マヨ・ポテトの災難EX⑩
◆ ◆ ◆
「ねえ、マヨちゃん。その……もし、もしだよ? 引っ越すってなったらどんなとこがいい?」
「んー」
仕事の休憩中、ルースがマヨにそう聞くと、マヨは上を向いて顎に人差し指を当てながら考える。
「ルースと一緒ならどこでも……」
「ジローさんは?」
「ジローはイラネ」
「えぇ……」
ジローの扱いの酷さにルースは苦笑いする。
「えーと……じゃあさ、その、私のね、私の、恋人とも一緒に暮らすってなったら……どう? 私とその人と、マヨちゃんの三人で」
ガシャーン!
マヨは持っていたロボットの人形を床に落とし、口をあんぐり開けて驚く。
「結婚してたですか!?」
「え!? いやちがっ、結婚はまだなの! 一緒には住んでるんだけど」
「そこまでいっててなんで結婚しねえですか」
「待って流れ変わってる」
マヨに詰められルースがあたふたしていると、部屋のドアを誰かがノックする。開けるとジローの姿がそこにあった。
「ジロー! 焼きそばパン買ってこいです!」
「えぇ……俺は別に舎弟じゃ……それはさておきルース、エンブンさん見てないか?」
マヨに絡まれるジローが苦笑いしながらルースに聞く。
「火器技術部の? あの人よく出張に行くから、あまり見かけないとは聞きましたけど」
「こんな時に出張とかあるのか? 困ったな……この先ありそうな展開を予想して、各部署と打ち合わせていくつか段取りを用意しておきたいんだが……」
「通話繋がらないんです?」
ルースの問いに、マヨに足をポコポコ殴られながらジローは横に首を振る。
「仕方ない、他のメンバーと進めて後で共有するしかないな。知ってるか? ここ数日間、急に連絡が取れなくなった奴が沢山いるらしい」
「……? ん? この研究所でってことですか?」
「この研究所もそうだし、駐屯地の方でもらしい。昼に話してた例の大佐も繋がらないそうだ」
「えぇ?」とルースは思わず訝しげに声をあげる。
「行方不明ってコトですか? 大丈夫なんです? それ……」
「何が起きてんのかわからんのが不気味だ。ルースも仕事はほどほどでいいから気をつけてくれよ。……マヨちゃんのこともあるし、もしかするとホントに引っ越す羽目になるかもな」
「……結構気に入っているんですけどね、この町」
ジローがマヨの頭に手を伸ばすと、彼女が思いっきり手に噛みつく。痛がるジローを見て、ルースは苦笑いした。
◆ ◆ ◆
「おお、なんか暇そうな奴らがどんどん集まって来るなぁ」
「思ったより作業が多いから助かる」
成り行きでゴーヤの手伝いをすることになったカリオとカボチ。機体格納庫で彼らが作業していると、駐屯地の様子を見に来た他の兵士達が続々と集まり、少し格納庫は賑やかになっていた。
「おい、それは一人で持ち上げるな。腰がやられるぞ」
ゴーヤはすっかり仕事モードのスイッチが入り、あちこちに目を光らせてきびきびと指示を出す。
「なあ、ナイゾウさんも連絡つかないらしいぜ」
「ええ!? じゃあ俺が知ってる人だけでも四人音信不通じゃん!?」
「反乱軍のスパイが誘拐しているとか?」
「なんか機体少なくなってねえ?」
作業する兵士達の会話があちこちから聞こえてくる。どの会話も似たような内容。皆、カリオやカボチのように一部の上官や同僚と連絡がついていないようだ。
「みんな一緒かよ」
「不気味だなぁ、外出るんじゃなかった」
「おまえさえ来なかったら昼寝してたのにな」
ぼやくカリオをカボチが軽く拳で小突く。
「なあカリオ。おまえ反乱軍の下に入っても、軍人、続けるのか?」
唐突に真面目な表情で聞いてくるカボチの横顔を見て、カリオは荷造りで動かしていた手を止める。
「わかんねえな。元々剣の修行一筋で学はないし、あり得るかも」
「……やめとけよ。俺より《《よいこ》》のお前がやる仕事じゃねえって。一緒に住んでる彼女だっているのによ」
「そうかねえ」
「そうだよ。学がねえって言ったって、これから戦後の復興やらなんやらで、求人がどんどん増えるぞ。人の命令で誰かを殺すなんて仕事、お前にゃ似合わねえよ。俺でも次は違う仕事にしようかと思ってるのによ」
「……」
「命令で誰かを殺す仕事」か。カリオはその言葉を聞いて、孤児院にいた小さいころ、炊き出しに来てくれたり、沢山の玩具や本を車で届けに来てくれた軍人達のことを思い出していた。
「おっ、おーっ!?」
カリオ達の頭上から声が降って来る。上を見ると一人の兵士がビッグスーツのコックピットで、一部の機器を起動させているようだ。
「おい何勝手に起動させてんだ!」
「いーじゃん、どうせ後でこっちもいじくるんだろ? 今レーダーの調子見てたんだけどよ、町の外からなんか近づいてくるぜ。反乱軍じゃねえの?」
コックピットの兵士はゴーヤを軽くあしらった。
「え、もう来ちまったのか?」
「おいおい大丈夫かよ。こっち人が揃ってないのバレたら揉めそうじゃね?」
真似してビッグスーツによじ登りレーダーを確認する者、会話するもので格納庫内のざわつきが大きくなる。
「……どうなるんだこれ」
「敗戦処理なんて初めてだからわからねえな。そもそも内戦なんてのが初めてだったし。大人しくして相手の言う通りにするしかねえだろうな……流石に殺されはしないとは……思うけどよ……」
「そこで自信なさそうにするなよ!」
ゴーヤが拡声器を手にして大きな声で話す。
「一旦作業停止! 出したもの片付けろ! 俺と各リーダーとでもう一度上層部に連絡を取ってみる。念のため家に家族がいる奴は連絡を取っておけ」
◆ ◆ ◆
「……そう、こっちは何の連絡もなくて。うん、とにかく気をつけて。無茶なことしないでね……大好き、また家でね。じゃあ」
ルースは通話を終えて、携帯通信端末をポケットにしまった。
「おお! ダンナさんですか!」
「いや、マヨちゃん、その、まだ結婚は」
「何かあったのか?」
足にちょっかいをかけてくるマヨの頭を撫でながら、ルースは真面目な表情でジローの問いに答える。
「一緒に住んでる兵士のカレから連絡があって……今日、駐屯地に行ってみたらレーダーで町に近づいてくる影を確認したって」
「本当か?」
「研究所にはまだ反乱軍からの……通達とか? って来てないですよね?」
「ああ、こっちで急いで確認してみる。ルースは今日の仕事は一旦切り上げて、いつでも帰れるように準備――」
ドォン!
ジローの指示を遮るように、突然爆音が響き渡る。
「爆発音!?」
ルースは思わずマヨの体を引き寄せた。
(マヨ・ポテトの災難E⑪ へ続く)




