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二話


東京から新幹線で二時間。

そこから電車を乗りつぎ、バスに乗って30分、この日本という国に未だそんな秘境があるのかと感動すら覚えるそんな場所に4月から住むことになった。電気は通っているだろうか?Wi-Fiはあるのだろか?コンビニは、カラオケは、ボーリング場は、言語の通じる人間は…そんな不安を抱えながら新幹線に乗り、徐々に緑に染まりつつある街並みを見ながら不安に胸を膨らませていた。


「ったく…味は美味いんだけどちょっと多すぎんだよな」


僕は半分近く残っている駅弁から目を背けてそっと蓋をかぶせる。あと好きじゃない物も多いし...

蓋を開けた瞬間はものすごく美味しそうなのに、満腹になった瞬間もう見たくなくなるのはどうしてだろう?開ける時の高鳴りと閉じる時の不快感は、遊園地に行く前と後に少し似ている気がした。


駅弁を乱暴にビニール袋に投げ込み、キュッときつめに袋の口を結ぶ。

封印完了…っと。


先日、食べ物を粗末にしたとかなんとかで炎上していた芸能人のことがふと脳裏に浮かんだ。

日本では食べ物のことに関してやたらと厳しい風潮があるけれど、袋叩きにしている連中のうち一体何人が食べ物を残したり捨てたりしているんだろうなあ。そう思うと、とてもじゃないが「食べ物を粗末にするな」なんて言えねえよな…そう思いながらビニール袋を車内のゴミ箱に放り込んだ。


【まもなく京都です。東海道線、山陰線……】


「げ、もうすぐ着くじゃん」


車内アナウンスが流れ、僕は慌てて荷物をとりに自分の席に向かった。


「…あ、ええと、飴野あめのさん?だよな?」


ふと目が合ってしまった人がたまたま知り合いだった場合、何食わぬ顔で無視できる人間はこの世に存在するのだろうか。少なくとも僕はそんなに肝の座った人間じゃ無いので話しかけてしまった。


「…色、色、」と呟きながら飴野さんは眉間にシワを寄せた。


色取いろどり。同じ電車って気づかなかったよ。僕京都で降りるから、じゃあ」


飴野さんはこくりと頷いた。

当たり障りのない会話。


飴野さん。名簿で一番前だったのもあるが、綺麗な苗字だとおもった。雨野でも天野でもない飴野。下の名前は知らない。高三になって初めて同じクラスになったけれど、卒業までの一年間たったの一言も話さなかった。

話しかける機会もなかったし、大体からして飴野さん学校休みがちだったからなあ…


荷物をまとめ、ドア付近に立っていると飴野さんが歩いてくるのが見えた。


げ、飴野さんも京都で降りるのか、さっき”じゃあ”とか言ってしまった手前なんとなく声をかけづらい。僕は気づかないふりをして足早にホームに降りた。そこからさらに電車を乗り継ぐ。家を出た時は朝だったのに、もう夕方になってしまった。電車に乗っているだけで終わってしまう一日…なんかもったいねぇなあ。


終点まで着くとそこからはバスに乗る。

しかし田舎のバスを舐めてはいけない。田舎のバスは1時間に1本。待たずに乗り物に乗れる、今まで当たり前だったそんな日常とここでは決別しなくてはならない。さらば日常。


バスの待合室で僕は荷物を置いて鈍色にびいろの空を眺めていた。


「あいつら、今なにしてんのかなあ…」


高校の三年間、部活で共に汗を流し、涙を流した友人たちは近くの私立大学に入学してしまった。

親がもう少し賢明かあるいは僕が遥かに賢かったら、今頃あいつらと楽しく遊んでんだろうなと思うと涙がこぼれそうになる。なぜかうちの親は進学するなら国公立しか認めてくれなかった。一人暮らしをして家賃、食費、諸々を考えると私立の方が安くつきそうなものなんだけどなあ。「大学に行きたいなら国公立、それが無理なら働きなさい」と言うのが母さんの口癖だった。高校卒業してすぐに就職なんてできるかよ。実質一択じゃねえか。都内の国公立なんてどう考えても無理。


かと言って近郊の国公立に1時間かけて通学できるからと言われれば、おいそれと受ける訳にも行かなかった。遠い土地の大学を受けたのは僕なりの微かな抵抗だったのかもしれないと今更ながら思う。


ガラリと待合室の引き戸が開き、僕は反射的に背筋を伸ばす。


「あ…おー、飴野さん。もしかして飴野さんもこっちの大学?」


「就職」


「あ、そうなんだ!もう就職かぁ、早いなあ」


「……」


どうしよう、会話止まっちまったじゃねえかよ。


「この辺に住んでる人たちって色々大変だよなあ、なんかタイムスリップでもしたみたいだな」


あははと笑ってみたけれど飴野さんの口角は一ミリたりとも上がらなかった。それどこか澄ました顔で本を読み始めた。僕嫌われてんのかな?まあいいや、触らぬ神になんとやら…


僕は雨が降りそうだなあ、なんて考えながら空を見ていた。


「……」


蚊の鳴くような声が聞こえた気がした。

待合室には僕飴野さんしかいない、まさか…チラリと飴野さんの方に目をやったが相変わらず本を読みふけっている。気のせいか。


「この世で一番悪い仕事」


「…え?」


コノヨデイチバンワルイシゴト?


