フィーンズ・バンケット―タヨコ・ソーラがつるはしを捨てた日―⑬
とある街。とある裏通り。
怪しく光る小さなネオン看板の小さな闇クリニックの前で、ユデン・チネツ・フリクはだらしなく壁にもたれ掛かって待っていた。
「煙草何本吸うんだよお前ら。足元が灰で砂漠になりそうじゃねえか」
「仕方ない。近くに酒場もないし暇も潰せんしな。妙なところで商売してるもんだ」
「ユデンは吸わねえの?」
「不味いもんそれ」
ぎぎぃ、と軋みながら闇クリニックの扉が開き、中からタヨコが出てきた。
「……おう、思ったよりスッキリバッチリ取れたじゃねえか」
タヨコの顔を見た三人はからかうような笑顔を見せた。その顔を見てタヨコは少し不機嫌そうに「ムッ」と声に出した。
「何よ。見せもんじゃないわよ。 ……一応礼は言っておくけど」
そう言ってタヨコは左の目を優しく触る。
――そこにあった巨大な腫れものは綺麗に切除されて、まだ瑞々《みずみず》しさに満ちた眼が右目と並んで姿を現していた。
「腕いいな。手術した跡なんてわかんねえ」
「おまえが見つけてきたクリニックなのに腕のほどは知らなかったのかフリク」
フリクとチネツが揃って行儀悪く煙草の火を地面で消す。タヨコは三人に聞いた。
「よかったの? こないだの襲撃で得た金使って」
それを聞いたユデンが、タヨコにカード上の端末を放り投げた。キャッチしてみると、携帯電子クレジット端末のようだ。
「お前の取り分が振り込まれてある。好きなように使ってくれ。使い過ぎには気をつけろよ。貸したりする気はねえからな」
「いいの?」
普段見せない謙虚なタヨコに、ユデンはあぁん? と何言ってやがると言わんばかりにタヨコの額を小突いた。
「わかんねえか。強い者にはより良いモノを。より奪った者にはより多くのモノを。権力にも慈悲にも年功序列にも従わない、それが俺達のやり方だ。マフィアの掟やホワイトコミュニティ共の法律なんかよりよっぽどいいだろ」
タヨコは口を半開きにしてユデンの言葉を聞いていた。
「おまえがいなかったら俺もチネツもフリクも死んでただろうし、この夢のような独立劇は成功しなかった。コンプレックスの瞼一つ切り落とすだけだとお釣りがくる活躍をおまえはしたんだ。遠慮なく貰えるモノは貰え」
ユデンがニカッと笑うと、チネツとフリクも口角を上げた。
タヨコはクレジット端末をギュッと握った。
「……いや、ちょっとまさか……意外だったわね」
「おい! まさか泣くのか?」
「泣くかも……アンタが気持ち悪くて」
このガキもう一回腫れ物作ってやろうか、と腕を振り上げるユデンをチネツとフリクが制止する。タヨコはその様子を見て意地の悪い笑みを見せた。ユデンはふん! と鼻を鳴らす。
「オラッ、することすんだら今度こそ出発だ。帰る場所はねえ、行く先は地獄! 最低最悪の船旅の始まりだ」
◇ ◇ ◇
「んああ~」
荒野をひた走る地上艦「スキッパーキ」の一室で、タヨコ・ソーラは目を覚ました。その横にはいびきをかいて眠るユデン・イオール。二人とも服は脱ぎ捨てて裸だ。眠気まなこを擦りながら、タヨコは寝ているユデンの頬を小突くと、裸の上に直接シャツを雑に羽織って立ち上がった。
洗面所に立ち、鏡を見る。そして左の瞼を優しく撫でた。
「あの頃の夢を見るなんて久々ぁ。寝た気があんましないなぁ」
廊下を歩いて散らかった大部屋に入ると、チネツ・マグがソファに座ってタブレット端末を操作していた。
「オハヨ、チネツ。何見てんの?」
「服を着ろタヨコ」
「後でね」
タヨコはそのままチネツの隣に座って端末を覗き込んだ。
「何コレ? 果物?」
「次の仕事でこれを狙う。ユデンと相談する」
タブレット端末の画面には果物の写真と地図が表示されており、「AKITA TOWN」と文字が記されている。
「小さい町……こんなトコになんかあんの?」
「町自体に直接用事はない」
「そっか」
足を組んで煙草を手にするタヨコを見て、チネツはオイルライターで火を付け、片手で差し出す。
「気が利くじゃん」
「仕事本番の日まで、お前とユデンの機嫌がいいに越した事は無い。フリクが見張りから戻ったらユデンも起こそう」
煙草に火が点くと、タヨコは深く煙を吸って吐く。白い煙が部屋を舞い、独特の匂いを撒く。
「強めの煙草ね。ユデンが嫌がりそう」
チネツもタブレットをテーブルに置いて、煙草に火を点けた。
「アイツと一緒にいると、強い方が気が休まる。仕事の方は次ぐらいは薄味でもいいんだがな」
(フィーンズ・バンケット―タヨコ・ソーラがつるはしを捨てた日― 終わり)
(モータル・コンバット・オブ・オーチャード へ続く)




