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私の完璧な勇者アシスタント計画  作者: 井戸頭
モルゲンブルグ編
13/31

第十三話 お金は持ってないわ

 夢を見る。

 四肢と鮮血が散らばる農場の夢だ。

 誰かが、空から降ってきた魔人に押しつぶされている。

 ぐしゃり、ぐしゃりと、景気よく五臓六腑が破裂する。

 人がめり込んだ場所を覗き込むと、勇者だった少女がこちらを睨んでいる。

 そうして、私は安心するのだ────────これは夢だと。

 だって彼女は、とっくに埋葬されているのだから。

 

「────────────ぐうっ」


 体の痛みで目を覚ました。

 かけっぱなしになっていた眼鏡を外し、身体を伸ばす。

 仕事机に突っ伏したまま寝入るのは、これが初めてではない。


「げっ、よだれついてる」


 よごしてしまった収支報告書をくしゃくしゃに丸め、くず籠に投げる。

 狙いは大きく外れ、寝台(ベッド)で寝息を立てている魔術師に直撃した。

 彼女は小さく「ぐう」とうめいたが、起きる様子は見られない。

 昨日しこたま飲んでいたせいか、簡単に目を覚ますこともなさそうだった。

 廊下から、誰かの歩く音が聞こえてくる。

 どこかの勇者が外出するのだろうけど、壁が薄いせいで筒抜けだ。

 

「よく眠れるもんだ……」


 毛布を掛けているとはいえ、下着姿で寒いだろうに。

 安宿のため、個室に暖炉はない。

 一階受付の近くに一つだけ。今は彼女の服を乾かすために利用させてもらっている。他の宿であれば確実に盗まれているだろうけど、幸い、ここの大家は信用できる。

 臭いが消えているといいのだが。

 落としたゴミをクズ籠に入れ直し、部屋を出る。

 隣の部屋で寝ているフランツを起こすためだ。


「ん、もう出たのか」


 中を覗くと、二つの寝具はどちらも空だった。

 大方、ゲヴァルトを迎えに行った足で、依頼をこなしに向かったのだろう。

 一階へ降りて、暖炉の前で干されている衣服を回収した。

 完全に乾いたとも言い難いが、他に着るのもないのだから我慢してもらおう。

 臭いは、まあまあかな。

 部屋に戻り、壁際の衣装掛けにひっかける。

 昨日の時点で、とんがり帽子と記章は身に着けてなかった。

 魔術師であれば、己の身分を示す重要な物であるように思えるが、住居に残してきたのだろうか。

 思えば、勇者である以外、住所も経歴も知らない。

 ただ昨日の夜、侯爵に向けた謝罪を漏らしていたのを聞いただけである。

 あるいは、彼女は新米勇者でなく……。

 

