまみれになった体験が、彼女の中にあった魔術師たるを否定させたのだろうか。
もし魔術師の本懐が根源の究明にあるなら、諦めてしまった人間は何者になるのだろう。
真意を質そうとしたが、彼女が歩みを止めたことで機会を逸してしまった。
目の前に建っているのは、勇者ギルドだ。
「……きっと、その役割はあたしじゃない」
ギルドの中は、仕事を求める勇者たちで騒がしい。
何人かの知り合いに挨拶をしてから、窓口へと足を運ぶ。
たわし髭の受付係が、分厚い胸板を伴って応対してくれた。
舞い込んでいる依頼の中で、魔獣絡みの内容を絞り込んでもらう。
並べられた帳票から、都市近郊の仕事を手に取った。
「フランツが受ける仕事にしては、簡単すぎるように思えますが」
「ワケありなんです」
暖炉の前にいる魔術師をさりげなく指さす。
椅子の上にうずくまる姿は子供のようだった。
受付係の面持ちが固くなったのを見て、彼も事情を知っているのだと悟った。
よく考えずとも、職員であれば当然か。
「ちょっとだけ、一緒に仕事することになりまして」
仲間になる予定はないが、助けてしまった手前、安易に投げ出すのは論外だ。
簡単そうな依頼をやらせ、彼女の仕事ぶりを数回見届けたらそれでおしまい。
合間に侯爵の話を聞ければ、私たちにとっても有益になる。
まさに、責任と利用の両立だ。
「……なるほど。すぐ向かわれるのですか?」
「もちろん。今日は絶好の仕事日和ですから」
依頼主は都市で暮らす青年で、今は無き両親の住居に居付いた魔獣を、駆除してほしいという話だった。
領都から徒歩で移動しても、円滑に進めば半日で戻ってこれる距離だ。
空き家の川向うには村落があり、いざとなれば常駐している衛兵に助けを求めることもできる。
また、魔獣は家の中にいるらしく、小柄な体格が想像できる。
必要ならば破壊もやむなし。と。
うん、復帰戦としては不足ないだろう。
「ラヴァーレ」
キュナスが唱えると、山道に積もる雪が掃けていく。
遭難した時のために、天に光球を射出する術符を貰っていたが、使う機会は無さそうだった。
「どこにいても必ず見つける」という大袈裟な触れ込みの代物だった。
「これ便利なのよね、服のシミ汚れとかも綺麗になるから」
「どうりで今日は異臭がしないと思ったよ」
「『今日は』……?」
空き家には直行せず、まず川向かいの村を訪ねる。
衛兵の詰め所で挨拶を済ませ、日が沈んで戻ってこなければ勇者ギルドに救援を呼んでほしいと伝える。
フランツたちの部屋にも書置きは残して来たが、万全を期しておいて損はない。
聞くところによると、村人も魔獣の気配に恐怖していたらしく、確実に仕留めてくれと念を押された。
不安そうなキュナスを差し置き、我々は魔獣退治の専門家だと説明しておいた。
「あなたも現地入りは久しぶりなのよね、よくあんな嘘がつけるわ」
川を越え、空き家へと向かう道すがら、魔術師は非難の眼差しを向ける。
わざわざ強調するあたり、経歴を誇張したのがよっぽど不満なのだろう。
久しぶりだからこそ安全を考えて根回しを徹底したのだが。
「方便だよ。彼らに安心感を与えたくて」
「あたしがいつ魔獣退治の専門家になったのよ」
侯爵の下にいたなら対処した経験くらいあるだろう、と言いかけたがやめた。
これ以上気まずい空気にして、戦闘に支障が出たら目も当てられない。
「頼れる勇者は、須らく専門家であるべきなのさ」
当該の空き家は、まさに森の中に建つ幽霊屋敷といった雰囲気だった。
元は一階建ての、どこにでもある平民の住居だったろうが、湿気と不整備であちこちが痛み、一部の壁は倒壊寸前である。
依頼主は、毎年夏に近辺の草むしりをするぐらいしか手を加えていないという。
生活の色を失った家は、降り積もる雪と相まって白黒の世界を生み出していた。
否、使用者が消えたそれは家ですらなく、廃材を寄せ集めただけの何かと化している。
がさつなゲヴァルトが勢いよく踏み込んだら、無残なくず山に変貌しそうだ。
