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私の完璧な勇者アシスタント計画  作者: 井戸頭
モルゲンブルグ編
12/31

第十二話 あなたには関係ないでしょ

 ざく切りの野菜を口に放り込む。

 喉の奥に転がっていくも、どこかでつかえている感覚が抜けなかった。

 食べやすい大きさに切るか、もっと煮込めばよかったという後悔と共に無理やり飲み込んだ。

 知り合ったばかりの魔術師は、顔色を変えず煮込み汁(シチュー)を啜り続けている。

 フランツやゲヴァルトも無言で食事しており、話に花を咲かせる気配はない。

 何だこの状況は。


「キュナスさん、二人とはどのように知り合ったのでしょうか」


「あなたには関係ないでしょ」


 これだ。

 社会性の欠如した勇者は、いないわけではない。

 元々の気質としてはぐれ者が多いのだから当然だ。

 とはいえ、同業者と何のつながりもなくやっていけるほど楽な世界ではない。

 情報共有が生死を分けるなど珍しくもないのだから。

 だから、彼女が二人と知り合った経緯も想像は出来る。

 仕事中に助けられたとかそんな感じだろうが、まず本人に確認するのも大切だ。


「関係あります。二人が円滑に仕事できるようアシストするのが私の仕事なので」


「ただの使用人じゃなかったのね」


 こ、こいつ……。

 背筋をピンと張り、汁を音もなく啜る彼女は、私の視線など気に留めていない。

 所作にこそ礼節を感じさせるが、発言はまるでクソガキだ。

 

「驚いたな。恩人の仲間には敬意を払うなっていうのが祖国の教えなのかい?」


 目には目を、歯には歯を。

 皮肉には皮肉を返すのが最も標準的な礼節だろう。

 フランツたちが恩人かどうかは聞いてないが、カマかけくらいは良いだろう。

 キュナスは匙を持つ手を止めると、私をしげしげと見つめた。


「同業者への皮肉もアシスタントの業務ってわけ。さぞ給料も高いのでしょうね」


「二人ともその辺にしなよ。キュナス、彼女は僕らの仲間だ。突っかかるのはやめてほしい」


 フランツが先んじて動く。

 自分で言うのもおかしな話だが、これ以上放置されていたら喧嘩は免れなかっただろう。

 舐められたら終わりなのだ。

 

「……そうね。ありがとう、朝食おいしかった。失礼したわね」


 心にもない礼を述べながら、キュナスは席を立つ。

 食事代のつもりだろうか、銅貨数枚を残している。

 あきらかに多すぎるのだが、金持ち気取りだろうか。

 フランツは一瞬だけ引き止めるような素振りを見せたが、すぐに考え直したようだった。

 正解だ。この女は何を言っても聞く耳など持つまい。

 魔術師は食器を片付けると、さっさと酒場を出て行ってしまった。

 扉が閉じたのを確認してから、思いっきり拳を机に叩きつける。


「なんだあのいけ好かない女は。二人とも説明してくれ!」


「ごめん、仕事中は大人しかったんだよ」


「減らず口も叩けねえくらい疲弊してたんだな」


 食堂はしんと静まり返っていて、私たち以外に利用している人間はいない。

 存分に怒りを表明できるだけありがたいものだ。

 別に友好的に接しろとは言わない。

 こちらに興味がないなら、ただ「うん」とか「はい」とか適当な相槌を打つだけでもいい。

 あんな態度をとる必要がどこにあるだろう。


「帰り道に彼女と遭遇したんだ……魔獣に連れ去られてた」


 外套の背部を咥えられ、雪道を引き摺られていたのだという。

 救出してみると、唇は真っ青で、痙攣するがごとく全身が震えていた。

 急いで火を焚いてやり、彼女が落ち着くのを待った。


「最初は、こっちに来てまで新米の尻ぬぐいかよって思ったがね」


 死にかけの原因は魔術の過剰使用による体力切れだった。

 置いていくわけにもいかず、魔獣の一部を回収して戻ってきた。

 魔術師は当初、自分が受け取った依頼料を折半したいと申し出たが、フランツはこれを断った。

 仕事に失敗した新米勇者を気遣っての判断だった。

 

