続・月のような
短編です。
以前投稿した短編『月のような』の約1年後のお話になります。
といっても独立したお話になっていますので、楽しんでいただけたら幸いです。
相変わらずだな、と俺は思った。
屋上に通じるドアの取っ手には、不吉なものを封印するように鎖が巻かれ、錠がかけられている。しかし俺にはまったく関係がなかった。
俺は以前、管理人室に忍び込み作っておいた合鍵を使って鎖を外した。
マンションの屋上にでたのは久しぶりのことだった。確か去年の夏、花火大会があったとき以来だ。
俺は外した鎖を忘れずに、外からかけなおした。これで鎖が外れていることに誰かが気づいても、屋上に出ることはできない。
俺だけの場所、俺ひとりの時間だ。
ひとり暮らしだから部屋も同じようなものだが、外にいるのと部屋にいるのでは開放感というか自分を取り巻く空気感が違う。
俺は寝転び、煙草に火をつけた。
目を瞑り、梅雨の時季にだけ吹く風を感じる。目蓋の裏には月明かりを感じる。
明かりというのは、どんな闇の中にいようとどこからか差し込んでくるものなのだ。それに気づくかどうかは、きっと自分しだいなのだろう。
その明かりに、すっと影がさした。なにかに月明かりが遮られたのだ。なんだ、と思い目を開けた。
雲がかかったのかと思ったが違った。誰かが顔を覗き込んでいた。
「じいさん。どうやって出てきたんだ」
顔の主がわかり、俺は小さく息を吐いた。
老人は、欠けた歯を見せて、ほほほと笑った。去年とは違い、今年は確かに鎖をかけ直したはずだ。だから、初めから屋上に居なければ、じいさんが現れるはずがなかった。だが、屋上には誰も居なかった。隠れるような場所もないし、それほど広いところでもない。
「わたしには、鎖など意味がないのだ」
そういい、じいさんは俺の隣に腰を下ろした。
「どうやったんだ?」
俺は納得できずに、もう一度訊いた。しかしじいさんは、はぐらかすように首をゆらゆらと振った。
「まあ、年の功とでもいっておこう」
まあ、いいと俺は思った。じいさんがいても不思議と自分の居場所を侵されたという感覚はなかった。むしろどこかで、今年もじいさんが現れるのではないか、という気持ちがあったのかもしれない。
吐き出した紫煙が月光に溶け込むのを見つめた。
「孫は元気かい」
しばらくして、俺はいった。
「ああ、元気だ。今年大学受験でな、今夜も勉強しとるよ」
「そうか」と俺はいった。
じいさんの孫は、俺がときおり屋上に出入りしているのを何故か知っていた。そして孫から話を聞いたじいさんが知ることになり、去年の夏、俺がいる屋上に現れたのだ。
「つゆってどう書くか知ってるか」
突如、じいさんがいった。
「つゆ? つゆって梅の雨と書くんだろ」
「そうだ。なぜそんな字を書くと思う」
しばらく考え、「梅の実がなる時季に雨が降るから、かな」と俺はいった。
じいさんは、ほほほと笑い、首を振った。
「孫がいうには、どうやら違うらしい」
「じゃあ、なんなんだ」
「『うめ』と『あめ』の間には『いめ』という字が入る。そして『いめ』とは、『夢』という字の古形なんだそうだ」
「へえ〜」
「だからつゆの間に、夢を見るのはいい時季なのだといっておった」
「よくそんなことを思いつくものだな」
俺は素直に感心した。
「前にもいったろ、あの子は鋭い感受性を持っている」
俺は黙って煙草をくゆらした。夢を見る季節か、と俺は思った。
正直、どうやって夢を見ればいいのかなんてわからない。だがいつか夢を持つことが出来るかもしれない、と考えるのは悪いことじゃない。
夜空には欠けた月が浮かんでいる。
俺とじいさんは、いつまでもその月を眺めていた。
End
立ち止まり前に進めない人や、未来に対する不安がある人に、
何かしらのモノが届けばいいなぁ〜、と想いながら書いています。
他にも色々短編書いていますので、宜しかったら読んでみて下さい。