マヨ・ポテトの災難EX⑰
◇ ◇ ◇
空が白み始める。カリオはベッドから起き上がり、部屋から出る。仲間達の怪我の具合が気になり、医務室へ向かう途中、廊下でニッケルと顔を合わせた。
「少しは寝られたか?」
ニッケルが疲れの取れない顔で苦笑いを作りながら聞いてくる。
「いんや、でも横になれただけでもだいぶ楽になった」
そう言いつつも、カリオの声は少し弱々しい。普段であれば深夜に一戦交えたぐらいでは疲れることなどない二人だが、マヨが攫われ、何人ものクルーの命を奪われたことによる、精神的なダメージは大きかった。
「オヤジに聞いたが、クライアントはもうニ十分もすりゃ到着するらしい。歯磨いとかねえとな。リンコは起きてるかねぇ……」
薄く伸びた髭を撫でるニッケルの横で、カリオも手を顎に当てる。
「クライアント……トロン・ボーンって言ったよな? 向こうは俺のコト知らねえだろうが俺は……多分知ってる」
◇ ◇ ◇
カミヤシティから派遣された医療船内でブリーフィングが行われることとなった。例によって艦長のカソックと、カリオ・ニッケル・リンコの四人で出席する形だ。
医療船への乗り込み口ではトロン・ボーン自身が出迎えた。整った顔立ちに美しいブロンドヘアが似合う、三十代と思われる男性だ。
「やっぱりか」
タラップの下からトロンを見上げるカリオがそう口にすると、トロンは目を細めて微笑んだ。
「私は君に刺されてもやむなし、と思っていたがなるほど、見た目より優しい男のようだな」
「同じ軍だったからって皆が皆コレスと同じとは思ってねえよ」
同じ軍? と聞いてくるニッケルに、カリオはトロンと目を合わせたまま答える。
「トロン・ボーン。元共和国陸軍少将だ」
それを聞いたリンコは口をあんぐり開けて驚く。
「将官!? あの若さで!? あのイケメンが!?」
「あの軍の階級の基準はよくわかんねえ。俺も写真で見たことがあるだけで、直接会うのは初めてだよ」
そう言うとカリオは、トロンの後ろに立つ小柄な年配の男が自分達を睨みつけているのに気づいた。トロンもそれに気づくと、その年配の男の方を向いてジェスチャーで下がるように促した。男は渋々《しぶしぶ》といった様子で艦内へ帰っていく。
「そうだな、直接こうやって会うのは初めてだ。君のコトは色々な人間から話を聞いている……っとそうだ、のんびりはしていられないな。中で話そう」
◇ ◇ ◇
「……さっきのおっさん、俺達のコト……」
船内の廊下を歩きながら、カリオは思わずトロンに聞いた。
「すまない。彼は――反乱軍に身内を酷いやり方で殺されていてね。レトリバーが戦争中、反乱軍側についていたと知ってからあの調子だ」
「そうか……」
ニッケルとリンコが複雑な心境になっているのをトロンは見逃さなかった。
「……私も元軍人とはいえ、戦争はもうこりごりだ。あんなにも短い戦いだったにもかかわらず、失ったものは数知れず、そのくせ地獄行きの罪状は毎日のように増えていった。彼の事は気にしないでくれ……というのも無茶だとは思うが、君たちがそのような冷酷な人間でないことはわかるし、あまり気負って欲しくはない」
応接室についた。小奇麗なソファとテーブル、その上に小さめの立体映像プロジェクターが置いてある。
「この件、カリオ君からはどれくらい話を?」
応接室に通されたレトリバーのクルー達がソファに座ると、トロンも座り、そう聞いて来た。
「話、というよりは……カリオが軍を抜けて、レトリバーのクルーになったのが、ちょうどホシノタウンが襲撃され壊滅した時だ。その襲撃と、今回のマヨの拉致の主犯が十中八九、カリオの上官だったコレスって奴だろう……というところまではここにいる全員が把握している」
「そうか……大まかな状況は知って頂けているようだ」
トロンは目を瞑る。
「コレスにホシノタウンの駐屯地を任せたのは、私を含むその時の共和国軍の将官だ。ホシノタウンとカリオ君の知人の犠牲、マヨ・ポテトの拉致について、コレスの上官である私にも非がある。深くお詫びしたい」
トロンは深く頭を下げた。
「ちょ、おい」
突然の謝罪に戸惑い、言葉に詰まるニッケル達。トロンは顔を上げると一同を真っ直ぐに見つめ返す。
「……恥を承知の上で、マヨ・ポテトの救出と、コレス・T・アクダマの討伐及び武装集団『ドーンブレイカー』の殲滅、君たちにお願いしたい」
トロンが頭を上げると、ニッケルが一泊置いて言葉を発する。
「……つまりこの仕事、俺達にとっては身内の奪還・仲間の敵討ちだが、おまえさんにとっては過去の失敗の清算がかかってるワケだ」
「利害の一致もそうだが、今回の仕事内容からして半端な腕の者には頼むことはできない。一流の少数精鋭を『ブラックトリオ』にお願いしたい」
リンコが「うしっ!」と小さく声に出して拳を握る。
「受けようよ。私もこの仕事、他の人に任せたくない」
カリオもトロンを見て答える。
「俺も――」
――不意にカリオの頭に、あの日、自宅の玄関から出発するルースの笑顔が浮かぶ。
「――俺も、やるよ」
三人の目を見ると、トロンは改めて彼らに託すべきだという思いを強くする。
「ありがとう。ではより詳しい状況のおさらいと任務の内容を私から説明させていただく」
◇ ◇ ◇
「エシュルはどうだ」
とある施設。ロングコートを着たコレス・T・アクダマが、白衣に身を包んだ部下に問いかける。
「ぐっすり眠ってますよ。最後の検査は間もなく済みます。クリアしたら『プルツ・サンデ』へすぐに〝接続〟可能です」
そう答えた部下の視線の先、周囲を様々な検査機器やロボットアームで囲まれたベッドの上に、検査着姿のマヨ・ポテトが仰向けに寝ていた。
「そうか。接続までは慎重にな」
コレスの口角は言葉の生真面目さとは裏腹に歪み、つり上がっていた。隠しきれない、もうすぐ手に入る大きな力への興奮。
(……)
マヨの意識は眠りの底に落ちていた。その微かな意識が、不安と寂しさでロウソクの小さな火のように、暗がりの中で揺らいでいた。
(マヨ・ポテトの災難EX⑰)