「せっかくだから朝食も一緒にって提案したんだけど……」


 挙句にさっきの有様というわけか。

 慣れ合うつもりはないとか言って、しっかり完食しているのも気に入らない。

 こっちが気に入らないんだったら最初から断ればいいのに。


「怒ってやんなよ。余裕のない人間ってのは心が荒むもんだ。つい悪態を口走るのだってあるだろうさ」


「誰かさんもそうだったろ」とゲヴァルトはこちらを見る。

 王都にいたころに吐いた暴言の数々を想起し、思わず身悶えした。


「まあ、修道院送りになる前に助けられてよかった。今回はそう思っておこう」


 勇者の言う『修道院送り』には二つの意味がある。

 一つは治療行為を目的とした来院。

 けがや病気、魔術的後遺症を癒すため、多くの人が修道院を利用する。慣用句としてはこちらの意味で使用される機会が多いだろう。

 もう一つは、死者の埋葬。

 家族と縁を切った勇者が命を落とした場合や、身元不明のまま死亡した場合は、修道院近くの無縁墓地で埋葬される決まりになっている。

 転じて、死の暗喩で『修道院送り』が使われる場合があるのだ。

 どんな人間であれ、一歩間違えれば死んでいたと考えると気分が悪い。


「わかったよ、でも次に会ったとき絶対謝ってもらう」


「それは当然だね」


 手を付けた煮込み汁は、すっかり冷めてしまっていた。

 片づけを済ませ、三人で酒場を出る。

 朝方のせいか、舗装された街道は凍結していてどこも滑りやすい。

 宿への道を慎重に歩きながら、二人に質問した。


「今日は休みだけど、用事があったりするかな」


 日程は私が組んでいる。

 仕事日が被らないよう調整して、一週間の予定表を作っているのだ。

 必ず一日は休暇を設けるようにしたのは、ゲヴァルトからの提案である。

 当初は収入の減少を懸念したが、却って仕事の効率が上がったのに驚かされた。

 休むのも仕事の内だと、傭兵はいつものようにおどけていた。


「うら若き美女との約束がある。悪いがお前のお願いには付き合えないぜ」


 こちらはいつも通りだ。

 酒と女と鍛錬以外で、この男に趣味はあるのだろうか?

 というか、まだ一言もお願いがあるとは言ってないのだが。

 

