第十話 儚いもんだよな、勇者ってよ
魔獣群掃討作戦は、予想だにしない形で終わりを迎えた。
戦線から遠く離れた王都近郊に魔人が出没した事実に対し、ギルベルト王はたいそう怒りを見せ王国軍と勇者ギルドの不手際を糾弾した。
王都には戒厳令が敷かれ、軍による徹底的な警備と調査が行われた。
ギルドも同様に、多数の人員を警備補助に割いた。
国から呼び出しを受けた私とゲヴァルトは、事の顛末を報告。
『元勇者』のゲヴァルトは、魔人が単独行動だったと述べた。
加えて、これ以降不可解な事件がおこらなかったこともあり、事態は収束したと結論付けられた。
農村部を含め、死者は十六人にものぼった。
不安と喪失感を内に秘めながら、王都は徐々に日常を取り戻していった。
「儚いもんだよな、勇者ってよ」
鐘の音が響く。
酒瓶を開けると、ゲヴァルトは墓石の上で逆さにした。
粗野な彼にしては珍しく、感傷に浸っているようだった。
「夢だ理想だなんて謳っても、くたばっちまえば忘れられてくだけだ」
結局のところ、金のために仕事するくらいが丁度いいのだと、男は言う。
ふと、これが初めてではないのかと思った。
男は今まで何度も他人の死を見てきて、その都度、自分を納得させてきたのかもしれない。
死んでいった者の中には、たくさんの夢追い人がいたのだろう。
「……最初から、魔王討伐は不可能だったと言いたいんですか」
「平民如きが無理に決まってるだろ。予言なんて眉唾に決まってる」
ならば、勇者とはなんだ。
傭兵と何も変わらないじゃないか。
初めてゲヴァルトと出会った時の記憶を思い出す。
彼は、どこかで野垂れ死ぬ前にお里に帰るのが賢明だと、私たちに言った。
この傭兵はずっと現実とやらを見ているのだ。
「線引きができないやつから死んでいくのさ。こいつみたいにな」
墓石を指で叩く。
彼の声には、いつものような抑揚がなかった。
「身の程知らずが、出来もしない依頼に飛び込んでこのザマだ」
「言い過ぎじゃないですか」
「ちょっと落ち着きなよ……」
詰め寄ろうとした私の腕を、フランツが掴む。
幼馴染の温和な性格は理解しているが、今だけは放してほしかった。
死んだ弟子すらも悪し様に言う男を許せるもんか。
くそ、命の恩人とはいえ、フランツの退院日など教えなければよかった。
魔人との戦闘直後に気を失った彼は、修道院で治療を受けていた。
治癒魔術と聞くと便利な代物に聞こえるが、あくまで自然治癒を促進するものであると聞いた時は拍子抜けした。
それでも、たった数か月で全身の打撲と骨折が消えるのだから凄まじいが。
私とゲヴァルトが顔を出した時には、すっかり元気になっていた。
「お前ら、モルゲンブルグ行きなんてやめちまえ」
傭兵は背を向けたまま「むざむざ死にに行くようなもんだぜ」と付け加えた。
ずっと、考えていたことだ。
いずれ王都を離れるとして、どんな時期が正しいのかと。
強くなったら?
お金が貯まったら?
どちらにも終着点などは存在せず、だらだらと月日だけが過ぎて行ってしまう、そんな気がした。
魔人との戦いは、私たちにとって大きな転機となった。
「二人で話し合って決めたんです。絶対行きます」
退院して準備が整い次第、向かうつもりだ。
本音を言うと、このまま現状に満足してしまいそうだった。
魔獣を駆除してそこそこ稼いで、王都で暮らして。
でも、それではだめだ。
私たちの目的は、魔王を倒して村の連中を見返すことにあるのだから。
平民如きにできるわけがないと、彼は言った。
でも、私たちはまだ挑戦すらしていないのだ。
「ちったぁ先輩の言葉くらい聞けっつの」
「……ゲヴァルトさんの言葉は正しいと思います」
「ちょ、フランツ?」
待て待て、今私が格好良く啖呵を切っただろう。
いきなり水を差すような真似はやめてくれないか。
「僕はまだまだ未熟だし、ユーリエはとんでもない向こう見ずです」
「ふ、フランツくぅ~ん、そこまで言わなくてもいいんじゃないかな?」
モルゲンブルグに行ってしまえば、傭兵と会うこともない。
もしかすると、この会話が最後になるかもしれないのだ。
今まで以上に見栄を張るぐらい、いいじゃないか。
そう思っていたのに、彼は信じられない言葉を口にした。
「ですから誰か、人生経験を積んだ人が仲間にいてくれると安心なんです」
「ね、ゲヴァルトさん」とフランツが笑う。
はあ。
はあぁーっ!?
