1話「卒業パーティで婚約破棄を叫ぶ愚か者って本当にいるんですね……と思っていたら私の婚約者だった!」
「カトリーナ・ウェルナー伯爵令嬢!
貴様の暴虐非道で厚顔無恥な態度には辟易する!
僕は貴様との婚約を破棄し、ミランダ・ウェルナー伯爵令嬢と婚約する!」
レモンイエローの瞳を釣り上げ壇上で叫んでいるのは、悲しいかな私の婚約者だ。
アデル・ゲルラッハ子爵令息。真紅色の髪とレモン色の瞳の少年。
黙っていればイケメンの部類に入るのだが……アホなので喋るとボロが出る。
彼の腕にぶら下がっている桃色の髪に珊瑚色の瞳の華奢な美少女は……こちらも悲しいかな私の異母妹だ。
私が壇上にいる二人を見て最初に思ったのは、「愚かな人だとは思っていましたが、卒業パーティで婚約破棄をやらかすほどのアホだったのですね」だ。
落胆半分、やっぱりという気持ち半分。
そして二番目に思ったのは「ミランダ・ウェルナー伯爵令嬢」って誰? ということ。
確かに異母妹の名前はミランダだが、彼女の姓は「ウェルナー」ではない。
というより彼女は平民なので名字がない。
「良かったわね、カトリーナ。
これでパワハラ婚約者と節操のない異母妹と縁が切れるわよ」
私の隣には、いつの間にか親友が立っていた。
親友の名はクロリス・グーゼンバウアー。
公爵家の次女で、冷静沈着で成績優秀。
銀色のさらさらした髪を腰まで伸ばし、アメジスト色の神秘的な瞳を持つ、長身の美少女だ。
煉瓦色の髪に黒檀色の瞳の地味な私の親友になってくれたのが不思議なくらい、クロリスは見目麗しい。
「カトリーナはこの日の為に、ゲルラッハ子爵令息の浮気の証拠を、熱心に集めもしていたものね」
口元を扇で隠し、クロリスがフフッと笑う。
「クロリス、この状況を楽しんでない?」
「ええ、少しだけ。
カトリーナを虐げてきた愚か者たちが、公衆の面前で失態を犯し、揃って破滅していく姿を見るのは楽しいわ。
あなただってこの状況を望んでいたんでしょう?」
「勘違いしないでクロリス。
私はこんな目立つ場所での婚約破棄なんか望んでないわ。
アデル様との婚約破棄は、子爵夫妻を自宅に呼んで、関係者以外の目に触れないところで、暗暗のうちに行うつもりだったんだから」
そう私は、卒業パーティのあとアデルとの婚約を破棄し、異母妹には伯爵家を出ていってもらうつもりでいた。
しかしその手続きは自宅の応接室で関係者だけで、行おうと決めていた。
卒業生全員が参加するパーティで、アデルと異母妹がやらかしたのは想定外だ。
しかし公衆の面前で非難を受けたからには、この場で私にかけられた寃罪を晴らさなくてはならない。
このままやられっぱなしで引き下がっては、私のプライドと伯爵家の名誉に関わる。
貴族は命を捨てても、名誉を守らなくてはいけないのだ。
「おい! 聞いているのか!
カトリーナ!
今から貴様の悪事を全部暴露してやる!
覚悟しろ!」
アデルが壇上でギャーギャー騒いでいる。
お祖父様は、なんだってこんな残念な男を私の婚約者に選んだのかしら?
天国にいるお祖父様に、恨みごとを言いたくなったことは一度や二度ではない。
私とアデルの縁談は、私が生まれて直ぐに母方の祖父によって決められた。
☆☆☆☆
私、カトリーナ・ウェルナーは伯爵家の長女として生まれた。
優しくて優秀な母と、婿養子で無能な父、そしてやや抜けている伯爵家当主の祖父。
これが私が生まれたときの家族構成だ。
祖父は私の性別が女だと確認すると、大喜びで「ゲルラッハ子爵家に行ってくる!」と言って出かけてしまった。
帰宅した祖父は、
「カトリーナとゲルラッハ子爵家の次男アデルとの縁談をまとめてきた!