「…………やめやめ。切り替えていけ、私」


 憶測で考えても仕方がない。

 キュナスに纏わる思考を放棄し、山積みになっている書類に向き合った。

 ギルドへ提出する報告書や、訓練所や酒場の利用許諾。防寒用具の貸出申請も、そろそろ期限が切れる頃合いだろう。

 勇者の仕事も、本格的になるほど必要な手続きが増えていく。

 専門の事務員を雇う場合もあるらしいが、今のところなんとか自力で乗り切っている。

 外部の人間を雇用する費用がもったいないし、詐欺紛いな事件もあると聞く。

 手続きの流れを教えてくれたギルド職員には、感謝するばかりだ。

 筆記具を走らせていると、使い古された寝具の軋む音が聞こえた。

 もぞもぞと虫みたいに動きながら、毛布の塊が上体を起こしている。

「寒っ」という悲鳴が漏れていた。


「お目覚めかな、魔術師殿」


「……ここは、どこ」


 覚えていないのも無理はない。

 昨夜、彼女は宿に到着した時点で前後不覚の具合だった。

 四苦八苦しながら私とフランツで部屋に運び、続いて服を洗濯した。

 上級宿だって、こんな厚遇はしてくれない。


「私が借りている部屋さ。衛兵の詰め所が良かったかな?」


 覚醒したばかりで、頭が働いていないのだろう。

 冗談にも反応せず、毛布にくるまったまま部屋を見回している。


「服はそこに掛けてある。二日酔いに効く薬と、昨日の食事は立て替えておいた。後で返してほしい。それと……もしまだ吐き足りなければ、窓の外に出してくれ」


 薬は、飲み過ぎたゲヴァルトのために買っておいた品だが、これぐらい許されるだろう。

 キュナスは緩慢な動作で服を着ると、再び寝具に腰かけた。

 薬を飲み干し、頭を押さえながら壁にもたれる。

 だらだらと居座られても迷惑だ。

 住んでいる場所に帰るよう言いかけたが、明らかに体調不良の彼女を急かすのは気が引けた。

 それくらいの善心は持ち合わせている。


「悪いけど、お金は持ってないわ」


「……銅貨一枚も?」


「ええ、一枚も。宿も追い出されちゃったし」


 嘘つけ、酒場で飲んだくれてただろうに。

 昨日の朝は銅貨数枚をよこしたと思えば、今度は貧乏を騙るだって?

 本当に訳の分からない女だ。


「騙されないぞ。酒代はどうするつもりだったんだ」


「ヤケ酒よ、勇者をやめる予定だから最後に気持ちよくなりたかったの」


「硬貨もないのに飲食店に入る奴がいるもんか」


「飲んでから考えようと思ってたのよ」


 前言を撤回しよう。

 こんなろくでなしを助けたのは生まれて初めてだ。

 礼儀知らずの悪臭宿なし女を留めておく理由などない。

 というか、関わりたくもない。


「良いだろう、今回の出費は不問とする。さっさと出て行ってくれ」


「本当に、タダでいいの?」


 退去を催促したにも関わらず、彼女はまっすぐな視線を向けてきた。

 最初に感じた刺々しさはすっかり失せている。

 質問を「しつこい」と一蹴すると、彼女は目を潤ませた。

 情緒不安定か?