「これ、中に入れるよね?」
キュナスは押し黙っている。
まずは、家の外観をぐるりと見て回った。
魔獣の気配はしない。
眠りか、狩りか、闖入者の隙を虎視眈々と伺っているのか。
「魔術でこう、びびっと相手の位置を探知する、みたいなのはできないのかい」
「感覚発達系は生物魔術の領域よ。あたしの専攻じゃない」
「そもそも君の専攻は?」
「自然魔術。火をおこしたり水を操ったり……何でもやれるわ」
魔術にも分類があるらしい。
何でもやれるとは恐れ入った。やっぱり彼女はすごい術師なのか。
発想を転換させれば、敵をあぶりだす方法はいくらでもあるはずだ。
「じゃあ水や風を使って、敵を外に押し出せないかな」
「無理。目に見えない場所での魔術操作は高等芸よ。貴女も、目隠しをされながら文字を丁寧に書くなんてできないでしょう。唯一の例外は……転送魔術くらいかしら」
分かりやすい例えだ。
技術自体は便利でも、術者の技量が追いつかなければ意味はない。
手早く確実に仕留めたかったが、やっぱり入る以外に方法はないのだろう。
玄関の扉は腐食が進行し、ところどころ空いた穴から隙間風が吹いている。
触れるのを躊躇していたところ、キュナスが「アウラ」と唱えた途端、一人でに扉が開いた。
踏み込む前に、当初の打ち合わせ通り防護結界を展開してもらう。
何を隠そう非戦闘員と後衛の即席部隊だ。奇襲対策は必須である。
「気を付けて、せいぜい最初の一撃を防ぐだけの代物よ」
忠告に礼を述べる。
空き家の中は、劣化した家具類がそのままになっていた。
暖炉の燃えかすはそのままにされており、床に設置された、地下へと続く戸口はきちんと閉じられている。
ずっと手入れしていないのに、どこか几帳面に整理されてみえる内装は、生前の使用者たちを忘れまいとしているようだった。
この家だけが、自身の存在する意味を失った事実に気が付いていない。
「気配なし。面倒だけど出直す必要がありそうだ」
「一度帰るの?」
「再度見回りをしてからね。午後になったら戻って────」
球体が揺れ、音もなく消失した。
防護結界、正式には魔術的遮断障壁と呼ばれる術は、本来物理的干渉を拒絶すると言われている。
完璧に展開すれば空気も通らないため、術者判断で微細な隙間を開けなければ、窒息してしまうほどである。
これは衝撃の強さに関わらず、赤子の蹴りでも大人の体当たりでも同様だ。
一方で魔術的干渉には脆弱で、少しの攻撃で崩壊してしまうのだという。
結界の打破には魔術師が必要不可欠であり、対策もなしに挑むのは無謀である。
たった一つの、例外を除いて。
背後で、木の床をのたうつ音が響く。
振り返ると、蛇のように細長い生き物がうねっていた。
模様と思われた体表の斑点は瞳の如くきょろきょろと動き、口を開けば頭部全体が放射状に広がる。
魔獣だ。
「────キュナス!」
「ウェントゥス」
突風が室内を駆け抜け、魔獣を壁に叩きつける。
腐りきった木壁は衝撃に耐え切れず、勢いのまま突き破っていった。
追いかけようとする魔術師を制止して、背中合わせになるように立った。
「次は天井を這ってくるよ。結界で捕えたりできるかな?」
「いい考えね。身動きを封じて追い出してやるわ」
家のあちこちから、人が獣の真似をしているようなうめき声があがる。
不気味な嘶きは、あの魔獣特有の威嚇行動だ。
屋外へ逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、こちらが下手に動けば、敵の動きを予測するのが難しくなる。
少なくともここで待ち構えれば、もう一度襲撃を仕掛けてくるはずだ。
また、首尾よく結界で捕獲できても、中から攻撃されれば消失してしまう。
二度の奇襲に失敗した魔獣は、狩りを諦めて姿を消すかもしれない。
残されたのは一度きり、呼吸を止めて好機を待つ。
「打ち合わせ通り、扱う魔術に注意するんだ」
首筋をつたう汗が気持ち悪い。
