マヨ・ポテトの災難EX㉒
◇ ◇ ◇
ドスン！
「……！」
折れた実体剣を見つめて考えるカリオの目の前に、四本腕に四つのバックラーを握った大型のビッグスーツが着地する。
「銃を持たない黒いクロジ……おまえがコレスさんの言っていた元陸軍准尉の腕利きか。だが……この『メヒドリ』の敵ではなかろう」
四本腕の機体、メヒドリがバックラーをピーカブースタイルに近い形で構えて、カリオにゆっくりと近づいてくる。
「キクチシティの仕事でお互い顔は知っているかもな。俺の名はエンブン・トリスギ。おまえは知らんだろうが、キクチシティに潜り込む前はルース・サテールと同じ研究所で働いていたんだ……まあ、つまり、あの研究所の襲撃には大いに関係しててね」
「……あ？」
「最初は殺すつもりなどなかったんだぞ？ 後で聞いた話によるとあの女が事態をややこしくして勝手に死んだようなもんらしいじゃないか。バカだよな女って、合理的な判断も一切できない」
カリオは無言で折れた剣を投げ捨て、腰のビームソード「青月」に手を添える。
「……あの日のコト、知ってるんだな？ コレスが殺したのは間違いねえだろうが……全部喋ってもらうぞ。四肢を斬り落としてでもな」
殺気立つカリオの様子を見て、エンブンはコックピットで口角を上げる。
（ククク、よしイラついてるな。我ながら挑発が上手……）
「ギャリワン・トルネェエドォオオオ！！」
「！？」
ギュォオーン！
突然のシャウト、そして風の変化を感じ取ったエンブンは、反射的にバックステップして後ろに下がる。その刹那、目の前をドリルのように高速回転する何かが大地を抉り取った！
「む！？」
地面を抉った何かはクルクルと縦回転してカリオの横に着地する。それはアキタタウンでの仕事で共闘した、白銀の狼型のビッグスーツ――エクスギャリワンだ！
「おまえ……喋るポメラニアン！」
「ボンだ！ 二文字なんだから名前覚えろや！ ハゲオ・ボーズ！」
「カリオ・ボーズだ！」
エクスギャリワンを駆るのは、古代イニスア文明が生み出した喋る犬の勇者――バトルポメラニアンのボンである。
「と、突然何なんだ貴様！ 危うく死ぬところだったぞ！」
裏返った声で怒るエンブンに対して、ボンは唸り声を上げて睨む。
「うっさいわこのちんちくりんが！ 勇者の出張先で悪さしようなんざ百年早えんだよ！」
両者が睨みあう中、エンブンの後ろに他のコレスの部下の乗った白いクロジが続々と集まって来る。十機はいる。
「……手伝ってくれんのか、ボン」
「勇者はよいこのお客様なら無料だ」
カリオとボンは腰を低くして構える。一時散り散りになっていた味方部隊も集まってきた。二つの集団がそれぞれ仕掛けどころを探り合う。
◇ ◇ ◇
カカァーン！
「ぐぬぅううう！？」
ナイゾウのメヒドリを紫色の電撃が襲う！ 電撃はナイゾウの真上から頭に直撃し、いくつもの光に分かれて装甲を伝い、地に逃げる。雷遁・閃槌！ ショウの忍法だ。
ザシュッザシュッザシュッザシュッ！！
間髪入れずにレイラがナイゾウの機体を飛び越しながら、四つの高速斬撃を叩き込む！
「ギャァアアア！！」
斬撃はメヒドリの四本の腕を見事斬り落とし、フィードバックされる激痛にナイゾウは悲鳴を上げる。
ロマン流剣技、クアドラプル・マズルカ！
ガァン！ バシュゥバシュゥバシュゥ！
腕を失い、ガラ空きになったメヒドリの胸部のコックピットへ、ニッケルとリンコはスナイパーライフルやチョークで、射撃を見舞う！ 放たれた射撃は全て命中し機体を貫通、メヒドリのボディに大きな風穴があく！
「……」
コックピットが丸ごと消滅したメヒドリから、声が聞こえる事はない。メヒドリはゆっくりと仰向けに倒れ、砂埃を上げながら沈黙した。
「イ、インチキ野郎どもだ！」
「クソッ！ あんなの相手にしてられっか！」
リーダー格であるナイゾウを失ったコレスの部下達は、ニッケル達に反撃することもなく、散り散りになってその場を逃げ出す。
「やれやれ、リーダーやられたらトンズラとは。気概の無い奴らやな」
