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3話


「…何をしておる?ほれ」


初老の男性はチャリチャリと手のひらの鍵を鳴らした。


「…え?鍵?」


「あんた入居人だろう?201号室の鍵。今日は君で最後さ」


「…あ、はい。ありがとうございます」


僕はチャリンと鍵を受け取った。どうやら大家さんらしいと言うことを僕は数秒ほどたってから理解した。

よく考えてみたら、こんな人目に付く場所で殺されるわけなんてないのに…自分の思考が少し恥ずかしくなってしまう。疲れてんのかな?

でもさっきのあの威圧感はどう考えても勘違いじゃなさそうだったけど…


「あの、なんで僕が新しい住人ってわかったんですか?」


「あんたこの辺の人じゃあないだろ?」


「あ、ああ。はい」


「他所から来た人間は優しい目で山を見るからなあ。長い間生きてりゃなんとなくわかるもんさ」


「この近辺の人は優しい目で見ないんですか?」


ちょっと意外だった。

田舎の人はみんな優しそうだとおもってたのに…


「まあそうだなあ。少年の実家はどうせ都会だろ?乱立するビル群をキョロキョロ見渡してる人間がいたら、そいつを近隣の人間だと思うかい?」


そう言われて妙に納得してしまった。

確かにそうは思わない。


「ここは都会みたいに近くに便利な店も遊べる場所もないけど、みんないい人ばっかりさ。都会では学べないことも多かろう。今日は疲れただろうからゆっくり休みなさい」


そう言われた瞬間、何か重いリュックでも背負わされたかのように、どっと疲れが押し寄せてきた気がした。


「はい、ありがとうございます」


「私は101号室に住んでるから何かあれば来るといい。ちょうど君の部屋の真下だ。ガールフレンドや友人を連れ込むのは構わないが程々にしてくれたまえよ」


にやりと笑う。それは不敵という言葉が良く似合いそうな笑みだった。


「…あいにくガールフレンドも友人もいませんよ」


「ふはは、これからできるんだろう?全く…いっぱい勉強していっぱい遊ぶってのは学生だけの特権だろう?無下にしちゃ勿体ないよ」


「それは…まあ、できると嬉しいですけど」


「ふふ、少しこっちへ来たまえよ少年」大家さんは手をクイクイとやって俺を呼んで見せる。大きく骨張った手だった。少し近づくとそっと耳打ちをされた。


「良い娘がいたら紹介するんだぞ?そうすれば家賃安くすることもやぶさかでは無いぞ?」


「まじっすか!?」


反射的にそう言った後に、ふと我に帰った。

マジっすか!?じゃねえよ自分…頼むからしっかりしてくれともう一人の自分に言われた気がした。反省反省。


「ふふふ、悪くない話だろう?ギブアンドテイクってやつだな。いいか少年?可愛い娘だぞ?可愛い娘限定だ。分かったな」


...でも家賃安くなるなら、囁く悪魔にいやいやと俺は頭を振る。そんな友達を安売りする様なやつになりたくない。


「悩んでるのか...意外と強情なヤツめ。じゃあ半額にしてやろう」


「...じゃあ、まあ」


考えておきます。そう答えようとした瞬間、大家さんの後ろをあの美女が通った。しかも不思議そうにこっちを見ている。


「ダメですよ大家さん。俺は友達を売ったりなんかしません!」


...ドヤ!

聞こえたかな?名誉挽回かな?僕はチラリと目をやったが美女は特に興味もなさそうにスタスタと通り過ぎてしまった。


「んん?なんだ急に」


大家さんは何かに気付いたのか、くるりと後ろを振り向く。

あれ、もしかして僕結構恥ずかしい事した?大家さんは納得したように、やはりにやりと笑って恥ずかしがる俺を面白そうに見つめた。


「なるほどな。ふふ、()()い。わかるぞ、女の前じゃ男は格好つけたくなるものよな。じゃあな少年、ちとボロいがそれも味だと言われれば悪い気もしまい。ともあれゆっくり休むといい」


「...ありがとうございます」


ふふふと笑いながら大家さんは去っていく。

大家さんの入った101号室の表札を見ると”壱國”と書いてあった。えらく古風な苗字だけど、なんて読むんだろう?


いちくに?