「僕は空いてるよ。どうしたの?」


「修道院に用があってね。勇者が来てくれるなら大助かりだ」


 今朝ほど交わした、受付係との会話を思い出す。

 院内は負傷した勇者や騎士で溢れかえっているらしいが、目的は彼らでない。

 彼らの武勇を聞きたくて入り浸っている人間に会いたいのだ。

 フランツは快く、同行を了承してくれた。

 宿に戻ると、仕事に持って行っていた荷物を置く。


「大変だろうけど、鎧は着ていってほしい。剣も……いや、やっぱり剣はいい」


 修道院において、武器の持ち込みは禁止されている。

 信徒たちにお叱りを受けたくなければ、剣も残していくのが無難か。

 疲れているところに、重い格好で街中を歩かせるのは気が引けるが、関心を引くためだ。

 宿を出ると、ゲヴァルトは軽やかな足取りで色街へと消えていった。

 全く疲労を感じさせないのだから驚かされる。


「誰かのお見舞いなんて珍しいじゃないか」


「まさか、そんな時間があるなら依頼主の元に顔を出しにいくさ」


「安心した。ユーリエが他人を気遣うなんて次の日に槍が降るから」


「君の頭上に降らせても良いんだよ」


 モルゲンブルグ修道院では、玄関や中庭まで傷病人が転がっていた。

 伝統と格式を絶対視する宗教上層部は、建築当初からの様式を重んじるあまり、戦争が長期化した現在に至っても院の増改築を許可していない。

 現場で医療活動に専念する信徒によって、今日の戦線は支えられていると言っても過言ではないだろう。

 治癒魔術を施された怪我人たちは、傷の悪化や疫病の浸蝕を抑止するために巻かれた形ばかりの包帯を指先で撫でながら、戦場への復帰を夢見てじっとしている。

 扉に寄りかかる兵士に「失礼」と声をかけると、彼は僅かばかり上体を傾けた。

 中に入ると、いたるところでうめき声の響いていた。

 取りすがりの修道女を呼び止める。


「すみません。こちらに『作家先生』は来てらっしゃいますか」


 作家先生は、領主ジギスムント侯爵と深いつながりを持つ人物だ。

 首尾よく接触してフランツに興味を持ってもらえば、今後の活動への足掛かりとなるだろう。

 同じような思いで近づいたイガル夫人のことを思い出す。

 あの時は自分の浅慮ゆえに関係がこじれてしまったが、過ちは繰り返すまい。


「あー、先生なら本日はお見かけしてないですね」


「おや、毎日訪問していると伺ったのですが」


「一時期は来てました。けれども患者さんはあの調子ですから……」


 窓際の長椅子に腰かける男はピクリとも動かない。

 快復のため安静にしているだけだろうが、話を聞いても元気一杯に答えてくれるとは思えなかった。


「噂じゃ、最近はモルゲンの酒場に顔を出してるそうですよ」


 たらい回しをされている気分だ。

 都市には大小さまざまな酒場があり、最も古いのがモルゲンの酒場である。

 ギルドの隣に併設されている小さなそれと違い、設備も人員も王都の酒場と遜色ないと聞く。

 今までは、利用する機会が一度もなかったが。

 修道女に礼を述べると、院を後にした。

 都市は広いが、作家先生が楽しめる場所は多くはない。今夜にでも会えることを願おう。


「付き合わせてすまない」


「いいよ、夕食はもちろんユーリエの奢りね」


「喜んで。ただし予算は銀貨四枚までだよ」


「けちだなあ」



────



 ろうそくの炎が、壁に掛けられたシカの剥製を橙色に染め上げている。

 光が富の象徴であるのは言うまでもないが、魔術光でなく、幾つものろうそくによってここまでの明るさを維持しているのは、なかなかの力技と言えるだろう。

 高そうな壺や絵画もなく、単純な大広間のみが解放されているのも、平民感情を考慮してのことだろうか。

 戦争前は、王国軍が貸し切りで宴会場として利用していたこともあったそうで、確かに数百人を収容しうる広さだった。

 内装含めて悪く言うならば大雑把な造りだが、飾らない雰囲気は居心地の良さに繋がっている。

 私は、この感覚に覚えがあった。

 故郷の集会所だ。

 大人連中が集まっては酒盛りしていたあの空間を、どことなく想起させた。


「えーと、あなたが『作家先生』でしょうか」


 この質問をするのは、三回目になる。

 夜という時間帯のせいで、どこもかしこも酔っ払いばかりだ。

『作家先生』がどこにいると聞いても、まともな答えが返ってこない。

 生返事や聞き返しはまだいい。中には冗談交じりに赤の他人を指さす奴もいる。


「うんにゃ?オラの名前はシャーカだけんども、何用だすか?」


「ええと、すみません間違えました……」


 顔もわからない人間を探すのは骨が折れる。

 なによりも、さりげなく腰や尻に触れようとしてくるカスの酔っ払い親父どもを避けながら移動するのが手間で仕方ない。

 顔面を蹴り上げたい衝動をこらえたんだ。誰か褒めてくれ。


「なんだあんた、先生を探してるのか」


 あれからさらに何人かに尋ねて回り、ようやくまともそうな人に行きついた。

 禿頭のおっさんは酒瓶を片手にしているが、喋り方は明瞭そのものだ。


「あの人はもっと遅い時間に来るぜ。大人の時間にな」


「うーん、あとどれくらいでしょう」


 あまり遅いようなら、フランツを帰らせるしかない。

 夜中にならないと顔を出さないなんて、作家先生も珍妙な人間だ。

 仕事に差し支えたりしないのだろうか。


「伝言があるなら俺から伝えておくよ。嬢ちゃんは帰りな」


 なんだ、言うに事欠いて人をガキ扱いか?

