ファスト・フィスト・ビースト①
ハットリシティ某所。諜報機関NIS(Ninja Intelligence Service)オフィス。
「ありえへんやろ。ありえへんて」
黒髪のポニーテール、テーラードジャケットに細身のパンツという装いの女性が、見るからに不機嫌そうな仏頂面でエレベーターに乗っていた。彼女――ナスビ・O・ベルジーヌはNISのエージェント、つまり忍者である。
実際、彼女の機嫌は相当悪かった。
二週間ほど前に、NISは奇妙な情報を得た。
テエリク大陸の複数の地点で、所属不明の人型兵器による襲撃が発生したとの情報である。それだけであれば、毎日多数の組織が新型の兵器を実験・試運転しているようなこの大陸では珍しくもないことだが、被害の大きさと残された映像・画像データ、及び現地で確認された痕跡・物質の異常さから、NISは本格的に調査することを決定した。
ナスビはその余波で、結構ハードな別の仕事を押し付けられ進めていたのだが、その仕事に前述の所属不明機の件との関連性が出てきたため、一旦小規模なミーティングを行うことになった。
「ありえへんやろ。なんで『デカい仕事があるねん!』って言われて押し付けられた別の仕事がそのデカい仕事と合体するねん。そうはならんやろ」
到着チャイムが鳴り、エレベーターのドアが開く。
ナスビはそこから出るとすぐに、ダボダボのボトムスにノースリーブの忍者装束風の服を着た、ツンツンのショートレイヤーの男を見つけてツカツカと歩み寄り――股間を思いっきり蹴り上げた。
「ありえへんやろ!」
「アーッ!」
男――ショウ・G・ジャンジャンブルは蹴られた箇所を押さえて床に倒れ、悶絶した。
「ア、アホか! オフィスでそんな攻撃してくる奴がおるか!」
「おる! ウチや! ふざけさらすなよ! アンタがヤバい案件抱えることになったっていうからしゃーなしで引き受けたったのに、なんで結局追加でアンタの仕事に巻き込まれることになっとんねん!」
「なんの話や!」
「所属不明機の件や!」
周囲のスタッフの視線を気にしながら、ショウはなんとか立ち上がって、トントンと何回かジャンプしながら、ナスビの方へ向き直った。
「ん? おまえ巻き込まれるんか? なんでや? ナスビに頼んだ仕事って……」
「忘れたんかいな、もっぺん蹴り入れたろか? ――三億の賞金首、ユデン・イオールの動向調査や」
テエリク大陸で最高クラスの賞金が懸けられているお尋ね者、ユデン・イオールとその一味は、ツツミシティの事件の被害を考えれば、街の存亡にかかわる脅威である。ハットリシティはすぐにNISによる動向調査・監視を開始した。
その担当にはショウも含まれていたが、所属不明機の件を調査するにあたり、ナスビに任務を引き継ぐこととなった、のだが。
「今からお頭のとこ行くし、アンタも来て。メッセージ送ったやろ?」
「ああ、あったな。ってか、お頭のとこ来いとしか書いてあらへんやったやんけ。もうちょい詳しく書けや、そもそもなんで蹴られなあかんねん」
「やかましい、ちょっとややこしいねん。ちゃんと話すから来て」
理不尽すぎるナスビにふくれっ面のショウはついて行く。
ドアをノックしてナスビが部屋に入ると、NISを束ねる頭領――タケノ・K・バンブウは、「来ましたね」とこれから話し合う内容を把握している様子で迎え入れた。
「ショウ君はクロキシティの一件についてはまだ知りませんよね?」
ショウとナスビはタケノの斜め向かいの席につく。
「ああ、そっちはまだ後回しにしてて同じような円盤と所属不明機が確認されたってことぐらい……」
「その時の戦闘に、ユデン・イオールの一味が関わっていたようでして」
ショウはそれを聞いてナスビの方を見る。
「……それでか。いやタマ蹴ることはないやん」
「タマ?」
「なんでもないです。ウチが説明します」
ナスビが慌ててテーブルの立体映像プロジェクターを起動する。まず映し出されたのはユデン・イオールと他三人の顔写真とビッグスーツの情報、続いて地上艦「レトリバー」のカリオ・ボーズ達三人の傭兵の顔写真。
