天上災禍㉗
◇ ◇ ◇
バシュッバシュッバシュッ!
バシュゥバシュゥバシュゥ!
ズギュン! ズギュン! ズギュン! ズギュン!
幾つもの緑色のビームが一点で何重にも交差する。その点はついコンマ一秒前まで現時点で最大の脅威が立っていた場所。
ニッケルのウェハーとリンコのビームピストル、そしてピエンのアローフォームライフルによる十字砲火を、イルタは軽々と避け続ける。目の前のグウパンと戦いながらである。そのグウパンに乗るオコジはイルタの乗るフライデに迫る速度域で戦い続けているが、「禁技」と呼ばれる技の反動はオコジの身体を蝕み始めていた。徐々にフライデの動きについていけなくなっている。
「ハァ……ハァ……!」
「……ピークは過ぎたか」
オコジの額に汗が滲み、呼吸は荒くなっていた。イルタの放つ闘気が弱まり、周囲を包んでいた強い緊張も薄まる。それは今この場に彼女を倒せる者がいないことを示していた。
ガチャリ!
「?」
イルタは気づいた。少し離れた場所でウィルティルに乗るピエンが、アローフォームライフルと何かを連結したのを。アローフォームライフルに繋がっているのは何らかのケーブル。それはウィルティルの胴体左側面から伸びている。
「無理させてゴメンよおじさん。僕もやっと派手に全賭けする決心が着いたよ。コイツは野放しに出来ない」
ピエンはアローフォームライフルのグリップを引く。その銃口が黄色い光を放ちながら、稲妻のような青い火花を散らす。
(機体本体のジェネレーターと武器を直結させたか。だが単に威力を上げた攻撃をするつもりではない。何かある)
イルタはピエンの方へ向き直ろうとするが、そこへオコジの蹴りが飛んでくる。ピエンは瞬きを忘れてグウパンと戦うフライデを睨む。そして叫んだ。
「ラストインパスト!!」
ピエンはグリップを放す。銃口から溢れ出る極太の金色のビームが、宙を斬り裂いてフライデに迫る! イルタは回避しようと機体を傾ける。だがビームはフライデの動きに合わせて軌道を変えた!
(……! 追尾するビームか)
フライデ一機を飲み込みそうなほど太いビームは、正確に標的へ向かって進んでいく! イルタは左右の複合武器をフライデの前面で交差させ、防御の構えを取る。
ゴォッ!
ビームが着弾して衝撃音が響く。フライデはそのまま圧され、サーズデの上面に足を付けた状態でずるずると後退する。やがてビームが消えると、そこには防御の構えを取ったまま立つフライデの姿があった。
「ハァ……ハァ……無傷とか、腹が立つね……!」
忌々し気にフライデを見るピエン。彼は膝をついて息を切らす。イルタは自身の複合武器の刃をまじまじと見つめる。
「機体本体に食らえば危なかった。だが――結局この戦いも私を殺せないようだ」
どこか寂し気な表情を浮かべるイルタ。ピエンは膝をついたまま立つことが出来ない。彼の体力と彼の機体のエネルギーはラストインパスト使用時に尽きてしまっていた。
「俺とリンコで時間を稼ぐ! 離脱しろ二人とも!」
ニッケルがウェハーを展開しながら叫ぶ。だがオコジとピエンの二人は苦笑いを浮かべた。
「俺たちのことは放っておいて離脱してくれ二人とも」
「だね。僕も正直こんなバケモノを目の前にして逃げ切れるほど元気ないっていうか」
「馬鹿言うな! 易々《やすやす》と諦めるんじゃねえ」
言い争うニッケル、オコジ、ピエンの三人をよそに、ふとイルタはサーズデの後方を見やる。
「……やられたか。マドク」
イルタの様子に気づいたリンコは同じ方向を見つめる。
爆音と共にサーズデの外壁の一部が吹き飛び、その中からスケボーに乗った黒い機体――ブンドドマルが飛び出す。
「……! カリオ!」
マドクを倒し、船内から脱出したカリオはすぐ前方に視線をやる。
「レーダーに……ニッケルとリンコ! まだ戦闘中か……ってありゃあイルタじゃねえのか!?」
現れたブンドドマルを見てイルタの口角が上がる。
「剣士の彼か。マドクを倒すほどになったとは。これはいい」
「放っておくワケにもいかねえ……やるしかねえか!」
ブンドドマルはスケボーでイルタのいる方へ急接近、間合いに入るとそれから飛び降りてビームソードを抜く! イルタも複合武器を振りかぶってブンドドマルに飛び掛かった!
真っ向! 逆袈裟! 袈裟斬り! 横一文字! 逆真っ向! 袈裟斬り! 逆袈裟! 横一文字! 逆袈裟! 袈裟斬り! 逆袈裟! 刺突! 逆真っ向! 袈裟斬り! 袈裟斬り! 逆水平! 逆真っ向! 袈裟斬り! 逆袈裟! 横一文字!
無数の剣閃が交差する! ブンドドマルとフライデはすれ違う形でサーズデの上面に着地する。だがブンドドマルの方はすぐに体勢を崩してその場に倒れてしまう。
「「カリオ!」」
ニッケルとリンコはブンドドマルの方へ飛び出す。
(ダメだ! さっきのキザ野郎との戦いで体力使いすぎた……コイツとやり合うほど残ってねえ!)
歯軋りしながらなんとか起き上がり、フライデの方へ向き直ろうとするカリオ。一方のイルタはコックピットで興奮気味に笑みを浮かべていた。
(マドクと戦った後で私の攻撃に対抗してきた! これはどうする? 今ここでやり合うべきか、いやもう少し――)
その時、遠方から六つつの影が飛んでくるのがイルタの目に入った。イルタの顔から笑みが消える。
「マドクの手下か……」
六つの影の正体は六機のイークデ。マドクにイリエシティでの待機を命じられていた社員たちである。彼らはイルタたちの近くに着地すると、周囲を見回す。
「本当にやられたというのか……社長も、ゼロワンたちも!?」
「そこで戦っているのはイルタ様か?」
「クソッ……だが敵は手負いだ。私たちなら!」
イルタはため息をついた。
「主を失って迷子になった忠犬どもか。やれやれ、興が削がれる」
「――じゃあ俺のペットの餌にしちゃおうかな」
ポワワワワ……
イルタの独り言に突如男の声が答えたかと思うと、六機のイークデの傍、何もない中空から突如、獣のような機械の口が現れイークデに噛みつく!
ゴリボリゴリ!
「な、何だ、うあああ!」
「えっ、なっ……があああ!」
突然の襲撃に社員たちが発した戸惑いの声はすぐに悲鳴へと変わる。何もない中空から生えた不気味な口は六機のイークデを容赦なく咀嚼する!
それを眺めながらイルタはまたため息をつく。
「おまえか。ナハブ」
(天上災禍㉘ へ続く)




