天上災禍㉔
カリオのビームソードを握る手に思わず力が籠る。魂などという胡乱な単語を聞いて警戒心が増さない方がおかしい。マドクはカリオが猜疑心を抱いているのを察しながらも話を続ける。
「イニスア文明人でも詳細を知っている者は少ない物質だ。オカルトのように思うのも仕方がない。恐らく君たちにとってはまだ不確かな存在で言葉だけが飛び交っているモノだろう。だがイニスア文明はそれを〝観測〟することに成功した」
カリオは黙って聞いている。戦闘中にこんな話を急に始めるのは何の意図があってのことか。マドクは話すのをやめない。
「それからは様々な研究機関がソウルの研究に没頭した。人の生き死ににどう関わっているか、大きくしたり増やしたりすることは出来るのか、どんなエネルギーを生み出すのか……未知の物質を知りたいがために人も物も金も沢山動いた」
「何を言おうとしている」
「まあ聞け」
マドクは構えを解いて、力を抜いて立つ。カリオは構えを解かない。
「その割に解明されたことは多くはなかったが、それでもイニスア文明の色々なモノに関わっている。今、私やイルタが乗っているこの『ウストク』に関する技術。『門限』と呼ばれる我々のような凶悪犯が外界に出るのを制限する技術。『カース・リムーバー』と呼ばれるその制限を解除するための技術……」
先ほどとは違いマドクからは何の闘気も発せられていない。カリオは構えを解かない。
「で、君の身体の変化についてだ。人に宿るソウルは肉体同様鍛えることが出来る。そしてソウルが鍛えられると筋肉・臓器・骨・神経……肉体を構成する組織の性能が向上する」
「俺や仲間のその、魂ってのが鍛えられて身体に変化が起こっているって言いてえのか? マヨと一緒にいることで」
「……それが今のエシュルの呼び名か。ソウルの鍛錬は一筋縄ではいかない。方法として一つ挙げられるのは、ソウルの強度が高い人物の傍で精神と肉体に負荷をかけることだ。イニスア文明のデザイナーベイビーであろうエシュルは恐らく元々ソウル強度が高い人間だ。その近くで傭兵という命が懸かる仕事をし続ければ、エシュルのソウルに引っ張られる形で自然とソウルが鍛錬され、肉体に変化が出る」
「さっき『近づいてきている』って言ってたよな。テメエらが普通の人間より強いのもソウルが強化されているからってことか」
「我々の戦闘力が高い理由については他の要因も様々あるが、ソウルの強化もそのうちの一つとして挙げられるものだ。で、だ」
カリオは目を丸くする。無防備にも目の前にいるサーズデ・クアが片手を差し出してきたのだ。
「名乗りが遅れたな。私の名はマドク。私の部下に……いや、私と共に来ないか、カリオ・ボーズ。なんならお前の仲間たちも含めてもいい」
「はぁ!?」
驚くカリオ。マドクは不敵な笑みを浮かべながら続けた。
「立ち会ってわかった。未だ大陸のあちこちで眠りについている我が部下と比べても君は優秀だ。加えてソウルが鍛えられている珍しい〝現代人〟だ。それほどの人材を消すのは惜しい」
「馬鹿言ってんじゃねえ」
「なら、今この大陸で幅を利かせている権力者どもに従うことは馬鹿ではないとでも言うのかね?」
「ぬ?」
マドクの笑みが消える。
「プルツ・サンデの事件、首謀者はコレス・T・アクダマ。事件のついでに調べたが中々のカスじゃないか。何故ケーワコグ共和国は大佐などという地位を与えたのか……」
「……」
「少し心拍数が上がったな。思った通り奴とは多かれ少なかれ因縁があったようだな」
カリオは平静を保とうとする。惑わされるな。目の前の敵を斬る事だけ考えればいい。
「私を禁固刑に処したイニスア文明の国家も、ケーワコグ共和国に負けず劣らず間抜けでね。考えてもみろ。私やイルタのような危険人物、首を斬り落として処刑するのが最善だろう。だが国家はそれをよしとしなかった。宗教の教えや民衆の倫理観に押し負けて、殺生を嫌ったのだ。私たちに家族や大切な人を殺された者も大勢いるにも変わらずだ。結果、私や他のイニスアの囚人たちは中途半端に閉じ込められ、四千年の時を経て〝檻〟を抜け出し、こうしてお前たちに牙を向いている。馬鹿げた話だと思うだろう?」
マドクは差し出した手を、ギュッと力強く握った。
「何故そんな馬鹿な話が通る? 弱さの連鎖だ。弱い心が生む弱き選択の連鎖。弱き者が弱き権力者を増長させて弱い答えを出して悲劇を生む。私がこれから作る理想郷ではそんな話は通さない。力を持つ者が進むべき道を示し、力を持つ者が間違いを正す! 弱者はそれに大人しく従うのみ! カリオ・ボーズ、一度よく考えろ。共に道を歩むべきは誰か、誰を恐れるべきか。コレス・T・アクダマのような愚者か、イルタのような化け物か、無力な統治者か、無責任な民草か!」
カリオは構えを解いて背筋を伸ばし、深く息を吸って吐いた。
「理想郷って言ったけどよ……お前はこの大陸を支配するつもりなのか?」
「流石に私と今眠っている仲間たちだけでは無理だ。だが君が私と共にくれば、十の街ぐらいは支配下に収めるのも無理ではなかろう。そこでならケーワコグ共和国の内戦のような馬鹿げた悲劇は私が起こさせない」
「成程、イルタみたいな戦闘狂じゃねえってことか」
カリオは静かに目を瞑る。
「確かに俺はコレスに色んなもん奪われて、そして俺は共和国軍の下で色んな人から大切なものを奪った。弱さの連鎖って言ったよな。もし、俺がもっと強ければどっかでそんなことも止められたかもしれねえ――」
その瞼の裏に映るのは、かつて孤児院で暮らしていた頃、手を差し伸ばしてくれた軍人たち。ホシノタウンで暮らしていた軍の仲間。そしてルース。
カリオはビームソード「霊月」を抜き放ち、切っ先をマドクに向けた。
「――だからこそ、お前がこれから踏みつけようとする弱い人たちのために、俺はお前をここで止める!」
(天上災禍㉕ へ続く)
 




