第7話 行き倒れ、抜け駆け、朝帰り
打ち負かした悪魔を伴って、私は少し移動した。まずは立たせ、その背に神器の切っ先を突きつけ、惨めな歩みを前に進ませる。
そうして、岸壁に挟まれたあの戦場から、集落へとほんの少し近づいた。岸壁近くにちょうどいい岩を認め、そこに腰かけつつ、携えたハルバードを向けて動きを制する。地面に腹ばいにさせ、両腕を頭の後ろで組ませるように。
もはや抵抗の意志すら見せない敵だけど、念のためだった。
牽制に刃を向け、こちらからは言葉をかけることなく。向こうからはなおさらに、かけられるような言葉なんてきっとなくて。
張り詰めたと言えなくもない緊張に、陰鬱な諦念が混ざり合う、なんともいえない静寂の時が流れていって……
何かしらの聴取が必要かとも思ったのだけど、私自身、内に抱える問題は自覚していて。
戦の熱が引いたいま、「やっちゃった」では済まされない僭越を反省しつつ、この先を考える時間が必要だった。
虜囚をひとり見張る中で気を張りつつ、ふと夜空を見上げてみる。
夜半をすでにたいぶ過ぎているけど、それでもお月さまはキレイだった。
地で何が起ころうとも、天は何もお変わりない。
私と聖教会の関係はすっかり変わってしまったけど、見上げた夜空には、どこか安心できる普遍の輝きがあった。
長い無言の時が流れ、やがて夜が白んできた頃、静寂を破る物音があった。
その物音について、どこの誰が立てたものかは察しがついたけど、そちらに目を向けるわけにはいかない。
血迷った敵が、最後の嫌がらせか抵抗にと、突然動き出さないとも限らないから。
幸か不幸か、物音の主はこちらへと静かに近づいてくれた。少しずつ、歩調を早めて。
これを諌めるべきかどうか迷ったけど、向けられた白刃の下、わずかに震えを増す虜囚の姿に、同情を覚えつつ「まあいいか」と思った。たぶん、最期の嫌がらせに命を賭けるような、そういう感じはない。
それに……ひとに対してどうこう言う前に、そもそも私こそ、諫言を向けられて然るべき愚者なのだし……
果たして、やってきたのはあの集落の方々だった。私たちを目にして、「い、いったい」と、とても戸惑っていらっしゃる。
それで……説明にはとても困った。皆様方のためとはいえ、ご厚意を無下にして、相談もせずに一人突っ走り、危険に首突っ込んだのだから。
私の過去について、どこからどこまで説明が求められるかもわからないし……
もっとも、いずれ必要な説明ではあったのだから、大勢を相手にする前の予行演習って考えると、むしろちょうど良かったのかもしれない。
私自身、若干の戸惑いを覚えながらも、状況説明を口にしていく。
まず、皆様方が恐れていた竜の正体がこの悪魔――影使いだっていうこと。
それと、私が、身分を隠してコソコソ戦った理由。
「――実を申しますと、故あって放逐された身でして。許しを得ることなく戦いの力を振るうことが容認されるかどうか、いまも迷うところはあります」
とはいっても、この「感覚」を皆様方にもご理解いただけるかというと、あまりそうは思えないけども。
やはりまだ、全ての困惑は解けはしなかったけど、ことのあらましについてはわかっていただけたように見える。困惑が落ち着くとともに、今度は私の無事を大いに祝い――
思い出したように、こちらへとやってこられた理由を教えてくださった。
「メリッサの家に泊まってるって話でしたけど、今朝、あの子が起こしに行っても返事がなくて」
行き倒れたばかりで、まだ具合が悪いのでは……と、失礼を承知で部屋を開けてみたところ、もぬけの殻で。
部屋にいないとなると、迷惑にならないようにと先を急いだか……あるいは、興味本位で、例の場所へ向かったか。
「夜明けまで待てば、どういうわけか竜がいなくなってるんで、こっちまで探しに来れたんです」
良かれと思ったこととはいえ、しっかりご心労かけてしまってる。さすがに恥ずかしく思って、私は深く頭を下げた。
「浅はかな思いつきでご心配おかけいたしまして、申し訳のしようも……」
「あ、ああ、いやそんなのは……」
謝ると、逆に戸惑っていらっしゃる。
とりあえずは集落に戻ろうということで、私は皆さんに先導していただきつつ、念のために少し距離を開けて続いた。
刃を向けられたまま、トボトボと歩く虜囚も、これがポーズでしかない恐れはある。
息をするように姿形を偽るような輩だから。
集落に戻ると……なんていうか、打ちのめされた。私が無事かどうかっていうのは、さっそく皆様方共通の関心事になってしまったようで――
後日、娯楽も何もない村だからと、フォローしていただけたのだけど。
不安が安堵と喜びへと変わるのを目の当たりにしても、突っ走ってしまった事実に、私はひとり反省した。
追い出されてひとりになるなり、こういうことをしでかしてしまうのも、私の中にある欠陥のひとつなのかも――
ともあれ、私の一存で皆様方の歓喜に水を差すわけにはいかなくて、私は反省を胸のうちに押し込めた。
なにしろ、漆黒の竜の脅威は、これで去ったと見ていいのだから。
でも、この場を借りて、手を付けなければならない大問題が、まだ残ってる。