後ろに話しかけたつもりだったが、ほとんど独り言に等しい声量だった。
前触れもなく、嘶きが止んだ。
沈黙が耳の中に入り込み、心臓と脳を蝕んでいく。
敵はどうした、逃げたのか。外に出たなら、様子を見に行くべきか。
動いてはならないという理性と、動くべきだという感情がせめぎ合う。
視界の隅で、土埃が落ちた。
「北北東、来る!」
壁を破り、嘶きと共に魔獣が躍り出る。
しかし、牙はどこにも突き立てられず、宙を舞ったままだった。
キュナスが杖を一振りすると、結界に覆われた怪物は外へ放り出された。
窓辺に足をかけ、後に続く。
見ると、魔獣は結界を破り、逃走を図っていた。
「エルプティオ」
けたたましい轟音と共に、空間が爆ぜた。
魔獣は抵抗の隙もなく全身に熱風を浴びる。
あっと言う間に、地面に黒焦げのしみが描かれた。
遠目に見てぴくりとも動かない。一見すれば完全に死んだようにさえ見える。
念のため、魔術師が杖を構えながら近づいた。
「驚いた、こんな低級魔術で倒せるのね」
黒焦げの物体を杖でつつきながら、キュナスは妙な感心をしている。
私としては、彼女の動きが懸念していたよりはるかに冷静で驚かされた。
敵を前にここまで対処できるのなら、同行する必要もなかったくらいだ。
魔術師は振り返ると、とんがり帽子のつばを上に向け、顔を見せた。
「貴女の言った通りだったみたい」
さかのぼること数刻前。
ここまでの道中で、私はキュナスに普段の戦い方を確認していた。
今までどのように魔術を扱っていたのか知れば、今日の作戦も組み立てやすいと思ったからだ。
彼女の戦法は極めて簡潔だった。
即ち、初手から最大火力で敵を殲滅する。
一撃で仕留められなければ、体力が尽きて修道院送りだ。フランツに助けられた状況も納得がいった。
戦法として極めて危険なのに、彼女は「前の職場でそういう役割を求められてたのよ」となんでもないように言ってのけた。
「最初に聞いた時は耳を疑ったよ、勇者になりたての頃はどうしてたのさ」
「初仕事で城の屋根を粉々にしちゃったの。それで声をかけられたわ」
自分たちの職場を吹き飛ばした人間を誘うとは、酔狂が過ぎる。
勇者の視点で見ても、活動歴が無い状況からの城仕えなんて異例の抜擢だ。
おそらく戦士と言うより、弩兵器と同じ類の活躍を期待されたのだろう。
領主が極端な実力主義者であるとわかったのは僥倖だ。
「君の全力、いつか見てみたいものだ」
「侯爵様の元に戻れた暁には、見せてあげるわ」
「え、なに?」
「……いえ、なんでもない」
ぱりぱりと、何かが弾けるような音がキュナスの後ろで聞こえる。
乾燥した何か、まるで枯れ葉がくしゃくしゃになる時のような。
あ。
「キュナス、そこから離れるんだ!」
言うが遅し。
鈍色の雲が、突如として消えた。
視界を覆い尽くしているのは、蠢く瞳の紋様だ。
死の淵から蘇った蛇のまがい物が、大きな翼を広げてこちらを見下ろした。
こいつは狭い地で暮らす弱小生物じゃない。生息する場所によって無限に体積を増やす異形なのだ。
くそっ、死んだふりをするなんて本に書いてなかったぞ。
「いつかというのは訂正する。いま全力を見せてくれ!」
形態変化を終えてしまった以上、距離を取る余裕はない。
化け物を打破しうるとすれば、ジギスムント侯爵に気に入られた魔術師の高火力魔術のみだ。
なのに、彼女は杖を構えたまま立ち竦んでいる。
潰されると、思った。
前と同じように、言葉もなく死んでしまうと。
過去の亡霊が、こちらを睨め点けているような感覚に陥る。
魔獣が身体を振りかぶるも不動を貫く魔術師にしびれを切らし、わき目も降らず走り出した。
ゆったりとした上着の首元を掴み、全力で横に引っ張り倒す。
馬の何倍も太い胴体が足先を掠めた。
「ありがとう……」
「ぼんくら魔術師、お前死にたいのか!」
「ぜ、全力なんて出せるわけないでしょう、近くに貴女がいるのよ!」
やらなければ二人とも死ぬのに、何を言ってるんだ。