俺はふうとため息をついて自分の部屋に向かった。部屋は少し畳とカビっぽい匂いがした。

先ほどの恥ずかしい記憶を反芻はんすうしてもだえてるいるうちに、いつの間にか眠りに落ちてしまった。




ピンポーン。


まだ日も登っていないような薄明るい時間に部屋のチャイムが鳴る。

一度目は無視したが、二度目三度目ともなるとそうもいかなくなる。


「誰だよこんな朝早くから…田舎ってこうなのか?」


相手にも不快感が伝わるようにできるだけ不機嫌な顔をしながら部屋の戸を開けると、大家さんが満面の笑みを讃えて俺の前に立っていた。僕の中に居座っていた不快感は驚愕に変わった。


「おはよお少年。ちと早すぎたか、歳を食うと時間感覚が狂って敵わん。すまんなあ」


「いえ大丈夫ですけど、どうしたんですか?」


「少年大学生だろ?バイト探してねえかなって思ってな」


「はあ、バイト…ですか?」


確かにありがたい話ではあった。これからバイトを探して、履歴書を書いて面接してってことを考えるとかなり手間が省ける話だし、うん。ありがたい話ではあったんだけど…

でもこの人の持ってきた話と思うとなあ…どうも手放しに喜べる気がしない。なんかヤバそうな仕事を頼まれそうな気がした。


「やけに怪訝そうな顔じゃないか。嫌なら他を当たるが」


「あ、いや全然そうわけじゃないんですけど、どんな内容かなーなんて」


「そうか興味あるか、じゃあ昼頃にまた部屋に来てくれ」


あ、無視されるんだ…まあいいや、やばそうだったら適当な理由をつけてバックれよう。


「わかりました」


と大家さんの背中を見送りながらふと、思い出して呼び止める。


「...あの、大家さん。呼び方聞いても良いですか?」


「ん、ああ名前?壱國(いちくに) 一寅(かずとら)。難しい壱と難しい國。簡単な一に簡単な寅。どっちも呼びにくかったら大家でいいよ」


「すごい渋い名前ですね」


壱國 一寅。

壱國も一寅もなんだか日本刀みたいな名前だと思った。


「まあ決めたのはオレじゃあねえけどな」


「まあ、そりゃそうっすけど…」


なんか身も蓋もない返答だった。この人も飴野さんも会話の大量殺人みたいだ。会話がどんどん殺されていく。


「おい少年、心の声が漏れてるぞ」


「え、すみません」


「謝ったな少年?なんか良からぬことを思ったんだろう?思い切り表情に出ているぞ?ふふ、まあい、若い頃に牙を磨いておかねえと歳食ったらボンクラになっちまうからなあ。しかし噛み付く相手は間違えるなよ?」


大家さんは肉食獣のような凄みのある顔で笑って見せた。

キュッと心臓が小さくなる。大家さんが部屋を出た後僕はため息をつく。なんて心臓に悪い爺さんだ…



…もう一回寝るか。二度寝ってどうしてこんなに気持ちがいいのだろう。寝転がるとすぐ近くでホーキョキョとヘタクソな鶯の鳴き声が聞こえた。もうそんな季節か?


ゆっくりと目を瞑り、沈むこむような感覚と共に眠りについた。


目覚ましの喧騒にも邪魔されず、ぐっすり寝たと感じる頃にはもうすでに時計の針は1時を指していた。


「げ、めっちゃ寝てんじゃん」


俺は自分の睡眠能力に驚きながら、寝癖を直し服を着替えた。


階段を降りて大家さんのインターホンを押す。


「すみません遅くなって、色取です」


「おお、少年もうそんな時間か。悪いが今推しが配信してるんだ…後30分ほど、挨拶回りでも行ってきてくれたまえよ。すまんが(しば)し…」そう言ってバタンと一方的にドアを閉められてしまった。

というか”後30分ほど”あたりからもうドアを閉めかけていた。


「…なんだよ推しって」


僕は閉め出されたドアに向かって文句を垂れてみたが、虚しいだけだった。


でも、確かに挨拶くらいはしておくべきか。

こう言う時って何か差し入れ的なものでも準備したほうがいいのだろうか?


まあいいか。何人分買えばいいかも分かんないし。

一階は101号室から105号室まで、2階も同様201から205まで。大家さんを除き最大九人まで収容できる。その人数分買えばいい話なんだろうけれど…


一部屋四万ってことを考えると36万の不労所得か。いいなあ。僕も卒業したらボロアパートでも買って大家になろうか、なんて考えながら102号室に向かう。インターホンを押すとしばらく経ってガタガタと物音がしてガタイのいい中年男性が顔を出した。


「あの昨日201に越してきた色取と言います。引っ越しのご挨拶をと思いまして」


「ん、ああ。学生さん?」


「そうなんです。春から一回生で…」


「へえ、俺は本田ってモンだ。色取君はバイク好きか?」



いきなりバイクの話をされてもなあ、と思いながらも多分好きだろうから"嫌いです"というわけにもいかないので「バイクですか…?かっこいいなとは思うんですけど、高くって…」と答えた。