「チッ、大半を斬り損ねましたわ。ところでこれ……」
逃げ出した部下達の背を、呆れ顔で見ていたショウとレイラは、目の前の光の竜巻を見上げる。
「これなぁ、どうするんや……」
「貴方の機体の忍法ってハイパーマイクロボット……エメト絡みの技術でしょう？ なんとかならなくて？」
「真面目に答えると、普通はエメトを操作するのには操作する〝親〟となる機器を、操作されるエメト本体である〝子〟に認識させる作業が必要なんや。この竜巻になっとるエメトが〝親〟やと思っとるのは謎だらけ不思議メカのプルツ・サンデ。ワイのオールリやナスビのヤマガラが権限を奪えるとは思えへんな」
リンコは銃を下ろすと相談し合う二人に声をかける。
「え、えーと、すごい助かったんだけど、どうしてここに……？」
二人のうち、ショウが振り返ってまず答える。
「元々ドーンブレイカーの連中はNISでもマークしとったからのぉ。先日キクチシティで派手に動きがあったって、たまたま近くで別の任務に当たってたワイらに報せが届いてな。聞いてみりゃ、襲われたのはアンタらの船やって聞いて驚いたわ。のう、レイラ嬢？」
ショウに話を振られ、レイラも剣を収めながら答える。
「嫌ですわね諜報機関って。まさか父の会社の用事でこの近くにいることが筒抜けだったなんて。一体何人のエージェントを大陸中に放って《《貴方がたのご友人》》の監視をしていますの？」
「スマンて。ほら、こういう時のためや。ワイらだけやったら心許ない時に、近くにいる《《友達》》にすぐ頼めるやんか」
「……というわけで、私はショウさんに頼まれて。もっとも、ドーンブレイカーの動向はスズカ連合でも注視してましたし、こちらとしてもいい機会ではありますけれども」
レイラに睨まれて苦笑いしながら、ショウは周りをキョロキョロと見回す。
「あの兄ちゃんは？ ビームソードだけの丸刈りの」
ニッケルとリンコはレーダーを確認する。コレスの基地を挟んで反対側に映る複数の点。
「陽動を頼んでいる……この竜巻を挟んで反対側だ」
◇ ◇ ◇
「うんしょ、うんしょ」
エンブンとカリオの目の前で、ボンのエクスギャリワンが一生懸命転がりながらボディに装備を取り付けようとしている。
「おい……そろそろいいか？」
「待って、合体中の攻撃禁止……」
エンブンがイライラしながら待って十数秒後、エクスギャリワンが装備の装着を完了した。装甲の隙間から白い冷気が噴き出ている！
「エクスギャリワン・フロストパック装備だ！ 腕の数が自慢らしいその機体、アイスキャンディーにしてくれるわ！」
「駄犬が！ 調子に乗るな！」
ボンとエンブンが互いに突撃しようとしたその時である。カリオは空気の流れの僅かな変化に気づいた。
「……！！ 伏せろボン！」
カリオは言うと同時にエクスギャリワンに飛び掛かり、地に伏せさせる。その刹那、突風がすぐ上を通り過ぎ、遅れて轟音が響き渡る。
鋭い風がクロジの頭部を撫で、カリオの頬に一筋の傷を作り、血が滲み出る。
すぐに風は収まり、静寂が訪れる。
不自然なほど、静かすぎた。先ほどまで饒舌なほどであった、憎たらしいエンブンの声も、スピーカーからは聞こえない。
カリオは顔を上げる。目に入ったのは首から上がなくなったメヒドリの胴体と、バックラーを握ったまま千切れた四本の腕、そして同じようにバラバラにされ、スクラップと化した何体もの白いクロジ。
そのいくつもの残骸の中央。
立つのは二丁の複合武器を手にした赤色の機体。
そのコックピット、シートに座るのは赤い瞳に銀髪の女性。
（……勘弁してくれよ、何でよりにもよってこんな時に来るんだよ！）
カリオは降って湧いた理不尽に震える体を起こし、ビームソードを充填部から抜いて構える。
赤い機体「フライデ」のパイロット――イルタはカリオの存在に気づく。
「……あの時の君か。今ので全員斬り伏せたつもりだったが、生き残っているとはな。殺しておかないで正解だったか」
（マヨ・ポテトの災難EX㉓ へ続く）
