天上災禍⑥
◇ ◇ ◇
「うーん、流石になんか証拠が欲しいかな……」
「同感だ。アンタみたいなのが出張ってきて嘘つくワケないってのはわかってるが、いくら何でも過ぎる」
トロン・ボーンの地上艦の応接室に招かれたピエン・ピエールとオコジ・イタチは、十キロメートル四方の空中要塞が北からやってきて、村々を破壊しているという突飛な話に、眉尻を下げて困った顔を見せる。
トロンは自身が座るソファの後ろに立つ、オーバル眼鏡の秘書の女性に指示を出す。秘書はトロンの向かい側のソファに座るピエンとオコジに見えるよう、彼らとトロンの間のテーブルの上にタブレット端末を置いた。端末のディスプレイに、粗い映像が映し出される。
「……」
「……」
沈黙するピエンとオコジの二人。
「……証拠のつもりで出したが、流石に加工した映像だと思われてしまうかもしれないな」
茶化した風な声色だったが、トロンの表情は至って神妙だった。ピエンとオコジは顔を見合わせる。
映像には逃げ惑う人々、破壊される建物、そして空を飛び回る人型兵器と――空を飛ぶにはあまりにも巨大すぎる島のような物体が映し出されていた。
「……とりあえず信じて話を進めるかい? 噓だったら――ってか嘘の方がいい話だぜこれは」
「そこは僕も同意。時季外れのエイプリルフールであることを願いたいなあ」
オコジとピエンはもう一度映像を見せるように秘書に頼んだ。秘書は端末を操作してもう一度最初から映像を再生する。
「……空飛んでるの、人型ではあるけどビッグスーツなのかな。見慣れないデザインだ」
「デカブツの方はいくらなんでもデカすぎる。今の大陸の技術じゃ、大型の地上艦が小一時間飛ぶのがやっとのはずじゃなかったのか」
「オコジのおじさんはコイツ倒せそう?」
「無理に決まってるだろ。ちなみにお前も同じ感想だろ? ピエン」
映像が終わるとトロンが話し始める。
「出現後、エチゴ連合が知り得るあらゆる企業・組織を確認したが、このような兵器の存在を確認できなかった。最大級のモンスタンクでも大きさはこれの三分の一にも満たない」
トロンは無意識のうちにネクタイを緩めた。この事件の対処のため、あちこち動き回ったせいか、疲れを隠せなくなってきているようだった。
「映像が撮れたのは大陸でも最北部に位置する村だ。そこからさらに三つの村が破壊され、このまま進攻するとまもなくイリエシティに着くはずだ」
「まもなくって……」
「十二時間だ。ここからの移動を考えると間に合わない」
◇ ◇ ◇
「巨大空中要塞……とでもいうべきか。破壊された村でそいつが確認されてすぐ、ワイらNISや色々な自治体に情報が共有され、対策に乗り出すことになった。ワイらの場合は今までのコネ使って凄腕のビッグスーツパイロットを招集して、撃破を目指す……やな。せやけど……」
「せやけど?」
レトリバーの医務室では、気を失ったままのカリオが寝ている横で、ショウ、ニッケル、リンコ、ナスビの会話が続いていた。
「集まり悪いんやわ。例えば……スズカ連合では別件で激しい戦闘があったらしくてな。アンタらも知ってるレイラ・モッツァと、それと同等の実力を持つパイロット二名が負傷。この作戦への参加は難しそうや」
ショウの発言にナスビが続く。
「アキタタウンの犬のパイロット、ボンはよりにもよって大陸の南側へ出張ってるらしい。頼んでも到着はウチらが生きているうちに間に合うかわからへん」
「手痛いな、知ってる凄腕が参戦出来ないのは……」
ニッケルは落ち着かない様子で手を握ったり開いたりしている。経験も実績も十分にある彼でも、今回の話は群を抜いて大きいと感じている。それはリンコも同じだった。無くなりかけのロリポップキャンディーをしゃぶる彼女の横で、ショウは話を続ける。
「ワイらの他やとオガワシティの真千組、イワサキシティのS.B.A.T、エチゴ連合……とか、まあ色んなところががパイロットの選出に動いとる」
「いつ動く?」
「……歯がゆいけど空中要塞がイリエシティに着くまでには間に合わん。街を占拠するつもりか通り過ぎるつもりかは知らんけど、あと十二時間で各所が集めた人員で要塞の追撃を開始する。イリエシティの住民には避難優先で動いてもらうしかない」
医務室の扉が開き、レトリバーの艦長、カソック・ピストンが部屋に入って来る。
「ハットリシティと連絡を取った。報酬はとりあえず最低五億テリ。洒落にならん緊急の事態故、細々とした交渉は後回しだ。整備班はフル稼働、俺は引き続き情報の収集に当たる。ニッケルとリンコは今のうちに体を休めといてくれ」
◇ ◇ ◇
大陸北部。
茅色の土に僅かな草が生え、空気の冷たい荒野。そこに大きな影が降りる。
幅、奥行き十キロメートル、高さ五百メートルはあろうかという巨大な鈍色の塊。とても空に浮かぶことができるようには思えない金属の塊が、荒野の遥か上空をゆっくりと南へ進んでいた。
その浮島のような金属の塊の、すぐ脇の空が陽炎のように波打つ。次の瞬間、何もないはずのそこから、小さい円盤状の飛行機が飛び出してきた。円盤の中、コックピットシートに当たる席に座るのはマドクだ。
「久しぶりだな、我が〝サーズデ〟。自動運転中も問題なかったようだな」
マドクはコックピットの壁面全体に張られたモニターを通して金属塊――「サーズデ」を懐かしそうに細い目で見つめる。
その時、モニターに別の小さな映像が映し出される。生気のない、白い肌色をしたスキンヘッドの男性の顔。
「お久しぶりです〝社長〟。お変わりないでしょうか」
マドクはその男性が映し出されたモニターを見て、笑みを作って答える。
「頗る快調だ。久しぶりだな〝ゼロワン〟。他の社員たちも元気か?」
「コールドスリープ中のトラブルの発生などはなく、私含め〝トゥエルブ〟までの幹部級社員、全員が健康そのものです」
「喜ばしい事だ、さて」
マドクの乗った円盤は、サーズデのやや後方、上部に位置する艦橋のような場所へと向かっていく。
「あの時代、成しえなかった野望を我々で叶えよう。この時代に愚者のいない理想郷を作り、そこで永遠を生きるのだ!」
(天上災禍⑦ へ続く)




