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第12話 あの手この手の影使い

 シェダレージア曰く、客を呼び込んだ口実というのは、私への仕返し。これを成したなら、この地の領主として認めるし、従僕になるとも言ってあるらしい。

 実際、私を倒したのならそうなるでしょうし、向こうは思惑通り、そのつもりで来ている様子だった。私の挑発に笑って応じつつ、ゆったりと腕を地に水平になるように上げていく。

 所作は優雅だけど、高まる戦闘の熱がそこにあった。


「お前が負けたら……殺すのはかわいそうだな。愛玩動物(ペット)として飼ってやるか」


「では、こちらもそのようにします」


「ハッ、あの哀れな()領主みたいにか?」


 ああ、そのあたりまではあたりをつけてきている、と。

 わかった上で、乗ってきている。

 相応に頭が回り、しかも自身の技量に自負があるであろう悪魔は、続けて言った。


「さて、お前を飼いならすに、果たして何本の紐を要するだろうな?」


 すると、彼の腕から地に落ちる影が、地面から浮き上がってきた。魔力を伴う影が実体化して紐状の物体、たぶん触手に。そして――

 漆黒の触手が地に影を落とし、またも、悪魔から魔力が供給されて、「使える影」が増えていく。

 触手が新たな触手を作り出し、より合わせていく。


「優男の割に、中々ご立派な趣味をしていらっしゃいますね」


「お気に召されなかったかな?」


「こういうのがないと、たかが小娘ひとりも満足に口説けないんですか?」


「せいぜい吠えろ。泣き声を聴くが楽しみになるからな!」


 言ってる間にも影の触手――というか、紐だか鞭だかが増え、それらが互いに結びついたり、影を自給自足したり。


 そして、最初の一撃が私へと襲い掛かってくる。

 口ぶりの割に、余り遊ぼうという気はないようで、私の影に潜めるかのような足払い。これに合わせて、首を刺し貫かんばかりに飛ぶ一突きには静かな殺意を感じる。

 まずは足払いを最小限のステップでまたいでかわし、首への一撃は体を反らし……

 飛んできた触手を(つか)み取る。


 視認性を減らして奇襲性を重視した結果の、この程度の細さということでしょうけど、それが裏目に出ることもある。

 握った影との間に火花が散って、触手は掴んだ部分でちぎれていく。撚り合わせる手間は省けるのでしょうけど、強度もそれなりだった。掴まれた方から先の部分が、黒い霧となって消失し、夜闇へと消えていく。

 一方で相手は、さほど驚きもしていない。私が聖職者ってのは知っているはずで、聖職者に影を掴まれたら、こうもなるでしょうから。

 ただ、反応の速さについては、「言うだけのことはあるな」と、お褒めの言葉をもらえたけど。


 一方で私は……少なからず、相手の術に対する関心の念があった。

 影使いといえばシェダレージアみたいな術師が一般的で、あらかじめ土地の影に魔力を浸透させ、領地化させるものだと考えていた。

 でも、実際には今回の敵みたいなタイプもいる。自ら殴り込んでいく際、その体から地に落ちる影に魔力を宿し……出来上がった実体からまた影を落とし、そうやって手数を増やしていく。

 これは合理的だった。だって、自分の体から地に落ちる影は、どこかで必ず自分の体と(つな)がっているはずだから。

 となれば、魔力を浸透させるのは容易で、体の一部にするのも効率的ということ。


 なおも増えていく触手が、私を捕縛しようと迫る。細いので私の注意と手を奪いつつ、時折、少し太目なものがやってくる。掴み取っても、即座にはちぎれない程度のものが。

 さすがに向こうも、言うだけのことはある。器用だし、戦いの流れってものを心得ている巧者だと思う。


 こうなるとちょっと、手が追い付かない。押し切られはしないけど、こちらから攻めに転ずる、その余裕がない。

 ふと思ったのは、裸足の方が良かったってこと。踏みつければそれだけで、触手を潰してちぎれるだろうし。

 ただ、裸足で待ち受けたなら怪しまれるだろうし、やっぱり無理かな。今から靴と靴下を脱ぐっていうのも――

 こういう品位の無い発想をしてしまうことのだから、やっぱり、私はなりそこねた(・・・・・・)元見習いでしかないのかな……


 不意に生じた自嘲の思いがある中でも、体と思考は動き続けた。

 拮抗状態だからこそ、私は迫りくる触手の数々を逃さず掴み取り、ちぎり取っていく。まずは数の利を相殺して……これだけの力を扱えて、使い道を知っている奴なら、きっと考える。

「時間は自分に利する」って。


 果たして、その時がやってきた。四方八方から迫る細い触手に紛れ、奥からやってきたのは、握って潰せるようなものじゃない太さの触手。

 私の腹を打とうと横薙ぎに来るそれに狙い定め、私は軽く飛び上がった。


 足の裏で一撃を受け止め、瞬間、足の底から脚へと登る衝撃とともに、私は宙へと吹き飛ばされた。

 大きく間合いを取る恰好になって、向こうからはしてやったり感のある、張り上げた声が追い打ちをかけてくる。


「安易に受け止めて良かったのか? こうしている間にも、わが()は増えていくぞ?」


 実際、それを狙ってのことだと思う。あの強打、受け止めきれずに倒れればそれでよし、私が距離を取ったり吹き飛ばされたりしたのなら、それもまたよし。

 仕切り直しになった状況、見る間に触手が増産されていって……

 このままだと、私の手が及はなくなるのは自明だった。


 ただ、私が「自分の手」にこだわっている限りは、だけど。


 できることなら、私がまいた種だし、この手だけで解決したかった。

 でも、まずは勝たなきゃ。

 この手でできることには限りがある。この戦いだってそう。だけど、この手に神器を握ったのなら……

 あの程度の触手、物の数じゃない。


 意を決し、私は聖句を高らかに(そら)んじた。


「我が声天に至らば、我が手に来たれ天の白刃! 無尽に連ねし紅き大河の最果てに、今!我らがこの無銘を刻まん!」


 そして今夜もまた私は、白光放つハルバードをこの手に握った。


 またも私物化してしまう罪悪感とともに、後ろ暗い高揚感が、私の中にある。

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