天上災禍⑧
◇ ◇ ◇
「よし、合流できたな」
空が赤くなり始めた頃、レトリバーⅡとハットリシティの地上艦は、今回の作戦に参加する他の人員との合流地点に到着した。
「二十隻ぐらい……これからもう少し増えるにしても三十隻に満たないってところか。コレでアレに対抗できるかって言われると……」
「どうだろう? でもいくら味方が多くても相手がアレじゃ不安は消えないと思う」
ニッケルとリンコは舷窓から外に待機している他の地上艦の群れを眺める。その時、ニッケルの胸元の無線機から、カソックの声が流れてきた。
「エチゴ連合から装備提供の申し出があった。説明するから格納庫来てくれってよ」
◇ ◇ ◇
エチゴ連合製大型地上艦「セントバーナード」。同じく大型輸送艦のレトリバーⅡと比べても二倍以上の体躯を誇るその船に、カソック、ニッケル、リンコ、そしてメカニックのタック・キューとミントン・バットの五人が招かれた。
「ヤッホー! 久しぶり! いや、そうでもないかな!」
「誰だお前」
「ええ……ピエン・ピエールだよ!? この前一緒に戦ったでしょ!? ものすごく強くてかっこいい僕だよ!?」
レトリバーの五人がセントバーナードの格納庫に着くと、ピエン・ピエールとオコジ・イタチがそこにいた。ピエンを邪険に扱うニッケルを見て、オコジは愉快そうに笑う。
「お互いとんだ仕事を頼まれちまったな」
「これだけヤバい仕事だもん、そりゃあなたとピエンは真っ先に頼まれるよね。他にはどんな有名人が来てるの?」
「ここにはいねえんだがな、さっき見かけたのは西海岸の――」
オコジは格納庫に来るまでに見かけた、今回の作戦に参加する有名どころのビッグスーツ乗りをリンコに教える。その最中、オコジはふとキョロキョロと周りを見回す。
「アイツはどうした? カリオ・ボーズ。一緒じゃねえのか」
「それが……ちょっと派手に怪我しちゃって医務室行き。大事には至ってないんだけど意識が戻らなくて」
「おいおいそりゃ悪いニュースじゃねえか!? 生きてるのならいいんだが、アイツがいねえのは痛手だぞ」
その時、スーツ姿のブロンドヘアの男――トロン・ボーンがオコジ達のところに歩み寄ってきた。トロンはニッケルとリンコに微笑む。
「久しぶりだ。元気そうで何より……と言いたいところだが、今聞こえてきた話だとカリオ君は怪我しているのか」
「トロン! そうか、エチゴ連合の総長になったって聞いていたが」
「君たちと接触したハットリシティや他の組織と協力して作戦に参加させてもらう、よろしく頼む。追加装備の件は今、君たちのところのメカニックに連合の者から説明させてもらっている」
トロンはニッケルたちの後ろを指さした。タックとミントンが作業着を着た連合のメカニックと思われる者と話し合っている。
そのさらに後ろ、大きな飛行機のような機械が鎮座している。一対の翼の間に竜の頭のような突起、下部には鋭い爪を持つ足のような部位が見え、その姿はさながらワイバーンのようだ。それに気づいたニッケルとリンコに、トロンが説明する。
「〝リュウビ〟……大体のビッグスーツの脚部に装着できる飛行補助ユニットだ。対モンスタンク用に開発を進めていたが、早くも役に立つときが来た」
「俺達がアレを?」
「八機ある。うち二機を君達が使うつもりはないか?」
「いいの? 私たち以外でもっと適性ありそうな人とか……」
「他のメンバーにも相談したが、君たちが使うことに異議は出なかったよ」
リュウビの足元にいるタックがニッケル達に手招きしながら叫ぶ。
「おい、ニッケルとリンコもこのメカニックさんたちの説明聞いとけ! 使いこなせなきゃ俺たちに明日はねえ!」
◇ ◇ ◇
イリエシティは静寂に包まれた。
三桁いた治安部隊のビッグスーツ部隊は全滅、港で脱出準備をしていた住民も飛来した二足歩行兵器「ウストク」に包囲され、ライフルの銃口を向けられ沈黙せざるを得なかった。住民の脱走を止めているウストクは、肩と頭部がほぼ一体化したような、首のない異様なデザインであり、それを見上げるしかない人々は、治安部隊のビッグスーツとはかけ離れた威容にただ恐怖するしかなかった。
街の上空、覆いかぶさるように滞空するサーズデのコックピットで、マドクは顎をさすりながら考えていた。
「我々の時代の都市とは違って単体で物資を自給自足できるようには見えないが……ゼロセブン、進捗はどうだ?」
「この街の長は特定しました。住民の誘導のため港にいるようです」
サブモニターにゼロワンやゼロスリーたち同様、またも白肌にスキンヘッドの男性が映し出され、マドクの問いに答える。
「そちらにいるならば丁度いい。ゼロツー、その者に通信機を一つ手渡し、自分のオフィスに戻るよう伝えろ」
◇ ◇ ◇
テエリク大陸から西に、海を隔てて隣にある大陸、オトナリ大陸。
その東端を領土に収めるイストー共和国。テエリク大陸から離れたこの国にも、マドクの襲撃の報は伝わっていた。
「ケーワコグ共和国解体から二年半、諜報員を派遣して様子を見ていたが……恐れていた事態の一つが現実となった」
灯りを消した一室で壮年の男性が葉巻を吸いながら、惑星マールの地図やサーズデに襲撃された村の映像が映るスクリーンを見つめる。この部屋にはイストー共和国の軍の重役が集まっていた。
「とはいえ我々が手を出すのはまだリスクが大きくないか? しかも乱暴なやり方で」
歳は同じくらいで、ちょび髭の男性がそう発言するのを聞いて、葉巻の男性はその灰を灰皿に落とした。そして答える。
「周囲の国がテエリク大陸を腫れ物扱いしている今なら、多少強引な手段を取れる。イニスア文明の危険因子を放置して、オトナリ大陸まで損害を被ることになったらそれこそ取り返しがつかない。お前が心配するように『イストー共和国は酷い国だ』と諸外国や民衆に蔑まれるかもしれない。だが逆に言えば、今ならその程度で済む。経済制裁も今の諸外国の状況ならそう派手なのは食らわないだろう」
ちょび髭の席の隣で、スクエア眼鏡の若い男が頷いた。
「惑星マールではいたるところで銃弾が飛び交うくらいの小競り合いが発生しています。冷酷な話ですが、大災害級の脅威を排除するのに千の一般人を犠牲にしたところで、一週間後には忘れ去られているでしょう」
それを聞いてちょび髭は少し低く唸ると、苦渋の決断と言わんばかりに、腕を組んで言った。
「……カクタシティの報せを受けた今、手をこまねいているわけにもいかないか」
「決まりだ」
葉巻を再び吸い始めた男は、スクリーンに表示された地図、そこに記された「イリエシティ」の文字を睨むように細い眼で見つめる。
「テエリク大陸に出現した空中要塞に、ミサイル攻撃を行う」
(天上災禍⑨ へ続く)




