トリプル・オジョウサマ・ティーパーティー⑩
◇ ◇ ◇
「何たることだ……あのクソ傭兵、あれだけデカい態度取っておいてやられおって……!」
地下施設の別区画にある一室で、監視モニターの様子を見ながら、マテガイ社の重鎮は拳を機械に叩きつけた。
「クソ真面目のスズカ連合め! 我が社が産んだ偉大な製品を潰しにかかるとは! 最先端で可能性に満ちた――」
「何が可能性ですか散々死人を出しておいて」
誰もいないはずの後ろから聞こえた落ち着いた声に反応して、重鎮は驚いて振り返る。 そこには燕尾服に身を包んだ老紳士が二人立っている――レイラの執事であるバジルとベルの執事であるオレガノだ。
「隣の建屋で老若男女様々な死体の山を見ました、あなた方の仕業ですね? どこから連れて――いえ、攫ってきたのですか? あの人数です……今この場で問いただしていたら時間がかかりすぎますかな」
バジルは鋭い視線を重鎮に向ける。その手にはごく小さい拳銃が握られている。彼に続いてオルガノも口を開いた。
「大人しく同行してもらえますかね。そうして頂ければ《《少なくともここでは》》痛い目にあわずに済みます」
重鎮は歯軋りして腰に手を伸ばした。次の瞬間――
パァン!
――乾いた発砲音と共に、重鎮の手から白銀色の拳銃が転がり落ちる。血の流れる手を庇うように、身を屈めて顔を伏せる重鎮。その髪の毛を掴み上げて、バジルは彼の顔を無理やり自身の方へ向けた。
「その気がないのなら仕方ありません。手荒なやり方になりますが《《全て吐き出してもらうまで》》協力して頂きます」
その言葉を聞いた重鎮は、涙目になりながらも執事二人を罵った。
「馬鹿どもを実験台にしたからなんだ! 偉そうに正義面しおって……あのお嬢様の家と何が違う? えぇ? アイツらだって屍の山を築いた薄汚い〝武器商人〟だろうが!」
真正面からその言葉を聞いたバジルは一瞬、静かに目を閉じた。だがすぐに目を開けて重鎮を睨みつけると、彼の頭を掴んだまま引きずり、オレガノと共に部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
「私と勝負してレイラ・モッツァ!」
パーティー会場でスピーチが行われている中、モッツァ家の令嬢である少女、レイラにカマン家の令嬢の少女、ベルが突然宣戦布告した。スピーチを行っていたカパナ・モッツァはそれを中断し、会場の人々は呆気に取られる。ノイマン・カマンは当然頭を抱えていた。徐々に会場は変な方向に盛り上がっていき、成り行きで会場に隣接する庭園で少女達の一騎打ちが行われることとなった。
十分後。
庭園を囲むギャラリーはどよめいていた。一騎打ちはレイラの勝利で終わったようだった。
だが、まだ幼い少女のレイラは目を丸くして驚いていた。その顔を見上げる泥だらけの少女、ベル・カマンは眉間に皴を寄せて彼女に言った。
「何よその顔は! そんなに私が弱いって言うの!?」
違う。逆だ。
レイラはそう言葉に出そうとしたが、言う間もなくベルがまくし立て始めてしまい、タイミングを逃す。
「今のはその、ちょっと、こういう場だから緊張して実力がだせなかっ……違うわね、言い訳がましいですわ。いえ、ひょっとしてこうして色々考えている時点で言い訳がましいですの? と、とにかく負けてませんわ! ノーカンです! ノーカンですの!」
「ベル、もうよしなさい。すみませんウチの娘が」
困った顔したノイマンが、ベルに歩み寄って腕を引っ張り、退散していく。そのどこか間抜け、もとい微笑ましい様子に、どよめいていたギャラリーは笑い始め、和やかな雰囲気になっていく。だが残されたレイラは笑顔を作ることなく、悔しそうな顔をして引っ張られていくベルをずっと見ていた。
レイラの執事であるバジルが、彼女に歩み寄り手拭いを渡そうとする。
