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第24話 一夜明けて

 目が覚めた時、どういうわけか、私はきちんとした寝床に就いていた。

 そもそも、昨日はいつの間にか寝てしまったという感じで……よくよく思い返し、私はハッとした。眠気も困惑も一気に吹き飛んでいく。

 昨晩は、他のお客さんに誘われる形で酒場に入って、お酒を何杯かいただいて――

 たぶん、そのまま寝てしまった。それから、ご親切にもこうして寝床まで運んでいただいた。


 寝入るまでの状況が読めてくると、すぐに街の状況が気になってくる。

 ここに私が「(かくま)われている」って知られたなら、ものすごく迷惑になってしまうから。


 窓から外を覗くにも、相応のリスクを感じつつ、私は外に目と耳を向けてみた。

 昨晩の、私の周囲の騒動はどこ吹く風で、街は全体として静かなものだった。私を探しているらしきひとが走っている、というようなことはない。

 だからといって、ここで安穏としていられるわけではないのだけど。


 ひとまず状況確認ができたところで、私は店の方にお礼を言おうと動き出し……自分のカバンが視界に入った。

 何の気無しにカバンを開けてみると、中には投げられてキャッチした石がウンザリするほど入っている。

 昨日の出来事を思い出して、気持ちが暗くなる。


――私なんかをかばうために、結局は怪我を負われた、あの老紳士のお方。特に大事に至ってなければいいけど……


 不意に、手を合わせて祈る自分に気づいた。その資格(・・)があるものかと、自嘲的な気分になる。

 それから私は、せめて気分を切り替えて平静を装い、部屋の外に出た。


 どうも、宿屋を兼ねた酒場のようで、宿泊の中には「私」を知っていらっしゃる昨夜のお客さんらしき方も。

 微妙な笑みを浮かべて会釈され、私もまた、同じような顔で同じように返した。


 階下は見覚えのある酒場になっていた。昨日お会いした若女将さんもいらっしゃる。

「おっ、元気?」と気さくに声をかけてこられ、私は静かにうなずいた。


「おかげさまで……お部屋をお貸しくださったばかりか、さらには運んでいただいて、感謝のしようも」


「ああ、いいっていいって」


 と仰るも、なんだか困ったように苦笑いしていらっしゃる。受け答えが硬すぎるから、逆にやりづらいとのことだった。


「酔いは残ってない?」


「はい、大丈夫です」


「ならいいけど。昨日、酔っ払った感じはなかったけど、いきなり寝ちゃったから。疲れたところに酒が入って……ってとこ?」


 実際、おっしゃるとおりに疲れていたのは確かだと思う。

 というのも、この都市リダストーンに至る前夜、3人組に襲撃され、返り討ちにしたのはいいけど見張りで徹宵してる。

 それから街に入って、色々と街中を巡って――ああいうことになった。


 自然と昨日のことを思い返し、顔が曇るのが自分でもわかる。

 一方、若女将さんは一旦この場を離れていき、すぐにいくつかお料理を持ってこられた。


「とりあえず、食べて元気出しなよ。何するにしても、さ」


「……はい。ありがとうございます」


 この街で追われる立場になってしまったのだけど、こうして温かい食事を出していただけるのは、幸運としか言えない。このありがたみを噛み締め、私は深く頭を下げた。

 朝食を取り始めたところ、若女将さんが向かいに座られた。


「ティアマリーナだっけ? 私はシャロン」


 そう名乗られた後、さっそく本題を切り出してこられる。

「この後、どうするつもり?」って。


「最初に言っておくけど、お尋ね者を匿ったと知れたら……ま、店としてはマズイわけで」


「気づかれないように、すぐにでも出ていこうかと……」


「行くアテは?」


 問われてすぐに行き詰まり、私は口を閉ざした。

 すると、シャロンさんがどことなく優しい微笑を浮かべ、ため息をついた。


「昨日さ、みんなも言ってたことだけど、今回の『捕り物』はどうも胡散臭くて。あなたにも、追われるなりの理由はあるんだろうけど、追う側にも後ろめたいものはあるんだろうなって。だから、一方的に追い出すってのもね……」


 手配書に従って、お尋ね者を突き出すなんて、私だって当然の行いだと思うけど……

 シャロンさんは良心が(とが)めるとのこと。そんなシャロンさんに甘えて、迷惑はかけられない。

 だけど……このまま(・・・・)は良くないと思う。


 気づけば、食事の手が止まって無言で考え込む私に、シャロンさんが微笑みかけてくる。


「なにか考えてるなら、遠慮なく言いな?」


「いえ、しかし……」


「へぇ。ティアもお上(・・)の連中みたいに、私らに隠し事しようってワケ?」


 それを言われると弱い。次いで冗談交じりに、「酒で吐かせようかな」とまで仰るのだけど……

 私自身、ヤケになっている部分はあると思う。あるいは、酒の勢いを借りたかったのかも。

 驚くほど自然と、「いただけるならいただきます」と答えると、シャロンさんは真顔で何度か(まばた)きした後、「一杯だけね」と苦笑いなさった。


 そうして私に()がれたのは、昨日飲ませていただいたのとはまた違う、鮮やかな赤紫色のお酒だった。ふんわりと甘酸っぱい香りがする。

 お酒としてはだいぶ弱い方の、食前酒だそうで。軽く一口いただくと、「話す気になった?」と、イイ笑みで問いかけてこられた。

 いま、私が考えていることっていうのは、きっとシャロンさんもにわかには同意しづらいと思う。

 だけど、この街の方だから、聞いていただくことにも意味はある。

 そう思って私は、自分の考えを口にしていった。


 まず、今回の手配について。明らかに、民衆をけしかけることを志向していて、それは許されないことだと思う。

 それに、リダストーン行政単独ならいざしらず、連名で現地教会まで関わっている。

 このままでは、住民による私刑を行政と教会が公認した、そういう悪しき前例が残ってしまう。


 だから……手違いか何かということで撤回させて、責任者の首を切るなどして、これは間違い(・・・)だったと認めさせたい。

 行政と教会自身の手で、その襟を正させたい。


「……つまり、こういうやり口はダメだから、まずはやめさせるって?」


 シャロンさんの要約に、私は静かにうなずいた。言ってる自分自身、こんなの離れ業だと思うのだけど……

 それを成すための段取りはともかくとして、シャロンさんは、私の考え方自体は支持してくださった。


「理由さえあれば石を投げる住民がいて、上の連中がそれを認めて……そういう街にされちゃ、息苦しくてたまらないからね」


 そういう息苦しさの発端は私にあるわけだけど……

 ともあれ、現状をどうにかするため、「こうなったら」と、シャロンさんもお手を貸してくださることになった。


 理解を得られるかどうかも心配だったけど……

 余計なことに巻き込んでしまった罪悪感と同時に、異郷で手を差し出されたことについて、私は深い感謝の気持ちを覚えた。

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