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第18話 蛇の道は蛇

 どうやら、3人が追ってきた標的は、なかなか旅慣れているようだ。テントを設営した後、森の入口辺りで小枝等を拾い集めて火を焚いた。

 この焚き火を目に、3人に緊張が走る。煙を目にして、「何事か」と様子を見に来る者がいても、おかしくはない。

 だが、それは杞憂であった。夕食と、それに付随してのちょっとしたひとときのための焚き火だったようで、火の後始末は意外にも早い。


 やがて、日が落ちてあたりが暗がりに包まれた頃。「行くか?」と小声で尋ねる仕事仲間に、どこか急かしてくるような響きを感じつつ、リーダーの男は苦笑いした。


「起こさないようにな」


 標的のテントまでは、まだまだ距離がある。

 しかし、油断はすることなく、物音を立てないように。3人は慎重に進んでいった。


 テントのすぐ近くまで到達しても、3人は用心深い。力押しでかかろうとはせず、念入りに準備を進めていく。

 リーダーの男は、手荷物から手で握れる程度の小包を取り出した。包みの中から現れたのは、草を固めて作った、「お香」のようなキューブである。

 そのキューブに対し、別に取り出した金属片2つをかざし、金属片同士をすり合わせる。ごく小さな音とともに、軽い火花が散り――

 火花が移った草のキューブから、かすかに白い煙が生じた。煙は登らず、逆に地へと垂れていく。


 火元から生じる煙は、少しずつ勢いを増していくが、煙で白く見えるのはキューブ付近のみ。火元から少し離れると、煙は色を失って空気に溶け込んでいった。

 そして、男たちは風上、テントは風下にある。


 最初だけは白く見える煙が、確かにテントの方へと流されているのを認め、男たちはそれぞれの荷物から、また別の小包を取り出した。封を開けて出てきた小さな飴玉を口に含み、息を潜める。

 あとは頃合いを見て動けばいい。


――そのはずだったのだが。


 突如、風を切る音。続くのは破裂音。

 気づけば、仲間の一人が倒れている。飛び散った液体が体に触れ、一瞬錯乱するも、それが血液とは違って冷たいことに、妙な安堵を覚えるリーダーだったが……

 落ち着く暇もなく、暗がりから別の攻撃が襲いかかってくる。水を含んだ袋が絶妙な狙いで、しかも恐るべき速度で迫り、打撃に遜色ない衝撃を与えてくる。

 瞬く間にもう一人が倒され、狼狽(ろうばい)する間も身構える時間もなく、彼自身も予想外の一撃を被弾。その場に倒れ伏す格好となった。


 互いにさほど視界が通らないはずだが……光源は確かにあった。

 火を焚いた香が。


 そして、煙を吸わないようにと、香からは若干離れていた。水袋の投擲によって、香が消えない程度には離れ、しかし、闇の中でぼんやりと浮かび上がる程度には近く。


 頭部を揺さぶられる強い衝撃、その余波が続く中、立ち上がることもままならない。

 そんな男たちに、草を踏む音が夜闇の向こうから、少しずつ近づいてくる。

 やがて「それ」は、3人のすぐ近くで立ち止まり……倒れ伏したまま背に受ける鞘鳴り音に、背筋が震え上がる。



 私を追っていたのは、この3人みたいだった。

 どういうつもりかは知らないけど……たぶん、追い剥ぎか何かでしょう。

 でも、気にかかるものもある。今でも、ごく小さな音と煙を立てる、あの「お香」が。


 背を向けて倒れ伏す3人へ、剣を構えたまま少しずつ歩みを寄せ、例のお香を拾い上げる。

 そして私は、男たちの間に、そのお香を置いた。噴き上がるような白い煙は、すぐに無色透明なものへと変わるのだけど……


「口の中、苦いのではありませんか?」


 尋ねてみると、男たちが微妙にではあるのだけど、体を震わせた。


 思った通りだった。


 このお香はいわゆる禁制品というか……しかるべき(・・・・・)部隊でしか運用が許されない。

 効能は、相手を睡魔に誘うというものだけど、煙がすぐに無味無臭になるおかげで、相手には気づかれもしない。煙は空気より重いようで、屋根裏に仕掛けると効果的とか聞いたことがある。

 ただ、仕掛ける自分たちも、「いつの間にか吸っていた」となりかねない。

 だから、その対策として、専用の飴玉を口に含む。その飴玉を口に含んでいれば、煙を吸ったときに強烈な苦味が生じて、煙の存在に気づかせてくれるから。


――そんな、特殊な物品を、こんな追い剥ぎが?


 そうそう出回るものとは思えない。

 よもや、こんな旅人一人を標的に使うだなんて。


 嫌な予感がする。


 こんな薬物を使われた驚きが私にはあったのだけど、向こうも向こうで、私がこんなもののことを知っているのが驚きだったようで。一発で、只者ではないと認識をあらためたらしい。

「抵抗しなければ、官憲に突き出します」と告げる私への返事は、襲いかかってきた側にしては随分と、恐れや緊張を伴う響きがあった。


「て、抵抗したら、どうなるってんだ?」


「街の外に遺体を置いていきます」


 これは脅しじゃない。

 だけど、そうはならない(・・・・・・・)だろうっていう、見透かしたような確信はある。


 そのつもり(・・・・・)がある私の言葉に、男たちが折れつつある。次第に荒くなる息、先駆けて「お、俺は(・・)助けてくれ」なんて言い出す者も。

 実のところ、こんな奴らでも殺したくはない。正式な裁きに委ねなければって思うし……

 それはそれとして、確かめたいこともあった。


「なぜ、私を襲ったのですか?」


 問いかけに、男たちの体が微妙に反応した。少し間を置いて、返事が来る。


「無用心な女だな。若い女が一人で歩いていて、安全だとでも……」


 あくまで、はぐらかそうという男の前へ、私は例のお香をつまみ上げて放り投げた。瞬間、むせこむ男に、私は言葉を投げかける。


「女を襲うため準備金で、女を買おうとか思わなかったんですか?」


 私は別に、そういう(・・・・)商売について知識はないのだけど……

 でも、こんな禁制品を調達するぐらいなら、そっちの方がずっと安くつくだろうとは思う。


 結局、こちらを(だま)そうという努力を諦めたようで、男が一人ため息をついた。

「見せたいものがある」と。警戒を続け、剣を向ける私の前で、その男が一枚の紙を取り出した。

 それに目を落とし――


 目の前が真っ暗になった。


 私の名前と顔で、手配書が作られている。

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