ダンス・オブ・バトルオジョウサマ①
スズカ連合・アオキシティ。
大邸宅の廊下を女性と高齢の男性が歩く。
腰程にまで伸びた、癖のあるブロンドのロングヘア。前髪は作っておらず、気品のある美しい顔がはっきり見て取れる。身に纏った豪華な装飾を施された赤いドレスが、その女性の麗しさを引き立てる。
「敵の数は?」
女性は正面を真っ直ぐ見据えたまま、隣を歩く高齢の男性に尋ねる。
高齢の男性も品のある装いだ。黒い燕尾服とえんじ色のネクタイを纏い、白い髪はオールバックに整えられている。口ひげも美しく整えられ、丸眼鏡をかけたその容貌は知性と気高さを感じさせた。
「ビッグスーツ三十二機、〝モンスタンク〟一機が進軍中とのことです。出撃した味方側の討伐部隊の第一陣は全滅――」
廊下の突き当り。女性の目の前で自動扉が開く。
「――制圧にはお嬢様の力が必要です」
大きな空間が広がる。華やかなその邸宅には似つかわしくない、鈍色の金属の壁と骨組みで構成された大部屋。格納庫だ。
その奥に立つ、白いボディに赤いアクセントカラーが映える、騎士の甲冑のような巨人――ビッグスーツ。
「爺や」
女性――レイラ・モッツァは凛とした表情でそれを見上げる。
「晩餐会には遅刻すると、先方に伝言を」
◇ ◇ ◇
自動車。
今から一万五千年程前、人類が地球で暮らしていた頃から存在する乗り物。
ときに移動手段として。ときに速さを競う戦力として。ときに財力や名声を誇示するステータスシンボルとして。
長きに渡り相棒として人類を支えてきた四つの車輪をつけたソレが――
地上艦「レトリバー」の格納庫に現れた。
ヨトオカ・バンババン。
その名の通りバンタイプの自動車で荷室が広い。高い品質と低い故障率の割に価格が安く、多くの街で商用・自家用問わず活躍している。
突然現れたそんなヨトオカのベストセラー車を、カリオ・ボーズ、ニッケル・ムデンカイ、リンコ・リンゴの三人の傭兵は無表情で見つめている。
「いやなんで鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるんだよ!?」
レトリバーのチーフメカニック、タック・キューが呆気にとられている三人の様子にツッコむ。この自動車を仕入れたのは彼だ。
「いや、その……今更何でだ?」
ニッケルがそう口にすると、タックは肩をすくめた。
「今までクルマ無しでやってたのがおかしかったんだよ、考えてみりゃ……そうだよ考えてみろよ。物資は手に持たなくても沢山積めるし、護衛任務だって何も徒歩でやるこたぁねえだろ。これがありゃ、クライアントもモノもある程度安全に移動できるぜ」
「そうは言うけどさ」
「そらそうだけどよ」
タイミングが被ったリンコとカリオの声に続いて、ニッケルが尋ねる。
「誰が運転できるんだよ?」
タックは首を傾げる。
「……まあ、俺は出来ないけど。でもお前らはあんなデカいロボいつも動かして派手に戦ってるんだから車ぐらい運転できるんだろ?」
そう聞かれた三人は首を横に振った。
「え」
三人は真顔でいる。
「ニッケル」
「四輪で動くヤツって感覚がよくわかんねえ」
「リンコ」
「あの丸いハンドル? っていうの? あんな形のでどうやって動かすの?」
「カリオ」
「試しに乗ってみたことあるけどアクセル? とブレーキ? を踏み間違えてよ」
「嘘だろ!? いやおかしいだろうがよ!!」
タックは今日一番の大声でツッコミを入れる。
「うっさ! 何がおかしいのよ!」
「おかしいわ! ビッグスーツの操縦が出来てなんで車の運転が出来ねえんだよ!」
「さっき言ったじゃねえか、四輪ってややこしくてな……小さいバイクならまだ少し走れるんだが」
「便利だよな脳波コントロールってヤツ、剣の修行で身に着けた動きそのまま使えるし」
「くっそ~~~~~!!」
タックは右手で頭を押さえてかきむしる。
「じゃあなんだ? これは無駄遣いってやつか、経費を無駄に――」
「む! む!」
タックの腰の下でツナギを引っ張る少女がいる。マヨ・ポテトだ。
「多分三日! 三日で覚えられるです! 運転!」
「……いやダメだからな、どの街行っても大人じゃないと捕まるからな?」
騒ぐ五人の頭の上からメカニックの一人がおーい、と呼びかける。
「艦長が呼んでるぜ。次の仕事の話があるってよ」
◇ ◇ ◇
「行先はスズカ連合、依頼主はモッツァ家」
プリントアウトされた依頼文を、レトリバー艦長のカソック・ピストンがカリオ・ニッケル・リンコの三人に配る。
「知ってる?」
「いや」
リンコとカリオがニッケルの顔を見る。
「どっちも詳しくは知らねえ。スズカ連合はエンドーシティの主導で作られた都市連合。そのエンドーシティはここから南西の近くにある。十の街が加盟してるって聞いたな。モッツァ家は……うーん、名前は聞いたことあるんだけどな」
ニッケルは知ってる情報を話してはみたものの、彼も詳細は知らないようだ。
「『イースウェイ』は知っているだろう。ラカルン粒子の研究と関連製品の開発・製造・販売をしている。俺達のような奴らで知らねえ奴はいねえって会社だ」
カソックが話し始めた。ラカルン粒子は圧縮すればビームになる性質を持つ特殊な物質。ビームライフル、ビームソードなどの武装で利用されるため、ビッグスーツ乗りには馴染みの深いものだ。
「そのイースウェイのCEOがカパナ・モッツァ。モッツァ家の当主だ。今はスズカ連合のアオキシティに住んでいる」
「うわー! 思い出したかも、いやニュースでチラっと見たぐらいだけど……」
電流が流れたかのように突然思い出したリンコは声を上げる。カリオとニッケルもうっすら思い出した様子だ。
「マジか! そんなところから依頼か」
「内容も派手だぞ。単純な敵対戦力の殲滅だが、相手にモンスタンクがいる」
「いやいやいや!」
“モンスタンク”という単語を聞いて三人は手を顔の前で横に何回も振る。無理もない。かいつまんで言うと、モンスタンクはビッグスーツや地上艦を軽々《かるがる》凌ぐ大きさを誇り、それ一機で二十機から五十機のビッグスーツ隊に匹敵する戦力を持つと言われる程、脅威とされる巨大兵器の総称だ。
「何回か別の傭兵達と撃退作戦に参加したことあっただろう? 今回も俺らだけでやるわけじゃない、友軍ありだ」
「まあそれなら……」
「……最近ムチャ振りが過ぎるか? カリオにもこの前大怪我させちまったし」
カソックは顎をさすりながら考え始めた。ツツミシティでの一件を気にしているらしいその言葉と仕草に、カリオはつい反応した。
「あ~……まあ流石にアレよりはマシだろ。ほら、あんな厄ネタはそうそうねえだろうし……やろう、うん」
「おお、そうか」
カソックの反応を見て、ニッケルとリンコも仕方ないか、と溜息をつく。
レトリバーはアオキシティを目指し、針路をとった!
(ダンス・オブ・バトルオジョウサマ②へ続く)




