ファスト・フィスト・ビースト④
◇ ◇ ◇
「この辺りか。ほんまにピンポイントで場所決めて襲っとるんやなあ」
地上艦「シバ」の甲板の上でビッグスーツに乗ったショウとナスビは、事件発生地点に到着し、辺りを確認する。ショウが乗る青い機体「オールリ」と、ナスビが乗る橙色のハットリシティの新型機「ヤマガラ」の頭部センサーマスクに、青い空が映り込む。
「これだけ残骸が転がっていますと流石にわかりやすいですわね」
シバの隣、地上艦「マルチーズ」甲板上で、レイラの乗った「アカトビ」のバイザーの奥で、光が点滅する。彼女の言う通り、回収する間もなく放置されたままの、襲撃を受けた地上艦やビッグスーツの残骸が辺り一面に散らばっていた。
「どうしよか。思ったより隠れられる場所はありそうやから、ビッグスーツに乗ったまま潜伏し――」
「待ってショウ、何か動いたで」
ナスビは上空を見ていた。一見して雲だけがある青い空だが、よく見るとその雲が一瞬、ぐにゃりと歪む。
ショウとレイラもそれに気づく。青い空と雲の濃淡が不自然に波打つ。
「光学迷彩……例の円盤かいな!」
「……いえ、これは……より大きくてよ」
空の歪みから無機質な金属が徐々に抜け出てくる。中型の地上艦クラスの大きさの四角い塊が、宙に姿を現した。
「爺や、速やかに艦を後退させて」
レイラはそう言ってすぐに甲板から地上に降り立ち、実体剣「ショパン」を鞘から抜く。間を置かずショウとナスビも艦を後退させ、戦闘態勢に入る。
「こんな都合のいいタイミングで標的に出会うことはないと思ってんねんけど」
「でもアノ浮いてる見るからに変なん、他に考えられへんしな」
巨大な直方体の底部が開き、中から人型の機体が姿を現す。一対の大きな球体が左右に付いた頭部は金魚の一種、デメキンを思わせる独特な風貌をしている。
「おお、三匹だけとは……今日は感じが違うのお。先のヒヨッコどもとは違う隠し玉ってところか」
やや細身の煤竹色のその機体に乗るのは、髪の大半が白髪になった初老の男。その年齢を感じさせない鍛えられた肉体は、彼が百戦錬磨の戦闘者であることを物語っている。
「おまえで合ってるよな? この辺で騒ぎ起こしてんのは」
ショウはヒート忍刀を抜いて問う。空中からゆっくり下降してくる煤竹色の機体が着地すると、初老のパイロットはふん、と鼻を鳴らした。
「ピリピリしとるな。雑魚の何十人と死んだところで何もあるまいて」
「何者や」
問いを続けるショウのオールリを見て、初老のパイロットは目を細める。
「まあどうせワシに三分後に殺される奴等じゃ。なんぼ教えたっても問題ないじゃろう。ワシの名はニヌギル、この機体はサタデ……」
煤竹色の機体、サタデが両手を突き出す。その手には一対の大型ビームサブマシンガンが握られている。
「――〝イニスアの囚人〟じゃ」
バババババ!
ニヌギルのビームサブマシンガンが橙色の光弾を連続で放つ! ショウ・ナスビ・レイラの三人は散開して回避する。
ドン!
レイラは大地を強く蹴る。アカトビの右足が地面にめり込み、ヒビが走ったその刹那、ニヌギルの懐にレイラが飛び込む。そのまま実体剣をサタデの腰を目掛けて振る――どのような技巧か、横薙ぎに合わせて、同じ角度の七つの小さな斬撃が連続して出現する!
ロマン流剣技、ロンド・エイト・S!
……手応えはない。ニヌギルはバックステップし、紙一重でレイラの八つの斬撃を避けた。紙一重、ならばギリギリの行動か。否、ニヌギルは余裕を持って、この一瞬の攻防を楽しんですらいる。
「んむ、速く、そして綺麗じゃ。誠、よく鍛え上げられた戦士よ」
ニヌギルの左右でショウとナスビが飛び上がる。二人が両手で印を結ぶと、赤く輝く火の玉が空中に出現する!
