3.始める少女
「逃がすな、追え! 追え!」
倒壊した家屋が並ぶゴーストタウンのようなフィールドを男たちが走っていた。その手には思い思いの物騒な武器を携えている。
「いたぞ、こっちだ!」
「いや、そっちに逃げたぞ!」
大声で叫びあって獲物を追い込む。追跡の輪はみるみるうちに狭まっていった。
間もなくして彼らは一つの建物のところにたどり着いた。西洋劇に出てくるような古ぼけた酒場だ。二階建てで、窓はひび割れだらけ。人のいるような気配は一見してない。
「本当にこの中か?」
「間違いない。裏口は抑えてある。それに包囲済みだ」
「わかった。上から飛び降りてくるかもしれん、包囲は解くなよ」
「了解」
仲間が配置につくのを確認したリーダー格らしき男は、刀身の湾曲した剣を鞘から引き抜き叫ぶ。
「おい小娘!」
「なーにー?」
ドスの効いた声に対して返ってきたのは随分と呑気な声だ。囲まれているのに緊張感の欠片もない。
内心で少しだけ屈辱に思いながらも、男は味方に剣の先で指示を出した。
「なんでうちのメンバーを襲った」
「君たちのとこだって知らなかったんだよー」
声の出処は建物の中で移動していた。男の剣先もそれに合わせて動いていく。
「他人の本拠地の入口に罠までかけて、知らなかったで済むと思うか?」
「知らないもんは知らないってばー」
別の男が手に持った杖を掲げている。狙いは声の出処、二階の窓の下。リーダー格の男は左手を開いて頭の横にやった。それを閉じれば撃ての合図だ。
「奪った荷物を返してくれれば見逃してやる」
しばらく沈黙があった。
「やだね」
男は掌を握った。杖から光が放たれる。目の前の木造の建物の壁さえも破壊する光線が着弾し、派手なエフェクトを撒き散らした。
彼らはログを確認したが、そこに獲物の名前はない。仕留め損なったようだ。
「行くぞ!」
リーダー格の男が叫び、その仲間たちが一斉に走り出す。
しかし思わず耳を塞ぎたくなるほどの轟音で足が止まった。酒場の二階、空いた風穴の中に煙を吐く大きな筒の先が見える。仲間の姿が一人、忽然と消えていた。
「そんなもん、何で持ち歩いてんだ」
設置型の大砲。耐久力もその威力も高いが施設防衛などに使うためのもので、ストレージ容量をかなり圧迫するために持ち歩くことはかなり稀だ。
酒場の壁に張り付き、男は叫んだ。
「次弾装填まで時間はかかる。最低限残して残り全員で突っ込め!」
スイングドアが激しく揺れ、男たちが酒場の中に雪崩込んだ。上階へ上がる階段は二つ。目配せしあい、別れて進む。
片方の階段に先頭の男が足をかけたその時、再びの轟音。階段ごと破壊する威力の砲弾が男たちを吹き飛ばした。
「構うな、行け!」
犠牲を出しながらも、指示に従って生き残った男たちはなんとか二階へと辿り着く。突入時に六人はいたのに、今はその半分しか残っていなかった。
「三門目は、もうないよな」
リーダー格の男は大砲の陰から出てきた小柄な少女に聞く。穏やかさの中に、どこか強気そうな雰囲気を感じさせる目をこちらに向けていた。
重量制限を回避するためか身軽そうな服装をした彼女は、その癖のついた白い髪をふわりと揺らし、身長よりも長い柄を持つハルバードを一転させて構えた。
「いいからかかってきな……、って一回言ってみたかったんだよね」
「似合ってないぞ」
男の言葉とともに、戦闘は唐突に始まった。
男側の仲間一人が低い姿勢で走り出し、もう一人がその背中を追った。先頭の男が短刀を引き抜きながら切りつける。
腕が伸びたかのような錯覚すら起きる鋭い攻撃を少女は体を横に一つずらして避け、柄で男を体ごと弾いた。
必然的に空いたスペースに、もう一人の男が走り込んでくる。その手には小さな丸盾を装備していて勢いのまま少女を吹き飛ばした。
鈍い衝突音。背後の壁に叩きつけられたが、少女はすぐに体勢を立て直して男たちを牽制する。
彼らもそれ以上は詰めず、逃げ道を塞ぐように別れて立った。その間をリーダー格の男は歩いてくる。
「なぁ、俺も一回言ってみたかったことがあるんだが、言ってみていいか?」
「なに?」
「応援を呼んであるし、ここは包囲されている。逃げ場はないぞ」
どうだという顔をする男に少女は笑った。
「まあ、いいんじゃない」
それが再開戦の合図になった。
木の床板を叩く足音が二つ近づいていき、中間地点で金属のぶつかり合う音が響く。激しい戦いが始まった。
狭いスペース、お互いに細かいステップを駆使して斬り合う。速さでは男が勝っていたがそのリーチと武器の重さで、少女は上手く戦いのアドバンテージを得ていた。
数度目の斬り合い。男の曲刀は弾かれた。しかしそのまま流れに逆らわず一回転して足払いを仕掛ける。
少女は避けなかった。それが勝敗を分けた。
ハルバードの柄を床板に突き刺し、男の脛に当てるようにしてその足払いを防いだ。
動きの止まった男。左拳のストレートをその胸のど真ん中に叩き込み、怯んだところにすかさず体重をかけるようにして片足で男を蹴り倒す。
気づけば巨大な武器の刃が男の前にあった。
少女の視界の端で丸いアイコンが表示され、ピカピカと点滅する。
『準備は出来てるッス』
パーティー用ボイスチャットから明るい女の子の声が聞こえていた。
少女は倒れている男に言う。
「残念、こっちも助けは呼んであるんだ」
とどめを刺されそうになっているリーダー格の男を助けようと詰め寄ってきた二人を、酒場の向かいの建物から飛んできた砲弾が吹き飛ばした。
「戦利品一杯置いてきちゃいました。ちょっともったいないッス」
「仕方ないよ。大砲で容量取られちゃうんだから」
少女たちは狭い部屋の中にいた。なんの装飾もない石壁にアイテム保管箱が大量に並べられている。
そんな狭い空間で、ランタンひとつを挟み二人で頭を突き合わせて話す様子は、秘密基地で作戦会議でもしてるような趣があった。
「でも一番重要なものを持って帰れた」
ストレージを操作してそのアイテムを実体化させる。それは一枚の文書。建物名、契約情報、そして契約者名を記入する欄。土地の権利書だ。
「これがあれば、私たちが優位に立ち回れる」
「そのためのアイテムも揃えれたッスもんね」
大量の箱の中には何門もの大砲を始め、武器や防具、様々な道具に食糧まで揃っていた。
「長かったなー」
準備は何ヶ月にもなった。アイテムを集めることそのものより、この場所へ誰にも気付かれず運ぶことの方が大変だった。
「ようやくお楽しみの時間」
「わくわくッス!」
二人の少女は顔を見合わせて笑い合った。