天上災禍⑳
ピエンはアローフォームライフルで防御の姿勢を取る。敵の動きや攻撃が見えたわけではない。得体の知れない危機感が彼の本能を刺激し、身を守るよう肉体に促す。
ガギィン!
その刹那、ウィルティルの目の前にフライデが現れる。両手に握る銃に刀身が取り付けられた複合武器。その刃がアローフォームライフルと激しく衝突する。
(速い! これは……ダメだ!)
右手でアローフォームライフルからダガーを取り出すピエン。だがその次に攻撃に転じることが出来ない。ルガルとはまた段違いのその速さを前にして、思考も体も置いてけぼりになってしまっていた。
ガァン!
響く轟音。超高速の実弾がフライデの頭部を射抜かんと迫る。イルタはチャカヒメのマークスマンライフルから放たれた弾丸を、身体を傾けて避けた。
(また避けられた……! せっかく修行したってのに!)
歯軋りするリンコ。イルタは少し離れた位置でマークスマンライフルを構えるチャカヒメに視線を向ける。
(狙撃手……確か以前にやり合ったことがあったな。随分腕を上げたか、危うく当たるところだった。仲間が何人かいたような気がするが)
再びフライデの姿が消える。目の端にほんの僅かな赤い影が見えたショウは叫ぼうとした。
「逃げ……」
ゴォウ!!
吹き荒れる突風。一瞬で何機ものS.B.A.T.や真千組のビッグスーツが斬り伏せられていく。ナスビはその最中、咄嗟に身を捻る。
ザシュゥ!
「ぐっ!」
ナスビの右腕から血が噴き出る。その直後、ショウはヒート忍刀を構えた。
ガキィン!
激しい衝突音と共にフライデがオールリの目の前で姿を現す。振り抜いた複合武器の刃は、ショウの忍刀にヒビを入れ、じりじりと力をかけ続けている。
(こいつ……! 離れた位置から一瞬でここまで! それも一秒も経たんうちに五機以上のビッグスーツを斬り刻みおった!)
斬り伏せられたビッグスーツはいずれも胸部を斬撃で激しく抉られた状態で、断末魔の叫びも上げずに空を墜ちていく。
「う、うわあああ!!」
ダダダダダ!
難を逃れた味方は取り乱し、フライデに向けて手持ちの武器を乱射する!
「アカン! ショウが巻き込まれ――」
バシィ! バシィ!
ナスビが叫びかけた瞬間、バリアーを張った四基のウェハーが射線を遮り、ショウへの誤射を防いだ。ウェハーを操作するニッケルは残り四基でフライデへの攻撃を試みる。
バシュゥ! バシュゥ! バシュゥ! バシュゥ!
タイミングをずらして放たれるビーム。イルタはオールリを蹴飛ばすと、最小限の移動で全てのビームを軽く避けて見せる。フライトユニットから蹴落とされたオールリの腕を、ナスビが落下先へ先回りして捕まえる。
「すまんナスビ、ニッケル!」
「離れるで、今のままやとええ的や!」
バシュゥ! バシュゥ! バシュゥ! バシュゥ! バシュゥ! バシュゥ! バシュゥ! バシュゥ!
ショウとナスビを狙う間を与えまいと、ニッケルは今度は八基のウェハー全てでフライデに向けて射撃を見舞う! だがイルタは猛スピードで飛びまわり、姿を消したり現わしたりしながらビームを躱す。
(リンコのマークスマンライフルも避けた奴だ。流石にドローンの射撃は当たってくれねえか……!)
イルタは平然とした様子で周囲を見回す。
(ドローン兵器の男も以前に戦ったことがあるな。あっちの方は忍者の末裔か。実力はある。そして――)
フォン!
姿を消すフライデ。今度はオコジの目の前に一瞬で到達、その左手に握る刃をグウパンの胸部目掛けて振るう!
だが刃は空を切った。オコジはイルタの行動を読み、大きくバックステップして攻撃を回避していた。
「次は俺んところ飛んでくると思ってたよ。俺たちを試すように動きやがって」
「……お前と弓の男は初めてだが、悪くない匂いがする。死合を楽しめそうだ」
ブォブォブォブォン!
イルタの乱撃がオコジを襲う! あまりの速さに咄嗟に両腕を前で構えてガードを試みるオコジだが、鋭い斬撃はグウパンの前腕に容赦なく傷をつけていく! コックピットのオコジの腕にいくつもの切り傷が生まれ、血が噴き出す!
「ぐああああ!」
「おじさん!」
痛みに呻くオコジ。ピエンはアローフォームライフルを連射しながらフライデに向けて突進する! それに合わせてニッケルとリンコはそれぞれの武器で射撃し、援護する。
ズキュン! ガァン! バシュゥバシュゥバシュゥバシュゥ!
最小限のスライド移動で彼らの射撃を避けるイルタ。その頭上から接近したピエンが縦に一回転し、踵落としを仕掛ける!
ゴォウ!
これも彼女は難なく躱す。だがその視界に密着状態でアローフォームライフルを構えるウィルティルが映る!
(ゼロ距離射撃……!)
ズキュンズキュンズキュン!
目にも留まらぬ速さのアローフォームライフルの連射! だがその光の矢がフライデを貫くことはなかった。そこにいるはずのフライデは姿を消し、何本ものビームは空を切る。
(……!? また消えた!)
「後ろだ!」
ニッケルが叫ぶ。フライデはウィルティルの背後に回っていた。
ザシュゥ!
複合武器による斬撃がウィルティルの背中に入る! ウィルティルは大きく前に飛び退くと、サーズデの船体表面を転がった。ピエンは背中に走る激痛に顔を歪める。
「がっ……ぐっ……!」
膝立ちになるウィルティルの正面で、フライデは余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》といった様子で立っている。
「背中を斬ったのだから流石に殺したかと思ったが……よく粘る」
「遊んでないでそいつらを早く殺せイルタ。お前ごと艦砲射撃に巻き込んでもいいんだぞ」
「遊んでるワケじゃない。楽しいとは思っているが」
ニッケルとリンコはそれぞれの武器の照準をフライデに合わせ、相手の隙を窺う。その胸中には焦りが出ていた。
(反乱軍と共和国軍の元エースが揃いも揃って重傷かよ……!)
(相変わらずイカレた強さじゃん! このままじゃデカブツ墜とす前にやられちゃう!)
ピピッ!
「……!」
ニッケルとリンコのレーダーに影が映る。友軍の反応。ディスプレイに表示される「Retriever 3」の文字。
「……聞いてねえぞブリッジ! アイツが起きやがったならそう言いやがれ!」
一方、マドクも高速で接近する一機の敵影を捉えていた。サーズデを何十もの敵機が包囲する中、新たに姿を現した一機を見逃してはいなかった。
「この状況でたかが一機増えたところで……いや、妙な感じがする……」
ゴォオオオ!
スケボー型フライトユニットに乗り、首の付け根から生えるシャンダナ・スタビライザーをなびかせながら、カリオの乗ったブンドドマルが猛スピードでサーズデに接近する!
「ホントデケェなインチキ要塞! 大丈夫なんだろうなみんな……!」
(天上災禍㉑ へ続く)