「食らい!」
「さらせ!」
火の玉が左右から、地上のニヌギルを挟むようにして突撃する! 火遁・火の玉の術【双星】!
ボボボン!
(当たったか? いや……!)
ショウとナスビは空中に視線を移す。ニヌギルは寸前で上空に飛び上がり、火遁を回避していた。二人と同じ高度まで上昇したニヌギルは、両手のサブマシンガンそれぞれ一丁ずつ、ショウとナスビに向ける。
バババババ!
二人は横に飛行してこれを回避した。
空中に三機、それらをレイラが見上げる形で、全員の動きが止まり、睨みあいになる。
(〝イニスア〟って言うたなコイツ……それって……)
ナスビはニヌギルの発した単語について考える。思い当たるモノが一つ頭の中に浮かんでいた。一方でレイラは、今の攻防に違和感を覚えていた。
(……妙ですわ。確かに強いことは強いですが、スズカ連合の要人があれほど危機感を抱き、都市の諜報員が所属する区域を飛び出して調査するほどでは……)
ピピッ
「……! レーダーに反応? 数多いな、何や?」
オールリのレーダーが反応し、ショウがそちらに視線を移す。数機のビッグスーツと、十機近い作業ロボの集団が近づいてくる。
「……スカベンジャー(スクラップを漁って生計を立てる人々)連中か! ここらの残骸狙って……マズいで、ショウ!」
ハナビはすぐにクナイを六本、ニヌギルに向けて投擲する。だが、焦りの中で放たれた攻撃を、ニヌギルはふわりと空中を移動して難なく躱す。
(クソッ、意識を逸らすこともできへん!)
ニヌギルは近づいてくるスカベンジャー達を見やる。
「ふーむ、戦士でもない雑魚どもか。どうとでもできるがチョロチョロされると目障り――」
ブォン!
突然の風切り音。寸前で身構えたニヌギルのサタデの左前腕に、一筋の傷が入る。
レイラが一瞬で空中のニヌギルに急接近し、斬撃を放っていた。
「随分と簡単に殺すことをお決めになるのね」
「……ゴミ拾い連中じゃろう? どうでもよかろう」
「彼らが救うべき者か斃すべき敵かは、ここから判断できなくてよ」
「ハッ、他人の生かすか殺すかに口を出すか。傲慢じゃの」
「そうですわね。あなたのようなゲス爺から人を守るためには、多少傲慢でなくては。そうでしょう?」
レイラはニヌギルの真正面で剣を構える。ショウとナスビもクナイを構えて、ニヌギルを空中で包囲する。
「……あんなののために体張るとはのう。まあ残念ながら――無駄じゃがの」
ガコン!
ニヌギルのサタデを運んできた直方体の底面がまた開く。今度は別の位置にある二箇所のハッチだ。ショウ達三人は思わずそちらの方を向く。
「な、何や、アレ……」
ナスビは目を丸くして驚く。ショウとレイラも同様だ。ハッチから出てきたのはビッグスーツよりも巨大な、二つの金属の塊。
「……! 来ますわ!」
二つの金属の塊は突然猛スピードで三人に向かって突進してくる! 慌てて三人が空中で回避行動を取る。
巨大な塊がすぐ近くを掠めていき、ショウの肌をチリチリとした感覚が襲う。塊は三人に躱されるとぐるりと旋回し、ニヌギルのサタデの左右にそれぞれ並ぶように浮遊し始めた。
「あれって……拳か?」
ショウがそう呟いた通りであった。塊の正体は人の手の形をした巨大な飛行兵器。二つの拳は五本の指を開いて、関節をほぐすように指をゴキゴキと動かしてから、グッと握りなおした。
「さて、止められるかの。ワシの拳は見た目通りの猛獣じゃぞ」
浮遊する巨大な拳の間で、ニヌギルはニカッと邪悪に笑った。
(ファスト・フィスト・ビースト⑤へ続く)




