俺とお前とアイツとダンジョン!④
◆ ◆ ◆
「シャマス、仕事の時間だ」
天井も壁も真っ白で、如何にもな怪しい研究施設の廊下を歩く。この先で僕は「仕事」をする。学者連中技術者連中が心血を注いで作り上げたハイパーマイクロボット――エメトのデモンストレーションを手伝う。それが僕のいつもしている「仕事」の内の一つだ。
どこかの会社のお偉いさんか、他の国の来賓か、相手の素性は何もわからないが目の前で僕の「能力」を使ってやると大体驚く。目には見えないエメトに「能力」で働きかけて、光らせたり燃やしたり金属を切らせたり何かの箱を浮かばせたり。
――エメトは人類に魔法を与えてくれる、自然の原理を書き換えうる技術だ。
研究員の人の口癖だった。その時は漠然と悪い事ではないんだろうなと思うくらいで、淡々《たんたん》と言われたとおりのことをこなしていた。
それにしても「仕事」とはしっくりとこない言葉を使うなといつも思っていた。僕がいくら能力を使ったところでお小遣いをくれるワケでもない。まあ食べ物と寝床には不自由しないけど、それだけだ。地味極まりないミニマルライフ。
とはいえ研究所の外での仕事も多いし仕事がない日でも本を読んだりテレビを見たりぐらいはできる。イニスア文明の普通の人の暮らしと比べてもそう悪くはない方……だと思う。変な事件や事故に巻き込まれるリスクが低いのは明確なメリットだ。そう言い聞かせて僕はあれこれ考えることはしなかった。
「シャマス、仕事の時間だ」
いつも患者衣のような味気ない服装で過ごしている僕に、珍しく着替えが渡された。オレンジ色に黒のアクセントカラーが入ったツナギ。以前、ドキュメンタリー番組で似たようなのを見たことがあった。
「これって……パイロットスーツ?」
渡された服をジーッと見つめる僕に、目の前の研究員は早く着替えるよう促す。そんなこんなでいつもより少し派手な出で立ちとなった僕は、今度は巨大な格納庫へ連れていかれる。
「……!」
僕は見上げて言葉を失う。着ているパイロットスーツと同じカラーリングをした、高さ十メートルの金属の巨人――ウストク。
「ウストク……? 本物の……!?」
「シャマス。君にはこれからアレを操縦してもらう」
「なっ!? ウストクの操縦なんて何も勉強したことないじゃないですか」
「何も心配しなくていい、乗ればわかる」
大した説明もないままクレーンのゴンドラに運ばれて、胸部のコックピットを覗く。想像よりずっと計器やボタンの数が少なかったけれど、それでもそれまでの僕にとってみれば異質な空間だった。僕は唾を飲み込んでゆっくりとシートに座る。そしてコックピットハッチが閉じて、目の前のディスプレイに外の景色が映し出される。
次の瞬間、体に何かが流れ込むような感覚を感じた。
「これは……」
僕は両手を動かそうとしてみる。動いたのは僕自身の手ではなく、ウストクの両腕だった。
「上手くいっているようだな。そのウストク――『サンデ』は君の脳波とリンクするように作られている。すごいもんだろう?」
スピーカーから聞こえてくる研究員の声から、彼が少し高揚しているのが伝わる。
「さて、状況に慣れたら次の段階に進むぞ。今回はサンデに乗ったまま君の能力を使ってもらう」
◆ ◆ ◆
そう言われて僕は「サンデ」と呼ばれるウストクに乗ったまま飛行輸送艦で運ばれることになった。メインディスプレイはオフにされ、薄暗い中で外の様子は確認できない。ウストクだけでなく飛べる船まで持っているなんて一体どれくらいの財力があるんだ? と少し自分の住んでいる研究所に対して疑惑の念を抱いた。
何時間ぐらい経っただろう。半分寝ていた僕を、研究員の少し興奮した声が起こした。
「さあ始めるぞシャマス。君が生き残れば私たちはまた一段高い場所に行ける……!」
ガコン!
「!?」
メインディスプレイがオンになると同時に、全身を異様な浮遊感が襲った。ディスプレイには離れていく飛行輸送艦と青い空が映し出される。いきなり輸送艦からサンデが格納庫から射出されたようだ。
「な……!」
突然の出来事に僕は激しく動揺した。だが狭いコックピットの中でどうすることもできない。目を回しながら外の状況を見ることしかできなかった。
空中で回転しながら落ちていくサンデ。そのカメラアイが地上に向けられた時、大きな、しかし粗雑な建物と、何体ものウストク、戦車が見えた。その光景を見て僕は、それらがテレビでしか見たことのないある存在であることを瞬時に理解した。
「ギャング……いや、盗賊団!? どっちにしてもまともな奴らじゃない!」
一気に心拍数が上がる。ただひたすらに焦っているうちにサンデと地面との距離が近づいていく。
「……ッ!」
僕は目を瞑って自分の死を覚悟した。サンデが地面と激突する。
ドォン!
激しい振動がコックピットを襲う。だが不思議と痛みが伝わってこない。僕は恐る恐る目を開けると、自分が生きていることに気づき、驚いた。
「なんだ……?」
「上から降ってきやがった!」
「なんでもいい取り敢えず捕らえろ、いや殺せ!」
休む暇もなく、周囲のならずもののウストクたちが、銃口を僕の乗るサンデの方へ向け始めた。
(俺とお前とアイツとダンジョン!⑤)




