魔人血戦⑧
◇ ◇ ◇
地上艦「レトリバー」の一室。マヨ・ポテトの部屋。
こじんまりとしていて、玩具や本で少し散らかった部屋で、マヨは椅子に乗って舷窓から外を眺めていた。
カリオ達は仕事で出ている。ここからその様子は見えない。
映るのは赤土の荒野と赤い空。誰も見えない。
――誰も見えないのに誰かがすぐそこにいるような気がするのは何故だろう。
少女は、しばらくの間、赤く染まる外を眺めていた。
◇ ◇ ◇
赤い機体の真上に停止した円盤の、底にあるハッチが左右にスライドして開く。
「さて、どうしたものか」
コックピットのスピーカーから聞こえてくる女性の独り言。皆がすぐに赤い機体のパイロットの声であることに気づいた。先ほどまでの凄まじい戦闘が嘘のように、そこにいる全員が立ち止まり、辺りは静まり返っていた。
不意に赤い機体の手が動く。周囲に少し緊張が走ったが、手のひらを上に向けただけのその動作に、殺意がないことはすぐにわかった。
その手のひらから立体映像が映し出される。銀色に輝く長い髪に、鮮やかな赤い瞳、黒いシンプルなデザインの装束に身を包んだ、大人びた雰囲気の、美しい女性の映像。
「名前と容姿は覚えておいてもらった方がいいかもしれんな。些細なことでも情報は多いほど、再戦できる機会も増えよう」
「……何のつもりなんだ」
ニッケルが口を開いた。女性の立体映像がそちらへ向く。
「同じことが聞きたい。何故俺達と戦った? 俺達を殺すつもりではないのか」
チネツが後に続いて女性に問う。
「……訳あって、〝外に出る〟のが〝本当に久しぶり〟でね。今、外がどうなっているのか気になって散歩していた、といったところだ。そう、別に君達が死のうが生き残ろうがどっちでもよかった」
女性のその言葉に、タヨコは青筋を立てて怒りを露にする。
「ワケわかんないんスけど? あれだけあーし達に喧嘩売っておいて、たかが散歩だってのかテメエ……」
「それだけ私の事を嫌ってくれたなら、通りすがりに君たちを襲った甲斐があったというものだ。次に会うときまでに、より強くなってくれそうだからな」
女性の映像が、恨めしそうに上空の円盤を見上げる。
「……ちょっとした〝門限〟があってね、すまないが帰らなければならない。もし運よく再会できるようなことがあれば、その時にまた殺し合おう」
(一体何を言ってやがるんだコイツ……本当に何のつもりなんだよ……)
フリクはたまらず舌打ちする。女性の映像は倒れているカリオとユデンに視線を向ける。
「そこで倒れている二人にも伝えておいてくれ。彼らは私が〝起きてから〟出会った中では、一番いい戦いをしてくれた二人だ」
赤い機体が真上に浮かび上がる。治安部隊が一瞬、ざわつく。
「私の名はイルタ。この機体はフライデ。望むのは至高の戦い。その先の死」
赤い機体――フライデはゆっくりと円盤に吸い込まれるように上昇していく。
「一つ伝えておこう。〝私達〟の束ね役が少々厄介な性格でね。〝君達〟に残された時間は多くはないと思う。私以外の〝同族〟が遠くないうちに、君達に立ちはだかるはず。私と再び殺し合うまで、殺されないように気を付けてくれ」
上昇するフライデの手のひらの上で、イルタの映像が眼下のビッグスーツ乗り達を見下ろす。
「――また会おう〝新時代の人々〟」
フライデが円盤の内部に入るとそのハッチが閉じる。円盤はそのまま独特の駆動音を響かせ、猛スピードでその場から飛び去って行った。
その場に残された者達は、言葉を発せず、しばらく動かずにいた。
ニッケルはため息をつくと、カリオの乗ったクロジのそばへ歩み寄る。光の刃を閉じたビームソード「青月」を拾い、クロジを担ぐと、チネツの方を見る。
「なあ、チェーンソーの兄ちゃ――」
「今日はもう止めておこう」
聞くより早くチネツがそう答えるのを聞いて、ニッケルは安堵する。チネツはニッケルと同じようにユデンを担いで刀を拾うと、ニッケルを一瞥し、彼らの艦・スキッパーキへ向かって、ホバー走行で去っていく。タヨコとフリクも、ニッケルとその向こう側、リンコや治安部隊を一瞬睨むと、スキッパーキへ戻っていった。