「ありがとう、それと……その、昨日は本当にごめんなさい」


「礼も謝罪もフランツに言ってくれ。私は手を貸しただけだ」


 最初、彼女を宿に連れ帰るつもりはなかった。

 面倒を見てやる義理はないし、いざこざに繋がるのもごめんだったから。

 でも、酒場の主人が酔いつぶれたおやじ連中を外に放りだしているのを見た時、フランツは複雑そうな面持ちだった。きっとキュナスを不憫に思ったに違いない。

 だから泊めてやった。

 断じて、同情したからではない。


「夜の件もあるけど、朝のも……最低な態度だったでしょ」


 キュナスは、自分の肩をさすりながら「貴女を誤解していた」と言った。

 今になって、どういう風の吹き回しだ。

 誠意を見せても遅い。退去命令は覆らないのだから。


「初対面だったろう、何を誤解するっていうんだ」


「あたし、事務員に貯蓄を全部持ち逃げされたの」


 自称事務員による詐欺事件は、ギルドでもたびたび問題視されていた。

 経験豊富と嘯きながら勇者に近づき、資産運用や装備新調の名目で金を奪い取る手口だ。

 王国の取り締まりが強化され、詐欺自体が下火になっていると聞いていたが。

 やはり騙される人間はいるらしい。


「それは大変だったね。別に同情はしないけど、これから幸運が舞い降りるよう願っておくよ」


 深入りはしない。面倒ごとに関わるのはうんざりだ。 

 前の意趣返しで、心のこもっていない定型文を述べる。

 謝罪は受け入れるとも。これでチャラにしようじゃないか。

 ただ、不幸な身の上話をされたとして、哀れみをかけてもらえるとは思わないでほしい。

 こちらもそんな余裕はない。


「ありがとう……潔く故郷に帰るわ。きっと私には向いてなかったの」


 夢破れた勇者の話は、何度となく聞いている。

 誰にも知られず、語られず、彼らはひっそりと歴史の裏側に消えていく。

 目の当たりにするのは初めてだが、人生の転機と言うには、ずいぶんとあっさりしたものだ。

 彼女の帰郷は、果たして歓迎されるのだろうか。

 無謀な試みをしたと、嘲笑で以て迎えられるのだろうか。

 ああ、いや、このろくでなしを出迎える故郷の人間達が不憫でならないか。

 なんであれ、私には関係のない話だ。


「現実的に考えて、引き際なのかもしれないわね」


 寝具が軋む。

 彼女は「迷惑かけたわね」と言って、狭い部屋を出ていった。

 廊下をバタバタと歩く音が、遠ざかっていく。

 毎日、聞いている音だ。

 フランツや、ゲヴァルトや、同じ宿に住む他の勇者たちが出向く音。

 彼らは夜になれば帰って来る。夜でなければ次の朝。朝でなければ昼か夜。

 いつか戻ると知っているから、何の感情も抱かない。

 何も変わらない、音であるはずなのに。

 気が付くと部屋を飛び出していた。


「やっぱり気が変わった。諸々の代金、きっちり返してもらうよ」


 キュナスは、玄関から出ていく間際だった。

 こちらに向き直ると、首を横に振る。


「無理、硬貨に替えられる物は何も持ってないわ」


「昔から言うだろう、お金がなければ体で支払ってもらう」


 私が一歩近づくたびに、キュナスの顔が見る見る青ざめていった。



────



「景気はどうですか、クシェフトさん」


 銅貨と引き換えに、ここでは収穫できない茶葉を受け取る。

 行商人はあごひげをさすりながら眉をひそめた。


「悪くないが、どうにも落ち着かん。また護衛の依頼を頼むかもしれん」


「道中の苦労お察しします。フランツなら魔人であっても対処できますよ」


 王都の魔人騒動を話してやると、行商人は寡黙ながらに感心したようだった。

 少し脚色したが、大切なのは実績を伝えることにあるのだ。

 都市の門周辺に、いくつもの行商人が集っている。

 彼らは領内を行脚して生計を立てており、領都は大きな稼ぎの一つだ。

 即席の屋台が並ぶ景色は、さながら小さな市場である。

 その足で、都市の外へ出た。

 近郊には小さな農場が点在しており、彼らの畜産業はモルゲンブルグの屋台骨になっている。

 しばらく歩くと、一件のひなびた家に到着した。


「アードラーさん、ユーリエです!」


 声と共に、老婆が顔を出す。

 深く刻まれた皺は、前よりいっそう濃くなっており、アードラー夫人に偏屈な印象を与えていた。


「お元気でしたか。近頃は魔獣の話も聞きませんが」


「あんたかい、見ての通り暇人を出迎えられるくらいにゃ元気だよ」


 旦那を失くし一人暮らしを続けているこの老婆は、私を暇人と呼んで憚らない。

 若いくせに年寄りの元に通うとはさもしい暇人だ。とは彼女の弁である。

 老人は冷風に身を震わせながら「何の用さ」と言った。


「珍しい茶葉を入手したので一緒に飲もうと思いまして」


「くれるんじゃないのか。けちくさいねえ」


 紅茶の味は微妙だったが、身体の芯から温まった。

 夫人はぶつくさと文句を垂れていたものの、出会った頃みたいに追い出すような態度は取らなかった。


「困りごとがあれば門番にお伝えください。フランツが伺います」


 門に常駐している衛兵には、老婆から伝言があった場合にこちらまで連絡するよう伝えてある。

 わざわざ町中まで来るのは手間だろうと思ってのことだ。

 帰り際に深々と一礼すると、アードラー夫人はいつものように鼻を鳴らした。

 

