マヨ・ポテトの災難EX⑮
◆ ◆ ◆
第九技術研究所から一・五キロメートルほど離れた地点。
「こ、こいつ――」
刺突!
パイロットの言葉を遮るかのように、白いクロジのコックピットを青いビームソードが貫く。手にしているのはもう一機の白いクロジ。その周りには三機の白いクロジの残骸。
ユーリを倒した襲撃者達は、カリオを追跡し攻撃を仕掛けたものの、カリオの反撃を受けて全滅した。
敵の機体からビームソードを引き抜くと、カリオは研究所の方へ向き直る。アイカメラをズームさせ、コックピットのサブモニターに研究所の周囲の映像を映し出す。
(……! 軍用車両複数。非常時だから避難用……いや、町を攻撃しているのはアイツら……マズいな)
カリオは素早く跳躍して、研究所へ上空から接近する。空戦に特別優れた機体ではないクロジでも、この距離なら二十秒とかからない。
入り口前で着地する。すぐに片膝立ちになった機体の胸部コクピットから、カリオは飛び降り、周囲の様子を探る。
血の匂い。
カリオの胸の鼓動が早くなる。入口へ近づくと、射殺された研究所スタッフの死体がいくつも転がっていた。
カリオは腰にぶら下げている刀に手を添える。何者かがこの研究所を襲撃している。
(……ルース、頼む……どうか)
カリオは大きく一呼吸入れると、研究所の奥へと進み始めた。
◆ ◆ ◆
「タイムマシンだと……!?}
コレスは目を丸くして驚いたが、すぐに眉間に皴を寄せ、ルースを睨みつけた。
「くだらん脅しを。ああそうさ、信じないさ。ふざけたこと言っているとすぐに殺すぞ」
「そう、私はここで死ぬでしょうね」
ルースはコレスの脅しに屈さず、毅然として鋭い眼差しをコレスに向ける。駆動音は増し、激しい光が暗かった倉庫を照らす。
(なんでこんなこと言ってるんだろう私。別に死にたいわけじゃないんだけどな)
「ルース! この機械何ですか! なんで動いてるです! 開けるです!」
後ろからマヨの叫び声と、扉を激しく叩く音が聞こえる。
(……ああ、そっか。そうよね)
ルースは心を決める。目の前の銃口に背を向けて、窓越しにマヨと目を合わせる。
「ルース!」
「いい? マヨちゃん。これからあなたは知らない場所に突然飛ばされると思う。この前そこにあるソラマメで遊んだでしょう? まだ運転の仕方覚えてるよね。このロケットが止まったらそれで街を探して」
マヨの目に涙が浮かぶ。感じていた。ギリギリの状況。目の前の人の覚悟。これから何が起こるか。声を震わせながらマヨは必死でルースに呼びかける。
「……ルース、ルースも」
「私が入るスペースはない。無理して乗ると事故になるかもしれない。だからゴメンね。マヨちゃん一人で頑張って欲しいの。ホントにゴメン」
「嫌だ!」
マヨは叫ぶ。
「嫌だ! ずっと楽しかったのに! 前住んでた所と違って楽しかったのに! 前住んでた所は、お母さんいなかったから、でも今は……今はルースがいるのに!」
マヨの言葉にルースは思わず目を大きくして、息を吞む。口を手で覆い、涙を堪える。
「その機械を止めろルース・サテール! 本気だぞ!」
思わぬ状況にコレスは声を大きくしてルースを脅す。
「コレスさん! まだ撃ちませんか!」
「ダメだ! エシュルに何かあると……」
ギュオオオ!!
