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プリシド/プレイヤー  作者: 白上鴻
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2.立ち直れない少女

 チームメイトの一人がゲームから無断で退出してしまったことにより、試合は中断から失格、中止へと変わった。


 そんな中選手控室とは別の、特別に開放された部屋の中に野々宮(ののみや)照名(てるな)は聞き取り調査のためという名目で、一時的にチームメイトから隔離されていた。

 その少女は、あの鬼の描かれたヘルメットを被っていたアバターの中身、つまりは操作していたプレイヤー本人である。

 長椅子に一人項垂れて座る姿は、ゲーム内で見せた勇猛さを欠片も感じさせない。元々小さな体を更に小さく縮こませていて、まるで消えていなくなりそうな危うさ、脆ささえ感じさせた。


 付き添いとしてコーチ兼マネージャーの男がついていたが、二人の間に言葉はない。

 むしろ、男の方は苛立たしい様子を隠すこともしないで大会運営に渡されたタブレットを、先程から音の鳴るぐらい指先で叩くようにして操作し続けていた。

 試合の様子が記録されているのだろうそれを眺めては、わざとらしくため息を漏らす。

 まだ十六歳である子どもを前にしての大人の態度としてはずいぶんと大人気ないが、ここにそれを指摘する者はいなかった。


 元々、照名たちのチームにはコーチもマネージャーもいなかった。


 今大会以前まではネットで知り合った者同士でチームを結成し、非公式大会などを回って力を着けてきた、ただのアマチュアチームだったからだ。

 ただ、その実力には目を見張るものがあり、やがてはスポンサーなどの申し出が来るほどになった。

 活動は軌道に乗り、公式大会に出ようという話が出てくるようにもなる。となると、保護者が支援をして彼女ら自身で運営する形では限界があった。


 そこで正式に雇われたのがこの男である。


 男にはある程度のチーム運営経験こそあったが実績がなかった。実力はあっても経験の少ないアマチュアチームにとってはちょうど良い人材であり、男にとっても美味しい話となるはずだった。

 荒削りだが確かな将来性を感じさせる粒揃いの少年少女。その中には小柄ながら鬼のように苛烈な活躍ぶりを見せ、『鬼強ちゃん』と呼び親しまれるチームの花形選手の素質を見せた少女もいた。

 しかし、今回のような事態が起きてしまった以上、経験の少ない男に冷静な対処を求めるのは無理な話なのかもしれない。

 チームの存続自体が危うくなり、男の経歴に傷がつくことになるのもほぼ間違いない。美味しい話はもうそこにはなかった。



「失礼します」

 

 そう言って入ってきたのは、大会運営側の女性スタッフだった。


 照名はずいぶんと参っていたが、それでもなんとか気を保たせられているのは、疑いのかけられている彼女にもこの女性がなるべく先入観無しで接しようとしてくれていたからだ。

 彼女は聞き取り役であると同時に、大会運営側で話し合われ、判明した内容をこちらに伝える役目があるようだった。


 照名はありのままの事実を既に伝えていた。


 それに加えて、ゲーム内からだけでなく現実でも行方をくらましてしまったチームメイトの男についても少しだけ話をした。

 しかし男については今日までなんら違和感のあることはなかったし、彼がどういった理由でどこへ行ってしまったかは彼女自身が聞きたいぐらいであった。


 何か分かったのだろうか。女性スタッフを照名は見たが、彼女は真っ直ぐコーチ兼マネージャーの男の元へ行き彼を引っ張って部屋の隅へと移動してしまう。

 自分に聞かせられない話でもあるのかと不安になりながら、その二人が小声で何やら話している様子をただ見ているしかできなかった。


 後になって振り返るなら、この時の照名の行動は非常に迂闊だっただろう。


 ただ情報が欲しい、何がなんだかよくわからない状態をどうにしたい。そう思うあまりに、彼女に聞かせたくない話を彼女自身が聞いてしまえばどうなるかなんてことに考えが及ばなかったのだ。


 仕方のない話ではある。


 ではあるけれども、それでも今は耳を塞ぎ、何も聞かず、心に余裕ができてからでもその話を聞くべきだった。



「はぁ!?」


 男の驚く声が部屋一杯に響く。


「全試合で使われてたって、一体どういうことだよ!」


 その声はもう既に、内緒話をする大きさではなかった。


「ちょっと……」


 女性スタッフが照名を気にして男を嗜める。しかし男は止まらなかった。頭に血が昇っているのは、その首筋の赤さを見れば後ろ姿からでも分かった。


「ふざけんな! だって、全試合だぞ……。全試合にツールが使われてたとか、どうしてくれんだよ!」


 男の顔がぐるりとこちらを向いた。


 まるでフクロウのようだと照菜は思った。恐ろしい顔をした化けフクロウだ。

 猛禽類のようなギラついた目で、何かの(かたき)を見るような目で、こちらを見ている。


「お前……いやお前ら! 責任取れんのかよ!」


 今大会、照名はいつも以上のかなりいい成績を出している。嬉しかった。楽しかった。もっともっと、やっていたかった。この調子なら優勝もできるかもしれない。


 でもそれは、全部ツールによる力だった。そう、言われた。


 立ち上がって釈明しようとした照名は、一歩程も前に進めず、胸を抑えてその場にしゃがみこんでしまう。

 拠り所を全て失ってしまった。その喪失感が彼女に立ち上がらせることを許さなかった。


 苦しい。上手く呼吸ができない。本当は謝りたいのに。


 口は息を吸うばかりで、声がどうしても出せなかった。男が取り乱している以上に、照名もまた普通ではなかった。

 女性スタッフが慌てて駆け寄ってくるのを見たのを最後に、彼女の目の前は真っ暗になっていた。



 結局、ツールを使用したのは会場から姿を消したチームメイトの男だということがわかった。記録用のカメラに照名のデバイスにそれを仕込む様子が映っていたからだ。

 その動機や、ツールの入手方法などはまだ分かっていない。彼は未だに外部からの連絡を受け付けず、口を噤んだままでいた。


 チームは大人たちも含めての相談の結果、解散となった。


 大会出場一時禁止処分、スポンサー解除、人数の欠けなど。理由は多くあった。

 しかし何よりもコーチ兼マネージャーの男が、選手に裏切られたと大体的に喧伝したことが大きかった。彼は同情でも買おうとしたのか、方々で騒ぎを起こし、それが保護者側の不審感を買ってしまったのだ。


 運営の方にも動きがあった。


 ゲーム内のアバターのパワーを上げたりシステムを改竄する一般的なチートとは違い、ブーストツールは選手の五感として送られる信号を増強するものだ。

 見た目には分かりにくいため発見が遅れたわけだが、そもそも簡単に仕掛けられるような、その杜撰な管理体制も含めて大会運営は責められ謝罪文を出すに至った。


 一連の動きはネットで大きく取り上げられた。噂が噂を呼び、真実とはまるで違った誹謗中傷に近いものまであった。


 ただそんな第三者のお祭り騒ぎも時間が経てば興味が失われていき、やがて沈静化していくことになる。大きな波のような騒ぎが引き、ボロボロとなり、取り残されたのはその当事者たちだ。


 照名もまた、未だ立ち直れずにいる、その中の一人だった。


 彼女はそれまで一生懸命取り組んでいたVRMOBAというジャンルには全く触れなくなってしまった。

 代わりに、VRMMOを取り憑かれるようにして遊ぶようになった。

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