アデルの歳はカトリーナと同じゼロ歳だ!」
と得意げな顔で言ったらしい。
祖父と先代のゲルラッハ子爵は若い頃からの親友で、二人は「お互いの家に子供が生まれたら結婚させよう」と約束していたらしい。
だが、祖父の子供も先代のゲルラッハ子爵の子供も女の子だった。
二人の間で「お互いの家に子供が生まれたら結婚させよう」……という話は、「お互いの家に孫が生まれたら結婚させよう」という話に変化した。
祖父が親友の孫と自分の娘の婚約を勝手に決めてしまったことに、母は大激怒した。
というのも、母の結婚相手は祖父が見つけて来たのだが、これがなんの役にも立たないでくのぼう。
父は男爵家の三男で顔は多少良かったのだが、取り柄はそれだけ。
父は頭もよくなければ、仕事もできない、努力もしない、言い訳ばかりする、金遣いは荒い……母の嫌いなものを詰め込んだような人間だった。
祖父は人は良いのだが少し抜けてるところがあり、そのためよく人に騙されていた。
伯爵家が破産しなかったのは、祖母が生きているときは、祖母が祖父の尻拭いをしていたからだ。
祖母が亡くなったあとは、母が祖父の尻拭いをしている。
まさか祖父の尻拭いを、孫の私まですることになるとは思わなかった。
母は祖父の見る目のなさをよく知っていた。
だから祖父が、生まれたばかりの娘と子爵家の息子との婚約をまとめて来たとき、激怒したのだ。
祖父は土下座して母に謝罪したが、怒りの収まらない母は、祖父と一年間口を利かなかった。
祖父は泣きながら母に何度も謝った。
母は祖父に「爵位を今すぐわたくしに譲るならお父様を許します」と言った。
祖父は二つ返事で了承し、ようやく二人は仲直りした。
こうして母は若くして爵位を継いだ。
伯爵家には母の弟もいたが、我が国の法律では「長男」ではなく「男女問わず先に生まれた子供」が爵位を相続するので、叔父は私が生まれる前に他家に婿養子に行った。
大事な事なので二度言おう。
伯爵家の当主は私が一歳の時から母だ。
そして父は伯爵家の婿養子。
爵位は「男女問わず先に生まれた子供」が継ぐ。
大事なことなので覚えておいてほしい。
☆☆☆☆☆
私が七歳のときに祖父が亡くなり、十歳のときにアデルとの初顔合わせが行われた。
赤ん坊の時から婚約しているのに、アデルとの顔合わせがなぜ十歳になったのかというと、母がなんとか私とアデルとの婚約を解消できないかと、奔走していたからだ。
しかし先代のゲルラッハ元子爵はしたたかな人間で、「二人を会わせて見ないとわからない」「顔合わせしてみたら意気投合するかもしれないよ」と言って婚約解消に応じなかったのだ。
その間に子爵家は代替わりして、アデルの父親が家督を継いだ。
現子爵夫妻もしたたかな人間で、やはりなかなか婚約解消に応じてくれなかった。
現子爵夫妻は、
「先代が結んだ婚約ですから」
「アデルとカトリーナの顔合わせが済んでからもう一度話し合いましょう。ウェルナー伯爵の気も変わるかもしれませんよ」
と言ってのらりくらりと母の話を躱していた。
そしてついに私とアデルとの顔合わせのときが来た。
私の顔を見たアデルの第一声は、
「枯葉みたいに茶色い髪に黒檀のような黒い目の地味な女が僕の婚約者なんて最悪だ。
亡きお祖父様が結んだ婚約だから、お祖父様の顔を立てて結婚してやる。
お前みたいなブスが、祖父同士が友達だったというだけで、僕のような美少年と結婚できるんだ!
僕と結婚できることに神に感謝するんだな!」
……だった。
初対面の相手にマウントを取ってくるようなカスが、自分の婚約者なのかと思うと気が滅入った。
なんでこんなのと婚約を結んで来たんですかお祖父様?
しかもアデルはそのあと、
「お前のような不細工を嫁に貰ってやるんだ!
いっぱい勉強して将来伯爵になる僕を支えろよ!
アーハッハッハ!」
と言って高笑いをした。
このタイミングで笑う意味も分からないが、なぜ伯爵家の血を引いてないアデルが、次の伯爵になれると思っているのか、私にはわからなかった。
でも考えようによっては、婚約者がクズでよかったのかもしれないと私は思い直した。
ここまでクズなら相手の有責で婚約を解消できるだろう。
こんなポンコツとの婚約なんてすぐに解消される! その時の私は愚かにもそう思っていた。
しかし私や母が思ってるよりも子爵夫妻はしたたかで……。
「結婚してやると言ったのはアデルの照れ隠しですよ」
「アデルは好きな子に意地悪しているだけです」
「婿養子に入る件については、あとでよく言い聞かせておきますから」
子爵夫妻はそう言って、婚約解消の話を有耶無耶にしてしまった。
母と一緒に子爵家に婚約解消の話をしに行った帰り道。
母は祖父の墓に寄った。
母は祖父の墓の前で、ねちねちと愚痴を言っていた。
私も祖父に愚痴を言いたい気分だったが、二人から責められたら流石に墓の中の祖父が可哀相なので我慢した。
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