「……!! 何だアレは!」
コレス達は思わず後ろに一歩下がる。機械――タイムマシンの上に、渦を巻く大きな穴が現れたのだ。
時空の点と点を繋ぐ抜け道――ワームホール。
ロケットのような形のタイムマシンはそのワームホールに向かって、ゆっくりと上昇していく。
「ルース!!」
「マヨちゃ――」
パ ン
「……!」
乾いた銃声が響く。コレスの右手の拳銃の銃口からは硝煙が立ち上っている。
――焦りのあまりコレスの撃った弾丸が、ルースの背中を貫いていた。
上昇していくタイムマシンの中から、マヨは倒れるルースを見下ろす。
「う……うう……」
動かなくなったルースから、無情にもタイムマシンは上昇して離れていく。
「うあああああ!!」
ワームホールに吸い込まれるタイムマシンの中で、マヨは慟哭する。
「コレスさん!?」
事前に撃つなと指示されていたコレスの部下達は戸惑う。コレスは苛立ちで唇をわなわなと震わせている。
「クソッ、この女どうして……お前ら! タイムマシンをなんとかしろ!」
「そんなこと言われても!」
慌てて小銃を上に構える部下達。だがそれは遅かった。タイムマシンは完全にワームホールの中へ消え、そのワームホールもみるみるうちに小さくなり、閉じてしまった。
元の薄暗さに戻った倉庫の冷たい地面に横たわるルース。その目には倉庫の壁でも銃を持った襲撃者でもなく――カリオと一緒に住んでいる白壁の小さな家が見えていた。
マヨちゃん、逃げ切ったら、一緒に暮らそう。
カリオなら大丈夫。あれで結構優しい人だから。
ん……なんか、寒くなってきたな。
ああ、そっか。私死んじゃうのか。
嫌だよ、こんな寂しいの。
――……カリオ。
◆ ◆ ◆
「銃声……こっちか!」
発砲音を聞いたカリオは音のした方へ走っていく。
「……! おまえ……カリオ・ボーズ!」
角を曲がったところでカリオは思わず足を止める。小銃を持った集団と、ロングコートを着たコレス大佐と出くわしたのだ。
「コレス……」
その瞬間、カリオの頭の中では一つの確信が芽生えていた。思わず口から言葉となって出る。
「……おまえのせいか!」
ダダダダダ!
コレスの部下達は小銃を斉射する。カリオは抜刀し、数発を弾いて廊下の角に再び戻り、身を隠す。
「おまえがやったのかコレス!」
角からカリオが叫ぶのを聞いてコレスは舌打ちする。
「あのバカ女を迎えにでも来たかカリオ・ボーズ!」
「あの女? ……ルースのこと知ってんのかテメェ!」
「コレスさん! こちらへ早く!」
部下がコレスに、カリオのいる方向と反対側へ退くよう促す。他の部下達も銃を撃って牽制しながら退いていく。
「コレスさん、町の破壊に向かわせたビッグスーツ隊と連絡が取れません!」
「……! カリオ・ボーズの仕業か! 後詰めのビッグスーツ隊をこの研究所に向かわせろ! アイツをこの町から出すなと伝えろ!」
銃撃で身動きが取れないカリオのいる位置から、コレス達はどんどん離れていく。
「待てコレス! てめぇルースは……コレス!!」
銃声が聞こえなくなる。コレス達はカリオの視野から既に消えていた。
カリオは一瞬追おうとしたが、すぐにルースを探すことに意識を切り替える。先ほど銃声がしたのは下から、地下の階からだ。
(ルース……)
静かになった研究所内をカリオは駆けていく。雨音と自分の足音だけが響く中、カリオは薄暗い倉庫へと辿り着いた。
「……ルース」
血だまり。
倒れている長い黒髪の女性。
カリオはそこへ駆け寄り、抱き起こす。
光を失った瞳。
朝も夜も、ずっと傍にいた人の顔。
「ルース」
カリオは小さな声で女性の名前を呼ぶ。温度を失いつつあるその体は、少しも動かない。
カリオの目から涙がこぼれる。
「嘘だ……ルース、起きろ。ルース、ダメだ、こんな……」
今朝もいつもと変わらぬ明るい笑顔を振りまいていた、愛する人の変わり果てた姿。人形のように無機質な表情のまま動かぬ彼女の体を、カリオはぎゅっと抱きしめる。
「――うあああああ!!」
カリオの絶叫が倉庫に響く。
雨は強くなっていく。
町が痛みで泣いているかのように。
(マヨ・ポテトの災難EX⑯ へ続く)