あまりに唐突すぎて一瞬日本語に聞こえなかったくらい頭がパニックになってしまった。視線が本から動かないから僕に聞いているのか独り言なのか分からず、おどおどしていると飴野さんは再び口を開く。


「なんだと思う?」


やっぱり僕に話しているのかと思い「こ、殺し屋とかかな」と答えた。「飴野さんは?」と聞くと


「そうね。近いかも…」と呟いた。

なにが?と聞くと何か怒られそうな気がしたので、わかったように「うんうんそうだよね」と頷いておいた。ちなみに僕の質問は当たり前のように無視された。


「でも殺し屋が殺すのは殺されるべき人だから、悪度(わるど)はそんなに高くない気がする」


わるど…そのまま悪さの度合いなのだろうけれど、何か他に言葉が無かったのだろうか?


「けどやっぱり人を殺すのはいいことでは無いんじゃない?」


「人は悪い生き物だからいいのよ」


「…そうかなあ」僕は反論するのを諦める。


少し僕の母さんに似ているな思った。無意識のうちに相手を否定してしまうタイプの人間。あるいは日常会話や雑談を全て討論だと勘違いしているタイプの人間。こういうタイプの人は話していると疲れるだけなので距離を置くに限る。バスの待ち時間くらい平和に行こうぜ飴野さん。


俺は小さくため息をついた。バスの到着には後10分くらいある。リュックから本を取り出す。『夜鷹』”よたか”と読むのか”よだか”と読むのか忘れてしまったけれど、中学生の頃偶然本屋で見つけてハマったお気に入りの本だった。


親の暴力から逃げ、身体を売って金を稼ぎ、旦那に浮気され、それでも生きていく。そんな内容の本だった。


「それ何?」


「ん、これは夜鷹(よたか)。なんか昔から好きなんだ」僕は本を見せる。


「ああ、俗物的な本よね」


「…まあ、そうかもね」


「ちなみにそれは"よたか"じゃなくて"よだか"って読むのよ?…本当にすきなの?」


ちょうどそのタイミングで待合室のドアが開き、黒髪で髪の長い凄くタイプの女性が入ってきた。なんかもう僕の好みを具現化したような人。めっちゃ可愛いな…同じ大学だと嬉しいな、なんて淡い期待を抱いてしまう。


「読み方を忘れただけで本当に好きだよ」


僕が答えると、タイプの女性が僕の方をちらりと見た。

飴野さんは返事をしなかった。それどころか頷きもしないし、へえ、ともふうんとも返さない。


…え、飴野さん返事してよ。


飴野さんが疑問形で聞いたんだろ?なんか僕が独り言呟くやべぇ人みたいになっちゃうじゃんか!僕の必死の視線をよそに飴野さんは涼しそうな顔で本を読み続けた。違うんですよ?僕この無愛想な人と会話してただけですから!と脳内で弁明を測ったが虚しいだけだった。


もう一度飴野さんに話しかけてみるか?

いやあ、多分無視される。これ以上傷口に塩を塗りたくは無いし…


ちくちょう、最悪だ。

もうどうにでもなれ。


僕は諦めて本に視線を落としたが、とても本など読んでいられる心情じゃなかった。


待合室内は静まり返り、なんとも言えない空気が流れる。そんな地獄のような数分間を耐え抜き3人はバスに乗り込む。車内で僕は早くどこかのバス停で降りてくれとそれしか考えてなかった。スッと素知らぬ顔で降りていってくれ。そして出来ればこの記憶を全て消し去ってくれ。


最寄りのバス停が近づき僕が席を立つと、飴野さんと美女も席を立った。

なぜ運命はこうも残酷なのか…運命の女神は一体何をしているのだろう?きっと今頃俺のことを指差して笑っているに違いない。そう思うと無性に腹が立ってくる。


バス停を降り徒歩5分。これから四年間お世話になる俺のアパートが見えてきた。


「...こうしてみると結構ボロいなあ。台風で飛んでったりしないよな…なんとか4年間だけ持ち堪えてください」


俺はパチンと手を出して合わせて、アパートに拝んだ。


「いらっしゃい。君で最後だねえ」


「…!!?」


僕は電光石火の速度で振り返る。


背後には初老の男性が立っていた。少し薄めの髪に無精髭、ギョロリとした目は肉食獣のようだった。僕と同じくらいの身長なのに異様な威圧感を放つ筋肉。服の上からでも体格がいいのが伝わってくる。いつから背後にいたんだ…?


「君で最後だよ」


初老の男性がニヤリと笑うと鋭い犬歯が見えたような気がした。ゾワっと寒気が走り、全身の毛が逆立つ。


…殺される!この人、殺し屋に違いない。男性は呼吸をする事すら許されないような威圧感を放っていた。そこら辺の人間とはオーラが全然違う。何か熟練の暗殺者のような…


俺はきっと前世でこの人に殺されたんだろう、そんなありもしない記憶まで走馬灯のように蘇ってきた。


初老の男性はゆっくりと、しかし無駄のない流れるような仕草でポケットに手を突っ込む。きっと今まで何年何十年と人をほふってきたのだろう。蛇に睨まれた蛙ってのは動けないらしいけど、なるほどこういうことなのか。


そして取り出された手には何やらきらりと光るものが見えた。

かなり小さそうなナイフ?


変に抵抗すると苦しむだけという話を聞いたことがある。僕は空を見上げて喉を差し出す。


最後くらい空を見て死にたかった。しかし今にも降り出しそうな曇り空、しかしまあ僕らしいと言われればそんな気もした。


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