つまりなんだ、この下品で乱暴でやたら偉ぶるおっさんくさいこの傭兵を、勧誘したのか!?
なんでっ、どうして。非常識で不健全極まりない発想だ。
「何言ってるんだ、論外だろう!」
「そうかな、ぴったりだと思うけど」
確かに昔、仲間には戦士が一人欲しいとは言った。
この男は勇者の経験があり、魔人の生態についても詳しく、実力は折り紙付き。言動こそ不愉快だが問題行動を起こした話も聞かず、フランツからの信頼も厚い。おまけに貴族社会にもよくわからないコネがある。
確かにぴったりだ。
くそったれ。
「悪いが俺は王都専門なんだ。力にはなれんよ」
ほら、傭兵だってこう言ってる。
年を取ると新天地での活動もなかなか厳しいっていうじゃないか。
今回は残念ながら縁がなかったといことで……。
「今まであなたがどれだけ人の死を見てきたのか、僕は知りません」
フランツが墓石の前に立つ。
勇者と傭兵が肩を並べるのは、魔人との戦い以来だ。
「でも、あなたがつけた稽古のおかげで救われた勇者を知ってます」
「みっともねえ戦い方しやがるから、基本を教えてやっただけだ」
仕事をこなす片手間で、新米勇者に稽古をつける。
授業料など取っていないだろう。私が帳簿をつけている以上、フランツに継続的な出費があればすぐわかる。
ゲヴァルトにとっては何の得にもならない行為というわけだ。
むしろ成長すれば、自らの立場を脅かす商売敵になりかねない。
「シュヴァハが言ってました。魔王を倒した姿を師匠に見てもらうんだって」
「はん、本当に馬鹿な弟子だぜ」
「現実的に考えれば、無謀ですよね」
不思議に思った。
あれだけ悪く言っておきながら、ゲヴァルトは弟子という語を否定しない。
この男なら、俺の動きを勝手に覗き見てるだけだ、くらい言いそうなものだが。
「でも世界で三番目に尊敬する人が言ってたんです。本当の『現実』は無限大なんだって」
「……一番じゃねえのかよ」
「一番目と二番目は、両親ですから」
二人は、これ以上多くを話さなかった。
フランツは別れ際に「返事、期待してます」と声をかけていたが、傭兵は返事をしなかった。
「ごめんね、いきなりあんな提案して」
宿までの道のりを、いつもよりゆっくり歩く。
戒厳令が敷かれていたときはあちこちで騎士が歩いていたが、今では平穏が戻ってきていた。
「理屈としては納得しているけど……」
金銭的には傭兵一人ぐらい雇うのも難しくない。フランツも理解した上で誘ったのだろう。
頼りになるのは分かっているし、助けてくれたのも感謝している。
根は悪人で無いのだって、なんとなく理解しているよ。
それはそれとしてむかつく奴だ。
「魔人を倒して臨時報酬があったんだ。それで高級肉に再挑戦しよう」
全く、食べ物で機嫌が直ると思っているのか。
ずいぶん安い女だと思われたものだ。
口元から垂れるよだれを拭いて、私はいつも以上に険しい表情を作って見せた。
「余計なお金はかけない。これから大きな出費をするんだからね」
「受付嬢さんにお詫びの品でも買うの?」
「もう渡したよ」
勇者ギルドの前を通り過ぎる。
一連の出来事が整理出来てから非礼を詫びに行くと、半日近くお叱りを受けた。
ちくちくと責められるあの感じは二度と味わいたくない。
説教だけで済ませてくれたことには、感謝するべきだろうけど。
「じゃあイガル夫人に土産物とか」
「相手は貴族だ。何を買っても鼻で笑われるに決まってる」
あの日、夫人は私たちの身を案じて、傭兵を邸宅に待機させていたのだという。
彼女が私たちのことに詳しかったのは、フランツからゲヴァルト経由で色々と話を聞いていたからだそうだ。
あの胡散臭い言動にも深い意味はないと、ゲヴァルトから聞いた。
後日邸宅を訪ねた際に、彼女は今後の活動について質問してきた。
包み隠さずモルゲンブルグへ行くつもりであると話すと、イガル夫人は意外そうにしながら、「あなたたちに未来に祝福がありますように」と言ってくれた。
「君の今後に関わる、大切な買い物だよ」
とある店の前で足を止めた。
