01
レティシア・スレイク17歳、ジャルダン王国に在するスレイク公爵家の娘
銀髪紫眼で我ながら美少女の部類に入る…と思う
一応、スレイク家の銀の薔薇なんて異名もいただいてるし
「…中身はメスゴリラだけどな」
「うるさいわよ」
余計なツッコミを入れたのは婚約者のフランシス・ジャルダン、通称フラン
一応ジャルダン王国の第一王子で金髪に翠眼の美形である
故あって下町で育った彼は畏まった対応をされるのが苦手なので
プライベートではお互い砕けた感じの付き合いをしている
どちらかと言えば婚約者というより友人関係といった間柄だ
公式な場ではお互いそれなりの対応をしているので見逃されている
「へぇ…なかなか活気のある市場なのね」
「だろ?貴族街の高級品ばかりの市場も珍しいものは多いんだが
ここは周辺の町から来た農家が直接取引をしているから新鮮なものが多いんだ」
「ふーん…確かに農産物なんかも役所が介することが多いからね」
この世界ではいわゆる年貢みたいなやつが制度として存在するし
前の世界でいう農協みたいなものが役所として機能している
だから作物はすべて役所が管理しているのだと思っていたがそうでもないようだ
ところで、私たちが何をしにここに来ているのかというと
フランの腹違いの姉でジャルダン王国第一王女のタチアナに教えてもらった
新しい料理のレシピを試してみたいと材料の買い出しに来たフランにお供したのだ
一国の王子と上位貴族の令嬢が二人きりで下町の市場に?と言われそうだが
名目上はお忍びという事なので護衛には少し離れた広場に待機してもらっている
買い出しが終わり、荷物を待機中の護衛に届けてもらう手筈を整えて二人で街を散策する
「で?今回は何を作るの?」
「それは城に戻ってからのお楽しみだな、でもレティよりは騎士団の連中が気に入るかもな
匂いとか味とかかなり強くて好みの分かれる食材だぞ?令嬢好みとは逆のやつでさ
大蒜やトウガラシ…だっけ?ようやく一般に卸せるくらいに生育の目途が立ったんだって」
私もそうなんだけどこの世界には『転生者』と呼ばれる人間がそれなりに存在している
そういう人間が持ち込んだ知識が活用されている世界なのだ
「安心してちょうだい、ニンニクマシマシのスタミナ料理だろうと
トウガラシ満載の激辛料理だろうと私の胃袋は何の問題もないと断言できるわ!」
…前者は翌日に舞踏会やお茶会がないことが大前提なんだけどね
「問題はそっちじゃない食材なんだけどな…レティは…?今のは…!」
「…悲鳴が聞こえたわね、こっちよ!」
首肯き合うと二人で声の聞こえる方へ走り出した
「なぁ、あんなケチ臭い店で働くより俺らと楽しんだ方がいいだろ?」
「いやです!あたし急いでるんです!」
駆け付けた場所ではいかにもな破落戸どもが一人の女の子を囲んで因縁をつけていた
「何をしているの!その子から手を放しなさい!」
あえて語気を強めて割って入るが、それが見るからに良い所の娘という事で
逆に調子づかせてしまったらしい、女の子の腕を掴んでいた男が私に標的を変える
「…いい?合図をしたら路地まで走りなさい、そこで私の連れが待ってるから」
「え?でも、そんなことしたらお嬢様は?」
「こんな奴らに後れを取るような鍛え方はしてないわ…それじゃ師匠に顔向けできない」
私の指示に困惑の色を隠さない彼女に笑って見せるのと同時に
腕を掴んでいた男を逆に腕を捻り上げ地面に叩きつける
「今よ!」
「このアマ!」
「何その陳腐すぎて新鮮味の欠片もないセリフ」
仲間を一投げで倒されたことで気色ばんだ連中は駆け出した少女には目もくれずこちらに向かってくる
…うん、雑魚すぎて魔導スキルで強化する必要もないわね
そう判断すれば話は早い、二人目の顎に掌底を叩きこみ、三人目は鳩尾に肘を打ち込む
不利を悟った四人目が逃げ出そうと路地に向かって走り出すが
横っ面に鮮やかな蹴りが飛んできて破落戸どもを一掃することができた
「…あのさぁ…一人でカタをつけてくるからここで待ってろって、普通は俺のセリフだよな」
「こんな街中で刃物振り回すわけにはいかないでしょ、っていうかそいつも私がやるつもりだったのに」
最後の一人を蹴り飛ばしたフランは呆れたようにそう言った