プロローグ 5
「とにかく!一刻も早く屋敷の中へ…っ!!」
何故、襲撃が起きたのが今なのか考えていても仕方ない
奴らの狙いは王位継承者1位と2位の二人であることだけは確実なのだ
今やるべきことは二人を安全な場所に移すこと
しかし今度は全身を黒い鎧に覆われた男が立ちふさがる
さっきのフランの話を聞く限り、これも剣で傷つければ毒が溢れ出すだろうと予測できる
ならば、体術で戦える私の方が有利だ、と判断し脚に強化と増幅をかけて砂を蹴り飛ばす
鎧の男が隙を見せた瞬間、できるだけ相手より高く飛び上がる
「とにかく!今はまだ殺さないけど眠っててちょうだい!!」
飛び上がった状態から思いっきり足を振り上げて踵落としをお見舞いするが
向こうが身を躱そうとした分直撃とはいかなかった、だが膝をつかせることはできた
あとはこの隙に二人を連れて…いけなかった
男の兜が落ちて、その顔が露わになった瞬間に私は動けなくなったのだ
「ゼオン…どうして貴方なの…」
それは長いこと公爵家に仕えてくれていた騎士だった、そして私やお兄様の体術の師だった
しかし彼がそれに答えてくれるはずがないこともわかっている
焦点の合わない眼差し、明らかに生きた人間ではない肌の色…それに私は知っている
一月前、彼は魔獣退治で若い住民を庇い命を落としていることを
「ダメだ!レティ、義姉上!逃げろ!!」
呆然としている私を現実に引き戻したのはフランの叫び声だった
瞬間、ゼオンの体が不自然に膨れ上がり…爆ぜた
そして血のようなものがこちらに向かって襲い掛かる
終わった…でも二人だけは命に代えても守らなきゃ…私の風魔法ではどれだけ防げる?
いろんなことが頭を渦巻いていたら、飛び込んできた誰かが私たちを庇うように覆いかぶさった
「殿下、お怪我は?レティも無事か?」
「俺は大事無い、ディオン、それにアデルこそ大丈夫か?」
フランの言葉にお兄様は言葉なく小さく首肯いた
「私は何ともありません…でも…ゼオンが…」
私の言葉にお兄様もまた辛そうな顔をして弾け飛んだ死体に目をやる
「敵の中に死霊使いがいた…おそらくゼオンの記憶から警備の僅かな隙をついたのだろう」
きっとその為に彼はその眠りを汚されたのだろうと憤りを見せた
「アデル!!しっかりして!!」
突然聞こえたのは王女の叫びだった
「アデルさん!!」
「いえ、大した傷ではありません」
王女を庇って倒れこんでいたアデルさんは『顔の右側』を手で押さえていた
『物語の強制力』そんな言葉が脳裏に浮かぶ
王女が狩りに出ないなら野火に遭うことはない、だからアデルさんは無事だと思っていた
だが、現実は…経緯は違うにしても彼はこうして…
「とにかく、フラン!急いで治癒師を呼んで!!それまでは繋ぎにしかならないけど私が!」
魔導スキルを今度は手のひらに集中させると治癒魔法を発動させる
…しかし…悔しいことに私では増幅をかけても毒による腐食を遅らせるくらいしかできない
「腐食…ならばこれを同時に使ってみろ、カリーナのスキルを込めたアミュレットだ」
…カリーナ様のスキルは『浄化』そうか、それを増幅させれば…腐食は止められる
渡されたアミュレットを手首に装着して増幅させながら傷口に力を注いだ
その後の私はというと小一時間ほど経って王宮から治癒師が到着したとたん
魔導スキルはともかく、治癒魔法をかけ続けたことで体力を使い果たし眠り込んでしまったのだった
半月ほどして、事後処理も終わり王宮へ報告に向かうとアデルさんの姿はなかった
「スレイク公爵令嬢、この度は息子が世話をかけたようだね」
フランに話を聞いてみようかと思っていたら、厳めしい感じの紳士が声をかけてきた
デビュタントでお会いしたからそれが誰だかすぐに分かった
「クレイオス辺境伯、むしろ力になれず申し訳ございません」
結局、アデルさんの傷は跡が残るものとなってしまったし
失明こそ免れたものの右眼はかなり視力が弱くなってしまったのだ
私がもう少し治癒魔法が使えたなら…と悔やまずにはいられない
「あれは一度王宮を辞すように言いつけております、王女に傷を負わせたのですから当然です」
「…そんな…責は賊の侵入を許した当家にこそあるのに、ですか?」
そう、王女もアデルさんに庇われたとはいえ腕に怪我を負った、同じように跡も残るようだ
「レティシア嬢、気にすることはないよ、要は修行のやり直しだ」
横からそういったのは辺境伯の長男…アデルさんのお兄様、カリーナ様の義理の兄でもあるセシル様
黒い髪と赤紫の瞳はアデルさんと同じ、アデルさんは少したれ目がちで
セシル様は釣り目で目も少し細い…飄々とした糸目キャラは食えない奴の法則通りの方だったりもする
「あいつが食らった…『腐毒』と呼ばれるものでね、ブローシュの暗殺者がよく使うらしい
本来は辺境にもいる魔獣の血に含まれるものだが、精製しない限りは大した脅威でもない
事実、君のところの使用人が受けた腐毒に関しては未精製の物であいつもすぐに対応できていた」
あの時、使用人に使った魔法は治癒魔法ではなく水属性の浄化魔法だったそうだ
「予想外だったのは…いかに死人とはいえど、あれほど高濃度の毒を体内に仕込んでも襲撃まで悟らせず
それを爆弾代わりにしたという点でしょう」
辺境伯の言葉にその亡骸を弄ばれたゼオンを思い出し、かの国への怒りが甦る
「この先、ブローシュがどう動くかはわからないのですからな
どのような事態に陥ろうと王女殿下をお守りできなければならないし、それがアデルの使命だ
というわけで『ミルフェルスの賢者』と呼ばれているククル殿の下で修業を積ませる
認められるまでは帰還は許さぬと言い置いております」
「ああ見えてアディのやつ相当な負けず嫌いだから、2・3年もあれば戻ってくるんじゃないかな」
からからと笑いながらセシル様がそう言ったのだが
実際は1年足らずで今までの魔法を強化、そして空間魔法や聖属性魔法まで習得して戻られたアデルさん
いつも通りクールな口調で「おかえりなさい」と言った王女の眼には
隠しきれないほどの涙があふれていたのはまた別のお話である
これでプロローグ終了です
次から本編に入ります