「さて、よくやく都市の中だ」


 クンツさんの店で、フランツやゲヴァルトが使う皮手袋を買う。

 いつも退屈そうなマリアンさんには、仕事で聞いた話を披露しよう。

 おっと、ギルドの職員に渡す差し入れを忘れるところだった。

 方々を訪ねていると、あっという間に一日が過ぎていく。

 雑踏を行きながら、訪問した人たちの表情や動作、交わした言葉を反芻する。

 最後に、モルゲンの酒場に立ち寄った。

 房はまだ仕込みの時間で、料理人兼主人が応対してくれた。


「昨日はお騒がせしてすみませんでした。掃除も手伝えず……」


「ここじゃあ日常茶飯事だ。気にしなくていい」


 マリアンさんの店から購入したぶどう酒を差し出すと、快く受け取ってくれた。

 別に、心の底から申し訳ないと思っているわけではない。

 ただ来訪する口実を探していたのだ。


「これだけ大きな店ですと食材の確保も大変でしょう。安全な輸送路を見つけるのも一苦労では?」


「お嬢さん詳しいね。最近はどこの業者も商隊派遣を渋っちゃうから大変だよ」


 肩かけ鞄から、小さな紙を取り出す。

 名前と宿の住所が書かれたそれは、私の自作だ。


「魔人、魔獣、お困りであればご伝言ください。勇者フランツなら対処できます」


 多くの場合、勇者には宣伝活動をするだけの時間がない。

 こうした時こそアシスタントという立場を最大限に生かすのだ。

 もちろん受けられる仕事量は限られている。

 日程がひっ迫(キャパオーバー)した場合は、ギルドへ依頼を流していた。


「勇者の押しかけ営業なんて珍しい。気に入った、検討してみるよ」


 反応を見るに、連絡が来る確率は六割と言った感じか。

 酒代は決して安くなかったが、十分すぎる収穫と考えて良いだろう。

 近くの広場で一息つきながら、小さくこぶしを握り締めた。

 よしと呟く息は白んでいて、空に昇るなかで鼻先をかすめる。

 こんな気温でも、行き交う人影の流れが途切れることは無い。

 通り過ぎる一人一人の人生が交差して、今日も社会は回っているのだ。

 

「みんな笑っていたわね」


 長椅子に腰かけたキュナスが、砂糖菓子を頬張っている。

 仕事終わりに立ち寄っているパン屋の品だが、彼女の口に合うだろうか。

 ずっとついて回らせたのだ。これぐらいの『おまけ』はいいだろう。

 依頼人には近寄らせなかったが、道行く人たちの中には異臭で顔をしかめる者もいたと思われる。


「顧客を満足させないと、押しかけなんて成り立たないよ」


「変な人ね、貴女」


 勇者と言う職業に携わる人間は、少なからず変なもんだろう。

 突っ込むと長くなりそうだったので、強引に会話を打ち切る。


「とにかく、『依頼』お疲れ様」


 今日一日、彼女を護衛として雇った。

 ギルドを介さない個人依頼である。

 鞄に手を突っ込み、事前に用意していた巾着を取り出した。

 中に入っているのは、依頼料だ。

 薬代、食事代、宿泊代を差し引いても、勇者用宿の三泊分くらいにはなる。

 手の平に数枚の銀貨を乗せて彼女に示した。

 平静を装っているが、意識は手の平に釘付けのようだ。


「羽振りがいいのね」


「ジギスムント侯爵に比べれば安いもんだろう」


 反応を見る。

 わずかに目線が動いたが、動揺する様子はない。

 彼女が追放された勇者ならば、つまるところ侯爵の従者を焼いた張本人だ。

 二日間、キュナスと接してみたが残虐な行為に走る人間には見えなかった。

 一から十まで演技だとしたら、稀代の役者といえるだろう。


「侯爵様は……別に関係ない」


 事情があるとしても、話してはくれなそうだ。

 魔術師は銀貨を受け取ると、逃げるように立ち去ろうとした。


「私は明日も仕事だ。興味があるなら宿に来てくれ!」


 ゆらゆらと揺れる小さな背中が、人影の合間に溶け込んでいく。

 どんな人間も、ひとたび群衆に紛れてしまえば、見分けがつかなくなる。

 それが善人であれ、悪人であれ。

 全身から力の抜ける感覚がして、長椅子に座り込んだ。

 背もたれに体重を預けると、王都に来たばかりの記憶を思い出す。


「…………何やってるんだ、私は」


 たわいのない独り言が、星の瞬く虚空へと吸い込まれていった。

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