リンコはクロジを担いだニッケルに近づく。
「カリオ! 大丈夫なの?」
「すぐに手当てが必要だ。畜生、何なんだよ、何なんだよホントに今日は。もう頭が回らねえぜ。ブリッジ、聞こえるか? 今から――」
夕陽がもう少しで完全に沈みそうだ。赤から勝色に変わりゆく空に、小さな星々が瞬き始めていた。
◇ ◇ ◇
ハットリシティ某所。諜報機関NIS(Ninja Intelligence Service)オフィス。
「……にわかには信じ難いですね。正直オカルトマニアの妄想であって欲しい」
ハットリシティの諜報員――忍者達を束ねる頭領、タケノ・K・バンブウは、デスクで口元に手をやりながら、見終わったある映像を最初から見直し始める。
空を飛ぶ円盤の底から出てくる人型の兵器。蹂躙される傭兵のビッグスーツ部隊。四隻の地上艦と十機近いビッグスーツを撃破した人型の兵器は、円盤に格納されると、空に消えていく。別の街の諜報組織から提供された、撃破された傭兵のビッグスーツに記録されていた映像だ。
(我々のオールリよりよっぽど摩訶不思議な機械ですね。こんなのを所有している輩が本当にいるのでしょうか)
「お頭!」
オフィスカジュアルに身を包んだ男性スタッフがタケノのそばに駆け寄る。
「クロキシティから情報提供がありました……同様の出来事を確認しているとのことです」
「本当ですか……」
驚くタケノは、ドアの近くに立つ忍者のビッグスーツ乗り、ショウ・G・ジャンジャンブルの姿に気づく。
「お頭、なんや大変そうやな。ヤバい仕事?」
ダボダボのボトムスにノースリーブの忍者装束風の服を着たショウは、飴を舐めながらタケノに話しかける。
「……ショウ君。今抱えている仕事、可能な限り早く進めるか、他の人に回せるモノがあればそうしてください。まだ確定ではありませんが、大きい仕事が入る可能性があります」
◇ ◇ ◇
「帰っていたのかイルタ」
太陽の光が入らず、空の見えない空間。しかし不思議なことに明るく、直線的なデザインの建造物に囲まれた庭のような場所で、赤い髪の男が大きな木の幹にもたれかかり、座っている。
「マドクは部屋か? ルガル」
カリオ達との戦いの後、この場所へ帰ってきたイルタは、赤髪の男――ルガルに尋ねる。
「ああ、お前が昼にここを出た時から引きこもっている。お前のフライデから転送された映像でも見ているんだろう。お前の言った通りだ、ろくな性格じゃない。世界の管理者気取りだな」
「そうか」
イルタは庭を舞う蝶をぼーっと眺める。その様子を見たルガルが話しかける。
「帰って早々、マドクのことを聞くってことは、それなりに腕の立つ奴が見つかったのか?」
イルタは上昇していく蝶を追って、上を見上げる。
「いや。まるで話にならない」
イルタはため息をついた。
「『ビッグスーツ』と言ったか。私達の『ウストク』に比べて性能が低すぎる。パイロットも大した者がいない。見込みがありそうなのはいたから、言葉は交わしておいたが……この先期待できるかは怪しいな」
「……今の言い方だと、お前を相手にして生き残った奴がいるのか。十分だろ」
ルガルは何の気なしに、庭に咲く花を見ながら続けた。
「〝昔〟だって、お前に敵う奴なんていなかった。俺やマドクでさえ、お前を倒すなんて出来やしない」
「……少し寝る。再び外に出られるようになるまで、時間がある」
イルタは蝶を追っていた視線を戻すとルガルに背を向け、庭を去ろうと歩き出す。
だが数歩歩いたところで足を止め、ルガルの方へ振り返り、別のことを尋ねた。
「……今日は私の他に誰か外に出ていたか? 近くに〝私達と同じ気配〟を感じた気がする」
「いや、今日はお前だけだ」
「……そうか、気のせいのようだな。ありがとう」
イルタは歩き出し、庭を去っていく。彼女の背中を見送ると、ルガルは視線をさっきまでイルタが見ていた蝶に移した。
(至高の戦いとその先の死、ねえ。マドクが変に動き始めたら、本当に叶わなくなるかもしれんからな)
ルガルはしばらく、ひらひらと舞う蝶を眺め続けていた。
(魔人血戦 おわり)
(君と歩くいつか一つになる旅路で へ続く)