「汗をお拭きくださいお嬢様……にしても初めてですね。レイラ様と一戦交えてまだ突っかかってくる方というのは」
レイラは目を丸くしたままバジルの方を向く。
「そう、そうなの爺や。今までは大人の人でも、一戦交えたらみんな目を伏せて諦めて帰っていったのに。あの子、私に突っかかってきた」
普段、少女ながらあまり興奮することのないレイラが、珍しく驚きを隠せないのを見て、バジルはにっこりと笑ってその手を取り、手ぬぐいを手渡した。
「カマン家のお嬢様とのことですから、帰ったら一度連絡してみましょう。友人が増えるのはいい事です」
◇ ◇ ◇
「ベル、肩を貸すわ」
「いりませんわよ。もう敵もいないしちょっとぐらいなら歩けるってば。貴女こそ量産機相手にグダグダだったじゃない。痛いんでしょ足」
「何ともありません」
「強情ですわ」
「どっちが」
地下施設での激闘の決着は着いた。
辺りに転がる敵傭兵達のビッグスーツの残骸。レイラ達の後から進入してきたスズカ連合の部隊が、次々とそれを跨いで通り過ぎていく。
「あ、あの、せっかく別動隊が後処理するために来てくれたんですし、ついでにお二人もゆっくり搬送されてもいいんじゃ……あの人たちの装備ならビッグスーツごと運んでもらえますよ」
足の前でフェンテンブロを両手で持つノスリ。そのコックピットでポネが、おずおずと二人にそう提案してみる。
「いえ自力で艦に戻ります」
「いえ自力で艦に戻るわ」
即座にかつ同時に二人にそう返されて、ポネは「は、はい……」と小声で返事してシュンとする。
ほんの少しだけ気まずい空気、少しの沈黙の時間が流れる。レイラは横目にベルの乗るサシバを見る。久しぶりに彼女と共闘して改めて、ベル・カマンという女の性質の悪さを思い知らされた。レイラはそんな彼女と初めて会った、幼き日のパーティーのことを思い出していた。
「何をこっち見てますの」
ベルが不機嫌そうにレイラに聞く。レイラもまた不機嫌そうに返した。
「……別に。ちょっと昔の事を思い出していて」
「んん?」
「何でもありません。私は先に艦に戻ります」
「足ガクついてますわよ。大人しくポネの言う事聞いて運ばれたら」
「人のこと言えまして?」
◇ ◇ ◇
数日後。
モッツァ邸正面玄関。青いドレスを着たベル・カマンがその前に仁王立ちしていた。
「おーっほっほっほっほっほ! 傷も癒えたし早速あの女を叩きのめしますわよ!」
「お嬢様、野暮ですが貴女の怪我は治りきってません。流石の貴女でも全治までにはあと一週間かかる見込みです。無理はよろしくないかと」
「ホントに野暮ねオレガノ! あなたは大人しくそこで私があの女の首を持って返って来るのを待ってなさい」
「殺人もよくないですよ、お嬢様」
横についてきたオルガノのツッコミを受けながら、ベルは玄関の大きな門を開いて庭に足を踏み入れようとした――そのときである。
ビーッ!
「え?」
突然大音量のブザーが鳴り響き、庭のあちこちから回転式銃座が姿を現す! その銃口はすぐにベルの方へ向いて一斉射撃を始めた!
ドガガガガ!
「のああああ!! なんなんですの!!」
ベルは四方八方に飛び跳ねて銃弾を回避! すると正門に取り付けられたインターホンからレイラの声が響いた。
「ごきげんようベル。最近の世相を鑑みてちょっと我が家のセキュリティを強化することにしましたの」
「殺意が高すぎましてよ!?」
「こうでもしないと貴女毎日くるでしょう? ちなみに今日はポネとの約束がまたあるので貴女に構っている暇はありません。というわけで――」
涙目のベルに向けてインターホンからレイラは言った。
「会う時は、ちゃんと、事前に、連絡を。……なるべく会えるように調整しますので」
言い終わるとレイラはインターホンをガチャ切りし、微笑みながらテーブルの上のティーカップに手を伸ばした。
(トリプル・オジョウサマ・ティーパーティー おわり)
(天上災禍 へ続く)




