天上災禍㉒
「誰だって聞かれると、えーと……敵だな」
カリオは敵の気配を探る。今見上げている先、暗がりの向こうに人一人分の気配だけ。まさかたった一人でこの巨大な要塞を動かしているとでもいうのか? カリオは怪訝に思い、眉をひそめた。
「……ビーム技術を用いた剣一本のみを装備した黒い機体。ブラックトリオと呼ばれる傭兵チームの一人……カリオ・ボーズと言ったか」
「む、なんか知ってるのか」
「この要塞を起動させる時に、現時点での要注意人物の情報は簡単に調べておいた」
外とは違い静かな空間に、マドクの声が響き渡る。カリオは目を細めた。人の気配がするドームの一画、その内壁が変形し、中から何かが出てくる。それは床にドスン、と音を立てて着地すると二本足で立ちあがった――人型の機動兵器だ。
「なんだ? こんな場所で人型の機体が一機だけって……」
「まさかこんなにも簡単に侵入されて〝サーズデ・クア〟を起動する羽目になるとはな。艦の内部にも防衛システムを配置するべきか……」
「サーズデ・クア」と呼ばれた機体は鈍色のボディを煌めかせ、紫色の六つのカメラアイを光らせる。背丈はブンドドマルと同程度。目立った武装を持っていないように見えることが却って不気味さを醸し出す。
「アイツがデカブツを操ってるにしろそうでないにしろ、闘らなきゃならねえか」
カリオはビームソードの鞘型の充填機に左手をかける。
「ゆくぞ。貴様如き、外のハエどもを同時に相手にしながらでも十分屠れるわ!」
ポポポポポポポポ!
サーズデ・クアが両手を前に突き出したかと思うと、その手のひらから凄まじい勢いで光弾が連射される!
ドォン!
カリオは地面を強く蹴って駆け出す。光弾を避けながら斜め前に進み、サーズデ・クアの横へ回り込もうとする!
ポポポポポポポポ!
マドクは追いかけるように体の向きを変えて光弾を連射し続ける。カリオは上へ跳んだ。それに釣られてサーズデ・クアが腕を上の方へ上げた瞬間――
ドォン!
「エアバネ」の機能を使って空中を蹴って素早く下降、地上へ着地する! そしてもう一度地面を蹴ると、サーズデ・クアに真っ直ぐ突進、勢いそのままにビームソードを振り抜いた!
ギャギギィン!
宙を走るX字の青い剣閃――ウキヨエ流居合術・一瞬二斬バッテン!
「!?」
ビームソードはサーズデ・クアを斬ることなく止められる。サーズデ・クアの両腕の外側に取り付けられた棒状の装備が、ビームソードを受け止めていた。
「トンファーか! 気づかなかった」
「同時二撃の居合術とは恐ろしい剣術を使う。だが同時に何撃来ようがそれぐらいの腕なら私は倒せんよ」
◇ ◇ ◇
サーズデの外側ではニッケルたち討伐部隊の面々が、イルタの駆るフライデを遠巻きに囲み、警戒していた。
「カリオを進ませた先で熱源が動いている……ビンゴだったか?」
「どうする? カリオに加勢したいがコイツを放っておくワケにもいかんやろ」
ショウは刃が欠けたヒート忍刀を構えながらナスビの負傷した右腕を見る。それに気づいたナスビは、右手を開いたり握ったりして大事ないことを伝える。
「動けるかピエン」
「おじさんよりはマシ程度。にしても意地張っちゃって。カリオ君にこっち来てもらえればよかったんじゃない?」
「馬鹿言えよ」
オコジとピエンはお互い苦笑いを交わす。
「忍者の兄ちゃん、カリオ一人に全賭けはナンセンスだ。皆と外からデカブツを墜とせないか試してくれ」
「待てや、アンタはどうするつもりや」
「ピエンとこの赤いのを抑え込む」
「馬鹿なことを言うな!」とニッケルが食って掛かる。
「とてもそいつとやり合える状態じゃねえだろ! 酷い怪我だぞ!」
「確かに両腕はもう使い物にはならねえ。だが無策じゃねえ、信じろ」
「おじさん説得下手すぎるでしょ……」
ニッケルは頭を搔く。
ガコン!
そしておもむろにハネスケからリュウビを取り外した。両足が自由になったハネスケはサーズデの上面に着地する。
「!」
「アンタとナンパ魔に全賭けはナンセンスだ。俺とリンコ含めて四人掛かり。それ以下の人数では任せられねえ」
「え!? 私も巻き込まれるの!?」
「我儘言ってんじゃねえリンコ。一度やり合ったことがある俺らがいた方がいいだろ」
ニッケルはショウとナスビに視線を送る。二人は黙って頷いた。
(S.B.A.T.と真千組、そしてワイらN.I.S.がイルタとの戦闘を手伝っても死人が増えるだけやってのはさっきの攻防でわかった。オコジ・イタチ、ピエン・ピエール……内戦でエースとして名を馳せた男たち。信じるほかないか……)
「ショウ、アンタのフライトユニットはまだ生きとる。どうする?」
「ああ、すぐ回収する。ワイらはデカブツの後方に攻撃を試みる……スマンがここは四人に任せるで」
ショウとナスビは一基のフライトユニットに乗った状態でその場を飛び去る。イルタはそれを目で追うが、攻撃を加える素振りは見せなかった。
「少し惜しいな。青いのと橙色の二人は残ってくれたらよかったのに」
「ああ、アイツらはタフだ。だからこそ無駄におまえみたいなのと闘らせるわけにはいかねえ」
ぼやくイルタにオコジは言った。彼の乗るグウパンの両腕は、千切れた人工筋肉が見えるほどズタズタに切り裂かれている。そんな状態でなお強い闘気を放ち続けるオコジを、イルタは興味深げに見る。
「まだ切れるカードがあるか」
イルタの目の前でオコジは腰を落とし、咆哮する。それと同時に、グウパンの体中の装甲の一部が展開し、その隙間から赤い光が漏れ出す。
「スイボク流喧嘩術【禁技】・ハツボク!」
(天上災禍㉓ へ続く)