頭に血が上る。土壇場で弱音を吐くキュナスを怒鳴りつけたい衝動に駆られる。
いや、いいや、違うだろう。落ち着け私。
無理やりやらせようとするな、やれる環境を整えろ。
第二撃を目論み、魔獣が胴体を起こす。強烈な衝撃で空き家の玄関は崩れかけていた。
「……地下に入れば、問題ないか」
「危険すぎるわ」
生存確率を論じるだけの暇はない。
死力を尽くしてこそ、結果はついてくるのだ。
「私の命に責任は持たなくていい。思う存分ぶっ放せ」
戦場でも通用する魔術とは、どれだけの規模なのか。
城の屋根を粉々にするのだから、弓矢の比ではないはずだ。
思えば、モルゲンブルグに来てから未知の分野を学んでばかりいる。フランツやゲヴァルトに依頼を任せるようになって、自分にできる何かを模索した結果だ。
こんなところで丸焦げになって死んだら、二人はどんな顔をするだろう。
ゲヴァルトはすかした態度をやめないだろうな。戦闘技能が注目されがちだが、性分こそ彼の信頼に足る美徳なのだ。
フランツはどうだろう。幼馴染だからちょっとは悲しんでくれると嬉しいけど。
地下へと続く戸口を開けると、冷気とカビのにおいが流れ出てきた。
倉庫として使っていたのだろう、四方が石造りの壁に囲まれた中は、地上にある建物よりも堅固に見える。
キュナスは上手くやってくれるだろうか。
気になって、ボロボロの戸口に意識を向けて。
目も開けられないほどの白い閃光がまたたいて、何も見えなくなった。
────
どうして彼女に手を貸すのだろう。
どうして彼女を引き止めたのだろう。
どうして、ここまでついてきたのだろう。
夢破れた勇者など吐いて捨てるほどにいる。今まで何度も、彼らが死んで、あるいは生きながらにして、ギルドを去っていくのを見た。キュナスだけが特別だなんていうことは、まったくない。
商売敵を手伝って死にかけるなんて、馬鹿みたいじゃないか。
彼女も彼女だろう。
一度世話してやっただけの人間にほいほい付いて来て、生死の危険がある場所で仕事をするなんて、警戒心が無さ過ぎる。私がちょっとやましい方向に頭を働かせれば、ただ働きをさせたり、身ぐるみを剥がされていてもおかしくない。
詐欺被害にあってからまるで学んでいないと白状しているようなものだ。
酒飲みで宿なしの大馬鹿者だ。
「つまり、君たちは似た者同士って話か」
「君の目は、いや耳は節穴かい?」
大橋の上から見慣れた煉瓦造りの街並みを眺めていると、日常が戻ってきたのを実感する。
都市を横断する河が、雪と街灯で優しく照らされていた。
魔力切れで身動きのできなくなった私たちを回収してくれたのは、フランツとゲヴァルトだった。
爆発音を聞きつけた村の衛兵が、報せを送ってくれたのだ。
帰りの馬車で、黒焦げになったお互いの姿があまりにも無様で笑ってしまった。
「依頼を成功させたんだから、相性は悪くないと思うけどね」
報酬を手にした彼女は、宿を借りられただろうか。
苦しんだ分だけ、きちんと休息を取ってほしい。
「あんな危なっかしい人間、近くに居たら心臓がいくつあっても足りないさ」
「僕もユーリエのこと、すごく心配したよ」
「…………ごめん」
取り繕えるだけの言い分はない。
簡単だと侮って、死にかけたのは私の落ち度でもある。
衛兵たちに頼まなければ、あの場所で凍死していたかもしれないと思うと、自分でもゾッとした。
「ねえ、今日知ったんだけど、キュナスって侯爵様の従者を……」
「彼女は信用に値する。噂は……あくまで噂だよ」
フランツは追及を避けた。
少しばかりの沈黙に込められた感情を、私は知らない。
「わかった。それより君に手紙が来てたから、渡したかったんだ」
手紙?
まさか故郷からの近況報告ではあるまい。
新しい依頼の話なら、嬉しいが。
「差出人はモルゲンブルグ劇場専任作家ヴィルヘルム、だってさ」
「作家……」
名前も肩書も、聞き覚えのあり過ぎるものだ
ようやく『作家先生』から連絡が来たらしかった。




