マヨ・ポテトの災難EX⑥
◇ ◇ ◇
――未だ日は昇らず、二つの月が荒野を照らす。
カリオ、ニッケル、リンコ、そして大勢のレトリバーのクルーが医務室の外の廊下で力なくへたり込んでいた。
――レトリバー中破。そのクルー、四人が死亡。マロンナ・モンブラを含む九人が重傷で予断を許さない状態。軽傷者多数。
すぐに行動を起こさなければならない。攫われたマヨ、治療が必要なクルー。だがいつも派手な騒動になるほどきびきび動く、陽気な連中も今回ばかりは完全に打ちのめされ、俯いていた。
「……」
カリオは立ち上がって医務室に入り、マロンナの横たわるベッドの横でしゃがむ。自分の顔と同じ高さにあるカリオの顔に向かって、マロンナはか細い声で話す。
「ごめん、私、あんな雑魚に……ドジっちゃって、油断して……もう一人、いたのに、気づかなくて、わき腹に、食らっちゃって……マヨちゃんが」
「必ず助け出す」
カリオは小さく、しかし力強く答えた。
「おばさんも助ける」
「少しばかり、気力は残ってたか」
後ろからした声にカリオが振り向くと、艦長のカソックが立っていた。その腕には血の付いた包帯が巻かれている。
「キクチシティが近くの街に救援を要請してくれた。何隻か医療船を派遣してくれる。いくつかの病院も必要であれば、入院を受け付けてくれるそうだ。船が来るまで二時間ほど……ヤム、怪我人はそれまで持ちそうか?」
「ああ」
カソックに対して船医のヤムは即答した。
「……ニッケル、リンコは動けるか?」
廊下に向かってカソックが声を投げると、二人は顔を上げた。
「やれるぜ」
「やれるよ」
カソックは二人の声を聞き、再びカリオの顔を見ると、話し始めた。
「――仕事の依頼が来ている。内容は『拉致されたマヨ・ポテトの救出』と『その実行犯である〝ドーンブレイカー〟首領、コレス・T・アクダマの討伐』、報酬は二十億テリ」
「……!!」
三人は目を見開いて驚く。カソックは続ける。
「依頼人はカミヤシティ市長、トロン・ボーン。救援の地上艦に乗ってこちらまで来るそうだ。より詳しい話はその時だとさ――俺も正直このタイミングでこの依頼は戸惑っている。だが……無視はできない」
「……だな」
カソックの話を聞いたニッケルが顎を触って考える。
「……依頼を出すまでの動きが早すぎる。コレスとかいう奴に関して何か知っているな」
「……マヨについても何か知ってるんじゃない? 喋ってもらおっか、無理やりにでも」
いつになく目をぎらつかせながらリンコが拳を合わせる。
「カリオ」
少し心配そうな表情で、マロンナはカリオの名前を呼ぶ。
「……らしくねえよ、そんな不安そうな顔は。マヨの事は俺らがなんとかする。だからおばさんは一刻も早く怪我治してくれ。副料理長のブナの料理は、調味料かけ過ぎで健康に悪い味がするからよ」
カリオが真顔で冗談を言うのを聞いて、マロンナは弱々しく笑みを作る。
「カリオ」
今度はニッケルがカリオに声をかける。
「……大丈夫か? 今、一番辛えのはおまえのはずだ」
リンコも心配そうな視線をカリオに向ける。カリオは表情を変えないまま答えた。
「……大丈夫さ、それに一番なんてこたぁねえ。みんなも辛いのにウジウジしてもいられねえし、依頼人が到着したら大仕事だ。俺なりに気合は入れるよ。」
――少し無理をして答えた。正直参っていた。二年前、俺から大事なモノを奪って言った畜生が今、また俺から奪っていった。
ガキの頃から修行して、必死でモノにした剣術で、斬っても斬ってもアイツは平然としてて、俺を笑っていた。
なあ、何でこんなことになったんだ? マヨも、ルースも何も悪いことしちゃいない。痛い目を見るのは人殺しの傭兵の俺でいいじゃねえか。
どこか間違えたのか? どうすればよかったんだ?
――どうすればマヨは攫われずに済んだ?
――どうすればルースは死なずに済んだ?
頭と胸の奥でリフレインする問いに誰も答えてはくれない。
前を塞ぐ暗闇を斬り裂いて進むしかない。
◆ ◆ ◆
(マヨ・ポテトの災難EX⑦ へ続く)




