マヨ・ポテトの災難EX⑬
◆ ◆ ◆
第九技術研究所の一階、用具置き場となっている小さな一室で、ジローは両手を上げていた。その眼前で八人の兵士がライフルの銃口を彼に向けている。
「……やっぱ銃に撃たれて死にたくはねえな」
ジローの額にじわりと脂汗が滲む。
「では今から出す質問に答えてもらおうか。場合によっては撃たずに済むかもしれん」
兵士達の後ろから声を投げたのはコレスだ。一切の興奮はなく、冷たい視線をジローに向ける。
「まさか本当に大佐サマがクロだとはね。どんなブツを探してるんですか? 半永久機関? 寿命を延ばす薬? タイムマシン?」
「――子供だ。女子。おまえの部下の女が世話役だろう」
それを聞いたジローは驚きで目を大きく見開く。
「何考えてんだアンタ」
「それを教える必要はない。さて、その反応は行方を知っているな?」
「……お前達が来る前に建物を出た。この騒ぎの中しばらくは戻ってこないだろうよ」
ジローの返答を聞くと、コレスは目を細める。
◆ ◆ ◆
ガガガガガ!
町の南西、防壁の近く。
瓦礫に身を隠すカリオ達のいる方へ、襲撃者達のクロジが、盾を構えながらサブマシンガンを連射する!
「あいつら、問答無用かよ」
「……長期休暇はこのクソッたれどもの準備期間だったってワケか。詳しくはわからねえけど」
カンタローとカリオはそう話しながら、頭部の無くなったハヤトのクロジを見つめる。
「のんびり話してる場合じゃねえ、瓦礫の壁なんてもう持たねえぞ!」
ユーリの言う通り、ビッグスーツ用のサブマシンガンは、コンクリートの瓦礫を簡単に崩していく。
「時間がねえ、合図したら三方向に散るぞ。俺は北、ユーリは北東、カリオは北西。行けるか?」
「やるしかねえ、合図任せる」
「同じく」
カリオとユーリの返事を受けて、カンタローはすぅっと息を吸うと秒読みを始める。
「三、二、一!」
ボロボロと崩れ落ちていく瓦礫の壁の後ろで、三人のビッグスーツが身を低くして、膝を曲げる。
「ゴーゴーゴー!」
一斉に飛び出す三機のクロジ。それぞれが先ほど決めた方向へ向かった――かに思われたその時。
「……!!」
カリオとユーリは同時に気づく。北へ、と言っていたはずのカンタローは敵に向かって突っ込んで行く。
「何やってんだカンタロー!!」
ユーリの声が無線機から聞こえてくるのも構わず、カンタローはサブマシンガンを連射しながら敵の群れの中へ突っ込んで行く!
(バカ二人が……誰か囮にでもならねえとどうにもならねえだろ。いやなるのか? もう少し賢い奴ならこの状況、なんとかできるのか?)
ガガガガガ!
襲撃者達の放つ銃弾が、カンタローのクロジの装甲にいくつもの穴をあけていく。フィードバックで同じように穴があいていくカンタローの体。血の味と痛みに苦しむその最中で、カンタローは何故か笑みを浮かべていた。自分でも理由のわからぬまま。
(まあ今更そんなこと考えたって仕方ねえ。頼んだぜ。カリオ、ユーリ。へへ、流石におまえらに丸投げは、無茶、か――)
視界が霞み、血が流れていくと共に痛みが引いていく――消えていく感覚と同じように、カンタローの意識も遠のいていった。
……
…………
…………
――――
「――クソッ、ふざけたマネしやがって」
アイカメラの光が消えていく味方の機体を見下ろしながら、襲撃者の一人が毒づく。
カンタローの特攻は、襲撃者側のクロジを二機、戦闘不能に追い込んだ。穴だらけになり、仰向けに倒れたまま動かないカンタローの機体を、襲撃者の一人が苛立ちながら蹴る。
「まだこちらは八機残っている……とはいえさっきも言ったが油断はするな、こうなる。慎重に追い詰めろ」
ドォン!
襲撃者達の視線の先、町の中へまたロケット弾が着弾する。炎と煙が静かだった町を、削り取っていく。
◆ ◆ ◆
「ここに入ってて、じっとしててね。お願い」
「ルース、ジロー……ジローは」
「大丈夫。ただ怖い人達から逃げなきゃいけないから。ね、そこにいて」
灯りの少ない広い倉庫の中、金属の扉の中へマヨはルースに入れられる。
「およ!? ソラマメ!」
扉の中に入ったマヨは、その広くはない空間に入れられた作業ロボ、「ソラマメ」に気づく。マヨとソラマメ以外にこの空間に人は入れなさそうだ。
ルースは倉庫内のプレハブの事務所から、リュックを拾うと冷蔵庫にあった飲食物をあるだけ詰め込み、マヨの元へ戻り金属の扉の中、ソラマメのハッチを開け、コックピットへ入れた。
(操作方法……あった、この冊子。時間……座標……この近くは無理ね。となるとソラマメは移動に必要になるから降ろせない。私が一緒に乗るのは無理か――)
金属扉の横の操作パネルをルースは手早く指でタッチしていく。その時、ガチャンと別の金属製の扉が開く音がする。わざとらしく普段は立てないであろう足音を鳴らしながら、銃を構えた兵士達が倉庫の中を見回す。
「……!」
ルースの頬を汗が伝う。やがて兵士の一人がルースに気づき、周囲に知らせる。ルースに八人の兵士が銃口を向けたまま近づいていく。
「その女は撃つな。ルース・サテールだな?」
兵士達の後ろから冷酷な視線を向けながら、コレスがルースへと近づいてくる。マヨはその様子を、金属扉についた小窓から覗いていた。
「……コレス大佐ね。お会いできて光栄――と言いたいところだけど、どうして下っ端研究員の私の事を?」
「立場は問題ではない。役割が大事だ。その後ろにいるのがエシュルだな?」
コレスはルースの後ろの金属扉に視線を移す。中から覗いていたマヨは思わず身を屈めてしまう。
「物知りね、デリカシーないったらありゃしない。この子をどうするつもり?」
「先ほど殺したお前の上司も同じことを聞いて来たが……教える必要はない」
「……!! あなた、ジローさんを……!」
怒りに満ちた声とは裏腹に、手は汗が滲み、震える。自分も殺されるのだろうか――ルースの胸の鼓動が早くなる。
「ルース! 逃げるです! ルース!」
マヨがバンバンと中から扉を叩きながら叫ぶ。
「……五月蠅いガキだが、必要でね。私達と共に来てくれないかルース・サテール。ガキのお守り役と関連する資料・知識が欲しい」
「人の上司殺した上にこの子をガキ呼ばわりして無茶苦茶言うわね! ナンパ下手くそ過ぎて、ああ、もう、殺したい」
ルースは毒づきながらコレスを睨みつける。
「……あなたみたいな人からこの子を守るつもりだったのに。『マヨ・ポテト』って新しい名前で、超人でも奴隷でもなく、普通の女の子として生きていけるように」
「感情的になるなよ。エシュルの可能性と君の命を考えればこちらについてくるのが正解なのはわかるだろう?」
コレスは鼻で笑う。
「さあ、エシュルをその中から出してついてこい。そんなに私も待てないぞ」
……ルースはボトムスのポケットの中のリモコンに意識を向ける。
(マヨ・ポテトの災難EX⑭ へ続く)
 