「これ、ワイとこの前一緒に仕事した兄ちゃん達ちゃうんか?」
ショウはカリオの写真を指さす。
「やっぱそうなんか。お頭から少し聞いていたけど」
続けて賞金首、フロガー・タマジャクの手配書と地図が表示される。
「んじゃ、順を追って説明やな。まずクロキシティと周辺の都市が賞金首、フロガー・タマジャクの討伐を傭兵業を請け負っているレトリバーに依頼。クロキシティから離れたこの地点で、クロキシティの治安部隊とレトリバーの傭兵がフロガーと交戦開始」
地図に表示されるアイコンを追いかけながら、ショウとタケノは話に耳を傾ける。
「その戦闘中にユデン・イオール達が乱入。レトリバーからの情報によると、彼らの目的はフロガーのビッグスーツの奪取。ここから三つ巴の乱戦状態に突入したとのこと」
「……この時点で十分ややこしい気がするねんけど、まさか」
「そのまさかや」
荒い二次元画像が表示される。円盤と赤い人型の機体の写真だ。
「その状況でさらに、赤い所属不明機が乱入。まずフロガーを撃破・殺害後、治安部隊・レトリバーの傭兵・ユデン一味の《《全てに対して》》攻撃を開始」
ショウは額に手を当てながら話を聞き続ける。
「所属不明機に対して不利な状況に陥った、レトリバーとユデンのチームは一時的に共闘を開始。辛くも撃退に成功したものの、互いに重傷者が発生したため、その場での戦闘をとりやめて、両者戦線離脱……」
一通り話し終えたナスビは大きくため息をついた。
「いや、なんか、ゴメン。全然うまく説明でけへんわ」
「……まあ確かに、ホンマにややこしい話みたいやなぁ。ちょっと確認してええかナスビ」
ショウは立体映像を眺めながらナスビに聞いた。
「レトリバーの傭兵さん達の実力は、共闘したことがあるしある程度わかるつもりや。フロガーは一億の賞金首やろ? そんなに実力差はないっつーか……むしろフロガーより上でもおかしないと思っとる。加えてユデンの方も、今耳に入っている情報だけで判断しても、三億の懸賞金がかかることに疑いの余地はない奴等やと思っとる」
ナスビはショウが何を聞きたがっているのかすぐに理解して、黙って話し終わるのを待つ。
「……今の話やと、その所属不明機は『単機』で『一億の賞金首を殺害』した後、『腕利きの傭兵三人と億単位の賞金首四人、加えて治安部隊複数人』と戦闘し、『優勢を保ったまま、何人か重傷に追い込んだ』上で撤退しとるんか?」
この男がこの話を信じられないと思うのは十分に理解できる。ナスビは真面目な顔でショウの目を見て答えた。
「そう聞いとる。そして一つ付け加えると――その所属不明機は『無傷』で撤退しとるらしい」
ショウとタケノはたまらず天井を仰ぎ見た。
「流石に話盛っとるやろーて」
「正直私もそう思いたいですね、その可能性も含めて調査することにしましょう」
タケノは体を起こして姿勢を正す。
「今説明して頂いた赤い機体、ショウ君は頭に入れておいてください。今の話で分かる通り、調査の優先度は高いです」
「わかった。今やってるのは早いとこキリつけて、クロキシティとマキノシティ周辺から赤い機体について調べることにするわ。必要なデータはナスビに送ってもらう。……ってか、関連性出てきたからってナスビは慌てすぎやろ。ヤバいのは間違いないけど、今回のユデンと所属不明機の接触はたまたまやねんろ? 別に今すぐお前の仕事がドカッと増える話でもなかったやないか」
「ぐぬぬ……」
ナスビがムッとした表情でショウを睨む。
「さて、赤い機体についての共有は一旦ここまでですね」
タケノがそう口にすると、ショウとナスビの二人は彼の方を見た。
「アレ? ウチの報告の他にもなんか話あるんですか?」
「ええ、赤い機体の調査に入る前に一旦二人に頼みたいことがあります」
ショウとナスビはお互いの顔を見合わせる。タケノはそのまま続けた。
「二人には、スズカ連合――アオキシティへ向かって頂きたいのです」
(ファスト・フィスト・ビースト②へ続く)