掲げられている看板には、鎧の絵が描かれている。
そうそう、そういう顔が見たかったんだ。
「専用注文だよ。君も金属の鎧を着る頃合いじゃないか」
────
治癒魔術は奇跡の御業なのだという。
宗教的理由で魔術師には取り扱いが禁止されており、教会と修道院の関係者のみ許された業だ。
中には、放浪師を自称して各地で治療行為に励む破戒者もいるそうだが、残念ながらお目にかかったことはない。
修道女に挨拶をして、幼馴染がいる部屋へと向かう。
退院まであと三日を残すばかりで、順調に快復しているようだった。
「フランツ、調子はどうだい」
「快適過ぎて仕事に戻りたくないよ」
長い休日を満喫しているようで何よりだ。
持参したカゴを足元において、果物を取り出した。
道中で買ったものが大半だが、中にはフランツの友人から贈られた見舞いの品もある。
勇者の中には人相の悪い人も少なくないが、こういう時は一様に同業者のことを心配してくれた。
苦手意識を持っていたけど、存外悪い人たちではないのかもしれない。
「一年前、村を飛び出した時はこんな体験をするなんて思ってみなかった」
寝具に寝転がり、フランツは天井を見つめている。
故郷の風景を思い浮かべているのだろうか。
「…………それなんだが、君に確認がある」
「どうしたのさ、改まって」
怪我をするのは、珍しいことじゃない。
包帯を巻いて、痛み止めの薬を飲ませて、終わりだ。
ここまで重症を負うことは今までなかった。
「いつか私たちは戦争の最前線に行く。魔人と戦うことも多くなるだろう」
私たちは生まれついての戦士ではない。
あれだけ人の死に触れて、臆さない人間などいないのだ。
「君は、覚悟が出来ているか」
今回触れたのは、戦場でまみえる惨劇の一端に過ぎないだろう。
もしもフランツが不安と恐怖を抑えきれず、戦闘にかける自信を喪失しているのであれば、モルゲンブルグにはまだ行くべきでない。
だが、今を逃せばいつになる?
魔獣を狩って報酬をもらい、また魔獣を狩る。繰り返しの日常に戻っていく。
いつか、そうしたぬるま湯のような生活に、満足してしまわないだろうか。
私は嫌だ。しかし、彼はどう考えているのだろう────。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって」
あっけらかんとした口調で、フランツは言う。
今後の活動に関わる大切な確認だ、もっと慎重に捉えてほしい。
「怖がってるのは僕じゃなくて、ユーリエだよね」
私が、怖がっている?
何を怖がる必要があるだろう。
命を張るのは彼だ。魔獣、魔人、魔王と戦うのは私じゃない。
どうして、なんで、今こんなに手が震えるんだ。
「おかしいな、ここに来るまでこんなんじゃなかったんだ……」
「部屋に入った時から震えてたけど」
フランツが私の手に触れる。
促されるままに、私はナイフを下ろした。
ああ、わかってるさ。
恐れている、失うことが怖い。
今なら、フランツの死体が手に取るように想像できる。
「君は、死が怖くないのかい?」
「怖くない……って言ったら噓になるけど、それほどじゃないかな」
戦ってきたがゆえだろうか。
ゲヴァルトに戦士の心構えでも教わったのかもしれない。
あるいは、何か、私の与り知らないところで大きな経験でも積んだとか。
「──誰かさんが、僕の中には人一倍の勇気が眠っているって言ってくれたから」
違うんだ。
それは臆病な君を連れ出す方便に過ぎなくて。
それは身勝手な私の適当な賛辞に過ぎなくて。
取るに足らない発言だった。今の今まで、記憶の彼方に追いやられていた。
なのに、どこまでもまっすぐな目で引用してくれるのか。
「だから僕は諦めない。ユーリエが信じてくれる限り決して死なないよ」
「う、うぅ、フランツぅ…………!」
「うわっ、泣かないでよ。修道女さんに誤解されちゃうから」
涙が止まらなかった。
声を出して泣き続けた。
ありがとう、フランツ。
ずっと信じるよ。嫌がられても信じるよ。
だからどうか、私の前から突然いなくなったりしないでくれ。