本当は一ミリも興味がないけれど。


「ははは!そうか!やっぱそうだよなあ!バイクは男のロマンだもんなあ。ちなみにどんなバイクが好きなんだ?」


本田さんは笑いながらドアから出て、俺の前に立つ。思っていたよりも背が高く少しタバコの匂いがした。


「そ、そうっすね…なんかレースとかで使われてるような感じのやつっすかね」


「おー、スーパースポーツな。あれもかっこいいよなあ、おじさんはどっちかって言うと旧車タイプの方が好きでな」


それから5分くらい、本田さんはバイクについて語り始めてしまった。


「時間取っちまったな。悪い、裏に止めてあるデカいのが俺の愛車だ。ヨンフォアってんだけどな。あ、ちなみにHONDAのバイクだぜ?」


ガハハと異性よく笑ってそれから5分くらい、本田さんはヨンフォアについて語り始めてしまった。


「悪い悪い。バイクの話になるとつい熱くなってしまってな。まだまわんだろ?あ、そうそう205の人は気をつけろよ」


「あの…怖い方なんですか」


「まあな、色んな意味で怖い人だ。関わらねえほうがいいな、まあともあれよろしく頼むよ」


俺はペコリと頭を下げ、本田さんの部屋を後にした。

悪い人ではなさそうだけど、僕がバイク好きだと思われてないか少し心配だった。車の方がいーじゃん。


103・104・105は誰も出てこなかった。不在なのか出掛けているのかはわからなかった。


続いて2階。201は僕の部屋だからいいとして、202も不在。うーん平日の昼間なんて誰も家にいないか。そう思いながら203のインターホンを押した。


ガシャン。とチェーンをかけたまま、乱暴に扉が開かれる。


「なんすか」


半開きの扉からは、金髪で狐目の女性が眠そうにパジャマ姿で俺の方を睨みつけていた。


「あ、あのこの間201に越してきたもので…あの、ご挨拶をと思いまして」


そのなんとも言えない無言の迫力に押されて俺は口籠る。中学の時苦手だったヤンキーのクラスメイトに少し似ていた。


「ああ、そう、よろしく。うち昼間は基本寝てるからあんまうるさくしないでね」


「はい。気をつけます」


「挨拶に来ただけ?」


「…はい」


「ん、じゃあ寝るから」


「はい、お休みのところ申し訳ありません」


その後なにも答えずにガチャリと乱暴に扉を閉められた。横暴な人だなあ。


…あ、そういや自己紹介してねえや。

まあいいか、あまり関わることなさそうだし。


「はあ、挨拶回りってこんなに気が滅入るのか」


えーっと、今の人が203だからあと2部屋もあるのか…

しかし神にも温情はあるみたいで俺に更なる試練を与えるようなことはしなかった。危ないと言われている205号室の人には出会わなかった。まあ出かけてる人がいたとしてもそのうち会うだろうし、その時に軽く挨拶でもすれば良いだろ。


結局挨拶回りして話したのは、本田さんと狐目の姉さん二人だけだった。

何かこの疲労感と見合ってないような気がしてならない。


「よお少年。お疲れさん」


いつの間にか俺の背後に大家さんが立っていた。ぞわりと全身の毛が逆立った。くっそ…心臓に悪すぎるだろこの人。しかし、びっくりしている様子を悟られたくなかった僕は努めて平静を装った。


「どうも。もう推しはいいんですか?」


「おや、釣れないなあ少年。さっき終わったとこだ。さっき焦って言えなかったがここのアパートは半分くらい空き家だ」


「もっと早く言ってくださいよ…僕の心拍数返してください」


「はははすまん、夢中になると”つい”な?」


大家さんは肩を竦めて歩きだし、僕はその後ろを着いていく。その後ろ姿に中指を立ててやろうかと思ったが、本能がやめろと言っている気がした。


「そう言えば205号室ってどんな人が住んでるんですか?」


「205…205ああ、205川崎さんね。どんな人ねえ、難しいが一言で言うなら女スパイ?みたいな人かなあ」


「スパイ住んでるんですか?」


と言うかそんな公然としたスパイがいていいのか?スパイってもっとこう…一般人に溶け込んでるんじゃないの?


「いや別にスパイってわけじゃないんだけど、雰囲気?孤高の狼みたいな」


なるほどと少し納得してしまった。

クール系の人か…関わるなと言われても少し気になってしまう。


「ははは、本田さんに”205の女は気ぃつけろ”とか言われたろ?」


「まあ、はい」


「あそこ昔から仲悪いんだよ。大家としちゃあ、同じ屋根の住人同士仲良くして欲しいんだけどなあ…

多分川崎さんにもおんなじ事言われると思うぞ、まあ会うことは滅多に無いと思うがな」


「そうなんですか。あまり帰ってこられない方なんですか?」


「そうだなあ、少なくともここ半年は見てない気がするな。勿体無いよな、俺は金もらってるしなんでもいいんだけど」


大家さんはかはははと笑った。

半年…もう引っ越したほうがいいんじゃないだろうかと思った。浮いたお金で高級焼肉でも食べればいいのに、でもそんな心配も無用なほどお金持ちなのかも知らない。


「物置にでも使ってんじゃねえかな」と大家さんは呟く。


物置…

そこに住んでる自分が少し虚しくなった。


「さ、それじゃそろそろお願いしようか」


そう言って大家さんは101号室。つまり自分の部屋のドアを開けた。


「…なんすかこれ」


「何って今日のバイトだよ。俺の部屋掃除」  


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