 私も今年で十八歳だ。大人として接してもらいたい。

 そもそもこっちは人探しで一日を費やしたのだ。はいそうですかと戻るわけにはいかない。


「お気遣い結構です。いつごろ来るのか教えていただければ……」


「いやいや、悪いこと言わないから帰りなって!」


 しつこい男だ。

 もしかして帰り道の心配をしているのか。

 モルゲンブルグは衛兵の質も高く、王都より都市内の治安は遥かに良いと聞いていたのだが。

 ギルドには宿直が常駐している。問題があればあそこに駆け込めばいい。


「時間は関係ありません。一日くらい睡眠をとらずとも問題ないですから」


「……あんた本気なのか?」


 男がまじまじとこちらを見つめる。

 本気も何も、こちらは仕事で来ているのだ。見くびってもらっては困る。

 もたもたしていたら、侯爵が新しい勇者を囲い込んでしまうだろう。

 逃してしまう利点を考えれば、徹夜で人を待つくらい苦痛でも何でもない。

 


「本気で、娼婦の舞(ストリップショー)の時間までいるのか」


 は?

 え、あ、大人の時間って、そういうこと?

 つまり、女の人が裸で踊るとかいう、あれだよね。

 

「………………………………なるほど」


 帰るか。

 こちらを娼婦と勘違いした変態が触ってきたら、今度こそぶん殴ってしまうかもしれない。

 余計な問題を起こす前に退散しよう。

 困惑顔の男に「勇者フランツの使者が会いたがっている」という伝言と、宿の場所を記載した紙を託した。

 今日の用事は、これで終わりだ。

 なんだかそわそわして、並べられた料理に手を付ける気分にもならない。

 知らない場所で、知らない喧騒が右から左へ流れていく。

 悪目立ちをしたくなくて、ろうそくが照らす場所を避けながら歩いた。

 フランツはどこにいるんだろう。

 ちゃんと、予算の範囲内で食べているだろうか。

 広間を探し回っても、幼馴染は見当たらなかった。

 

「どこをほっつき歩いてるんだ……」


 人と火が大きな熱源となり、室内の温度を上げている。

 暑さすら感じるようになって、次第にくらくらしてきた。

 火照った体を冷ますため、酒場の外に出る。

 夜風が頬を撫でる感覚が心地良く、小さく息を吐いた。


「おええぇぇぇ…………う、え……おえぇぇぇ!」


 裏手から、嫌な音が聞こえる。

 誰かが、バケツをひっくり返すみたいにぶちまけている。

 これだから酒は嫌いだ。

 大人はみんな、これの良さが分からないうちは子供だなんて言うが、醜態を晒しながらも飲み続ける姿の、どこが大人だというのか。

 

「落ち着いたかな。ほら、深呼吸して……」


 嘔吐の後に、聞き覚えのある声がした。

 酒場にいないと思ったら、だらしない大人の介抱をしていたのか。

 裏手に向かうと、身体を折り曲げる人影と、隣に立つ青年の姿が見えた。


「フランツ、やっと見つけたよ。帰ろう」


「あ、ちょうど良いところに。手伝ってくれる?」


 炎の明るさに慣れてしまったせいだろう。

 夜闇の中の人物はよく見えなかった。


「うえぇ……ごめんなさい……こんな、ご迷惑を……」


 胃液のにおいで鼻が曲がりそうだ。

 影に包まれている人物は「どうか、あたしにおかまいなく……」と二、三歩歩き出すも、その場にへたり込んでしまった。

 たしか父も、こんなふうにべろべろに酔っぱらっては、母に叱られていたっけ。


「みっともないですよ。フランツ、右肩を持ってくれ」


 声からして、女性のようである。

 うわ言のように「ごめんなさい」だの、「許してください」だのと呟いている。

 意思疎通は出来ると思ったのだが、どうにも雲行きが怪しくなってきたな。


「もう、もうらいじょうぶれす……こんろこそしっはいしませんから……」


「はいはい、大丈夫ですよ……なんだ、いやに軽いな」


「……れすから、ゆるしてくらさい……こうしゃくさま……」


 肩を担いで、女性を影の中から連れ出す。

 白く淡い月明かりが、彼女の美麗な赤髪を照らした。


「────────────キュナス?」


 最悪な魔術師と、最悪な再会を果たしたようだった。

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