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第2話 お邪魔してます、光と影

 あてどもなく歩き続けること数日、森の木々の合間でのたうつ道を進み続ける。

 あの戦いの日々でだって、ここまで疲れ切ったことは、確かなかった……と思う。

 それはきっと、食の心配はせずに済んでいたし、士気も十全に(みなぎ)っていたから。


 今は違う。動けているのも不思議な抜け殻がさまよい、果てるその日を無為に待つばかり。

 どうにか命を(つな)げればと、木の実や樹果を見つけて口にしてきたのだけど……

 やっぱり、ちょっと厳しいかな。


 だけど、私は聖女を志しておきながら、ついに相応しき力を賜ることはなかった。聖教会からも破門された。

 そんな私が、ただ自分が永らえるために、殺生をしていいものとは――

 世の人々にとって当たり前の営みだとしても、自分にもその資格があると信じるだけのものが、今の私にはなかった。


 やがて、意識が朦朧としてきて――

 気づけば地面に突っ伏して、当然感じるべき衝撃も痛みも、どこか曖昧な他人事のようで。現実よりも少し遅れて知覚するぐらいで。

 まともに働かない意識の中、「これで終わり」だって直感だけは、確かにあった。



 温かで柔らかな久々の感触。この甘さにまどろむ中、胸の奥からギリギリと締め上げてくるような空腹感に、私の意識が目覚めた。

 目を覚まし、木造りの天井に少し困惑しつつ、これまでの記憶を(つな)ぎ合わせていく。森の中の道を歩いていて、空腹で行き倒れて……

 親切な方に助けられたに違いない。


 少しすると、部屋へ若い女性が入ってきた。私を目にするなり「良かったぁ~」と口にして、バタバタと足音を立てて去っていく。

 ベッドから勢いよく起き出す力は、今の私にはなくって、お布団にくるまりながら恥じらいに顔を(うず)めるばかりだった。


 ややあって、先程の女性とともに、年配の方が部屋へとやってこられた。猫背で白髪、おそらく、こちらの名士の方だと思う。

 実際、そちらの方は集落の長老だと名乗られた。横では、付き添いの女性が小さな机に、コトリと皿を置いた。皿からは、ほのかに湯気立ち上り……

「お腹、空いていらっしゃるでしょう?」とにこやかに尋ねられ、私は強い恥じらいを覚えつつ、ご厚意に甘えることにした。


 どうも、このあたりのスープは、あまり多く実を入れないスタイルみたい。それでも、濁りのない澄んだスープは滋味深い味わいで、空腹のあまりに倒れたこの身に、じんわりと染み渡っていく。

 この一服が、「もうちょっと……」と、食欲を刺激してしまったみたいで。腹の虫に恥じらい、頬が熱くなる私が口を開く前に、若い女性が空の皿を手にして立ち去っていった。


 すると、長老殿が穏やかな口調で問いかけてこられた。「旅の方ですかな」って。

 どうしよう……事情と身分を隠して偽るのは、とても恥ずべきことのように思われるのだけど、こちらの方々にしてみれば、知ったところで不快に思われるだけかもしれない。

 そういう、「こちらの方々を思ってのこと」という考えも、今の私には都合のいい口実のように感じつつ、私は少しはぐらかすことを選んだ。


「故あって、属していたところから放逐されまして……今は放浪の身です」


「そ、それは……若い身空で大変ですな」


 おそらくは、思っておられたよりも重い私の返答に、長老殿が少したじろいでおられる。


「大したもてなしもできませんで……」


 と、どこか自嘲気味に言われたところ、あの女性が再び部屋へと戻ってこられた。手にした皿からは、また湯気が立ち上っていて……

 我ながら意地汚くも思うのだけど、すでによそわれた以上、進んで受け取るのが礼儀とも思う。ベッドに腰掛けたままで行儀悪くはあるのだけど、せめてもの礼の気持ちをと、頭を下げつつ両手を前に差し出した。


「ありがとうございます」


「……ふふっ、たいしたもんじゃないんだけど、どーぞっ!」


 明るい声の後、両手に優しく重みが移ってくる。手を伝わって、胸にまで温かさが染み渡る。

――だけど、お二方はどことなく、優しさの中にも陰あって。


「粗末なスープと思われたやもしれませんが、これにはワケがありましてな……」


「そ、粗末だなんて、そんな……」


 今までの――追放前の食事と比べても――このスープが貧しいだなんて、毛ほども思わなかった。ちゃんと、お肉も入っているし。

 戒律上の許しはあっても、実際には中々口にはできなくて。私には贅沢品だった。

 そのへんについて、私の背景が悟られないよう、私は慎重に言葉を選んでフォローした。どうにか、私が本当に感謝しているのは伝わった様子だけど……

 やっぱり、お二方のお顔には晴れないものがあって。このスープにまつわる「訳あり」の事情について、長老殿が「愚痴と思って、付き合ってくだされや」と、静かに語り始められた。


 こちらの集落は、ごく小さなもので、付近に大きな町は特になく、外部との往来は一月の間に数えるほど。農耕牧畜での生産物を交易に出し、変化は少なくも、安穏とした暮らしを営んでいた。

 そこへ大変化が訪れる。


 集落から少し離れた荒野に、漆黒の竜が住み着いた、と。

 その巨体と言ったら、この集落全体を優に超えるほどだとか。


 その竜は、下々がその地で生き続ける許しの対価に、供物として家畜の献上を求めた。

 この暴君を排除しようと、血気盛んな若者たちが挑みかかるも、まるで歯が立つものではなく。しっかりと痛めつけられた後、その威を語る伝令として返されるばかりだったとか。

 外部に助けを求めようにも、そうした急事に向けての連携はなく。そもそも、代価を差し出せるかどうか。

 集落として存続はできる。でも、先細りの未来が待ち構えているような焦燥感に襲われ、だからといって、先祖伝来の地を離れて生計を立てる、その見通しを立てられるわけでもなく――


 つまるところ、この集落は永らえられる程度に飼い殺されている。


「――というわけでしてな」


 ため息混じりのお話の後、私は空にした皿に視線を落とした。抑えようとしても、手がかすかに震えてしまう。

 貴重な食料をいただいてしまったのでは……

 あまりの申し訳無さに、その旨の謝罪を口にすると、お二方が顔を顔を見合わせ、笑われた。「そこまで(・・・・)食いっぱぐれてるわけじゃないですって~」と、あくまで明るく笑い飛ばす、若いお姉さん。


「まぁ……先方(・・)も、そのへんの勝手は承知なのでしょうな。もっとも、急場への備えや蓄えなど、そういった余裕まではお許しいただけませなんだが」


 つまり、平時であれば別段の問題はない。

 ただ、献上に加え、また何かの問題が起これば――


 そうした地で、私は厄介になっているんだ……

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