たぶんはじめてのおつかい①
【前回のあらすじ】
ツツミシティにて、レトリバーの三人の傭兵は強敵・ユデン率いる強盗団と戦う。
辛くも撃退に成功するも、カリオ・ボーズは重傷を負い、ニッケル・ムデンカイとリンコ・リンゴはビッグスーツの武装を失ってしまった……!
◇ ◇ ◇
アライシティ、居住区。
「ドゥフフ、ざまあ! ミチぽんはそんなこと言わない!」
薄暗い室内、デスクトップコンピューターのモニターの前で、太ったメガネの青年が裏返り気味の声を上げる。
モニターには匿名で利用できる電子掲示板が表示されている。何らかの口喧嘩(といっても掲示板の書き込みの応酬で口は動かしていないが)でやりこめたらしい。もっとも、文章を見てもいくつかの都市で放送されているアニメのキャラクターについてやたら語っているものばかりで、常人にはなんで喧嘩になっていたのかはわからないが。
アライシティには他に四つの街と繋がる独自の情報通信ネットワークが構築されている。青年の利用している匿名掲示板も、そのネットワークによって利用できるようになったものだ。この掲示板であれば、顔と名前を明かさずに、遠くの他人とも会話・議論が行える。
タクオ・ナードは、周囲から見れば大人しく真面目な青年であったが、この通信ネットワークを利用している時は醜悪な本性を露わにしていた。
顔と名前がバレない、というのはそれほどまでに人を強気にさせるものなのだろうか。タクオはネットワーク上で気に入らない人物を見かけると、罵声を文字に乗せて大量に浴びせたり、執拗にその人物のデマをばら撒く、不快な画像ファイルを送り付けるなどといったようなことを繰り返していた。
「アァー、イライラする。社会が悪い」
だが気に入らないからといってそんな行動を日常的に繰り返しても、心が穏やかになるわけがない。どんなに上手く相手を懲らしめてもモヤモヤしたものが残るばかり、更に言うと返り討ちにあって自分が酷い目にあわされることも多い。
「ンフ! そうだ! あれやるかぁ!」
そんな荒んで、淀んだ心がタクオをまた悪意に満ちた行動へと走らせる。タクオはデスクトップコンピューターをキーボードで操作する。モニター上で動いているのは電子メールソフトウェア。タクオはマウス状のポインティングデバイスで、《《何らかのファイル》》を電子メールに添付すると「送信」ボタンを押した。
◇ ◇ ◇
アライシティ、地上艦停泊所。
ツツミシティでユデンの強盗団と戦ってから少し経つ。地上艦「レトリバー」は燃料・食料等の補給と、先の戦闘で破壊されたビッグスーツ用の装備の調達で、この街を訪れていた。
「脳波コントロール機能の、動作テスト?」
食堂。ホットドッグを食べながらリンコ・リンゴは間の抜けた顔を見せた。
「不具合が無いかみておきたいんだ。カリオのクロジに比べたら機体の損傷は軽微だけど、アレだけの戦闘の後だったし、念のためな」
リンコとニッケル・ムデンカイの座るテーブルの前で、チーフメカニックのタック・キューがマグカップ片手に立ちながら話す。
「お願いしたいところだが、時間はいつ頃だ? 俺たち街に発注した装備を取りに行きてえんだ。例のトラブルの事は聞いたか?」
ニッケルの返事にタックは「あ」っと思わず口に出した。
「AI管理車両の不具合だったっけ? 店の奴らは自分で運転して運んでくれねえのかよ?」
「もう運送の大部分を自動化していたらしくて、人が運転できるトレーラーが全然足りないんだって。向こうも必死でお客さん達に運んではくれているらしいんだけど、私達の分はだいぶ遅れそうなのよね」
ホットドッグを頬張りながら話すリンコに、ニッケルがコーヒー片手に続ける。
「というわけでだ、こっちから取りに行けば時間短縮できるんじゃねえかなと思ってな。レンタルトレーラーがあれば借りるか、可能ならビッグスーツの入場手続き取らせてもらうか……」
「方法はこれから考えるのかよ!? でも確かに、そっちも早いとこ済ませたいよな……」
タックは顎に手を当てて考え始めた。重傷を負ったカリオ・ボーズはまだ治療中、あとの二人は装備が不全――なるべく早く戦力を万全の状態に戻したい。
傭兵を生業にしている以上、傭兵の身体や装備の状態は生死や稼ぎに直結する。加えて、大なり小なり仕事をする中で様々な手合いから恨みを買っているはずだ。こちらの弱体化が情報として出回ればトラブルの元になりかねない。
新規の武装はもちろん早く手に入れたい。だが脳波コントロールのテストも疎かにはできない。やや時間のかかる作業だが、コンマ1秒でもレスポンスの遅れがあれば命取りになる。
(カリオ機の修繕に当たっている奴で回せるのはいないか……いや、俺が――)
「ん! ん!」
タックの腰の下の辺りから声がした。見るとマヨが自分を指さしてアピールしている。
「私のソラマメでいけるんじゃないですますか? 暇です! ミッションミッション!」
タックはため息をついた。
「いや……流石にマヨ、おまえ一人で行かせたら危ないだろ。俺ら保護責任者なんたらで拘束されちまう」
今、寄港しているアライシティに保護責任者なんたらがあるのかはわからないが、見た目年齢5、6歳の少女にこのような用事を任せるのは不安だ。しかもマヨ・ポテトに関しては出自・経歴がわからないという重大な懸念がある。予想を超えたトラブルに巻き込まれる可能性が否定できない。
「んじゃ、私が付いて行こうかい? アンタ達のご飯も作り終えて手も空いてるさね」
タックは後ろからした女性の声に反応して振り返った。ふくよかなエプロン姿の女性が立っている。
「え? マロンナおばさんが?」
マロンナは笑顔で頷いた。




